253・星の発見
第253話になります。
よろしくお願いします。
一夜が明けた。
礼拝堂の窓からは、眩しい朝日が差し込んでくる。
その輝きは、女神像を照らして、その手からこぼれる水をよりキラキラと光らせていた。
(今日もいい天気だ)
その光の中で、目覚めた僕は大きく伸びをする。
イルティミナさんとキルトさんは、すでに起きていた。
ソルティスは、ついさっき姉に起こされたばかりで、目尻に涙を浮かべながら、大欠伸をしていた。
「う~、身体痛いわぁ」
そんなことを言いながら、立ち上がる。
(?)
どうしたのかな?
「ここ、床が硬いのよね。もっと毛布、持ってくるんだったわ」
少女は、恨めしげに床を睨んでいる。
そう?
僕は言った。
「葉っぱ布団で眠るよりは、ずっと楽だと思うけど……?」
「…………」
「…………」
「…………」
3人は、何とも言えない顔になった。
「……マールってさ。……ううん、やっぱ、何でもないわ」
「???」
ソルティスはため息をこぼして、それ以上、愚痴は言わなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
今日は、森の探索をする予定だ。
(でも、どこに向かえばいいのかな?)
それがわからない。
そもそも、ヤーコウル様の祝福がなんなのか、それがわかってないものね。
ということで、
「まずは見張り台から、周辺を確認するかの」
ということになった。
みんなで、見張り台へと階段を登っていく。
ヒュオオオ……
空と森を渡ってきた風が、僕らの髪をなびかせる。
「しっかし、広いわね」
ソルティスが呆れたように呟いた。
うん。
360度、見渡す限り、地平線まで続く大森林だ。
キルトさんが僕を見る。
「マール。何か思い当たるものはないのか?」
と、言われても……。
(う~ん)
「何でもよい。この森にあるものを教えてくれ」
キルトさんは重ねて言う。
(それなら……)
僕は、小さな指でトグルの断崖の方を指差した。
「あの崩落した辺りから、もっと右側に歩いていくと壁画があるよ」
「壁画?」
「うん」
僕は頷いた。
「悪魔と人が戦ってる絵」
前に、僕にそう説明してくれたイルティミナさんを見上げる。
「確かにありましたね」
思い出したのか、イルティミナさんも頷いた。
「とても古いものでした。恐らく、神魔戦争を描いたものだと思います」
「ふむ、壁画か」
キルトさんは、あごに指を当て、考え込む。
シュバッ
「私、見てみたいかも!」
眼鏡少女は、元気に挙手だ。
(やっぱり、好奇心旺盛だねぇ)
そう感心しつつ、
「でも、絵があるだけで何もないよ? 壁画自体も、その絵1つだけだったし」
僕は、そう言っておいた。
ソルティスは、細い腰に両手を当てて、
「それはマールの意見でしょ。私たちが見たら、違う何かが見えてくるかもしれないじゃない」
と唇を尖らせる。
いや、そうかもしれないけどね。
キルトさんは顔をあげて、また聞いてくる。
「壁画以外には、何かないのか?」
「……あ」
そうだ。
「僕が目を覚ました『石の台座』があるよ」
「台座?」
「うん。『神界の門』だっけ? それ」
「ほう」
キルトさんの目が、少し光った。
「あと、他の6人の『ヤーコウルの神狗』のための台座も6つ、あったよ。ただ、そっちは壊れてるけどね」
「そうか」
「あとは……」
しばらく考えて、
「特に思いつかないかなぁ」
と言う。
「昼間しか動けないし、僕自身も、この塔からあまり離れた場所まで行けなかったしね」
「なるほどの」
キルトさんは頷いた。
それから、10秒ほど考えてから、
「わかった。まずは、その『石の台座』を見てみよう」
と決断した。
「そちらの方が、女神ヤーコウルに関わっている事象じゃ。先にそちらを確認しようぞ」
「うん」
「はい」
「そっちも面白そうね。えぇ、わかったわ」
リーダーの決定に、僕ら3人も頷く。
それから僕は、また小さな指を森へと伸ばして、「あの辺だよ」と場所を教えておく。
歩いて1時間ぐらいの距離だ。
3人も位置を確認して、
「そういえば」
ふとイルティミナさんが思い出したように呟いた。
「冒険者の宿の店主が言っていた『流れ星』は、どこに落ちたのでしょうね?」
(あ……)
そういえば、そんな話もあったっけ。
キルトさんは、
「ふむ。ここから見た限り、それらしい痕跡はないがの」
と首をかしげた。
確かに、地面のクレーターとか、森の木々がなぎ倒されているような場所は見つからない。
ソルティスは小さな肩を竦めた。
「そもそも、その話、本当なのかしら?」
え?
「目撃した猟師の見間違いとか、勘違いってこともあるんじゃない?」
「う~ん?」
そっか、そういう可能性もあるんだ。
少女の姉は頷きつつ、
「それが何かしら、女神ヤーコウルの神託と関係があるのかとも思ったのですけどね」
と吐息をこぼした。
キルトさんは、豊かな銀髪を手でかいて、
「まずは、1つ1つ確認していくかの」
と言った。
「時間に余裕はある。まだ焦る段階ではあるまい」
「そうだね」
笑顔で言うキルトさんに、僕も笑った。
姉妹も頷いている。
というわけで、僕らは、まず僕が目覚めた『石の台座』を目指して、探索を開始した。
◇◇◇◇◇◇◇
森の中を1時間ほど歩いていく。
やがて、辿り着いたのは、木々の途切れた草原の広場だ。
「…………」
そこに1つだけ、『石の台座』がある。
台座の表面には、緻密な魔法陣が刻まれていて、台座本体は、長い年月によって角が丸く風化し、地面に近い部分には苔が広がっていた。
その『石の台座』こそ、転生した『僕』という存在の始まりの場所だ。
…………。
みんな、立ち止まって、それを見つめた。
「これか」
「うん」
キルトさんの確認に、僕は頷く。
ソルティスは「へぇ~!」と瞳を輝かせながら、草原の中を『石の台座』に向かって進もうとした。
ガッ
「のわっ!?」
少女は何かに引っ掛かり、転びそうになった。
たたらを踏んで堪え、
「な、何よ、いったい!?」
怒ったように足元を見る。
長い草むらに隠れるように、そこには大きな石の塊が転がっていた。
それは1つだけじゃない。
よくよく見れば、この草原の広場のあちこちに、大きな石の塊がいくつもあった。
その石にも、魔法陣が刻まれている。
「……これって」
その1つを両手で持ち上げながら、ソルティスは、その正体に気づいたように呟いた。
僕は「うん」と頷いて、
「僕以外の6人の『ヤーコウルの神狗』のための台座だよ。……もう壊れているけどね」
と続けた。
「…………」
「…………」
「…………」
3人とも黙ってしまった。
この地上に来られたのは、7人の唯一の生き残りである僕だけだった。
6人の台座は、砕けている。
その草に紛れた大きな石塊たちは、まるで6人のための墓石のようだった。
「そう……」
ソルティスは、妙に神妙な声で呟いた。
そのまま持っていた石を、地面の上に静かに戻す。
「…………」
イルティミナさんが僕のそばにやって来て、
キュッ
まるで冷えてしまった僕の何かを温めるかのように、僕の手を握ってくれた。
うん……。
握り返す指に、僕も少しだけ力を込める。
キルトさんは息を吐いて、
「ここに、女神ヤーコウルの言葉の意味を知るための何かがあるかもしれぬ。少し調べてみよう」
と告げた。
僕らは頷き、1つだけ残った『石の台座』に歩いていった。
◇◇◇◇◇◇◇
眼鏡少女が顔を近づける。
フッ
息を吹きかけると、堆積していた砂埃が舞い上がった。
(わっ?)
ケホケホッ
やがて、それが収まると、少女の小さな指が刻まれた魔法陣をなぞっていく。
「ふ~ん」
と呟く。
「何かわかる?」
僕は訊ねた。
ソルティスは肩を竦めて、
「刻まれたタナトス魔法文字が、風化したのか、人為的なのかわからないけど、歪んでるのはわかるわね」
「……歪んでるの?」
「えぇ。これじゃ、正常な機能はしないでしょうね」
と言った。
正常な機能はしない……。
(だから、不純物である僕がアークインの魂に混じってしまったんだね)
その結果、生まれたのが、今の『マール』だ。
「そっか」
僕は頷く。
ソルティスは、持っていた大杖を『石の台座』に押しつける。
「よっ!」
そんな掛け声。
大杖の魔法石が光を放って、……けれど、それ以外は何も起きない。
(?)
「……駄目ね」
やがて、ソルティスはそう息を吐いた。
魔法石の光も消える。
彼女は、僕らを振り返って、
「魔力を流して、起動しようとしてみたんだけど、駄目だったわ。どうも、起動条件が違うみたい」
と教えてくれた。
でも、起動って……。
「これ、『神狗』を召喚するための魔法陣なんでしょ?」
「そうよ」
「僕がここにいるのに、起動する意味あるの?」
「物は試しよ」
好奇心旺盛な少女は、あっけらかんと言う。
それから、
「もしかしたら、マールより優秀な『神の眷属』が出てくるかもしれないじゃない?」
と笑った。
(……じ、冗談だよね?)
自分に自信がない僕としては、ちょっと笑えないのでした。
イルティミナさんは、
「マール以上の存在など、いませんよ」
と、きっぱり言う。
ソルティスは、僕に過保護な姉に、小さな肩を竦めた。
それから、ふと気づいたように、
「そうだ。せっかくだし、マールも『神気』を流してみてよ」
「え?」
「もしかしたら、それで起動するかもしれないし、『ヤーコウル様の祝福』ってのが召喚されてくるかもしれないでしょ?」
「う、うん」
よくわからないけど、試してみるかな。
僕は頷き、『石の台座』に触れる。
(ん……!)
体内にある力の蛇口を開いて、手のひらから『神気』を送り込む。
『神武具』に『神気』を与えるのと同じ要領だ。
パチッ パチチッ
放散した神気が、台座の周辺で白い火花を散らす。
でも、
「……何も起きないわね」
「うん」
僕も手応えを感じない。
(まるで、穴の空いた器に水を入れてるみたいだ)
キルトさんは、
「……ふむ。ここは無駄足であったかの」
周囲を見回しながら、呟いた。
サクッ サクッ
草をかき分けて歩み、転がっている壊れた『石の台座』の破片を拾う。
それを陽光にかざして、
「ヤーコウルの神狗、か」
そう言いながら、様々な方向から眺める。
「ん?」
と、キルトさんの動きが、何かに気づいたように止まった。
(?)
「どうしたの?」
僕は声をかける。
思わず、キルトさんの手にある破片を注視してしまったけど、でも、彼女の黄金の瞳は、その奥へと向いていた。
奥……?
視線を追いかけた先には、当然、森の木々があった。
破片を地面に置き、キルトさんは、そちらへと歩きだす。
「キルト?」
「ちょっと、どうしたのよ?」
姉妹も怪訝そうな顔だ。
でも、キルトさんは答えない。
3人で顔を見合わせて、僕らは、彼女を追いかけた。
そして気づいた。
「あ……」
歩いたことで、森の見える角度が変わった。
そして、その木々の隙間から、地面が大きく抉れている場所が見えたんだ。
近くに生えている木の幹には、大きな穴が開いている。
(…………)
まるで、空から何かが落ちてきて、その木を貫通して、地面に激突したかのようだった。
キルトさんは、地面の穴に辿り着く。
直径3メードほどの穴。
塔の見張り台からは見えないほどの、小さなクレーターだ。
キルトさんは、その中心へと近づき、
「…………」
地面の穴へと、手を突っ込んだ。
僕らは、固唾を飲んで見守る。
「ほう?」
キルトさんが呟いた。
そして、手を引き上げる。
たくさんの土がこぼれ落ちて、その中から、三角形をした金属板が現れた。
(な、何だろう?)
1辺が10センチほどの金属板だ。
キルトさんの手が、残った土を払う。
僕らは、その金属板を覗き込む。
イルティミナさんが気づいて、
「これは『神文字』ですね」
「えぇ、間違いないわ」
ソルティスも頷いた。
金属板の表面には、これまでにも何度か目にした『神文字』が刻まれていたんだ。
(これが、空から落ちてきた?)
思わず、青い空を見上げてしまう。
つられて、3人も空を見る。
そして、
「どうやら、これが『流れ星』の正体かの?」
と、キルトさんは笑った。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




