254・森の古代都市
第254話になります。
よろしくお願いします。
謎の金属板を手に入れた僕らは、一度、塔へと戻ることにした。
礼拝堂に帰るとソルティスが、
「え~と、ちょっと待ってね」
ガサゴソ
自分のリュックの荷物を漁り始める。
やがて、そこから分厚い紙束を取り出した。
少女の姉が問う。
「それは?」
「レクトアリスにもらった神文字に関するレポートよ」
得意げに答える少女。
(……って、持ち歩いてるの?)
そんな重そうな物を?
「時間があったら、いつでも勉強できるようにしたいからね~」
ソルティスは、そんなことを言いながら、ランタンの火を灯している。
さ、さすが努力家の天才少女。
「さて……っと」
それからソルティスは床に座り込むと、謎の金属板にランタンの光を当てて、刻まれた『神文字』をレポートと比べていく。
そして1文字ずつ確認しながら、白紙に筆を走らせる。
僕ら3人は、黙ってそれを見守った。
…………。
シュッ シュル
礼拝堂内では、ソルティスの持つ筆の走る音だけがしている。
15分ぐらいしただろうか?
「ふぅ~」
やがて、ソルティスは大きく息を吐いて、額を腕で拭った。
僕らは、その横顔を見つめる。
僕は聞いた。
「解読、終わったの?」
「えぇ、なんとかね」
ソルティスは、笑って答えた。
おぉ、凄い。
(さすが、ソルティスだ!)
僕の視線に、
「ふふん、尊敬していいのよ~?」
天才少女は鼻を高くしていらっしゃる。
その様子に、イルティミナさんとキルトさんも笑った。
「して、なんと書いてあった?」
キルトさんが問う。
「あ、うん。ちょっと待ってね」
ソルティスは少し慌てて、解読した3枚の紙を手に取った。
ペラペラ
それをめくりながら、
「この金属板に書いてあったのは、座標ね」
と言った。
(座標?)
キルトさんの指は、三角形の金属板を示して、確認する。
「つまりこれは、宝の地図のような物か?」
「そういうこと」
少女は頷いて、
「でも、宝があるかはわからないけどね」
と付け加えた。
そして、
「『母の揺りかごより、北方に7276、東方に3869、忘れられし古の都へと我を導け』って書いてあったわ」
と教えてくれる。
でも、
母の揺りかご?
忘れられし古の都?
我を導け?
(これって、どういう意味?)
僕は首をかしげる。
と、それに気づいたイルティミナさんが、口を開く。
「『母の揺りかご』とは、この森で安全地帯となるこの塔のことでしょう」
あ……。
「『忘れられし古の都』が何かはわかりませんが、目的地。そこに『我を導け』、つまりこの金属板を持って行けという意味だと思いますよ」
「な、なるほど」
そういうことか。
納得する僕に、イルティミナさんは優しく笑う。
ソルティスは「察しが悪いわねぇ」と呆れていたけれど。
キルトさんが紙面の数字部分を示して、
「この数字、単位はなんじゃ?」
「ファロ、神界で用いられる距離単位ね。今、メードに直してみるわ」
シュッ シュッ
ソルティスは、紙の空白部分に筆を走らせる。
計算式が書かれて、
「ん~、だいたい2万6千メードと1万4千メードね」
そして、
「直線距離なら、約3万メード弱って感じだわ」
と言った。
3万メード、つまり30キロ。
(深層部を30キロかぁ……)
森の中を移動するとしたら、1日で往復できる距離じゃない。
確実に、夜、骸骨王たちとの戦闘がある計算だね。
「ふむ、3万か……」
キルトさんも、難しい顔をする。
(う~ん)
少し考え、僕は言った。
「みんなを抱えて、僕が空を飛んでいこうか?」
3人が僕を見る。
「できるのか?」
「と思うよ。『神武具』が完全になって、性能が上がってるから」
「そうか」
キルトさんは頷いた。
「ならば、マールを信じて、その方法でやってみようぞ」
「はい」
「……本当に大丈夫かしら?」
イルティミナさんは即答し、ソルティスは少し不安そうだった。
(ん、がんばろう)
心の中で気合を入れる。
それから僕らは、一度、見張り台に登った。
ヒュォオオ……
森を抜けた風が吹く。
眼下に広がる大森林を見回しながら、方角を確かめた。
「太陽があそこでしょ。時間がだいたいお昼だから、北があっち……金属板の示した目的地は、向こうの方ね」
ソルティスの小さな指が、森の一方を差す。
僕らもそちらを見た。
『トグルの断崖』とは逆側、より森の深い方向だ。
ここからでは、森の木々以外には何も見えない。
(角度の問題かな?)
近づいたら、目的地となる何かが見えてくるのかもしれない。
キルトさんが頷いた。
「よし、では準備を整えて、行くとするかの」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
そうして僕らは、礼拝堂へと戻って、荷物を背負う。
それから、塔の外へと出て、丘の上に集まった。
「マール」
「うん」
キルトさんに言われた僕は、ポケットから虹色の球体――『神武具』を取り出した。
「コロ、お願い」
パァン
僕の願いに応えて、虹色の球体は、光の粒子に砕けた。
それは僕を中心に渦を巻いて、この背中に、大きな金属の翼を4枚も形成してくれる。
(まずは3人を抱えて……)
2枚の翼が広がり、3人を包み込む。
「お?」
「まぁ」
「ちょっ、変なところ触らないでよ!」
さ、触ってないよ。
ソルティスの言葉に焦りつつ、虹色の翼で3人を抱きかかえた。
フォン
残った2枚の翼を大きく展開させる。
「じゃあ、行くよ」
「うむ」
「お願いします」
「……墜落しないでよ」
しないって。
僕は苦笑する。
それから、すぐに表情を引き締めると、青い空を見上げた。
「やっ」
掛け声と共に、金属の翼を羽ばたかせた。
バフッ
土煙が舞い上がり、僕らの姿は上空へと浮き上がる。
(方角はあっちだね)
見張り台からの位置を思い出しながら、そちらに身体を傾け、虹色の翼を輝かせた。
ヴォオオン
そうして僕らの姿は、森の彼方へと飛翔していった。
◇◇◇◇◇◇◇
青い空に、虹色の残光を残しながら、森の上空を飛んでいく。
飛び始めて、1時間ほど。
3人を翼で抱えているので、安全第一で、速度は抑えめにしてきた。
(……でも、そろそろかな?)
もう30キロぐらい、飛んできていると思うんだ。
僕の真下で、金属の翼に抱かれる3人も、眼下の森へと視線を走らせている。
と、
「あれは……?」
不意にイルティミナさんが呟いた。
「あそこの森に何かが見えます」
そう言いながら、白い指を伸ばす。
僕らも目を凝らした。
(あ)
本当だ。
森の木々の中に、灰色の何かが見えている。
(石造りの建物だ)
でも、その外壁は崩れ、木の枝が建物内を通過している。
どうやら廃墟みたいだ。
と、
「待って! あそこにもあるわ」
ソルティスが声をあげた。
(え……?)
少女の小さな指が示した先を追いかければ、確かに、そこにも灰色の建造物があった。
いや、それだけじゃない。
空中に停止して見回せば、この地域一帯には、同じような物が幾つも森の木々の中に隠れていた。
これは、いったい……?
「どうやら、廃墟となった古代都市のようじゃな」
キルトさんが黄金の瞳を丸くしながら、驚いたように言った。
(……こんな森の中に、都市があったっていうの?)
僕は言葉もない。
他の3人も、ただ眼下の都市を見つめてしまう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
青い空で、僕らは、しばらく唖然となってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて僕らは、見えている一番大きな建物の屋根へと着陸した。
ヴォン
4枚の翼を光の粒子にして、虹色の球体へと戻す。
(ありがと、コロ)
感謝を伝え、ポケットにしまう。
ソルティスが屋根の端まで近づいて、広がる廃墟の街を見回した。
「信じらんない……。未発見の古代タナトス魔法王朝の大遺跡群だわ! これ、物凄い大発見よ!」
興奮したような声。
イルティミナさんは、冷静に呟く。
「ここが、金属板の示していた場所なのでしょうか?」
「恐らくの」
キルトさんは頷いた。
建物の屋根には、大きな穴が開いている。
その穴からは、アルドリア大森林・深層部の木の枝が生えていて、建物内部まで植物に侵食されているのは、容易く想像ができた。
ここは、もはや半分以上、森に飲み込まれた古代都市なんだ。
(…………)
なんだろう?
胸の奥が、妙に熱い感じがする。
ここじゃないどこか別の場所から、その熱が伝わってきている感覚だ。
ジャリッ
僕の足は、自然と屋根の上を動いた。
「マール?」
急に歩きだした僕に気づいて、イルティミナさんが呼びかけてくる。
僕は言った。
「何かが呼んでる」
「え?」
「何?」
「どういうこと?」
3人は怪訝な顔だ。
僕は首を振る。
「わかんない。……でも、行かなくちゃ」
熱に浮かされるように答えて、僕は、屋根に届いた枝を伝って、別の建物へと移動していく。
慌てて、3人も追いかけてくる。
「ちょ、ちょっと、マール?」
ソルティスが僕を呼ぶ。
でも、僕は答えない。
ただ胸に届けられる熱に集中して、それの発生源を感じ取ろうとする。
タッ トンッ
瓦礫の段差を越え、木々の枝の橋を渡り、古代都市の中を歩いていく。
3人は、僕のあとをついてきながら、
「止めなくていいの?」
「むぅ……」
ソルティスは問い、キルトさんは悩んだ声を漏らす。
でも、
「ここは、マールを信じましょう」
イルティミナさんは、迷いのない声でそう言ってくれた。
(ありがとう、イルティミナさん)
心の中で感謝する。
そうして、僕ら4人は、太古の街を進んでいく。
やがて、
「この中だ」
古い神殿のような建物の前に、僕らは辿り着いた。
木の枝の絡みついた、古代の紋様が描かれた重厚な扉が閉まっている。
「…………」
「…………」
「…………」
3人が見守る中、僕は前に出た。
小さな手で、扉に触れる。
と、その小さな衝撃で、何かのバランスが崩れたのか、巨大な扉を支える石壁が崩れた。
ガラッ ガガァン
瓦礫が落ち、土煙が舞う。
土煙が収まると、片側の扉が斜めにかしいで、人1人が通れるだけの隙間ができていた。
……まるで招かれているみたいだ。
「行こう」
振り向かずに3人に告げて、僕は、その神殿の中へと入っていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




