270・撤退の戦い
第270話になります。
よろしくお願いします。
「マール! 私からあまり離れないでください!」
ガヒュッ
言いながら、イルティミナさんの白い槍が、迫っていた黒い魔物の腹部を両断する。
「う、うん!」
返事をしながら、僕は『妖精の剣』を構え直す。
僕らの前方には、5体の黒い魔物が集まっていた。
そして、その逆方向、僕らの背中側には、負傷した王国騎士さんとそれを治療するソルティスの姿がある。
僕らは、発光信号弾の上がった場所に来ていた。
そこでは、負傷した王国騎士たちと、彼らに襲いかかろうとしていた黒い魔物の群れがいたんだ。
すぐに加勢に入った。
動けないほどの重傷者がいたので、ソルティスが回復魔法を使い、その間、僕らは全員で彼女たちを守る防衛網を敷いていた。
「ぬぅん!」
バヂッ バヂィン
キルトさんの『雷の大剣』が飛びかかってきた黒い獣を迎え撃ち、頭部を叩き潰した。
(これで4体目!)
思った以上に数が多い。
キルトさんとイルティミナさんの活躍で、4体は倒せている。
でも、僕は実力が足りないので、牽制のみに努めていた。
「シィッ!」
キュボッ
頭上の木の枝から飛びかかってきた黒い魔物を、イルティミナさんの白い槍が逆に貫いた。
血を吐きながら、黒い魔物は地に落ちる。
「マールには近づかせません!」
気を吐くお姉さん。
どうやら、さっきの戦闘で僕を危険な目に合わせてしまったことを気にしているみたいだ。
守るのはソルティスのはずなのに、なぜだか、僕にも魔物を近づかせようとしない。
嬉しいんだけど、なんと言っていいか……ちょっと困る。
と、残った3体が一斉にキルトさんに飛びかかった。
「むっ!」
『雷の大剣』が青い雷光を走らせ、迎撃する。
けれど、黒い魔物の1体がその剣をかいくぐり、僕らの方まで飛びかかってきた。
(来た!)
僕は『妖精の剣』を構える。
と、そんな僕の前へと、金髪の幼女が割り込んできた。
ヒュッ
黒い魔物の掴みかかる腕を、左手で軽く押して進路をずらす。
そのままがら空きとなった脇腹に、
「ポォオオッ!」
ドパンッ
小さな右手の掌底打が撃ち込まれた。
魔物の腹部が、後方へと大きく膨張する。
ただの打撃ではない。触れた体内に『神気』を叩き込み、内臓を破壊する恐ろしい技だ。
『ガフ……ッ』
黒い魔物は血を吐きながら地面に倒れ、痙攣しながら息絶えた。
「…………」
ビシッ
格好良く構えを決めるポーちゃん。
これで魔物は全滅だ。
…………。
(僕だけ、何の役にも立ってないぞ)
ちょっと悲しい。
と、
「よし、終わったわ」
額の汗をぬぐいながら、大きく息を吐くソルティス。
見れば、引き千切られていた王国騎士さんの足の接続が終わっていた。
(さすが!)
治ったばかりの王国騎士さんは、別の王国騎士さんが背負う。
「よし、お前たちは拠点に戻れ」
キルトさんは、王国騎士さんたちに指示を出す。
彼らは頭を下げた。
「すまない。助力に感謝する!」
そうして、森の奥へと去っていく。
それを見送り、すぐにキルトさんは表情を引き締めて、僕らに言った。
「よし、次の信号弾の上がった場所へと向かうぞ!」
「うん!」
「はい」
「オッケー!」
「…………(コクッ)」
そして、僕らも王国騎士さんたちとは別の方向の森へと駆けだした。
◇◇◇◇◇◇◇
2つ目の地点に辿り着いた時、そこは乱戦となっていた。
(うわ、うわわ……!)
王国騎士団と冒険者団が20人ほど、発光信号弾を見て、僕らよりも先に集まっていたみたいだ。
それに対する黒い魔物の数も、20~30体。
両方、入り乱れての激しい戦いが行われていた。
「ぬう!」
キルトさんが唸る。
そして、
「ソル、そなたは負傷者の治療じゃ。3人はソルを守れ。そなたらは乱戦には慣れておらぬ。無理せず、迫る敵だけに対処せい!」
「うん」
「はい」
「了解よ!」
「ポーは承知した」
そうして僕らは動きだす。
不意打ちや伏兵を受けなければ、さすが選ばれた王国騎士に冒険者、黒い魔物とも互角以上に戦えている。
それでも、敵の数が多い。
(負傷者も結構、いるね)
回復魔法を使える人もいて、治療も行われているみたいだ。
それでも、怪我をする人の方が上回っている。
「手伝うわ!」
「助かるわ、ありがとう、お嬢ちゃん!」
駆け寄ったソルティスも、早速、治療に加わる。
(頼むよ、ソルティス!)
がんばって!
この少女のためにも、僕も、魔物たちの接近は絶対に許さない――そう覚悟を持って、『妖精の剣』を構える。
(! 来た!)
黒い魔物の1体が、こっちに突っ込んでくる。
イルティミナさんとポーちゃんは、それぞれ別の黒い魔物の相手をしている。
つまり、コイツの相手は僕だ!
「ここは通させないぞ!」
僕は姿勢を低くして、こちらからも襲いかかった。
『ギャオオッ!』
「おぉおお!」
お互いに雄叫びをあげながら、接近する。
ビュッ
黒い手が伸ばされてくる。
(カウンター!)
ザキュッ
その指を斬り裂く。
そこに時間差で、もう一方の黒い手が突き出されてきた。
(それは、もう経験したよ!)
心で叫び、クルッと回転しながらその腕をかわす。
同時に、魔物の懐に飛び込んで、遠心力を加えた斬撃を、相手の腹部に放った。
ダキュン
皮を裂き、肉を斬り、内臓を抉った手応え。
(まだだ!)
油断はしない。
反転しながら上段に構えて、動きの止まった黒い魔物めがけて、振り落とす。
ヒュコン
反射的に防ごうとした黒い両腕ごと、人面の顔を叩き斬った。
驚愕したような人の形の顔。
その左右がずれて、黒い巨体はゆっくりと地面に落ちた。
ズズゥン
(やった!)
思った以上に上手くいって、倒せたぞ。
安心と歓喜。
2つの感情が胸に沸く。
でも、
「いかんな」
キルトさんの低い声がした。
思わず、その横顔を見上げる
「敵の数が増しておる。このままでは押し切られるぞ」
「え……」
慌てて見れば、確かに、20~30体ほどだったはずの魔物の数は、倍の50体ほどになっていた。
こ、これは、さすがにまずいかも……。
キルトさんは決断し、声を張り上げる。
「撤退じゃ! 動ける者は、負傷者を護衛しつつ、後方へと下がれ! 殿は、この鬼姫が引き受ける!」
キルトさん!?
驚愕する僕。
そんな僕の頭に、キルトさんの手が乗せられた。
グシャグシャ
「案ずるな。さぁ、そなたも下がれ」
「で、でも」
「この鬼姫が信じられぬか?」
「ううん!」
僕はブンブンと首を振る。
だ、だけど……。
黒い魔物は強敵だ。
それらの相手を、殿として1人で請け負うなんて、さすがに無茶だと思えたんだ。
(どうする、マール?)
キルトさんのことは信じてる。
でも、ここで彼女を1人にするのは、なんだか怖かった。
「イルナ、マールを連れていけ」
あ……。
気づいたら、イルティミナさんが僕の腕を掴んでいた。
「……死んではなりませんよ、キルト?」
「無論じゃ」
「マール、行きましょう」
グッ
(イ、イルティミナさん)
腕を引かれて、僕は歩きだしてしまう。
キルトさんは笑っていた。
「またあとでの」
軽い口調で、何でもないように言う。
…………。
僕は唇を噛み締める。
と、その時だ。
ブワァアア
森の中に突風が吹いた。
(な、なんだ!?)
同時に、頭上から、
『グォオオオン!』
大音量の雄叫びが響く。
ゴバァアアン
それに合わせて、凄まじい火炎が、空から黒い魔物たちめがけて落ちてきた。
(あ……!)
「竜騎隊っ!」
思わず、叫んでいた。
僕らの見上げる空には、低空で空を飛ぶ『竜騎隊』の巨大な『竜』がいたんだ。
ゴバァアアン
またも火炎が吹き出される。
黒い魔物たちも、突然の巨竜の強襲には驚き、逃げまどっていた。
(よ、よかった)
これで戦線が維持できる。
戦局は五分に押し戻されたんだ。
そう思った。
ところが、
『ギョア!』
『ギュオアア!』
『カギョア!』
黒い魔物たちは、その人面の口を歪に大きく開くと、そこから黒い炎を吐き出した。
ドパァアアン
竜の赤い炎と、魔物の黒い炎がぶつかり合う。
衝撃が大気を揺らし、森の木々を軋ませた。
「う、わ!?」
爆風で、僕はひっくり返り、慌ててイルティミナさんに助け起こされる。
「ぬう!」
黒い魔物の群れは、一瞬はたじろいだものの、竜を相手にも1歩も引かず、徹底抗戦の構えを取ったんだ。
な、なんて奴らだ。
「今の内に引くっすよ、キルト・アマンデス!」
竜騎士が叫ぶ。
っていうか、アミューケルさんだ。
「他にも群れがいて、レイドル隊長たちが足止めしてるっす! 今の内に、川を渡って拠点に向かうっすよ!」
叫びながらも、竜は炎を吐き、黒い魔物を牽制している。
キルトさんは、黒い魔物の群れを一瞥する。
すぐにアミューケルさんの方を向いて、頷いた。
「わかった。すまぬが任せる」
「いいっすよ。これが自分らの役目っすから!」
答える間も、吐き出された黒い炎を華麗にかわし、また竜の炎を吐き出す。
キルトさんは僕らを見た。
「よし、行くぞ」
「うん!」
ギュッ
僕は、キルトさんの手を強く掴んだ。
キルトさんは「お?」という顔をする。
それから苦笑して、でも、何も言わずに僕と手を繋いだまま、走りだしてくれた。
――僕は、イルティミナさん、キルトさんと手を繋いだまま、その戦場をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
森を駆け、川へと辿りついて、『吊り橋』に向かう。
(早く早く!)
『吊り橋』には、王国騎士団や冒険者団の人たちが何人も渡っているところだった。
最後尾である、僕ら5人も、ようやく『吊り橋』に足をかける。
ゆ、揺れる。
急いで、でも落ちないように慎重に。
相反する心に急かされながら、必死に『吊り橋』を渡っていく。
背後の森からは、たくさんの『圧』が迫って来ていた。
やがて、僕らが『吊り橋』を渡り切る前に、黒い魔物の群れが数十頭、森の中から姿を現した。
「き、来た!」
「ちょ……押さないでよ、馬鹿マール!?」
ソルティスとギャアギャア言いながら、必死に急ぐ。
黒い魔物は、大半が川辺で止まっていた。
でも、その内の3体が、僕らの渡っている『吊り橋』に登って、恐ろしい速度で迫ってきたんだ。
「ぬ!」
殿のキルトさんが『雷の大剣』の柄に手をかける。
けれど、その前に、
「神殿騎士団、テェーッ!」
鋭い叫び声と共に、僕らの頭上を越えて、魔法の光の矢が大量に黒い魔物めがけて襲いかかった。
ドパドパァン
魔法の矢が撃ち込まれ、3体の黒い魔物はバランスを崩して、川に落水する。
(え?)
見れば、僕らの向かう先、拠点がある側の川辺には、アーゼさんを始めとする神殿騎士団が集まっていた。
その内の20人は、魔法の杖を装備している。
「さぁ、今の内です、マール様!」
微笑むアーゼさん。
(う、うん)
僕は、イルティミナさんに支えられて、最後の距離を一気に渡り切る。
振り返れば、川に落ちた黒い魔物は、水中にいる巨大な魚に襲われて、大量の血液を流しながら、泡を吹いて溺れているところだった。
…………。
僕らは川に落ちなくて、本当に良かった。
こちら側で迎撃に備えているのがわかったのだろう、黒い魔物の群れは、それ以上、『吊り橋』を渡ってこようとはしなかった。
しばらく、人類側と睨み合いが続く。
やがて、『竜騎隊』も戻ってきた。
僕らの頭上で、『竜』たちの羽ばたきの音が頼もしく響いている。
『コギュオオオ!』
一際体格の良い黒い魔物が、大きな声を発する。
すると黒い魔物の群れは、一斉に身を翻し、音もなく森の中へと帰っていった。
…………。
(ふぅぅぅ)
大きく安堵の息を吐いてしまう。
こうして、暗黒大陸4日目の探索は失敗に終わり、僕らは『開拓村・拠点』へと戻ることになった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




