247・帰ってきたギルドで
第247話になります。
よろしくお願いします。
その日の午後、僕らは冒険者ギルド『月光の風』へと帰ってきた。
「おかえりなさい、皆さん!」
白亜の塔のような建物に入ると、ちょうど受付をしていた赤毛の獣人さんが、すぐに僕らに気づいて立ち上がる。
クオリナ・ファッセさんだ。
彼女は後遺症の残った片足を引き摺るようにしながら、僕らの元へと駆けてくる。
「ただいま!」
僕は元気よく言った。
クオリナさんは満面の笑顔で、
「おかえり、マール君!」
ギュッ
僕を強く抱きしめてくれた。わっ?
「こ、こら、クー!」
イルティミナさんが慌てたように声をかけ、クオリナさんは苦笑して「はいはい」と身体を離す。
(ち、ちょっとびっくりした)
クオリナさんは、
「相変わらず、イルナさんは過保護だねぇ」
と楽しそうに笑っている。
キルトさんとソルティスも苦笑いだ。
と、そんな風に騒いでいたものだから、ギルド1階にいた他の冒険者たちも僕らに気づいた。
「キルト?」
「キルトさん?」
「鬼姫様が帰ってきたか!」
「おかえり!」
「おう、戻ったのか!」
ザワザワ
あっという間に人垣ができあがる。
「ぬっ?」
(わっ、これはまずい)
前回、アルンから帰った時は、この騒ぎに巻き込まれて、頭をクシャクシャに撫で回されたり、身体中を叩かれたりしたんだ。
「マール!」
「う、うん」
「やばっ」
気づいた僕らは、そそくさと有名人・鬼姫キルト・アマンデスから離れた。
流れに逆らうように人垣を抜けると、キルトさんの周りには、すでに20人以上の冒険者が集まっていた。
(……あ、危なかったぁ)
ホッと一息。
クオリナさんも含めた4人で顔を見合わせ、苦笑いをしてしまう。
キルトさんは輪の中心で、みんなの乱暴な歓迎を受けている。
でも、
「あぁ。皆、ただいまじゃ」
キルトさんは、困ったような顔をしていても、決して嫌がったり、怒ったりはしない。
多分、自分が『金印の冒険者』であることを強く自覚しているからだと思う。
(だからかな?)
キルトさんの周りに集まる人たちは、みんな笑顔だった。
「……凄いなぁ、キルトさん」
思わず、呟いてしまう。
獣耳で聞こえたのか、クオリナさんは優しく笑った。
それから僕を見つめて、ふと気づいたように、
「マール君、なんだか大人っぽくなったね」
「え?」
不意に言われて、クオリナさんを見つめ返した。
クオリナさんは「うん」と頷いて、
「背はそんなに変わってないように見えるけど……でも、雰囲気が少しベテラン冒険者っぽくなったよ」
と言った。
ベテラン冒険者……。
その響きに、ちょっとときめく。
「気のせいでしょ」
ソルティスが、あっけらかんと否定した。
…………。
こ、この子は~!
恨みがましく見返すけれど、少女はそっぽを向いている。
と、少女の姉が頷いて、
「この半年以上もの長い旅で、マールも色々と経験しましたからね」
と言ってくれた。
(イ、イルティミナさん……)
クオリナさんは「そっか」と頷いた。
「うん、そうだね」
「…………」
「もしかしたら、マール君はもう、昔の私よりも凄い冒険者になってるのかもしれないね」
ちょっと切なそうな、寂しそうな顔。
…………。
僕は、何と答えていいのか、わからなかった。
でも、クオリナさんは、すぐに表情を改めて、
「だけど、3人とも無事に帰ってきてくれてよかったよ。マール君、イルナさん、ソルちゃん、本当におかえりなさい」
と、いつもの明るい笑顔で言ってくれたんだ。
僕は、その笑顔に青い瞳を細めて、
「うん、ただいま」
と笑った。
「ただいま帰りました」
「ただいま~」
姉妹も笑顔で、クオリナさんに言葉を返す。
クオリナさんも頷いた。
その笑顔を見ていたら、僕は、なんだか自分がようやく我が家のようなギルドに帰ってきたのだと、実感した気がした。
◇◇◇◇◇◇◇
30分ぐらいしてキルトさんが解放されてから、僕らは5階のギルド長室に向かった。
「みんな、おかえりなさい!」
中に入ると、真っ白な獣人さんが僕らを歓迎してくれる。
「ただいまじゃ、ムンパ」
さっきのクオリナさんに抱きつかれた僕みたいに、ムンパさんに抱きつかれるキルトさん。
苦笑しながらキルトさんは、友人の頭をポンポンと軽く撫でてやる。
やがてムンパさんが落ち着くと、僕らは、植物の茂った室内の中央にある円形の白い空間、そこにある応接用のソファーに腰を落ち着けた。
紅茶のカップを秘書さんがテーブルに置いていく。
そして、秘書さんが一礼して立ち去ると、
「みんな、今回の大変な使命の旅、本当にお疲れ様でした」
ムンパさんは、改めて、そう労いの言葉をかけてくれた。
キルトさんは、
「うむ」
と頷き、紅茶をすする。
それからレクリア王女がしたように、ムンパさんも僕らの旅の報告を、直接、聞いてくれた。
2度目だからかな?
(王女様の時より、上手く話せた気がするよ)
そして最後に、レクリア王女から『暗黒大陸』へ行くよう命じられたことも伝えた。
「そう……」
それを聞いて、ムンパさんの表情が曇った。
…………。
そこは、誰も帰ったことのない未知の大陸だ。
キルトさんは、友人に言った。
「わかっていたことであろ?」
「そうね」
ムンパさんは頷いた。
「でも、やっぱり行って欲しくないな……って思ってしまうわ」
と、何かを我慢するように微笑んだ。
(……ムンパさん)
キルトさんは困ったように、真っ白な獣人さんを見つめる。
それから、息を吐いて、
「それより、わらわたちがいない間、こちらでは何もなかったか?」
と話題を変えるように訊ねた。
ムンパさんも、それに乗っかることにしたのか、
「そうね……」
と少し考えて、
「特にはないけれど、少し王都の空気が落ち着かなくなっているかしら」
と答えた。
(王都の空気?)
その答えに、僕らは美しいギルド長を見つめてしまう。
ムンパさんは頷いて、
「シュムリア軍部の動きが活発になっているの」
「…………」
「キルトちゃんの話を聞いた限り、恐らく『闇の子』に備えるため、シュムリア国内にある『悪魔封印の地』の防衛を強化しているのね」
あぁ……。
「王都国民には理由を知らされていないし、多分、発表されていた暗黒大陸への開拓団の派遣のためだと思っているでしょう。でも、その物々しい空気が伝わって、少しだけ落ち着かなくなっている感じなの」
なるほどね。
(ある意味、戦争前のような状態だものね)
魔の勢力に対しての。
理解したのか、キルトさんも「そうか」と頷いている。
イルティミナさんとソルティスは、黙って紅茶をすすっていた。
ムンパさんは吐息をこぼし、
「私から話すことは、それぐらいね」
「ふむ」
「キルトちゃんたちは、これからどうするの?」
「うむ、アルドリア大森林に行こうと思っておる」
「アルドリア大森林に?」
驚くムンパさんに、僕らはヤーコウル様の神託のことを伝えた。
「そうなのね」
真っ白な獣人さんは頷いた。
キルトさんは、
「明日の昼には、出ようと思う」
と言う。
「慌ただしいわね」
ムンパさんは苦笑した。
でも、すぐに頷いて、
「わかりました。だけど、深層部まで行くのなら気をつけてね。あそこも未開の秘境なのだから」
「うむ、わかっておる」
キルトさんはそう応じると、紅茶のカップをソーサーに戻して、ソファーから立ち上がった。
僕も慌てて、残った紅茶を飲み干す。
姉妹と一緒に立ち上がった。
「ま、今夜は一晩、ゆっくりさせてもらう」
「えぇ」
「ではの、ムンパ」
「またね、キルトちゃん。3人もゆっくり休んでね」
柔らかな微笑みをするムンパさん。
僕も笑って、頷いた。
そうして、他の3人と一緒に僕は、ギルド長室をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
廊下に出ると、キルトさんは軽く伸びをする。
それから、
「さて、わらわはこのままギルドの部屋に戻るが、そなたらはどうする?」
と僕らを見た。
僕は、姉妹と顔を見合わせる。
このままイルティミナさんの家に帰るのもいいけれど、
「帰っても、まずは大掃除をしなければいけませんものね」
と、頬に手を当てる家主さん。
確かに、半年以上も家を空けていたのだから、埃も相当な気がするよね……。
ソルティスも想像したのか、ちょっと遠い目だ。
(出発は、明日の昼だっていうし……)
ゆっくり休むなんてできないだろう。
ということで、
「キルトさん」
「わかった、わかった」
声をかけた途端、キルトさんは予想していたのか、両手で何かを押さえる仕草をする。
「今夜は、わらわの部屋に泊まるが良い」
「いいの?」
「構わん」
やった!
「ありがとう、キルトさん」
僕は、満面の笑顔で礼を言う。
キルトさんは苦笑しながら、
「なんとなく、そうなる気はしていたからの」
と頷いた。
「すみません、キルト」
「お世話になるわ~」
姉妹も、それぞれに言う。
キルトさんは笑った。
「ま、我が家のつもりでくつろぐが良い。――では、行くぞ」
と廊下を歩きだした。
僕らは、慌ててあとに続く。
ということで、今夜はキルトさんの部屋にお泊りすることが決まったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




