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266・暗黒の地

第266話になります。

よろしくお願いします。

 4隻の『開拓船』から、各10艘のボートが上陸を目指して海上に出る。


 僕ら5人も、その1艘に乗っていた。


 チャプチャプ


 揺れる波間を、手漕ぎボートは進んでいく。


(…………)


 海面には、朝日が反射している。


 思った以上に透明な水だ。


 数メード下の岩だらけの海底の様子も見えるし、そこを泳いでいる小さな魚たちまで見えている。


「なんだか綺麗ね」

「うん」


 ソルティスの呟きに、僕も頷いた。


 遠洋は、大型の海の魔物がいて危険だけれど、浜辺の海は、なんだかのどかな雰囲気だ。


 ザザァ


 やがて、船底が砂に当たった。


「行くぞ」


 キルトさんの声に、僕らは頷く。


 ボートの上から、20センチほどの海の中へ足を降ろす。


 ズボンが濡れ、靴底が砂を踏んだ。


「…………」


 ついに僕らは、暗黒大陸の大地へと降り立ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ボートからは、『第5次開拓団』の人たちが次々と砂浜に上陸していった。


 水兵さんたちは、食料や探索機材などの大きな荷物も運んでいる。


 僕らも、その流れの中で砂浜へと歩いた。


「ついに来たね」


 僕は呟く。


 イルティミナさんは「はい」と頷いた。


 砂浜の周囲は、岩場と森だった。


 足元は、砂浜から砂混じりの土と疎らな草の大地に繋がっていた。その先が森だ。


 砂浜には、400人の開拓団員が続々と集まっていく。


「キルト・アマンデス」


 背中から声がかけられた。


 振り返った先には、シュムリア王国の将軍ロベルト・ウォーガンさんがいた。


 彼は言う。


「これより、この地点に拠点を造る。今日よりしばらくは、ここを中心に探索を行う予定だ」

「ふむ、そうか」


 キルトさんは頷いた。


「冒険者団にも、設営の手伝いを頼めるか?」

「よかろう」


 将軍の要求に、了承するキルトさん。


「頼む」


 ロベルト将軍はそう言葉を残すと、王国騎士団の集まっている方へと歩いていった。


 それを見届けると、キルトさんは銀髪をひるがえす。


 大きく息を吸い、


「冒険者団、聞けい!」


 ビリビリと腹の底まで痺れるような大音量を発した。


 思わず、耳を押さえてしまう。


 周囲の冒険者たちは、何事かと振り返る。


「これより、ここに拠点を設営する。機材は、王国騎士団より受け取れ。しかし、ここはすでに暗黒大陸、未知の大地じゃ! 設営時も油断をするな! 常に周辺警戒を忘れずに行動せい!」


 砂浜に響く、鉄のような声。


(……うん)


 上陸したからって喜んではいけない。


(むしろ、ここからが本番だ)


 キルトさんの言葉に、緩みかかっていた冒険者団たちの表情も、強く引き締まっていく。


「よし、全員、設営を始めよ!」


 その声を合図に、皆、動きだした。


 イルティミナさんが僕らを見る。


「では、私たちも行きましょう」

「うん」

「そうね」

「…………(コクッ)」


 僕らも頷いて、拠点設営のために行動を開始した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 王国騎士団の人たちから、簡易テントを受け取って、僕らはそれを草地に組み立てた。


 カンカン


 金槌で、地面にペグを打つ。


(こんなものかな?)


 額の汗をぬぐう。


「どう? そっちの作業、終わった?」


 反対側にいたソルティスが、そう声をかけてくる。


 グッ グッ


 僕は、軽くテントを固定する紐を引っ張ってみる。


(大丈夫そうだ)


 それを確かめて、


「うん、終わったよ」


 僕は答えた。 


「そ。ポーの方は?」


 言われて僕は、隣で同じ作業をしていたポーちゃんを見る。


 コンコン


 ポーちゃんは、金槌は使わず、拳でペグを打っていた。


(い、痛くないのかな?)


 視線に気づいて、


「…………」


 グッ


 こちらに親指を立ててくる。


「……ポーちゃんも終わったみたい」


 代わりに答えた。


「オッケー。じゃあ、テントの設営は終了ね」


 ソルティスは大きく息を吐く。


 それから僕ら3人は、改めて簡易テントを見上げた。


 5人で使うから、結構、大きなテントだ。


 金属製の支柱も使われていて、防水布でできた家みたいな感じだね。


 周囲には、同じような簡易テントが無数に並んでいる。


(イメージするとしたら、アルン神皇国の『大迷宮』の時の野営基地みたいな感じかな?)


 と、


「3人とも、ベッドを持ってきましたよ」


 イルティミナさんが組み立て式のベッドを4脚持って、奥から歩いてきた。


 僕はすぐに1つを受け取った。


「お疲れ様。重かったでしょ?」

「ふふっ、大丈夫ですよ」


 優しいお姉さんは、そう笑った。


 テントの中に入る。


 床は、草地のままだ。


 そこに僕らは、ベッドを組み立てて並べていく。


「……あら? 1脚、足りないわ」 


 ソルティスが気づく。


 その姉が言った。


「マールは、私のベッドで寝るので必要ないでしょう?」

「…………」

「…………」

「…………」


 当たり前のように言われてしまったので、何も言えなくなる僕らでした。


(え、えっと……)


 あ、そうだ。


「そういえば、キルトさんは?」


 ふと思い出して、僕は訊ねた。


「キルトなら拠点周辺に、柵を造っていましたね」

「柵?」

「鉄柵です」


 イルティミナさんは言う。


「外敵が来る可能性も考えて、王国騎士たちと共に、組み立て式の鉄柵を設置していましたよ」


 外敵……。


(そっか)


 暗黒大陸にだって、魔物はいるかもしれないもんね。


 これまでの『開拓団』は、みんな全滅している。


 だからこそ、色々と備えるに越したことはないんだ。


「…………」

「…………」


 硬い表情になった僕に気づいて、


 ポフッ


 イルティミナさんは優しく微笑みながら、僕の頭に手を置いて、ゆっくりと撫でてくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 拠点が完成した頃には、外はもう夕暮れになっていた。


 赤く染まった海面に、4隻の船が浮いている。


『開拓船』のマストには、大きな4頭の竜たちも止まっている。


 また甲板には、船に残っている水兵さんたちの姿も見えていた。


(…………)


 僕らはそれを、砂浜の拠点のテントから眺めていた。


 と、テントの入り口が揺れて、イルティミナさんとキルトさんが入ってきた。


「みんな、お待たせしましたね」

「ほれ、夕食じゃ」


 2人の手には、配給された夕食のお盆が5人分、握られている。


「やっほぅ♪」


 ソルティスが歓声を上げた。


 拠点の設営で疲れた僕ら年少組を気遣って、今夜は、2人が配給を受け取りに行ってくれたのだ。


「ありがと、イルティミナさん」

「いいえ」

「ほれ、これはポーの分じゃ」

「ポーは、感謝すると告げる」


 そんな会話をしながら、ベッドを椅子代わりにして腰かけた。


「それじゃあ、いただきます!」


 両手を合わせ、それから僕らは食事を開始した。


(うん、美味しい!)


 配給の夕食は、王国騎士さんたちの炊き出しだ。


 パンに、肉と野菜たっぷりのスープ、それとチーズ。


 パンは柔らかくて、スープも出来立てで美味しい。


 ムシャムシャ パクパク


 嬉しそうに食べる僕らに、キルトさんとイルティミナさんも瞳を細めている。


 そして、


「食料の在庫は、大丈夫なのですか?」


 とイルティミナさんが訊ねた。


「問題ない。あと1ヶ月分は持ってきている。それ以外に、保存の利く携帯食料もあるしの」


 と、スープをすすりながら、キルトさん。


「それ以降は、この地で、動植物などの採取が行えればよいがの」

「そうですね」

「まぁ、現状わらわとしては、酒がないのが唯一の不満か」

「おやまぁ」


 キルトさんの言葉に、呆れ、苦笑するイルティミナさんだ。


(キルトさんらしいね)


 僕らも、つい笑ってしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 やがて、明日から本格的な探索も始まるということで、僕らは早めに床に就いた。


 ザザァン


 海が近いから、波の音が聞こえる。


 もう夜だ。


 拠点の見張りには、今夜は神殿騎士たちが立ってくれるそうだ。


(とても安心だね)


 王国最強の騎士団の1つだ。


 …………。


 でも、これまでの『開拓団』の中にも、きっと凄く強い騎士団もいたんだと思う。


『金印の冒険者』だっていたぐらいだ。


 それなのに、


(全滅した……)


 その事実に、なんだか心が重くなった。


「マール?」


 僕の変化を、ベッドで抱いている腕から感じたのか、イルティミナさんが問いかけてくる。


 僕は、呟いた。


「これまでの開拓団の人たちは、どうして全滅したんだろう?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 テント内に、思ったより大きく僕の声は響いた。


 カサッ


 キルトさんが寝返りを打ち、天井を見上げた。


「ふむ。考えられる原因は、やはり魔物かの」


 と言った。


(魔物……か)


「ここは未知の大陸じゃ。開拓団を全滅に追いやるような、恐ろしく強力な魔物が生息しているのかもしれぬ」


 …………。


 想像するだけで、身体が強張る。


 イルティミナさんが、優しく言った。


「もしかしたら、海難だったかもしれません」

「……海難?」

「はい、海の事故です。海には魔物もいますし、天候で荒れることもあるでしょう。それで沈没した可能性もありますね」


 言いながら、僕の髪を撫でてくれる。


(そっか)


 それも説得力がある気がする。


 ゴロン


 ソルティスがこちらを向いた。


 紫色の柔らかそうな髪が、枕の上に広がっている。


「私は病気の可能性も考えたわ」


 病気……?


「未知の大陸だもの。未知の病原菌がいてもおかしくないわ。それが伝染して全滅した、とかね」


 そういう可能性もあるのか。


(それは、目にも見えない敵だね)


 なんだか怖いな。


「ま、この『第5次開拓団』には、薬師や医者もいるし、薬材もたくさん積んであるから、私らは大丈夫だと思うけどね」


 ソルティスはあっけらかんと言う。


 僕は苦笑した。


 キルトさんが、豊かな銀の前髪をかき上げた。


「あとは、現地人のいる可能性じゃな」 


 現地人……?


「この大陸に土着の民がいる可能性じゃ。それらにとって、わらわたちは侵略者とも取られかねん」

「……あ」

「そうして現地の民と争いになり、全滅した可能性もあるの」


 そうかぁ。


(この暗黒大陸に、最初から人が住んでいる可能性なんて、まるで考えてなかったよ)


 いるのかな?


 もしいるとしたら、できれば対話で解決したいな。


 ……でも、それができなかったから、これまでの『開拓団』は全滅したのかも。


(う~ん)


 と、


「ポーは問う」

「?」

「マール自身は、どう考えている?」


 ポーちゃんの思わぬ質問だ。


 みんな、僕を見ている。


 僕は少し考えてから、


「僕は『闇の子』の言っていた『奴』が気になっているかな」


 と答えた。


 アイツは言っていた。


『奴に知性はなく、本能のみが支配している』


 って。


「『闇の子』には『奴』には見つかるなって、警告された。だから、もしかしたら、これまでの『開拓団』は『奴』に見つかってしまったのかなって、それで全滅させられたのかなって」


 そんな不安を吐露する。


 その正体はわからない。


 でも、だからこそ、それが胸の奥に不安として残っている。


「マール……」


 イルティミナさんが労わるように、僕の髪を撫でる。


 キルトさんも、


「……『奴』か」


 と呟いた。


 ソルティスとポーちゃんも黙っている。


 なんとなく、テント内の空気が重くなった気がした。


 やがて、キルトさんが息を吐く。


「現状では、何とも言えぬな」


 と言った。


「どの可能性も、今は推測の域を出ぬ」

「……うん」


 僕も頷いた。


 そんな難しい顔をする僕に、イルティミナさんは優しく笑った。


「今の私たちにできるのは、その時その時に、ただ己の最善を尽くすことだけですね」


 最善を尽くす……。


(うん)


 そうだね。


「僕も最善を尽くすよ」

「はい」


 イルティミナさんは嬉しそうに頷いた。


 キルトさんも笑う。


 ソルティスは小さな肩を竦め、ポーちゃんも頷いた。


 そうして、その夜は更けていった。


 暗黒大陸での初めての夜だ。


 それは何事もなく通り抜け、そして、2日目の朝日が昇る。


 ――その日から、暗黒大陸の本格的な探索は始まった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >『開拓船』のマストには、大きな4頭の竜たちも止まっている。 竜が乗れる程のマストって凄くない? マストって上に行けば行くほど細くなる訳で。 船のバランス的にも、マストの上にカモメ…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ どうせ使わない物だから必要ないと判断して、ベッドを四脚しか受領してこないイルティミナの英断! 無駄は省かなきゃ……ね(´艸`*) [気になる点] ポーちゃんのペ…
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