249・メディスへの道
第249話になります。
よろしくお願いします。
6人乗りの竜車をチャーターして、僕らは、王都を出発した。
(いい天気だ)
今日は快晴。
空は青くて、春の太陽が輝いている。
幅の広い街道には、500メードぐらいの間隔で『灯りの石塔』が建っている。
街道は、緑色の海原のような草原を突っ切っていて、大きく波打つ丘陵地帯となっていた。
そうして半日ほど。
すると、草原の向こうに岩山が見えてくる。
レグント渓谷だ。
(この辺は、初めて通るね)
前にメディスの街から王都ムーリアに向かった時は、途中の橋が壊れていて旧街道を使ったんだ。
だから、初めての道。
緑色の山肌には、所々、岩が見えていて、その量は少しずつ多くなっていった。
そうして夕方。
「今日はここまでじゃ」
僕らは、そんな山麓にある小さな村で停車し、そこの宿屋で1泊をした。
何事もなく、翌日。
岩山のようになった場所の街道を、僕らの乗った竜車は進んでいく。
(あ……)
やがて見えてきたのは、落差のある崖だ。
崖下には、蛇行する川が流れている。
そして、崖に沿った街道を進んでいった進路上には、その川を越えるための大きな石造りの橋が架けられていた。
(レグント大橋だ!)
前に見た時は、橋脚の1つが破壊されて、真ん中が崩落していたんだ。
でも今は、
「ちゃんと直ってたんだね」
僕の言葉に、イルティミナさんが微笑んだ。
「もう1年以上、経っていますからね」
「うん」
僕は頷く。
ソルティスは、窓枠に頬杖をつきながら、
「ここは、メディス方面に向かう主要な街道だからね。王国でもすぐに着工してくれたんでしょ」
と教えてくれた。
(そっか)
そうして竜車は、大きな橋を渡っていく。
初めて通るから、なんだか感慨深い。
窓から見ると、橋の高さは、崖下まで50メードぐらいあった。
そこに橋を架けるなんて、
(重機もない世界なのに、凄いなぁ……)
ちょっと感動だ。
そんな風にして、僕らはレグント渓谷を抜けていった。
◇◇◇◇◇◇◇
レグント渓谷を抜けると、緑の豊かな山脈地帯になった。
クロート山脈だ。
(ここからは、前にも通った道だね)
クネクネした山道を登っていき、やがて、辿り着いた小さな村で1泊だ。
1年前にも着た村だけど、泊まるのは違う宿屋だった。
宿屋の並んだ前の広場には、僕ら以外にも、4~5台の竜車が停まっていた。
(あれは、きっと王都に向かう車両だね)
この村は、宿場町としてお金を稼いでいて、だから、小さな村なのに複数の宿屋があるんだろう。
「明日には、メディスですね」
夜、宿屋の一室で、いつものように抱き枕になる僕へ、イルティミナさんがそう囁いた。
「うん」
僕は頷いた。
異世界に転生した僕が、初めて訪れた人の街メディス。
ちょっと懐かしい。
なんだか妙に待ちわびた気分で、僕は、その夜の眠りについた。
…………。
…………。
…………。
翌日も、竜車の旅は続いた。
村を出発したあとは、今度はクロート山脈を下山していくことになる。
ゴトゴト
竜車が揺れる。
1年前、初めて乗った時には、車酔いを起こしてしまったけれど、今はもうそんなことはなくなった。
(……そういえば)
その時、僕は初めて、イルティミナさんと唇を合わせたんだっけ。
お、思い出したら、ちょっと顔が熱くなってしまったよ……。
パタパタ
手で顔を扇ぐ僕を、イルティミナさんは「?」と不思議そうに見ていた。
やがて、クロート山脈を無事に下山し、街道も平地となった。
その街道を、竜車は進んでいく。
そうして数時間後、
「あ……」
真っ直ぐに伸びた街道の先、地平線の彼方に、僕らの目指すメディスの街の城壁がポツンと見えてきたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
メディスは、人口5千人ほどの大きな街だ。
周辺の村の品が集まって、周辺都市へと運搬される中継点になっている。
そして、街の近くにあるアルドリア大森林へと向かう冒険者が、その探索拠点とする街でもあるんだ。
(ちょうど、今の僕らみたいにね)
1年前、イルティミナさんに教わったことを思い出す僕と3人は、今、街の大門の受付で、街に入る手続き中だった。
竜車の窓からは、代表であるキルトさんが、兵士さんに渡された書類に記入している姿が見えている。
やがて、手続きは終了。
僕らの乗った竜車は、無事、メディスの街中へと入っていった。
(うわぁ……懐かしいな)
1年前にも訪れた、見覚えのある街並みが広がっている。
やがて、竜車は、門の近くにある円形の乗降場で停車して、僕らは荷物を背負って車両から降りた。
乗降場には、他の馬車や竜車も停まっている。
「世話になったの」
キルトさんが支払いを済ませ、竜車の御者さんに感謝の言葉をかける。
僕らも軽く会釈した。
ガラガラ
竜車は、新しい客を求めて去っていった。
「さて」
キルトさんは、空を見上げながら呟いた。
「もう1~2時間で夕刻じゃな。今日は、このメディスに1泊し、明日、アルドリア大森林に向かうとしよう」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
リーダーの言葉に、僕らは頷く。
キルトさんは、
「では、今宵は宿を取るわけじゃが、そなたら希望はあるか?」
と聞いてくる。
僕とソルティスは、顔を見合わせた。
頷き合い、そして、
「あるよ」
「あるわ」
同時に答えた。
予想していたのか、キルトさんとイルティミナさんは、少し楽しそうに笑った。
「ふむ、どこじゃ?」
僕とソルティスは息を吸い、
「アルセンの美味い飯!」
大きな声で、その名前を口にしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
冒険者の宿『アルセンの美味い飯』は、1年前にもお世話になった宿屋だ。
その名前の通り、出される料理が、とっても美味しいんだ。
(思い出しても、よだれが出そう……)
食いしん坊少女のソルティスも、きっとそれが理由で名前を出したんだと思うよ。
やがて、僕ら4人は、大通りから1本脇道に入った先にある3階建ての宿屋へと辿り着いた。
(変わってないなぁ)
外見は記憶にあるままだ。
この世界に転生して初めて泊まった宿屋、その店内へと、僕らは再び入っていく。
「いらっしゃいませ」
聞き覚えのある声が響く。
1階は食堂兼酒場、2階と3階は宿泊施設。
その1階のカウンター奥に、恰幅の良い店主さんがにこやかに笑っている姿が見えた。
(アルセンさん!)
懐かしい姿に、僕も笑顔がこぼれた。
「おや」
向こうも、何かに気づいた顔をして、
「もしかして、マール君ですか?」
と笑った。
(!)
僕のこと、覚えててくれたんだ!?
1年以上も前、たった1晩泊まっただけなのに、名前を呼ばれたことにびっくりしてしまった。
「久しぶりじゃな、店主」
キルトさんも笑いかける。
アルセンさんは微笑んだ。
「これはこれは、お久しぶりです、キルトさん」
そして、
「イルティミナさん、ソルティスちゃんも」
と、姉妹の名前も口にする。
これには、2人も驚いた顔をしていた。
「私たちのこと、覚えてるのね?」
少女は、眼鏡の奥の瞳を丸くして訊ねる。
アルセンさんは頷いた。
「もちろんですよ。こういう商売ですからね、お客様の顔と名前は忘れないようにしているんです」
(へぇ……)
口で言うのは簡単だけど、実際は、毎日何人もお客様の対応をしているわけで、その全員を覚えているとしたら本当に凄いことだ。
と、
「とはいえ、皆さんは、あのキルト・アマンデスのパーティー仲間ですからね」
(あ……)
「そうそう、忘れることはできません」
と、悪戯っぽく片目を閉じて続けた。
(なるほどね)
言われてみれば、キルトさんは、国のトップ3となる有名冒険者だ。
きっと記憶には残り易いよね。
「そうか」
キルトさんも苦笑している。
アルセンさんは笑みを深くして、
「それで本日は、お泊りですか?」
と聞いてくる。
キルトさんは「うむ」と頷いて、
「また頼むぞ、店主」
「はい」
アルセンさんも嬉しそうに頷いた。
そうして僕らは、チェックインの手続きを行った。
キルトさんが台帳に記入している間に、
「あれから、マール君も冒険者になったんですね」
アルセンさんがそう話しかけてくる。
(あ、そっか)
1年前の僕は、冒険者じゃなかったんだ。
でも今の僕は、剣や鎧を装備していて、イルティミナさんたちと同じ冒険者の格好をしている。
それで、アルセンさんも気づいたんだろう。
僕は、笑って頷いた。
「はい、冒険者になりました!」
「そうですか」
アルセンさんは微笑み、イルティミナさんの方を見る。
「一緒にいられる道を、選ばれたのですね」
と、優しい声で言った。
そういえば、1年前は、僕をメディスの街の孤児として残すか、残さないかで揉めたんだっけ。
あの騒ぎでは、アルセンさんにも迷惑をかけてしまった。
(それもあって、記憶に残り易かったのかな?)
なんて思ったり。
イルティミナさんは、僕の髪を撫でながら、アルセンさんの言葉に頷いた。
「あれからも、ずっと共におります」
「そうなんですね」
「その節は、色々とご迷惑をおかけして」
「いえいえ」
パタパタと手を振り、
「お2人が望まれた形でいられているのなら、本当に良かったです」
と微笑んだ。
(アルセンさん……)
この店主さんは、本当にいい人だよ……。
そして彼は、1階の奥にある掲示板を示して、
「もしよろしければ、マール君、うちの依頼書も確認していってくださいね。いい依頼があるかもしれませんよ」
と笑った。
僕は頷く。
「いいですよ。白印の依頼、あります?」
「え? 白印?」
え?
「あれ……? マール君、その……白印なんですか?」
「うん、白印ですよ」
言いながら、右手を掲げて、そこに魔法の紋章を輝かせる。
ポゥ
それは純白の光。
白印の証だ。
「ほら」
「…………」
白い光に照らされて、アルセンさんは呆然だ。
「えっと……マール君、1年前は冒険者じゃなかったですよね?」
と、確認してくる。
「普通、1年で白印になれるものなんでしょうか?」
アルセンさんはなぜか助けを求めるように、キルトさんやイルティミナさんの方を見る。
2人は頷いた。
「コヤツは、この鬼姫の弟子じゃからな」
「マールは天才なんです」
ちょっと誇らしげ。
(な、なんだか、こそばゆいぞ)
2人の賞賛に、ソルティスだけは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
アルセンさんは、
「ははぁ……そうなんですか」
ちょっと呆けたように言った。
それから彼は、僕のことを見つめて、
「あれから、きっと、いっぱい努力したんですね。イルティミナさんたちと一緒にいるために」
そう大きく頷いた。
(…………)
僕の青い瞳は、そこにいる大切な3人の仲間を見る。
3人も、僕のことを見ていた。
なんとなく、4人で一緒に笑い合ってしまった。
そうして笑い合う僕らに、アルセンさんも微笑んでいる。
そして、
「さぁさぁ、それでは4人とも、まずはお部屋までご案内いたしますよ」
パンッ
アルセンさんは大きな手を打ち合わせ、宿屋内にその明るい声が響いていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




