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248・小さな祝宴

第248話になります。

よろしくお願いします。

 ギルドの建物3階にある宿泊施設、その一番奥にあるのがキルトさんの部屋だ。


「まぁ、入れ」


 ガチャッ


 鍵を開け、キルトさんは扉を開けてくれる。


 扉の向こうに広がるのは、高級ホテルのスイートルームみたいな広い部屋だ。


 リビング、キッチン、客間、浴室、その他たくさんの部屋がある。


 ここにキルトさんは、1人で暮らしているんだ。


(贅沢だよねぇ……)


 素直に、そう思ってしまうよ。


 キルトさんは、部屋の角に『雷の大剣』を立てかけ、背負っていた荷物も降ろす。


「ふぅ」


 カチャ ガチャン


 リビングのソファーに腰かけて、黒い鎧も外していく。


 やがて現れたのは、黒いタンクトップとズボン姿の、銀色の髪をした普通の女性の姿だ。


 その長い銀髪を、無造作にポニーテールにまとめながら、


「そなたらも、適当にくつろげ」


 と笑った。


 僕らは頷いて、


「では、奥の客室をお借りしますね。マール、ソル、行きましょう」


 イルティミナさんに促されて、その客室に向かった。


 ドサッ ドスン


 背負っていた荷物を、絨毯の床に降ろす。


 それぞれの武器も置いて、ベッドを椅子代わりにして腰かけると、身につけていた鎧も外していった。


 カチャン ガチャッ


 留め具のベルトを緩めて、『妖精鉄の鎧』を脱ぐ。


(ふぅ、動き易くなった)


 ホッと一息。


 ソルティスも、ベッドに座って、小さな肩を回している。


 イルティミナさんも、前屈みになって、白い軽鎧を脱いでいく。


 タユン


 拍子に、大きな胸が重そうに揺れた。


 …………。


(いかん、いかん)


 紳士な僕は、吸い寄せられそうな目を、無理矢理、別方向へと向けました。


 そうして身を軽くした僕らは、リビングへと戻る。


「お茶を淹れますね」


 イルティミナさんは、そう言いながらキッチンへ。


「おぉ、すまぬ。頼もう」


 キルトさんは嬉しそうに言い、そんな彼女の隣のソファーへ、ソルティスが座った。


 長旅の疲れがあるのか、少女は「あ~」とか言いながら、背もたれに寄りかかる。


 キルトさんは苦笑しながら、


 ポンポン


 少女の柔らかそうな紫色の髪を、軽く撫でてやった。


 その様子に、僕は笑う。


 そして僕自身は、なんとなく、リビングの大きなガラス戸へと近づいた。


 キュッ


 小さな指で、ガラスに触れる。


 そこから見えるのは、夕日に赤く染まったシュムリア湖だった。


 湖上には、美しい神聖シュムリア王城。


 …………。


(綺麗……)


 思わず、見惚れてしまった。


 旅をしている間に、季節はもう春になっていた。


 湖畔の木々たちも新緑の若葉を茂らせていて、それも今は、夕日に赤く輝いている。


 湖面も、波に合わせてキラキラと太陽光を反射していた。


 しばらく、その景色を見つめた。


(あそこに……あるんだよね?)


 僕らの探そうとしている『神霊石』の1つが、あの湖の底のどこかに。


 …………。


 見つかるかな?


 シュムリア湖は、本当に広くて、一見するとまるで海みたいに思えるほどなんだ。


(いや、絶対に見つけないと)


 僕は、気持ちを切り替える。


 必ず『7つの神霊石』を見つけ出して、神様たちに来てもらって、『魔の勢力』から人類を救ってもらうんだ。


(うん!)


 レクトアリスが作ってくれた『探査石円盤』の2つは、もうレクリア王女に渡してある。


 近い内に、調査部隊はそれを使って、水中の探索を行うはずだ。


 あとは信じて待とう。


 そして僕らはその間に、また別の『神霊石』を求めて『暗黒大陸』に向かうんだ。


 …………。


 夕日に赤く染まった美しい景色を眺めながら、僕は、改めて覚悟を決めていた。


 と、


「お待たせしました、お茶が入りましたよ」


 背中の方から声がした。


 振り返れば、イルティミナさんが入れてくれたお茶のカップを、リビングのテーブルに並べているところだった。


 ふと、彼女と視線が合う。


「マールもどうぞ」


 柔らかな微笑み。


 僕も笑った。


「うん」


 夕日に煌めくガラス戸から離れて、僕は、3人の仲間のいる方へと歩いていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 その日の夕食は、キルトさんの部屋までギルドの食堂から料理を運んでもらった。


「たまには、のんびりせい」


 いつもならイルティミナさんが作ってくれる。


 でも今日は、彼女も長旅から帰ってきたばかりで、キルトさんが『疲れているだろうから』と気を利かせてくれたんだ。


(さすが、キルトさん)


 みんなのパーティーリーダーだ。


 ところが、


(え、ええぇえ?)


 時間になってやってきた料理は、凄く豪華だった。


 鳥の丸焼きだったり、飾り包丁の入れられたフルーツサラダだったり、肉と野菜たっぷりの炒めライスだったり、香り豊かなクリームシチューだったり。


 極めつけは、


「ケーキだわ!」


 高さ50センチはありそうな、3段重ねの巨大ケーキだ。


 ソルティスの眼鏡の奥の瞳も、キラキラしている。


 僕とイルティミナさんは、唖然だ。


 でも、当たり前だけど注文したキルトさん自身は、平然としている。


「今回は、祝いの席にしようと思っての」


(祝いの席?)


 僕らの視線に、キルトさんは笑って説明してくれた。


「マール、イルナ、そなたらも、また1つ年を重ねたであろう?」


 あ……。


 そうなんだ。

 実は、僕とイルティミナさんは、アルン神皇国からシュムリア王国へと戻ってくる間に、2人とも誕生日を迎えていたんだ。


 僕は14歳。

 イルティミナさんは21歳。


 一応、みんなからお祝いの言葉はもらったけれど、移動中だったから何もできなかったんだ。


「その分を今、祝おうと思っての」


 とキルトさん。


(そ、そうだったんだ……)


 優しい笑顔のキルトさんを見ていたら、なんだか胸が熱くなってしまったよ。


 イルティミナさんも、


「キルト……」


 と真紅の瞳を細めている。


 キルトさんは笑いながら、巨大ケーキに目が釘付けになっている少女の頭に、ポンと手を置いた。


「ついでに、ソルとわらわの誕生日分のケーキも合わせた」

「え?」

「今年は、皆、落ち着いて祝えなかったからの。せっかくじゃから、4人分の祝いの席にしようとしたのじゃよ」


 と、悪戯っぽく笑う。


 僕とイルティミナさんは、思わず顔を見合わせてしまう。


 そして、破顔した。


「うん、いいね!」

「とても良い考えだと思います」

「うむ」


 僕らの笑顔に、キルトさんも頷いた。


 ソルティスは、


「私は、これだけのご馳走にケーキも食べられるなら、なんでもいいわ~♪」


 ケーキを見たまま、そんなことをおっしゃる。


 それに、僕らはまた笑ってしまった。


 そうして僕らは、


「全員、お誕生日おめでとう!」


 お互いを祝福し合って、豪勢な料理を食べ始めた。


 …………。

 …………。

 …………。


 とても楽しい時間だった。


 料理はとても美味しくて、絶賛、成長期である僕の手は、ずっと止まらなかった。


 イルティミナさんは、みんなの料理を取り分けてくれた。


 キルトさんは、高そうなお酒をガバガバと飲んでいた。


 ソルティスは、その小さな身体のどこに入っていくのか、巨大ケーキの半分以上を1人で平らげてしまった。


 みんなで笑いながら、お喋りし合って、いっぱい食べた。


(……幸せだなぁ)


 こんな風に誕生日を祝ってもらえるなんて、思ってなかったよ。


 僕が、この異世界に転生して1年。


 本当に色んなことがあったよね。


 でも、今の僕はもう『マール』で、この世界で生きている。


(これからも、僕は、この世界で生きていくんだ!)


 そう強く実感した日になったよ。


 やがて、食事会も終わった。  


 後片付けも、翌日、ギルドの職員さんがやってくれるとかで、ちょっと散らかしたままだ。


「ではの」


 お酒でほんのり赤くなったキルトさんが、柔らかく笑う。


 僕と姉妹は、客室に戻るところだった。


 キルトさんは、このまま、もう少し1人でお酒を楽しむつもりなんだって。


(ま、今日はいいよね)


 キルトさんのお祝いでもあるんだ。


 ちなみにソルティスは、満腹になって眠くなってしまったのか、少々、足元が覚束なかった。


 半分、眠ったような状態で、姉に支えられている。


「おやすみ、キルトさん」

「おやすみなさい、キルト」

「おやふみぃ……ふぁぁ……」


 僕らは、微笑むキルトさんに見送られながら、客室へと戻った。


 トサッ


「く~か~」


 ベッドに倒れ込んだ途端、少女はいびきをかき始めた。


(やれやれ)


 僕は苦笑する。


 イルティミナさんは、大の字だった妹の姿勢を直して、毛布をかけてやる。


 …………。


 窓の外は、もう真っ暗だ。


 黒い湖面にそびえる神聖シュムリア王城がライトアップされていて、とても綺麗だった。


 王都の街の夜景も美しかった。


 …………。


「マール、私たちも休みましょう」

「あ、うん」


 イルティミナさんに声をかけられ、僕は眺めていた窓の景色から視線を戻す。


 僕らだって、長旅から帰ったばかりで疲れていたんだ。


 今日は、イルティミナさんも少しだけお酒を飲んでいた。


 そのせいかな?


(少し色っぽい……)


 頬は赤く染まり、その瞳は、どこか潤んでいる。


 彼女は、部屋の明かりを消すと、ベッドに横たわった。


 そのまま、僕に『おいで、おいで』と手招きする。


 いつものように、彼女の隣に背中を向けて横になろうとすると、


「……今日は、こちらを向いてください」

「え?」

「…………」

「…………」

「…………」

「うん」


 少し恥ずかしいけど、イルティミナさんのお祝いでもあるので素直に応じることにした。


 キシッ……


 ベッドに横になった。


 イルティミナさんの整った美貌が、すぐそこにある。


 少しだけお酒の匂いがして、甘い吐息だ。


 暗闇の中で、僕らはゆっくりと抱き合った。


 …………。


 僕の胸に、イルティミナさんの弾力のある胸が押しつけられ、重く潰れている。


 ドクッ ドクッ


 自分の鼓動が、そのまま伝わっていく。


 逆に、彼女の鼓動も伝わってくる。


(……なんだか不思議な感じ)


 ドキドキしているのに、落ち着いている。


 と、


「あと1年……ですね」


 不意に、彼女の唇が綻び、そう美しい声を紡いだ。


 僕の青い瞳は、目前にある真紅の瞳を見つめる。 


 …………。


「うん。あと、1年だね」


 僕は笑った。


 イルティミナさんも嬉しそうに微笑んだ。


 あと1年で、15歳。


 僕も成人だ。


 そうなったら、僕は……。


 チュッ


 思いを馳せる僕のおでこに、イルティミナさんはキスをする。


「楽しみです……」


 そうはにかんだ。


 それから彼女は、僕の顔を胸の谷間に押しつけるように抱きしめる。


 わわ……。


 ちょっとドキドキ。


 でも、凄く優しくて、落ち着く感じ。


「うん」


 僕は頷きながら、まぶたを閉じた。


 頬と鼻先に当たるイルティミナさんの胸の感触は、とても柔らかくて、温かい。


 長旅の疲労。


 そして、彼女の心地好さに招かれて、僕は眠りの世界に落ちていく。


「――おやすみなさい、私のマール」


 柔らかな声が耳元をくすぐる。


 それを最後に、僕の意識は、温かな闇の中に消えていった――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌日の早朝、僕ら4人は、冒険者ギルド前に集まっていた。


 全員、旅立ちの装備を整えて、準備万端だ。


 太陽が顔を見せたばかりの王都ムーリアの空気は、少しひんやりしていて、朝靄の残ったギルド前の通りには、まだ他の人影もない。


 そんな中、ソルティスが、


「あ~、久しぶりに良く寝たわぁ」


 大杖を両手に持って、ググゥ……と大きく伸びをしながら、そんなことを言った。


(久しぶりって……?)


 いつも、今日と同じぐらいの時間、寝てたじゃないか。


 そんな僕の疑問に、


「何言ってるのよ。揺れる飛行船や竜車と、柔らかなベッドが同じと思ってるの?」


 と、少女は唇を尖らせる。


(……なるほど)


 言われてみれば、僕も、いつもよりも疲れが取れた気がするかも。


 コキ コキ


 僕は、首を左右に倒して、肩の軽さを確かめる。


 そんな僕ら年少組のやり取りに、イルティミナさんとキルトさんは、おかしそうに笑っていた。


 やがて、


「では、メディスの街を目指して、竜車の乗降場に行くとするかの」


 リーダーであるキルトさんが、言った。


「うん」


 僕らは頷き、早朝の王都を歩きだす。


 …………。


 なんだか、いつもよりワクワクする。


「どうかしましたか、マール?」


 やっぱりイルティミナさんは、僕の変化にすぐ気づいてくれる。


 僕は笑った。


「これから、みんなと出会った場所に向かうのかと思ったら、ちょっと不思議な感じがしてさ」

「……あぁ」


 イルティミナさんは頷く。


 先を歩くキルトさんとソルティスも、足を止めずに振り返った。


「そうですね」


 イルティミナさんの真紅の瞳は、青く澄んだ空を見上げる。


「私とマールが出会ったアルドリア大森林」

「…………」

「私たちの全てが始まった場所、ですものね」

「うん」


 そして、キルトさん、ソルティスとも出会った懐かしい場所だ。


 僕は頷き、3人も感慨深そうな表情だった。


 ソルティスが笑った。


「あの時のマールは、本当にボロ雑巾だったわよね~」


(あはは、そうだね)


 思い出した僕は、小さく苦笑して、頷く。


 その頃は、この少女には、ずっと『ボロ雑巾』って呼ばれていたっけ。


 キルトさんも、


「出会った頃は、まさか、これほどの付き合いになるとは思わなかったがの」


 自分のあごを撫でながら、呟いた。 


(うん、僕もだよ)


 出会いって不思議だよね。


 イルティミナさんの白い手が、あの頃と変わることなく、僕の髪を優しく撫でてくれる。


 そして、


「マールと出会えて、よかった」


 真紅の瞳を細めて、言った。


 …………。


「僕も、イルティミナさんと……みんなと出会えてよかったよ!」


 力いっぱい答えた。


 それに、3人も笑ってくれた。


 出会ってから、1年以上。


 ずっと一緒にいる大切な3人と一緒に、僕は、そんな話をしながら、早朝の王都ムーリアを歩いていった――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 相も変わらぬソルティスの“食い気”と“いびき”。 これ等は一種の安心感を与えてくれる。 あぁ、素晴らしきソルティス(´艸`*) [気になる点] まるで最終回のよ…
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