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271・夢の景色と航海日誌

第271話になります。

よろしくお願いします。

「は~、疲れたわぁ」


 その夜、ソルティスは肩を揉みながら、『開拓村・拠点』で僕らに割り当てられた家へと帰ってきた。


「おかえり」

「ご苦労様でしたね、ソル」


 僕らは、少女を出迎える。


 ソルティスは今まで、昼間の戦闘で負傷した人たちを、他の回復魔法の使い手さんたちと一緒に治療していたんだ。


 ポフッ


 ベッドに、うつ伏せに倒れ込む少女。


「とりあえず、今回は死人は出なかったわ~」


 とのこと。


(そっか、よかった)


 ソルティスの話だと、今回は50人以上の怪我人がいたんだって。


 中には重傷な人もいたけれど、


「ここには、私以外にも、何人か腕のいい回復魔法使いがいてね~」


 そのおかげで、一命を取り留めたそうなのだ。


(さすが、選ばれた精鋭揃いの『開拓団員』だね)


 ちなみに、薬や医療器具も持ってきてはいるし医者もいたけれど、今回は出番はなかったそうだ。


「薬は有限ですからね」


 と、イルティミナさん。


 それこそ、回復魔法を使う人が足りなかったり、全員魔力切れになったりした非常事態に活躍する予定らしい。


 ……そんな事態が来なければいいなと思う。


 モミモミ モミモミ


「あ~、効くわぁ」

「…………」


 気づいたら、うつ伏せなソルティスの肩や腰を、ポーちゃんが無言のまま揉んでやっていた。


 優しいな、ポーちゃん。


 ソルティスも、とっても気持ちが良さそうだ。


 僕とイルティミナさんも、ついつい笑ってしまった。


 と、


「あれ? そういえば、キルトは?」


 少女はようやく、この場にキルトさんがいないことに気がついたみたいだ。


 僕は言う。


「本部だよ。代表4人で話し合いだって」


 そして、まだ帰ってないんだ。


 ソルティスは「そうなの」と驚いた顔だ。


 窓の外を見て、


「もう夜なのにね」


 と呟いた。


(うん……)


「昼間の魔物の件がありましたからね。今後の方針で悩んでいるのでしょう」


 とは、イルティミナさんの言葉。


 僕も、あの黒い魔物を思い出す。


 人面をした、大きな猿みたいな黒い毛皮の魔物たち。


(……強かったよね)


 そう思う。


 とんでもない握力に、刃を弾く岩のような手のひら、そして、凄まじい身体能力。


 …………。


 イルティミナさんは、言う。


「正直、1体ならば、まだ対処のしようはあると思いますが、あれだけの群れで来られては対応も難しいですからね」


 うん、そうだね。


 最終的に、僕らと対したのは200体近い群れだった。


 僕ら『開拓団』は、400人。 


 その内、探索していたのが250人。


(正面からぶつかり合うのは得策じゃないって、僕でもわかるよ)


 やっぱり暗黒大陸、そう簡単にはいかないみたいだ。


「…………」


 まだ4日目なのに、これからどうなるんだろう?


 ふと、窓の外の夜空を見る。


 アルバック大陸でも変わらない紅白の月――それを見上げながら、僕は心の中で、短くため息をこぼした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 …………。

 …………。

 …………。

 ……気がつけば、僕は、真っ暗な水の中をたゆたいながら沈んでいた。


(あれ?)


 これはいったい……?


 そう思って、ふと思い出す。


 そうだ。


 キルトさんの帰りが遅いからと、今夜の僕らは、先にベッドに横になったんだっけ。


(とすると、これは夢かな?)


 そう納得する。


 なので、安心しながら、暗い水の中をたゆたっていた。


 ユラユラ。


 ユラユラ。


 なんだか心地好い。


 夢のせいか、僕の身体はぼんやりと光っていて、『神狗』の時みたいに耳と尻尾が生えている。


 そして、まるで真っ暗な海の中を、ゆっくり落ちていっているみたいだった。


(ん……?)


 その時、ふと遠い闇の中に、淡い光を見つけた。


 目を凝らす。


 あ……、


(ポーちゃん?)


 それは、癖のある金髪と水色の瞳をした幼女だった。


 しかも、角と尻尾、鱗も生えて、神体モードだ。


 彼女も、ぼんやり光っている。


 そして向こうも、僕を見つけて、なんだか驚いた顔をしていた。


(どうして、ここに?)


 そう聞きたかったけれど、水の中のせいか、声は出なかった。


 ……まぁ、夢だからいいか。


 お互いに何も喋らないまま、仲良く2人で、水の底へと落ちていく。


 ユラユラ。


 ユラユラ。


 そうしてどれくらい経っただろう?


 数時間?


 数日?


 あるいは数秒?


 時間の感覚も曖昧な、長いような短い時が過ぎた時、ふと足元の遥か先に、光があることに気づいた。


 とても強い光だ。


(……なんだ、あれ?)


 僕らの光よりも、よっぽど強くて、大きな光だ。


 その光のおかげで、真っ暗な水の底の景色がよくわかった。


 ――街だ。


『壊れた街』が、真っ暗な水の底に静かに佇んでいた。


 暗闇に浮かび上がった街は、とても大きくて、光の届く外側まで、ずっと続いているようだった。


(…………)


 僕もポーちゃんも、それを見つめてしまった。


 と、その時だ。


 ズルリ


 そんな重く、鈍い気配が伝わってきた。


(!?)


 その壊れた街の上に、真っ黒くて巨大な蛇の影が現れた。


 100~200メードどころではない、もしかしたら、街よりも大きなサイズの1000メード級の巨大な影だ。


(な、なんだあれは……?)


 呆然となる僕とポーちゃん。


 そんな僕らの眼下で、巨大な蛇の影は、街を照らしている光源へと向かって、大きく口を開けた。


 あ……。


 パクン


 そんな表現が似合うような感じで、蛇の影は、光を丸呑みにしてしまった。


 世界が闇に落ちる。


 街の姿も見えなくなる。


 どこまでも広がる黒い水。


 その中で、より漆黒の蛇の影が蠢いた。


 …………。


 その瞳は、この闇の世界で、ぼんやりと光を放っている僕とポーちゃんを捉えた。


(あ……)


 気がついた時には、蛇の影はこちらに迫っていた。


 その大きな口が開いて、


(う、わぁああ!?)


 バクゥン


 慌てる僕とポーちゃんを、一口に飲み込んでしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「わぁああ!?」


 自分の叫び声で目が覚めた。


 ドクドク


 心臓が早鐘を打っている。


「マール?」


 一緒に寝ていたイルティミナさんが、飛び起きた僕に驚いて、目を覚ました。


(……あ)


 起こしちゃった。


 窓の外は暗い。


 まだ夜明け前のようだ。


「どうしました、マール? 悪い夢でも見ましたか?」


 起こされたイルティミナさんは、怒るでもなく、僕のことを心配してくれる。


 白い指が、優しく僕の髪を梳く。


 …………。


 汗でびっしょりだった。


(夢……)


 蛇に飲まれる夢だ。


 直前まで見ていた夢の光景を思い出す。


 と、


「ポー? どうしたの?」


 眠そうなソルティスの声がした。


 見れば、ソルティスの隣のベッドで、ポーちゃんが上体を起こしている。


 小さな手は胸を強く押さえていて、


「…………」


 幼い美貌は、汗でびっしょりだった。


 肩で息をする幼女は、僕を見た。


「…………」

「…………」


 夢、だよね?


 いや、夢だけど……ただの夢じゃなかったのかな?


 お互いの視線で、今の夢の出来事を共有していることを理解してしまう。


 僕らの様子に、ウォン姉妹も困惑した様子だった。


 と、その時だ。


 ギィ


 家の扉が開いた。


「なんじゃ? そなたら、起きていたのか?」


 そこには、キルトさんがいた。


 どうやら彼女は、代表4人の話し合いから、ようやく帰って来たところみたいだった。


 柱にかけられたランタンに、灯りを点ける。 


 僕は言った。


「……ちょっと、変な夢を見て」


 そして、大きく息を吐く。


 それから、


「おかえりなさい、キルトさん。遅くまでお疲れ様」


 そう彼女を労った。


 キルトさんは微笑んだ。


「ただいまじゃ」


 その手には、話し合いで配られたのか、数枚の紙があった。


 それをベッドの上に置くと、彼女は、水差しの水をコップに注いで、それを飲む。


「ふぅ」


 と一息。


 それを眺めながら、イルティミナさんが問いかけた。


「ずいぶんと遅かったのですね」

「そうじゃな」


 キルトさんは、コップを片手にベッドに腰かけながら、頷いた。


 それから、


「実はな、砂浜近くの海で座礁していた『第3次開拓団』の船から回収した『航海日誌』の解読が終わっての」


 と言った。


(航海日誌の解読が……?)


 僕らの視線が集まる。


 キルトさんは、また水を一口飲んで、


「損傷もあったが、断片的に色々と面白い情報もあっての。それも参考に、今後の探索方針を決めていたら、このような時間になってしもうたのじゃ」


 と苦笑した。


 それから、ベッドの上に置いた数枚の紙を、僕らに差し出してくる。


 僕が受け取る。


 ソルティス、ポーちゃんもやって来て、4人でそれを覗き込んだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 64日目。

 シュムリア王国を出発して、ついに暗黒大陸に到達した。これからの探索が楽しみだ。


 71日目。

 森の中に開拓拠点が完成した。


 72日目。

 今日より、本格的な探索を開始する。


 73日目。

 黒い魔物に襲われた。『黒大猿ダークエイプ』と名付ける。どうやら水が苦手らしく、川向こうよりこちらには来ないらしい。


 77日目。

『黒大猿』により14名が死亡した。『金印の魔狩人ガイルズ・シュレイド』の力で退却に成功。これ以上、川向こうの探索は不可能と判断する。


 81日目。

 川沿いに西方へと向かう。


 88日目。

 大きな湿原を発見する。


 90日目。

 不死の人形たちがいる。どうやっても倒せない。


 97日目。

 ここまでの戦闘で8人が死亡、11人が行方不明となった。大湿原をようやく抜ける。 


 101日目。

 荒野に辿り着いた。


 102日目。

 虫だ。虫、虫、虫虫虫……。


 104日目。

 仲間が大勢、生きたまま喰われた。


 108日目。

 大きな森についた。霧が濃く、方向感覚が狂う。


 109日目。

 仲間たちがはぐれていく。22人が行方不明だ。太陽も見えず、方向がわからない。帰り道がわからない。ここは『死の森』だ。


 114日目。

 森を抜けた先に、廃墟の都市があった。


 115日目。

 ここは古代タナトス魔法王朝のものか、あるいは原住民のものか? 調査を進める。


 119日目。

 都市には巨大な蛇が存在した。『金印の魔狩人ガイルズ・シュレイド』も食われた。早く逃げなければ……。


 151日目。

 大地が怒った。ここは人間が来ていい場所ではなかった。


 154日目

『奴』に見つかり、船が破壊された。もう帰れない。


 166日目。

 食料が尽きた。団員たちが殺し合いをしている。


 171日目。

 帰りたい、帰りたい、帰りたい……。


 

 ◇◇◇◇◇◇◇



 パサッ


 僕らは、紙面から目を離した。


 171日目以降は、何も書かれていなかった。つまり、そういうことなんだろう……。


 キルトさんが言う。


「現状では、『神霊石』を探す手掛かりは何もない。しばらくは、この『第3次開拓団』の足跡そくせきを追いかけ、『湿原』を目指そうかと思っておる」


 イルティミナさんとソルティスは頷いた。


 でも、僕は黙っていた。


 ポーちゃんも同じだ。


 僕らは、114日目と119日目の内容に心奪われていたんだ。


 廃墟の都市に大きな蛇。


 そして、僕らと同じ光で、でも、もっと強く大きな光を飲み込んだ蛇の夢。


 もしも、光が『神気』。


 あの大きな光が『神霊石』だとしたら?


「…………」

「…………」


 僕とポーちゃんは、お互いを見つめ合った。


 そこに、同じ思いを確認する。


「どうしました、マール?」


 気づいたイルティミナさんが問いかけてくる。


 キルトさん、ソルティスも僕らを見た。


 確信はなかったけれど、あの夢を無視できなかった僕は、みんなに夢の内容と今の予想を伝えることにした。


 …………。

 …………。

 …………。


「なるほどの。夢か……」


 聞き終えたキルトさんは、形の良い顎に手を当て、頷いた。


 そうして考え込む。


 ソルティスは『本当なの?』と半信半疑の様子だった。


 でも、その姉は、


「私は、マールの見た夢が予知夢であると信じます」


 と断言する。


「ふむ」

「マールは奇跡を引き寄せる子です。かつて、赤牙竜ガドから私を助けてくれたように、きっと今も……」


 熱い口調で言ってくる。


(イルティミナさん……)


 なんだか、僕の胸も熱くなった。


「そうじゃな」


 キルトさんは頷いた。


「もともと、『第3次開拓団』の足跡を追う予定じゃったのじゃ。その廃墟の都市にいる巨大な蛇とやらを目的とするのも良かろう」

「キルトさん」


 見つめる僕の頭に、キルトさんはポンと手を置いた。


 髪をかき回される。


「よし、そうと決まれば、早く寝ろ。明日からは忙しくなるぞ」

「うん」


 僕は笑った。


 キルトさんも笑顔を返してくれる。


 他の3人も笑ったり、苦笑したり、頷いたりしていた。


 そうして、僕らはベッドに横になる。


 ランタンの灯りも消えた。


(…………)


 朧気だけれど、目標が見えた。


 そこに至るまでには、きっと困難が続くだろうけれど、それでも宙ぶらりんだった時に比べて、気持ちは違う。


 うん。


(がんばろう)


 心の中で強く思う。


 ギュッ


 それがわかったかのように、イルティミナさんの僕を抱き枕にする腕の力が強くなった。


 まぶたを閉じる。


 温かな体温と甘やかな匂いに包まれて、僕はもう一度、ゆっくりと眠りの世界に落ちていった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神霊石は蛇の腹の中、か… 絶滅したと言われてた大王種ってやつかな? 普通なら糞と一緒に排泄されてそうですけどねw
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ ポーちゃんとマールが夢の中でランデブー飛行! イルティミナの胸中や如何に!?(笑) [一言] 寧ろ154日目の船を破壊した『奴』が気になります。 廃墟の都市に居…
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