244・それぞれの進路へ
第244話になります。
よろしくお願いします。
およそ1ヶ月半に及ぶ空の旅は、順調に過ぎていった。
ハロルド船長曰く『良い風にも恵まれた』とのことで、予定より10日も早く目的の街へと到着したんだ。
ゴゴォン
軍施設にある離着陸場へ、飛行船から係留用の鎖が落とされる。
やがて飛行船は、車輪を地上へと接地させた。
大きな振動。
そして船体が安定する。
「皆、用意は良いの?」
客室に響くキルトさんの声。
下船のため、僕らは全員、完全フル装備で荷物も背負っていた。
「うん」
「はい」
「大丈夫よ」
頷きを返した僕らに、キルトさんも頷いて、
「よし、では行くぞ」
彼女を先頭に、僕らは客室をあとにして、通路を歩く。
乗員であるアルン兵さんたちとすれ違うと、全員に敬礼して見送られる。
やがて僕らは、階段を使って、飛行船から降りていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「世話になったの」
「こちらこそ」
飛行船の前で、キルトさんとフレデリカさんが握手をする。
僕らの近くには、12人乗りの黒い大型竜車が停まっていた。フレデリカさんが手配してくれたアルン軍の竜車だ。
僕らはこれに乗って、シュムリア王国へと帰還する予定なんだ。
(至れり尽くせりだなぁ)
そんなことを思っていると、
「またお別れやな、マール」
ラプトが寂しそうに言った。
「うん」
僕も、無理をして笑顔を返しながら、頷いた。
ギュッ
軽く抱き合う。
「次に会う時は、7つの神霊石を手に入れた時やな」
「うん、そうだね」
言葉を交わして、身体を離す。
ラプトは白い八重歯を覗かせて、笑みを作った。
「アルンの神霊石は、3つとも、あっちゅう間に集めたる。せやから、マールも気張るんやぞ?」
「うん、がんばる」
「おう」
「ラプトも気をつけて集めてね」
心配する僕に、彼は親指を立ててくる。
と、今後はレクトアリスが前に出てきて、
「マール。私の作った『探査円石盤』、活用してね」
そう言って、僕を軽くハグしてくれた。
僕は、その背中に軽く触れながら、「うん」と頷く。
『探査石円盤』。
それは、空の旅の間にレクトアリスが作ってくれた、神霊石を探すための円盤だ。
直径5センチほどの金属の円盤。
表面には『神文字』が隙間なく刻まれていて、中央には『透明な魔法石』が填まっている。その『透明な魔法石』が『神気』に反応して光る仕組みだ。
試しに僕が『神体モード』になると、『透明な魔法石』は白色に淡く輝いた。
(本当に反応してる)
レクトアリスが言うには、
「神々が通り抜けた神霊石ならば、残留した『神気』は凄まじい濃度のはずよ。近くにあったら、これよりもっと光るはずだわ」
とのこと。
彼女はそれを7つ用意してくれて、その内の4つを僕らに渡してくれたんだ。
それを使って、僕らは4つの神霊石を探すつもりでいる。
神霊石の2つは、シュムリア国内。
1つは、エルフの国。
そして、もう1つは、暗黒大陸。
(この『探査石円盤』があれば、きっと見つけられるよ)
本当に心強いアイテムだ。
「色々とありがとう、レクトアリス」
僕は、レクトアリスを見上げて言う。
彼女は、大人な微笑みを浮かべて、何も言わずに頷くだけだった。
と、
「……レクトアリス」
背中の方から、小さな声が聞こえた。
見れば、眼鏡をかけたあの少女が、上目遣いに『神牙羅』の美女を見上げていた。
察して、僕は脇にどく。
でも、ソルティスは声をかけたものの、それ以上は何も言葉が出てこない。
レクトアリスは微笑んだ。
「貴方にはもう、基礎は全て教えたわ。あとは自分自身で精進しなさい、ソル」
まるで教師のような声で言う。
ソルティスは、弾かれたように答える。
「わ、わかってるわ!」
「そう」
「うん。……そ、その、たくさん教えてくれて、……ありがと」
…………。
あの意地っ張り少女が、お礼を言った……。
僕は、絶句である。
(……その意地を上回るほど、レクトアリスに感謝してるってことか)
自分が教えられたことの価値を、天才少女だからこそわかるのだろう。
レクトアリスは、
「どういたしまして」
と優雅に微笑んでいる。
そして『神牙羅』の美女は、同じ教え子であるハイエルフさんへも視線を送った。
「コロン、貴方に教えるべきことは、もうないわ」
「…………」
「ただ人の身で『神術』を多用してはいけない。やはり、脳への負担が大きすぎるの。使うべきタイミングをしっかりと見極めてね」
「……わかった、よ」
コロンチュードさんは、眠そうな顔で頷く。
レクトアリスは微笑み、
「その力で、どうかナーガイアを守ってあげて」
そう続けた。
ハイエルフさんの瞳が、一瞬だけ眠気が冷めたように強い光を宿す。
「……うん」
いつもより大きく頷く。
レクトアリスも満足そうに頷いた。
ラプトが、コロンチュードさんの隣にいる金髪の幼女に声をかける。
「またの、ナーガイア」
「…………」
「マールはすぐ無茶して、危なっかしいからの。ワイらの代わりに、よく見張っててくれや」
「…………(コクッ)」
頷くポーちゃん。
っていうか、
(……僕、危なっかしいって思われてたの?)
心外である。
レクトアリスも「またね」とポーちゃんの小さな身体を抱きしめ、ポーちゃんの手も応えるように、レクトアリスの背中をポンポンと叩いた。
僕らがそんな会話をしている間に、
「またでござるな、キルト殿」
ガルンさんが、キルトさんと握手をしていた。
キルトさんは「うむ」と頷く。
ガルンさんは、固い握手をしながら、
「正直、某は今でも、マール殿の教育方針には異議を唱えたいでござるよ」
「…………」
「武人として、気持ちは理解できるでござる。しかし、キルト殿は理想を追い求めすぎて、途中でマール殿が死んでしまうのではと不安でござっての」
そう伝えた。
それに対して、
「死なさぬよ」
キルトさんは、鉄の声ではっきりと答えた。
「この鬼姫がそばにいる限り、マールは死なさぬ」
「…………」
『金印』の称号を持った強者同士が、視線をぶつけ合う。
そして、ガルンさんは苦笑する。
「その覚悟も、武の道の1つでござるか……」
何かを諦めたような、それでいて感じ入っているような声だった。
…………。
思わず、そんな2人を見ていると、
「マール君」
(ん?)
振り返ると、声をかけてきたのはゲルフォンベルクさんだった。
「寂しいけれど、これでお別れだね」
「あ、はい」
差し出された手を、僕は握る。
『万竜の森』での『金印の真宝家』の活躍は、今も僕の記憶に焼きついている。
彼は白い歯を見せて笑いながら、
「同じように美しい花たちを愛でる者として、もっと色々と話したかったよ」
「…………」
「僕がした花たちの愛で方を、どうか忘れないで欲しいな。もし何か困ったことがあったら、相談にも乗るからね」
えっと、花たちの愛で方って、
(ハーレムの心構え……だよね?)
僕は曖昧に笑いながら、
「は、はい」
と頷いた。
それから僕は、ゲルフォンベルクさんの3人の女冒険者さんとも握手を交わした。
あまり話す機会はなかったけれど、全員、とても美人のお姉さんだ。
実力も確かで、凄い人たちだった。
ゲルフォンベルクさんの愛する花たち……かぁ。
そういう風に思ったら、ちょっとだけドキドキしてしまったよ。
僕は、なんとなく、自分の愛でたい花を見る。
その白い槍を手にしたお姉さんは、フレデリカさんと会話をしていた。
「今回も世話になりましたね、フレデリカ」
そう感謝を口にする。
軍服のお姉さんは、首を横に振った。
「それが私の任務だ」
毅然とした声。
イルティミナさんは真紅の瞳をかすかに細めて、
「……本当に任務だけでしたか?」
「何?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……そうだな。マール殿に関しては、私個人の感情も含まれている」
フレデリカさんは、瞳を伏せながら答えた。
(???)
どういう意味?
軍服の麗人は、言う。
「神護騎士になって立場が変わったからか、以来、私の元には多くの婚約の申し込みがあった」
「…………」
「だが、全て断っているよ」
どこか自嘲的な笑み。
それを見つめ、イルティミナさんは淡々と言う。
「あの子は、私のマールです。譲る気はありませんよ」
「知っている」
フレデリカさんは頷いた。
「しかし、マール殿の心は、マール殿自身のものだ」
「…………」
「今回、私は、自分が諦めの悪い女だということを自覚した。自覚したからには、私もその生き方を貫こう」
「…………」
「…………」
白と黒のお姉さんは、見つめ合う。
「本当に、厄介な女になりましたね」
「いい女になったと自負している」
嘆息するイルティミナさんに、笑うフレデリカさん。
そして、フレデリカさんは表情を改めて、
「私がいない間、しっかりとマール殿を守ってくれ」
と言った。
その顔を、真紅の瞳が見つめ返し、
「貴方に言われるまでもありません」
イルティミナさんは、静かに答えた。
…………。
なんだか、2人の間には割り込めない空気だった。
(いつの間に、こんなに仲良しになったんだろうね?)
そう首をかしげる僕だった。
◇◇◇◇◇◇◇
シュムリア王国へと帰る僕ら6人は、竜車へと乗り込んだ。
カタン
僕は、すぐに窓を開ける。
目の前には、これまで一緒に旅をしてきたアルンの8人が見送りに立っている。彼らもこれからすぐ、神帝都アスティリオへと飛行船で再び飛び立つのだ。
「色々とありがとう」
僕は言った。
言いたい気持ちはいっぱいあるのに、なんと言っていいのかわからない。
だから、それしか言えなかった。
8人を代表するように、フレデリカさんが微笑んだ。
「マール殿たちのおかげで、人類はまた1つ希望を得られたのだ。こちらからも感謝の言葉しかない」
そう言ってくれる。
僕は、手を伸ばす。
ギュッ
フレデリカさんは、この小さな手をしっかりと握り返してくれた。
「さらばだ、マール殿」
「うん。またね、フレデリカさん」
僕は、笑った。
がんばって、笑った。
フレデリカさんたちも笑顔を返してくれる。
そして、
「出してくれ」
フレデリカさんが竜車の御者さんに声をかけると、鞭の弾ける音がして、乗っている竜車がゆっくりと動きだした。
ガタッ ゴトン
指が離れる。
フレデリカさんが、ラプトが、レクトアリスが、ゲルフォンベルクさんと3人の女冒険者さんが、ガルンさんが、みんな手を振ってくれた。
僕も窓から身を乗り出して、手を振り返す。
「さようならぁ」
ブンブン
大きく手を振り続ける。
ソルティス、ポーちゃんも窓から顔を出していた。
イルティミナさん、キルトさん、コロンチュードさんも、その隙間から、見送ってくれる人たちのことを見返していた。
ゴトゴト ゴトゴト
振動を響かせ、竜車は走る。
8人の姿は、すぐに見えなくなり、竜車は軍の施設を出て街中へと入った。
通りを走る。
…………。
やがて、竜車が街を出て街道へと入った頃、
(あ……)
街の上空へと上昇していく飛行船の姿が、遠く、小さく見えた。
みんな、あれに乗っている。
そうして、神帝都アスティリオへと向かうんだ。
僕らは分かれた。
進路は違う。
でも、『7つの神霊石』を手に入れるという同じ目的を目指していた。
(うん!)
寂しさはある。
でも、それ以上に熱い何かが、胸の中には灯っていた。
窓から離れ、座席に深く座り直す。
ふと気づけば、イルティミナさんが僕を見ていた。
「…………」
「…………」
僕は笑った。
イルティミナさんも微笑んだ。
そうして僕ら6人は、シュムリア王国を目指して、アルンの大地の街道をひた走った――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
今年の更新は、これで最後になります。
ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました!
次回更新は、年が明けた1月6日(月曜日)を予定しています。
また来年も、もしよかったら、どうかマールたちの冒険を見守ってやって下さいね。どうぞよろしくお願いします!
それでは少し早いですが、皆さん、どうか良いお年を~♪




