250・森への出立
第250話になります。
よろしくお願いします。
「うん、美味しいや!」
口の中いっぱいに広がる幸せに、僕は思わず、そう感激の声をあげていた。
その夜の食事の時間である。
冒険者の宿『アルセンの美味い飯』の1階にある食堂で、僕ら4人は、カウンター席に座って、出された料理を食べていたんだ。
パクパク ガツガツ
僕はもう夢中で、料理を胃袋の中にかき込んでいく。
隣の席のソルティスだって、ずっと無言のまま、3人前の料理を平らげていく。
そんな僕らの様子に、店主であり料理人でもあるアルセン・ポークさんは、満足そうに笑いながら、次のお皿を運んでくるんだ。
(本当に、ここの料理は最高だよ!)
知らず、笑顔をこぼしてしまう。
イルティミナさんは苦笑しながら、
「2人とも、もっとしっかり噛むのですよ?」
と注意する。
でも、食欲に支配された僕ら2人は、返事をする余裕もなく、ただ頷いて、新しく出されたお皿の料理を食べ続けた。
「もう……」
イルティミナさんは嘆息だ。
キルトさんは、お酒の木製ジョッキを片手にそんな僕らを眺めて、なんだか楽しそうに笑っていた。
それから、
「店主、最近この辺で、特に変わったことはないかの?」
と、アルセンさんに声をかけた。
「変わったことですか?」
お皿をテーブルに置き終わったアルセンさんは、聞き返す。
キルトさんは頷いた。
「うむ、明日から森の探索に出るゆえ、情報を仕入れておきたくての。何でもよい。気がついたことがあれば、教えてくれ」
「なるほど。……そうですね」
人の好い店主さんは、少し考え込む。
それから、
「あぁ、そういえば」
ポンッ
焼き立てパンのようにふっくらした手を打った。
「2ヶ月ほど前ですけどね、大森林の方に、流れ星が落ちたという話がありましたよ」
(流れ星?)
食事の手を止めず、耳だけを研ぎ澄ます僕。
キルトさんも「ほう?」と呟いた。
「森で、猟師が見たそうなんですけどね。ただ、その星が落ちたのは、どうやら深層部の方らしくて、誰も確認はできていないんです」
……深層部。
僕らが目指しているのも、そのアルドリア大森林・深層部だ。
「ふむ」
キルトさんは頷き、ジョッキをあおる。
「流れ星、か。……他にも何かあるか?」
「いえ、特には」
アルセンさんは首を振り、
「あとは、まぁ、近所の洋服屋の奥さんに、お孫さんが生まれたぐらいですかねぇ」
と微笑んだ。
キルトさんも笑った。
「それは、めでたいの」
「はい」
「うむ。引き止めてすまなかったの」
そう言いながら、キルトさんは、アルセンさんにリド硬貨を数枚、チップとして渡した。
アルセンさんは、
「これはどうも」
と恐縮しながら受け取る。
それから、同じ食堂にいる他のお客様の料理を運ぶために、厨房の方へと戻っていった。
イルティミナさんは、料理のお肉をナイフで切りながら、
「流れ星……ですか」
と呟いた。
「2ヶ月前といえば、ちょうどマールたちが、愛の女神モアにお会いになった頃と一致しますね」
パクッ
言い終えて、お肉を一切れ、口の中へ。
「うむ、そうじゃな」
キルトさんは、黄金の瞳をかすかに細める。
「女神ヤーコウルの神託と、何か関係があるのかもしれぬな」
と頷いた。
それから、またお酒のジョッキを傾ける。
と、ソルティスがちょうど1皿平らげて、次のお皿へと移る間に、
「ま、行けばわかるわよ」
と言う。
そして彼女の口は、また料理によって塞がれる。
キルトさんは苦笑した。
モグモグ ゴックン
僕は、料理を嚥下して、
「ソルティスの言う通りだよ。だから今は、ここの料理を楽しもう? ――すみません、アルセンさん! デザートの注文いいですか?」
大きく手を挙げながら、恰幅の良い店主さんを呼んだ。
「…………」
「…………」
キルトさんとイルティミナさんは、呆れた顔をする。
すぐに苦笑して、
「ま、今夜ぐらいは良いかの」
「そうですね」
大人な2人は頷き合った。
そんな会話を聞き流しながら、その夜の僕とソルティスは、出される料理を次々と制覇していくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、僕らは日の出と共に起床する。
カチャ カシャン
『妖精の剣』や『妖精鉄の鎧』など、それぞれの装備を身につけていく。
(よし)
荷物の詰まったリュックも背負って、準備は完了だ。
他の3人も、同じぐらいのタイミングで出発の準備を終えていた。
「では、アルドリア大森林・深層部へと向かうぞ」
「うん」
「はい」
「えぇ」
キルトさんの号令で、僕らは部屋を出る。
階段を降りていくと、1階には、店主のアルセンさんが待っていた。
朝食の仕込みのために、この時間にはもう起きているのだと、前に教わったことがある。
彼は微笑み、
「出発ですね? どうか、お気をつけて」
と頭を下げる。
キルトさんは頷いた。
「うむ。もし10日経っても戻らなければ、王都の冒険者ギルド『月光の風』に連絡をしてくれ」
「わかりました」
アルセンさんは、真剣な顔で頷いた。
冒険者の宿を経営しているから、そういう事態に遭遇したこともあるんだろう。
と、
「皆さん、もしよかったら、これを」
彼は、布に包まれた何かを差し出してくる。
(???)
受け取るキルトさん。
「これは?」
「お弁当です。私には、これぐらいしかできませんが、もしよかったら」
おぉ!?
(アルセンさんのお弁当!)
きっと、とっても美味しいはずだ。
隣のソルティスも、紅い目がキラキラと輝いている。
「すまぬな。ありがたく頂こう」
「はい」
キルトさんも礼を言い、アルセンさんも笑顔で頷いた。
その大切なお弁当も、サンドバッグみたいな荷物の中にしまい、改めてキルトさんは、それを背負う。
「ではの」
キルトさんはそう言って、出入り口へと歩きだした。
僕らも続く。
「いってきます」
アルセンさんに、僕は、そう笑顔を向ける。
彼は微笑んだ。
「いってらっしゃい、マール君、皆さん」
ふっくらした手を振ってくれる。
そんな宿屋の店主に見送られながら、僕らは冒険者の宿『アルセンの美味い飯』をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
メディスの街の大通りを歩き、南の大門へと向かう。
まだ早朝だ。
街の中には、観光客の姿は少なく、お店の準備をしている人の方が多く見かけられた。
「まずは、アルドリア大森林を南下する」
歩きながら、キルトさんが言った。
「そのまま、トグルの断崖に到達。そなたらの言う崩落地点を見つけ、そこから深層部へと降下しよう」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
僕らは頷く。
「まずは、マールが暮らしていたという塔を目指す。良いな?」
キルトさんの確認に、僕らはもう一度、頷いた。
そうして僕ら4人は、大門の受付で手続きを済ませると、メディスの街の外へと出たんだ。
ザッ ザッ
草原の丘を歩いていく。
丘の向こうには、緑の葉たちの茂った大きな森が見えていた。
アルドリア大森林。
深層部以外は、比較的、安全な森で、多くの恵みを近隣の人々に与えてくれる森なんだ。
でも逆に、深層部は未開の地。
冒険者の生還率も1割という、とても危険な場所なんだ。
(…………)
僕はよく、そんな場所で生活していたね……。
知らなかったこととはいえ、今更ながらに震え、そして1年前の自分に感心してしまうよ。
やがて、森と草原の境に到達する。
「また来ることになるなんてね……」
ソルティスが森の木々を見上げて、感慨深そうに呟いた。
(うん……)
僕も、つい頷いてしまう。
トグルの断崖までは、およそ4万メード、40キロの距離だ。
キルトさんは言う。
「急ぐ旅でもない。まずは3日ほどかけて、この森を抜けようぞ」
「うん」
「そうですね」
「へ~い」
僕らは同意して、
「よし、では行くぞ」
キルトさんは、鉄の声で告げて、先頭で森の中へと入っていく。
(……よし!)
深呼吸して、覚悟を決める。
キルトさんのあとを追うように、僕も歩きだす。
ソルティス、イルティミナさんもあとに続いた。
そうして僕ら4人は、ついにアルドリア大森林の深層部を目指す旅を開始したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




