257・10日間の平穏
第257話になります。
よろしくお願いします。
およそ20日ぶりに、王都ムーリアに帰ってきた。
到着したギルド前で、
「では、また10日後にの」
僕らを見回したキルトさんは、そう解散宣言をする。
10日後は、出陣式。
それまでは、何もする必要のない自由時間だ。
(うん、ゆっくりしようっと)
イルティミナさんは、僕とソルティスに微笑みかけて、
「それでは、私たちの家へと帰りましょうか」
「うん」
「えぇ」
僕らも笑った。
そうして見送ってくれるキルトさんと別れて、僕らは、王都にあるイルティミナさんの家へと歩いていった。
橋を2つ渡り、坂道を登っていく。
(見えた!)
半年以上ぶりの我が家だ。
見た目は変わっていないけれど、庭の雑草はボウボウだね……。
ソルティスが、旅の疲れも忘れて、駆けだす。
「ただいま~!」
玄関の鍵を開けて、一番乗りだ。
やっぱり、自分の家に帰ってこれると嬉しいのかな?
旅の間は、あまり見ることのできない安心しきった笑顔を浮かべて、埃を追い出すために家中の窓を開けていっている。
僕とイルティミナさんは、そんな少女の後ろ姿に、つい笑い合う。
それから、
「ただいま!」
「ただいま帰りました」
僕らも遅れて、家の中へと入っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
帰ってからは、平穏な日々が続いた。
初日は、大掃除。
長く留守にしていた間の家の汚れを、一生懸命に綺麗にしていった。
「ふいぃ……」
「も……駄目」
全てが終わったら、僕とソルティスはグッタリだ。
丸々1日かかっている。
イルティミナさんは笑いながら、掃除の間、お団子にまとめていた髪を解いて、
「今日の夕食は、豪華にしますからね」
「本当!?」
「やったわ!」
途端に、僕らは元気になった。
う~ん、本当に僕らの扱い方を心得ているね、さすがイルティミナさん!
その日の夕食は、みんな笑顔で、たくさん食べた。
(幸せ……)
夜は、心地好い疲れもあって、ぐっすり眠りについたんだ。
翌日は、買い出しだ。
9日分の食材などを買いに、イルティミナさんと一緒に王都の街に行った。
ちなみに、ソルティスはお留守番。
「私も、コロンチュード様みたいに『神術』を使えるようになってみせるわ」
とのこと。
そのための研究と勉強に勤しみたいんだって。
(……偉いなぁ)
明確な目標があって、それに向かってがんばる姿は、やっぱり尊敬できる。
さすが、ソルティスだ。
というわけで、僕とイルティミナさんは2人きりのお買い物デートだ。
2人きりのデート。
(えへへ……)
ちょっと照れるね。
そうして、イルティミナさんと手を繋ぎながら、王都の商店街を歩いていった。
ある程度、買い物が済むと、
「少し休憩していきましょうか」
近くの喫茶店で一服だ。
春の陽気で気温は暖かく、僕らは果実ジュースと一緒に、アイスクリームも頼んだんだ。
やがて、注文の品が来る。
(冷たくて美味しそう♪)
ワクワクしながら、スプーンを手に取る。
イルティミナさんも、スプーンでアイスクリームを一すくいして、
「はい、マール」
(え?)
「あ~ん」
…………。
彼女のスプーンが差し出される。
その向こうには、優しく綺麗なイルティミナさんの笑顔だ。
(はわわ……)
「あ、あ~ん」
照れながらも、口を開ける。
そこにスプーンが差し込まれた。
冷たい。
そして、甘い。
「ふふっ、美味しいですか?」
「う、うん」
とっても、とっても甘いです。
僕の様子に、イルティミナさんは嬉しそうにはにかんでいる。
(よし、反撃だ)
僕は、自分のスプーンでアイスクリームをすくった。
そして、
「じゃあ、今度は僕からね。――はい、イルティミナさん。あ~ん」
と笑いかける。
イルティミナさんは真紅の瞳を丸くして、
「わ、私もですか?」
「うん」
「……わ、わかりました。あ、あ~ん」
その口を開ける。
僕は、そこにスプーンを入れる。
スプーン越しに、彼女の唇の柔らかさ、舌の弾力を感じてしまう。
(ちょっとドキドキするね……)
「ん……」
唇が閉じて、スプーンを引き抜く。
ペロッ
唇についた溶けたアイスクリームを、伸ばされた舌が舐め取った。
なんか色っぽい。
「美味しい?」
僕は問いかけた。
イルティミナさんは頬を少し赤くして、困ったように笑った。
「……恥ずかしくて、味がよくわかりません」
あらら。
彼女は、周囲を見回して、
「周りの目がある所だと、こんなに恥ずかしいのですね」
と呟く。
(僕にしておいて……?)
これは罰が必要だ。
「イルティミナさん」
「はい」
「もう一口」
「え?」
僕は、アイスクリームをすくったスプーンを持ち上げる。
「はい、あ~ん」
「…………」
「あ~ん」
「あ、あ~ん」
真っ赤になって、餌を求める小鳥のように口を開くイルティミナさん。
(可愛い……)
恥ずかしそうな顔が、また堪らない。
パクッ
アイスクリームを食べる。
それから、ちょっと恨めしそうに僕を睨んで、
「マールは意地悪ですね。では、今度は私からです」
え?
「はい、マール。あ~ん」
「…………」
「あ~ん」
急かされました。
うぅ、わかったよ。
「あ、あ~ん」
今度は再び、僕が口を開ける。
パクッ
冷たくて、とっても甘い。
でも、やっぱり恥ずかしい。
スプーンを引いたイルティミナさんと、ふと視線が合った。
お互いに真っ赤だった。
「…………」
「…………」
どちらからともなく、吹き出してしまう。
それから、2人して笑ってしまった。
それからも、2人でアイスクリームを食べ合いっこさせたり、間接キスとなるスプーンで、自分のアイスクリームを食べたりした。
(なんか、本当にデートみたいだ!)
とても楽しい時間。
きっと彼女も、そう感じてくれていたと思う。
それから僕らは喫茶店をあとにして、また2人で手を繋ぎながら、我が家への道を帰っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
平穏な時間は続いた。
10日間の間、お昼過ぎにはキルトさんが訪ねてきてくれて、毎日、剣の稽古をつけてくれた。
ガツッ ゴッ カンッ
木剣のぶつかる音が庭に響く。
やがて、
「あ、ありがとうございました」
「うむ」
僕は、肩で息をしながら、美しい師匠に頭を下げた。
キルトさんは息一つ切らしていない。
(う~、さすがだなぁ)
尊敬する気持ちと、自分が情けない気持ちが半々だ。
そうしてタオルで汗を拭いていると、
「2人ともお疲れ様でした」
イルティミナさんが、果実水の入ったコップを2つ、お盆に載せてやって来てくれた。
「おう、これはすまんな」
「ありがと、イルティミナさん」
「いいえ」
微笑むイルティミナさん。
僕らは、縁側に座って、それを受け取った。
く~っ。
冷たくて、すっきりして美味しいや。
思わず、吐息をこぼしてしまう。
と、
「マールの剣はどうですか?」
イルティミナさんが、キルトさんに質問した。
その様子は、まるで家庭教師に息子のことを訊ねる母親みたいだった。
「ふむ?」
キルトさんは空のコップをお盆に戻して、
「そうじゃな。疲れた状態で剣技を放っても、ブレが減った。肉体に剣技が染み渡っている証拠じゃ」
「ほう?」
「何も問題ない。マールの剣は、しっかりと成長しておるよ」
そう言ってくれた。
(そ、そうなんだ?)
成長している実感はあまりないけど、ちょっと嬉しい。
イルティミナさんも笑って、
「そうですか」
と満足そうに頷いた。
それから、
「がんばっているのですね、マール」
優しく笑って、僕の汗に濡れた髪を撫でてくれた。
えへへ。
(うん、これからもがんばろう!)
決意を新たにする単純な僕でした。
そんな僕らのことを、キルトさんも穏やかな眼差しで眺めながら笑っている。
と、
「おう、そうじゃ」
ふと彼女は何かを思い出した顔をした。
(ん?)
「実は、今日はそなたらに伝えておきたいこともあっての」
伝えておきたいこと?
僕はキョトンとして、
「おや、なんですか?」
イルティミナさんも聞き返す。
キルトさんは、
「コロンの奴のことじゃ」
と言った。
(コロンチュードさん?)
彼女がどうしたのだろう?
キルトさんは、自身の豊かな銀髪を手でワシャワシャとかく。
それから、僕らを見て、
「実は先日の、コロンの奴は、あのポーを養子に迎えたそうなのじゃ」
「…………」
「……まぁ」
え、えぇええ~っ!?
◇◇◇◇◇◇◇
声なき悲鳴をあげて、呆然となる僕に、キルトさんは詳しい説明をしてくれる。
「理由についてはいくつかあるが、その1つには、今度の暗黒大陸への開拓団でのことがあっての」
「開拓団でのこと?」
「うむ」
キルトさんは頷いて、
「開拓団は、『白印』以上の冒険者でなければという暗黙の了解があっての」
と続けた。
そうして教えられたのは、こんな内容だ。
僕らは、これから開拓団として、暗黒大陸へと向かう。
そこには、ポーちゃんも同行する予定だ。
現在の保護者であるコロンチュードさんが『エルフの国』に向かうため、キルトさんが代理の保護者となるためだ。
でも、
「マールやポーの正体など、神や魔に関する事柄は、いまだ世間には機密事項なのじゃ」
とのこと。
一部を除いて、他の開拓団のメンバーにも知らされていない。
となると、冒険者ではないポーちゃんが同行できる理由はなくなってしまうのだ。
(じゃあ、どうするの?)
こうなった。
「ポーは、冒険者になった」
「…………」
「…………」
え?
「わらわたちがアルドリア大森林を訪れている間に、ポーは、冒険者登録をしたそうじゃ」
(な、なんだって~!?)
所属ギルドは、コロンチュードさんと同じ『草原の歌う耳』。
しかも、
「登録名は、ポー・レスタ」
「…………」
「コロンの養子としてじゃ。これにより特例として、ポーの『白印』の審査も行われた」
「…………」
「ポーは、これに合格。すでに『白印の冒険者』となっているそうじゃ」
な、なんと……。
(冒険者になって1ヶ月で『白印』って、僕やキルトさんより早いよね……)
ちょっと唖然だ。
キルトさんは、苦虫を噛んだような顔で、
「ようは、『金印』の権力を利用したのじゃな」
と要約した。
(そ、そうなんだ……)
イルティミナさんが言う。
「しかし、ポーの戦闘力ならば、『白印』としても充分でしょう」
「まぁの」
キルトさんは認めた。
かつては、油断もあったとはいえ、キルトさんにも勝った幼女だ。
「実力的には問題はない」
「…………」
「しかし、問題がないのも問題での」
(???)
「普通、あの年齢で『白印』の実力などあり得ぬ」
あ……。
(そっか)
「それを誤魔化すためにも、あの『コロンチュード・レスタの養女』という立場が必要じゃった」
なるほど……。
イルティミナさんも「そういうことですか」と頷いた。
「『金印の魔学者』が欲しがる才能を有した子供。それゆえの特例の『白印』の授与という筋書きですね」
「うむ」
キルトさんは、大きく息を吐く。
「世間体的にも、これで納得されよう」
「うん」
「はい」
「あとは……まぁ、あの2人自身が、この養子縁組を嫌がらなかったということじゃな」
最後は、そう苦笑をこぼした。
…………。
(そっかぁ)
あの2人の仲の良さを思い出したら、僕もつい笑ってしまった。
イルティミナさんも優しい顔をしている。
「そういうわけで、ポーは、コロンの養女となったのじゃ」
キルトさんはそう締めくくった。
驚く話だったけど、
(でも、悪くない内容だったかな?)
と思う。
僕は笑って、言った。
「きっとソルティスが知ったら、『私も養女になりたい~!』って喚いたかもね」
「…………」
「…………」
イルティミナさんとキルトさんは、顔を見合わせる。
そして、
「確かに」
「そうかもしれんな!」
僕ら3人は、大きな笑い声を青い空へと響かせた。
――そんな風にして、僕らの10日間の休みは瞬く間に流れ、そして出陣式の日を迎えたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




