245・王国への帰還
新年明けましておめでとうございます!
『転生マールの冒険記』、今年最初の更新になります。
今話からは、シュムリア王国が舞台です。マールたちの冒険を、どうか、またゆっくり読んでやって下さいね。
それでは、第245話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
アルン国内を竜車で走り続けて、3日目の夜だった。
「マール、起きてください」
(ん?)
座席に寄りかかって眠っていた僕は、イルティミナさんの声で目を覚ます。
ゴシゴシ
目元を手でこすりながら、彼女を見返す。
「どうしたの?」
「起こして、ごめんなさい。国境に着きました」
(え?)
窓の外には、真っ暗な夜の景色が広がっている。
その一角が明るくなり、そこに篝火を焚いた砦のような建物がそびえているのが見えた。
どうやら国境砦のようだ。
キルトさんは、荷物をまとめて降車の準備をしている。
ソルティスは、僕と同じように起こされたばかりだったのか、大きな欠伸をしながら、自分の荷物に手を伸ばしていた。
コロンチュードさんは、幼女のポーちゃんに逆に起こされているところだった。
「さぁ、マールも準備を」
イルティミナさんが優しく微笑む。
「あ、うん」
僕は頷いて、
「起こしてくれて、ありがとう、イルティミナさん」
とお礼を言った。
イルティミナさんは嬉しそうにはにかんで、白い手で僕の頭を撫でてくれた。
やがて、建物内で竜車は停まる。
降車した僕らは、すぐに国境を超えるための手続きを行った。
アルン側の手続きは、1時間ほどで終了。
それから今まで乗ってきた黒い竜車とは、ここでお別れとなった。
あれはアルン軍の所有物なので、国境を超えることはできないんだって。
そして今度は、シュムリア側での手続きとなる。
(…………)
基本的には、リーダーであるキルトさんが全部やってくれるので、僕ら5人は待ち時間の方が長い。
(今は、深夜1時ぐらいかな?)
窓から見える紅白の月の位置から、そんな風に思う。
ふと見たら、待合室の椅子に座っていたソルティスは、コックリコックリ舟をこぎ始めて、再び眠ってしまいそうだった。
あらら……。
シュムリア側での手続きは、30分ほどで終わった。
と、
「皆さん、どうぞこちらへ」
シュムリア王国の国境兵さんが、僕らにそう声をかけてきた。
(???)
眠そうなソルティスを起こして、あとについていく。
やがて、その先にあったのは、シュムリア王国の国章がついた大きな馬車だった。
外装も凄く立派だ。
どうやらフレデリカさんから連絡が届いていて、シュムリア王国側でもレクリア王女が帰りの馬車を用意してくれていたみたいなんだ。
「これはありがたいの」
キルトさんも驚いている。
本来なら、近くの街まで歩いて、乗り物をチャーターする予定だったんだって。
僕ら6人は、馬車に乗り込んだ。
(ソファーもフカフカだ)
その乗り心地の良さに、僕は大満足である。
ソルティスとコロンチュードさんは、早速、眠る体勢に入った。
あはは。
(僕も……もう少し)
そんな僕に気づいたイルティミナさんが、肩を貸してくれる。
「……ありがと」
「いいえ」
本当に優しいお姉さん。
そんな彼女の安心感に包まれながら、僕はまぶたを閉じる。
眠りは、すぐに訪れた。
そうして無事に国境を抜けた僕ら6人は、およそ半年ぶりとなるシュムリアの大地を馬車で走り始めた――。
◇◇◇◇◇◇◇
2週間ほどで、王都ムーリアへと辿り着いた。
天気は快晴。
お昼前の王都ムーリアの門前は、やっぱり名物となる大渋滞が起きていた。
(2時間……いや、3時間待ちかなぁ)
それぐらいの車列の長さ。
でも、シュムリアの国章をつけた僕らの馬車は、それを横目に、そのまま大門へと向かう。
「お国の依頼って、こういうところ、楽でいいわぁ」
ソルティスは、そんな風に笑う。
やがて、一般とは別の受付で、僕らは入都の手続きを行った。
と、
「キルト・アマンデス様ご一行に、レクリア王女よりの伝言があります!」
シュムリア兵さんが敬礼しながら、そう言った。
(え? 伝言?)
キルトさんが頷いた。
「ふむ。内容は?」
「はっ! キルト・アマンデス様ご一行は、帰還次第、即、神聖シュムリア王城へと参るようにとのことです!」
兵士さんは大きな声で言う。
「そうか」
予想していたのか、キルトさんには驚いた様子もない。
「承知した。すぐに向かおう」
キルトさんの答えに、兵士さんも「はっ。よろしくお願いします!」と大きな声で応じている。
銀髪の美女は、僕らを振り返った。
「そういうわけじゃ。このまま王城に向かうぞ」
「うん」
「はい」
「……わかったわ」
「……ん」
「…………(コクッ)」
そうして僕らは大門を抜ける。
目の前には、懐かしい王都ムーリアの街並みが広がった。
たくさんの王都で暮らす人々の姿もある。
そこを貫く王都の大通り――その先には、王国の中心である、太陽の光に輝く神聖シュムリア王城が見えていた。
僕らの馬車は、そこを目指して大通りを進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
「お待ちしておりました」
王城に着くと、王女の侍女であるフェドアニアさんが出迎えてくれた。
相変わらずの美人さん。
でも、表情は能面みたいに変わらない人だ。
そんなフェドアニアさんに案内されて、僕ら6人は、お城の中を歩いていく。
やがて辿り着いたのは、空中庭園だ。
見張りに立つ2人の女騎士さんに会釈しながら、庭園内へと入っていく。
(……綺麗だなぁ)
緑色の葉を木々が茂らせ、たくさんの種類の花たちが色とりどりに咲き誇っている。
思わず、目を奪われる。
そして、その美しい庭園の中で、一際、見目麗しい一輪の花が咲いていた。
肩で切り揃えられた水色の髪。
薄水色のドレス。
宝石の煌めくティアラは、端正な白い美貌をより輝かせ、そこに煌めくのは蒼と金のオッドアイ。
ザッ
僕ら6人は、その場で跪く。
2色の瞳が、こちらへ向いて、
「皆様、ようこそいらっしゃいました」
銀鈴を鳴らしたような声。
花々の咲き誇る花壇の奥に立っているのは、この国の第3王女であるレクリア・グレイグ・アドシュムリアという何より美しく、可憐な花だった。
◇◇◇◇◇◇◇
空中庭園には、白い長テーブルが用意されていて、そこには7人分のハーブ茶が置かれていた。
「どうぞ、おかけになってくださいまし」
レクリア王女は、柔らかく促す。
僕らは、その声に応じて席へと着いた。
(……いい香り)
ハーブ茶の香りは、とても落ち着くものだった。
思わず青い瞳を細めてしまう僕を見つけて、レクリア王女は、優しく微笑んだ。
それから、
「皆様、此度は本当にお疲れ様でした。『悪魔討伐』という困難な任務を、よくぞ成し遂げてくれましたね」
と労いの言葉をかけてくれる。
キルトさんは「ははっ」と頭を下げ、他のみんなもそれに倣う。
…………。
でも、僕は動けなかった。
「マール?」
気づいたイルティミナさんが声をかけてくる。
僕はハーブ茶の水面を見ながら、言った。
「悪魔は倒しました……。でも、それは『闇の子』の手の内でした」
悔しさに唇を噛み締める。
結局は、アイツを利するだけで終わってしまったんだ。
アイツの計画通り……。
僕らは、その手のひらで踊らされただけだった……。
「いいえ」
でも、そんな僕を見つめて、レクリア王女は落ち着いた声で否定した。
「今回の件は、確かに『闇の子』の狙い通りであったかもしれません」
「…………」
「けれど、同時に、わたくしたち人類の願い通りでもありますの」
(え……?)
思わず、顔をあげる。
レクリア王女の美しいオッドアイは、僕を見つめた。
「ヴェガ国の封印は、どちらにしても遅からぬ時期に崩壊していたでしょう。そうなれば、被害はより大きなものとなっていた。それは、もしかしたら、世界を滅ぼしかねないほどの災いだったのです」
「…………」
「つまり今回の『悪魔討伐』は、人類と『闇の子』とで互いに利するものがあったのですわ」
お互いに……?
見つめ返す僕に、
「今回の件は、間違いなく人類にとっても福音ですわ」
レクリア王女は力強く頷いてくれた。
そして、そのオッドアイの瞳を伏せて、
「むしろ、わたくしたち人類の過ちを、マール様たちに助けて頂いた形です」
恥じ入るように言う。
それから顔を上げ、
「此度のことをマール様が気に病まれる必要はありませんわ。誇りに思われることこそあれ、責任など微塵も感じることはございません」
と断言してくれた。
(……レクリア王女様)
僕は……いや、僕らは全員、感謝の視線を王女に送る。
彼女は、優雅に微笑んだ。
そして、
「さぁ、冷めてしまう前にハーブ茶をどうぞ」
白い手袋に包まれた両手を僕らへと向ける。
それから、かすかに首を傾けて、
「報告は聞いております」
「…………」
「けれど、色々と思うことはおありだったでしょう? この半年間の出来事を、どうか皆様の口から直接、このわたくしの耳に聞かせてくださいましね」
柔らかな水色の髪を揺らしながら、そう穏やかな声でおっしゃってくれたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




