275・赤の荒野
第275話になります。
よろしくお願いします。
「やぁあ!」
カヒュッ
空中にあった『黒く光る石』を、僕の振るった『妖精の剣』の刃が断ち切った。
泥の塊が、湿った地面に崩れ落ちる。
僕ら5人は、再び『大湿原』の探索に訪れていた。
出発して3日目。
現在の僕らは、沼地から出てきた『泥のゴーレム』たちと交戦中である。
「ぬん!」
「ポオッ!」
キルトさんの『雷の大剣』が泥でできた肉体を吹き飛ばし、ポーちゃんの叩き込んだ『神気』が内部から泥の魔物を爆散させる。
(見つけた!)
吹き飛ぶ泥の中に、『黒く光る石』を発見。
即、そちらへと走り、剣を振るう。
同じようにイルティミナさんも走り、白い槍を繰り出した。
カヒュッ キィン
2つの黒い石が砕け、2体の『泥のゴーレム』が形を失う。
キルトさんとポーちゃんが泥の肉体を吹き飛ばし、僕とイルティミナさんが『黒く光る石』を見つけて、とどめを刺す。
ソルティスは、いざという時の魔法のために待機。
そういう連携での戦い方だった。
でも、周囲を見回せば、まだ5体も『泥のゴーレム』たちがいる。
(よし!)
僕は、右手首にある腕輪の魔法石を輝かせた。
『妖精の剣』を走らせ、刃の先端で、空中にタナトス魔法文字を描き出す。
「マール!?」
イルティミナさんの驚いた声。
それを無視して、僕は、詠唱する。
「炎の蝶たちよ! こいつらの身体を吹き飛ばして! ――フラィム・バ・トフィン!」
タナトス魔法文字から、炎の蝶たちが噴き出した。
ドパパパァン
100羽近い蝶たちは、5体の『泥のゴーレム』たちに殺到し、その肉体上で爆発を起こす。
僕は、そこへと走った。
「やぁあっ!」
カヒュ カカンッ
熱波の中で、見つけたゴーレムの『核』を切断していく。
崩れる5体のゴーレム。
(やった)
僕は、大きく息を吐く。
キルトさんは感心したように僕を見ていた。
「ほう、やるではないか」
お褒めの言葉。
ポーちゃんは、握っていた拳を開き、でも、ちょっと物足りなそうにワキワキさせていた。
カチッ
僕は、剣を鞘にしまう。
「さぁ、ここの魔物は倒したよ。先に行こう?」
そう言った。
ソルティスは、両手を頭の後ろに回して、
「何よ、マールのくせに調子に乗っちゃって~」
と唇を尖らせる。
別に調子に乗っているつもりはないんだけどな……。
その隣にいるイルティミナさんは、何も言わずに、ただ僕の顔をジッと見つめてくる。
(???)
なんだろう?
何かを言いたそうな、そんな表情だ。
……ちょっと落ち着かない。
キルトさんが『雷の大剣』を背負い直して、歩きだす。
「ふむ、では行くか」
「うん」
「しかし、マール。連携を無視した動きは、あまりするな? 約束事を守らねば、パーティーは成り立たぬ」
「…………。うん、ごめんなさい」
僕は、うつむきながら頷く。
ポン
そんな僕の頭に手を乗せ、キルトさんは少し乱暴に撫でた。
(…………)
心の中にある感情は、抑え込む。
「よし、行くぞ」
キルトさんの声で、僕らは隊列を作り、また『大湿原』の中を歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
昼は、湿原の中をひたすらに歩いた。
1日に4~5回、『泥のゴーレム』たちと遭遇して、戦闘になる。
1回の戦闘で倒すのは、5~10体。
弱点がわかったからか、戦いには余裕があった。
1日に、多ければ50体のゴーレムを倒すこともあるけど、
(もっとたくさん出てきてもいいのに)
なんて思った。
だって、そうすれば、他の人たちへの危険が減るのだから。
夜は野宿だ。
見晴らしの良さそうな場所で、毛布を羽織って横になる。
交代で、見張りにも立った。
数日間、歩いている間に、スコールにあったりもした。
防水ローブを羽織って、乗り越えた。
そんな風にして10日間、『大湿原』を歩いていき、やがて僕らは、『赤茶けた荒野』へと辿り着いた。
◇◇◇◇◇◇◇
(真っ赤だ……)
これまで歩いてきた緑の湿原とは違って、赤茶けた乾燥した大地が広がっていた。
前世のテレビや映画で見た、火星の景色みたいだ。
植物の姿は見られず、土と岩だらけ。
キルトさんが、地図に現在地を記しながら、
「ふむ。どうやら『航海日誌』にあった『荒野』とやらに着いたようじゃな」
と口にした。
(ここが……)
本当に何もない大地だ。
風に乗って、乾燥した砂が舞っていく。
ケホケホッ
ソルティスが咳き込み、口の周りを腕で覆った。
「砂っぽい場所ね」
「うん」
「ねぇ、キルト? ここでも先に拠点を造るのかしら」
「そのつもりじゃ」
キルトさんは頷いた。
「わらわたちは、1日遅れたからの。先に他の者が、拠点に相応しい場所を見つけておるかも知れぬ」
そうして僕らは、しばらく『赤茶けた荒野』を歩いた。
(あ……)
荒野の中で、人の集まっている場所があった。
すでに簡易テントが建てられ、現在は、鉄柵で周囲を囲っている最中だった。
僕らに気づき、何人か手を振ってくる。
僕らも振り返し、すでに建設が始まっていた『赤茶けた荒野・拠点』へと向かった。
…………。
…………。
…………。
あれから、10日間が過ぎた。
『赤茶けた荒野・拠点』には探索に出ていた全員が集まり、『大湿原・拠点』に残っていた150名も合流した。
その間、僕らは、しっかり休養を取った。
気力、体力も回復している。
そして今日からは、この『赤茶けた荒野』の探索を開始するんだ。
(よし、やるぞ)
僕も気合十分だ。
ロベルト将軍たちも、ここまで順調に来れていると言っていた。
この先も変わらずに行きたいと思う。
「よし、出発じゃ」
キルトさんの声で、僕らは『赤茶けた荒野』の奥へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「虫、虫、虫……ねぇ」
変わらぬ赤土の大地を歩きながら、前を行くソルティスが呟いた。
虫。
それは『航海日誌』に書かれていた文言だ。
あと、
(仲間が大勢、生きたまま喰われた……だっけ)
そんな文言もあったね。
見た感じ、それらしい虫などは見当たらない。
というよりも、生物の姿自体がない。
(なんか、死の大地……って感じかな?)
ちょっと嫌なイメージだけどね。
イルティミナさんは、妹に言う。
「ちゃんと、『黄色の魔石』は持っていますか?」
「もちろん」
ソルティスは答えて、腰ベルトのポーチから、黄色い魔石を取り出してみせた。
黄色の魔石。
それは虫除けの魔石だ。
野外で活動する冒険者は、これで毒虫や寄生虫の脅威を減らせるんだ。
その説明を、僕も、初めてゴブリン退治に向かった馬車の中で、イルティミナさんから聞いている。
(便利だよねぇ)
「これがあったら、『航海日誌』の虫も大丈夫かな?」
僕は聞いた。
イルティミナさんは微笑んだ。
「当時は、まだこの魔石も発明されていませんでしたからね。効いてくれる可能性は高いと思いますよ」
「そっか」
僕も安心して頷いた。
話が聞こえていたのか、先頭を歩いているキルトさんがあっさりした口調で言う。
「『航海日誌』の虫が、本当にただの虫ならばの」
「…………」
「…………」
「もう、キルトったら」
僕とソルティスは黙り込み、イルティミナさんが困ったように彼女を睨んだ。
キルトさんには、『鬼姫の勘』がある。
(洒落にならないよ……)
思わず、ため息だ。
そんな僕らの反応に、キルトさんは苦笑していた。
そうして、半日ほど『赤茶けた荒野』を歩く。
(ん……?)
岩と赤土の世界。
そこにふと、巨大な白い岩のようなものが半分土に埋もれながら、姿を現した。
一瞬、何かわからなかった。
でも、すぐに気づく。
(骨だ)
それは白骨化した、何かの遺体だったんだ。
でも、サイズがおかしかった。
(これ、何十メードあるの?)
いや、これは100メード以上のサイズかもしれない。
僕らは、唖然と見上げた。
「驚いたの。これは『大王種』の骨じゃな」
キルトさんが言う。
大王種。
それは、古代タナトス魔法王朝より前の時代に存在し、現在は絶滅したという太古の生物だ。
ドル大陸でも、その骨を目にしている。
「この暗黒大陸でも、存在してたのね」
ソルティスが、真紅の瞳をキラキラ輝かせながら呟いた。
コンコン
ポーちゃんが、拳で軽く叩く。
骨に付着していた赤い砂が、パラパラと落ちてきた。
近くで見ると、本当に小山だ。
(地中に埋もれた部分も入れたら、どれくらいの大きさになるんだろう?)
こんなサイズの生き物が、大昔には生きていたのかと思うと、なんだか不思議なロマンを感じてしまうよ。
その巨大な骨のそばを、僕らは通り抜ける。
それからも荒野を歩いていると、何度か『大王種』の骨らしきものを目撃することがあった。
その夜は、『大王種』の骨の下で野営をした。
(…………)
まるで食べられたみたいだ。
大きな肋骨の向こうに見える星空は、とても綺麗だった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日も『赤茶けた荒野』を歩いていく。
今日は風が強い。
砂埃も酷くて、僕らは口元を布で覆いながら、赤い大地を歩いていた。
本当に動く物の姿を見かけない。
(……植物もないんだ)
周囲には、水場らしいものもないから、仕方ないのかもしれない。
「あら?」
ふと、ソルティスが呟いた。
「どうしたの?」
僕は問う。
「あそこに、枯れ木が生えてるみたい」
「え?」
ソルティスの小さな指は、横の方を示していた。
僕の青い瞳も、そちらを向く。
(……あ、本当だ)
砂の舞う風の向こう側に、太い木の幹のようなものがあった。
幹回りは、直径3メード。
でも、高さ5メードほどのところで折れてしまっているみたいで、表面は、大地と同じ赤土に覆われていた。
「植物、あったんだね」
僕は呟いた。
こんな乾燥した大地でも、こんな大木が育っていたなんて凄いな、なんて思っていた。
近くで見ようと、足が向かう。
「いけません」
イルティミナさんの腕が、僕の進路を遮った。……え?
お姉さんを見上げる。
彼女は少しだけ険しい表情で、枯れ木を見ていた。
「あれは木ではありません。蟻塚です」
…………。
え? 蟻塚?
蟻塚って、つまり、蟻の巣だ。地中ではなくて、地上に作られる巣のことだ。
(でも、あんなに大きな?)
僕はびっくりしてしまった。
と、ちょうどその時、吹いていた風が収まっていく。
砂埃が消えていく。
(あ……)
視界が開けて、気がついた。
僕らの周囲の大地には、枯れ木のような巨大な蟻塚が10本以上、乱立していたんだ。
…………。
その根元の赤土が、波立っている。
蟻だ。
何百万、何千万、あるいは何億もの赤く小さな蟻たちが、巣から出てきていたんだ。
体長は1センチほど。
でも口元には、体長の半分もあるような長い鋏が生えていた。
中には、羽の生えているものもいる。
「これはいかん」
キルトさんが厳しい声を出す。
気がついたら、僕らの周囲の大地は、蟻だらけになっていて、その包囲網は少しずつ狭まっていた。
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