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272・大湿原の怪物

第272話になります。

よろしくお願いします。

 翌朝、『第5次開拓団』の400人全員が、『開拓村・拠点』の広場に集められた。


 僕ら5人も、その中だ。


 みんなの前には、代表の4人が立っている。


 もちろん、キルトさんもいる。


「全員、聞いてくれ」


 ロベルト将軍の落ち着いた声が、広場に響く。


 その話によれば、これからは、川の向こう側にある『黒大猿ダークエイプの森』の探索は中止し、代わりに、川のこちら側で、『航海日誌』にも書かれていた南西方向にある『大湿原』を目指すということだ。


(うん)


 昨夜、キルトさんから聞いていた通りだ。


 また探索は、これまで同様、冒険者団50名、王国騎士団200名の計250名で行われる。


 残りの王国騎士団100名、神殿騎士団50名は、『開拓村・拠点』の防衛だ。


 ロベルト将軍は言う。


「予定では、『大湿原』まで森の中を3日かかる。全員、そのつもりで準備をしてくれ」


 とのこと。


 それと現在、『竜騎隊』の4騎は、『大湿原』までの地形を上空から確認してくれているそうだ。


 それを元に地図が作成され、探索前には配られるとのこと。


 出発は、昼前の予定だって。


「以上だ。何か質問は?」


 特に誰からも質問はなかった。


 ロベルト将軍は、それを確認して大きく頷いた。


「それでは、皆の健闘を期待する!」


 力強い声。


 それをもって、集まりは解散となった。 


 僕らも、自分たちに割り当てられた家に戻って、準備を行った。


 2時間ぐらいして、キルトさんも戻ってくる。


「地図じゃ」


 彼女の手には、作成されたばかりの真新しい地図があった。


 僕ら5人は、それを覗き込む。


 キルトさんの指が地図上をなぞって、


「ルートとしては、川沿いを進むものと、山を挟んだ反対の森を進むものがある。森を進んだ方が、距離的には近い。そのため冒険者団は、森を進むことになった」


 と説明した。


 僕らは頷いた。


 キルトさんは、そんな僕らを見回す。


「全員、出発の準備はできているか?」

「うん」

「問題ありません」

「オッケーよ」

「…………(コクッ)」


 装備も整えてあるし、3日間の野宿のための荷物も用意している。


 キルトさんは笑った。


「よし、では『大湿原』を目指していくぞ!」


 僕らは「おう!」と応えた。


 それからすぐに、僕ら5人は『開拓村・拠点』を出発して、南西の森へと入っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 南西の森を歩いていく。


 代り映えのない木々と草花の景色が続いている。


 歩きながら、キルトさんは時折、地図を取り出しては、現在地に赤インクと筆で印をつけ、日付と時刻も記していた。


「何の作業?」


 僕は訊ねた。


 キルトさんは「ん?」と振り返り、


「ルートの作成じゃな。どの道で、どのくらいの時間かかるのか、それを記録している」


 と教えてくれた。


「これを作っておけば、後人が困らぬからの」

「ふぅん?」


 要するに、僕らの後に来る人たちのためのルート地図だ。


 僕らはルート開拓者でもあるらしい。


 物珍しい気持ちで、僕はキルトさんの作業を眺めている。


 と、


「それにしても平和ね」


 ふとソルティスが呟いた。


(ん?)


 僕は少女を見る。


「村を出てから5時間は経ってるのに、何にもないもの。本当に『黒大猿』って、川の向こう側にしかいないみたいね」


 と言う。


 妹の言葉に、イルティミナさんが頷いた。


「あの『航海日誌』の通りですね」


 うん。


(他の内容にも、信憑性が増すよね)


 ちなみに、川の向こう側と繋がっていた3本の『吊り橋』は、今日中に解体される予定なんだって。


 これで『黒大猿』の脅威がなくなるなら、ありがたい。


 イルティミナさんは言う。


「とはいえ、油断は禁物です。『黒大猿』以外の魔物もいるかもしれませんしね」

「ま、そうね」


 ソルティスは頷いた。


 僕は、周囲の森を見回してみる。


 …………。


 今のところ、それらしい気配は感じない。


 変な臭いもしない。


 もちろん気を抜くことはしないけれど、なんとなく、この辺の森は安全な気がした。


 ザッ ザッ


 僕らは着実に歩みを進める。


 そうして3日間、南西の森をひたすらに進んでいった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 それは、3日目の午前中だった。


(あ……)


 突然、森の木々が途切れ、目の前に緑色の大きな草原が広がったんだ。


 草原の中には、ポツポツと木が生えていて、大きな川が蛇のようにうねりながら、草原の中を流れていた。


 また草原には、大小の沼があった。


「……湿原だ」


 僕は、そう声をこぼした。


 それは見渡す限りの大きな湿原だった。


 隣にやって来たイルティミナさんも、大きく頷いた。 


「ようやく着きましたね」

「うん」


 僕も頷く。


 これが『航海日誌』にも記されていた『大湿原』……。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 僕ら5人は、しばらく地平線の果てまで続く広大な『大湿原』を、無言のまま眺めてしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「まずは、ここに拠点を造る」


 キルトさんは、そう言った。


 その上で『大湿原』の探索を行う予定なんだそうだ。


 ということで、他の人たちも集めるために、僕らは、発光信号弾を撃ちあげた。


 パァアン


 青い空に、魔法の光が輝いた。


 1時間もすれば、かなり大勢の人がやって来た。


 その人たちに、キルトさんが指示を出して、全員で拠点造りが行われていく。


 邪魔な草木を刈り、簡易テントを仮設して、それらの周囲を組み立て式の鉄柵で囲っていった。


(ふぅ、ふぅ)


 僕も汗をかきながら、作業に勤しむ。


 日が暮れる直前に、なんとか作業は終了した。


 また作業途中には、発光信号弾を見た『竜騎隊』も来てくれて、『開拓村・拠点』までの伝令も頼んでいた。


「ロベルト将軍に、これを」


 そう言いながら、キルトさんは作成したルート地図も渡していた。


 これを頼りに、『開拓村・拠点』の150人もこちらにやって来るんだって。


 到着は3日後の予定だ。


 逆に僕らは、3日間の休養になる。


 そうして3日間、僕らは簡易テントの中でゆっくりしていたんだけれど、冒険者団の中には、周辺を探索してきた人たちもいた。


 そして、近くで『第3次開拓団』の拠点跡が見つかった。


(そっか……)


 30年前の『開拓団』のあとを、僕らは追いかけている――その事実を強く感じたよ。


 そうして3日後、ロベルト将軍、神殿騎士団長アーゼさんたちの率いる150名が、『大湿原・拠点』へと到着した。


 入れ替わるように、僕ら250名は出発する。


「よし、行くぞ!」


 キルトさんの号令の下、ついに『大湿原』の探索が開始されたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



『大湿原』の先にあるという『荒野』を目指して、僕らは、ぬかるんだ大地を進んでいく。


 足元は、湿った土だ。


 泥になっているところもある。


 草の高さは、腰ぐらいまで伸びていて、それが地平の果てまで続いている。


 また、水たまりのようなものから、大きな池のようなものまで、大小の沼が点在していた。


 ガポッ ガポッ


「あ、歩き難いわ~っ」


 ちょうど足元が泥になっていて、くるぶしまで沈む地面に、ソルティスが文句をこぼしていた。


(確かに歩き辛いね)


 1歩ごとに、地面に足が吸いつく感じ。


 持ち上げるのが大変だ。


 とはいえ、視界は開けているし、空も見えているので方角に迷うことはない。


 歩き難いけれど、開放感がある景色だった。


 キルトさんは相変わらず、地図に印をつけている。


「ふむ……」


 小さく唸った。


(?)


「どうしました、キルト?」


 気づいたイルティミナさんが問いかける。


 キルトさんは振り向いて、


「いや、大したことではない。レイドルの報告にもあったが、この『大湿原』、かなり広いらしくての。抜けるまで日数がかかりそうなのじゃ」


 と言った。


(そうなんだ?)


 ソルティスが、嫌そうに聞く。


「どれくらい?」

「7~10日前後かの」


 とキルトさん。


 ソルティス、絶望の表情だ。


 そういえば、


「『航海日誌』に書かれてた日付でも、10日ぐらいかかってたよね」


 僕は、思い出す。


 キルトさんは「うむ」と頷いた。


 と、


「『航海日誌』といえば、他にも少し気になることが書かれていましたね」


 ふとイルティミナさんが言った。


 僕らの視線が集まる。


「『不死の人形』」


 美しい声が、静かにその言葉を紡いだ。


「この『大湿原』には、そのような存在がいて、『どうやっても倒せない』のだとか」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 僕は、周囲を見回す。 


 見晴らしの良い草原には、けれど今、そのような存在は見られない。


 イルティミナさんは問う。


「正体は、何だと思います?」

「わからぬ」


 キルトさんは答えた。


「しかし、『不死』と言うからには、アンデッド系の魔物かと予想しているがの」

「なるほど」


 アンデッド系の魔物。


 例えば、スケルトンとか、不死オーガとか、骸骨王とかかな?


 …………。


(どれも手強そうだ……)


 心の中で、ソッとため息をこぼす僕である。


 キルトさんは言う。


「幸いにして、見晴らしは良い。周囲への警戒を怠らず、前進していけば問題はなかろう」


 ん、そうだね。


 どんな危険な魔物であれ、前に進むのみだ。


(それに、みんなと一緒なら、きっとなんとかなるよ)


 うん!


 一緒にいる仲間への信頼と共に、僕は大きく頷いた。


 そうして僕ら5人は、青空の下、この広大な『大湿原』を歩いていく。


 ――それからほどなくして、僕らは『不死の人形』と遭遇することになった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 最初に異変に気づいたのは、ポーちゃんだった。


「…………」


 クイッ


 小さな手が、突然、僕の腕を引く。


(わ?)


 強引に歩みを止められて、僕はたたらを踏んでしまった。


 僕らにつられて、みんなも足を止める。


「どうしたの?」

「…………」


 僕の呼びかけに、ポーちゃんは答えない。


 ただ、彼女の視線は、すぐそばにある沼の方を見つめていた。


(???)


 不思議に思って、僕も見ていると、


 コポッ


 沼の水面に、気泡が浮いた。


 コポポッ


 泥の水面が波立ちながら、ゆっくりと盛り上がっていく。


(え……?)


 僕らは慌てて、それぞれの武器を構えた。


 沼から現れたのは、高さが2メードほどの泥土の塊だった。


 ずんぐりした体形で、短い手足が生えている。


 頭部らしき場所には、目や口のような凹みがあるけれど、その表面には泥水が流れていて、まるで泣きながら嘆きの叫びをあげているようにも見えた。 


 グチャッ ガポッ


 短い泥の足を動かして、僕らの方へ、のっそりのっそりと近づいてくる。


「な、なんだこれ!?」


 僕は思わず、剣を構えたままあとずさってしまった。


 キルトさんは険しい表情で、


「魔物じゃの。全員、泥の足場に気をつけよ。いつものようには動けぬことを忘れるな」 


 と警告する。


(う、うん)


 そうだった。


 少しだけ力を込めるけれど、靴裏が滑るような感触がある。


 それでいて、動こうとすると足が地面に吸いついて、軽く引っ張られる感じだ。


 泥の足場って、面倒だ。


 ガポッ グチャリ


 沼から現れた『泥の怪物』は、ゆっくりと巨体を揺らしながら近づいてくる。


「仕掛けます」


 イルティミナさんがそう言うと、前に動いた。


 足場が悪いとは思えない、滑らかな動き。


 パシャッ


 軽く水面を散らして踏み込み、白い槍が一閃する。 


 ザキュン


 その美しい刃は、狙い違わず、接近する『泥の怪物』の頭部を切断した。


 切断された頭部は落下して、泥の地面に落ち、そのまま大地と同化してしまう。


 怪物の動きが止まった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 僕らは、そのまま注視する。


 すると、


 ジュルル


(あ……)


 足元の沼から体表を流れた泥水が集まって、再び、泥の頭部を再形成してしまったんだ。


 ガポッ グチャリ


 再び、歩きだす。


 ソルティスが愕然としながら言った。


「ふ、復活した?」


 キルトさんの表情も、更に険しくなる。


 イルティミナさんは、凛とした表情のまま、手にした白い槍を握り直した。


「ハッ!」


 キュボッ ザキュッ ザンッ


 白い光のような連撃が繰り出され、手が、足が、胴体が切断される。


『泥の怪物』は、グチャッと地面に崩れた。


 けれど、


 ジュルル


 再び沼の泥を吸って、怪物は復活した。


「嘘だろ……?」


 僕は茫然と呟いた。


 イルティミナさんも美貌をしかめて、後ろに下がる。


「これは……物理攻撃が無効なのでしょうか?」

「むぅ」


 キルトさんも唸る。


「だったら!」


 ソルティスが手にしていた大杖の魔法石を赤く輝かせた。


「大炎の鳥籠よ! あの泥の集まりを焼き尽くして! ――ファ・レイア・ロード!」


 空中に煌めくタナトス魔法文字。


 それは赤い炎の玉となり、『泥の怪物』の頭上に浮かんだ。


 炎の玉は、その場で回転する。


 そのまま螺旋を描くように下降し、炎の尾を残しながら『泥の怪物』を内側に閉じ込めた。


(まるで炎の竜巻だ!)


 熱波がここまで届き、水蒸気が沸き上がる。


 ジュオオオ


 やがて、炎が終息する。


 そこには、真っ黒く乾燥した土となった、大きな塊が残されていた。


 それはひび割れ、やがて、風にあおられて崩れていく。


 ガララ


(やった……!)


 そう思った。


 でも、


 ジュルルル


 その直後、乾いて砕けた土たちは、沼の泥水を吸い上げて、また1つに集まっていった。


「なっ……嘘でしょ!?」


 魔法使いの少女も呆然だ。


 僕らの目の前には、再び復活した『泥の怪物』が現れていた。


 ……剣でも、魔法でも倒せない。


 まさか、


「これが……『不死の人形』?」 


 僕は呟く。


 みんな、驚いたように僕を見た。


 グチャッ ガポン


『泥の怪物』は、ゆっくりと僕らに近づいてくる。


 のっそり、のっそりと。


 少しずつ、でも確実に、決して倒せない悪夢の恐怖を伴いながら……。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 森を抜ける迄は何事もなく、平和な道程でしたね。 まさに嵐の前の静けさ的な(´・ω・`) [一言] 『不死の人形』ですか。 てつきりスライム的な『核』を壊せばO.…
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