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238・下山

第238話になります。

よろしくお願いします。

「己の世界を手に入れる――かつて奴はそう言った」


 キルトさんの低い声が、石造りの部屋に響く。


「その言葉に嘘はなかったのであろう。しかし、全てを語っているとは思わなかったが、その裏には『悪魔への進化』という計画が隠されていた。これは想定以上じゃ」

「…………」

「…………」

「…………」


 僕らは何も言えなかった。


 特に、これまで『悪魔の欠片』を倒してきた仲間は、みんな悔しそうな顔だった。


(してやられた……よね)


 悪魔を倒すこと。


 それは人類にとっても僥倖と思えた。


 けど、そんな僕らの心理を利用して、アイツは自分に最大限の利益をもたらす計画を立てていたんだ。


「……完全に後手に回ったの」


 キルトさんは、大きく息を吐く。


 僕は伝える。


「神様たちは、これ以上、封印された悪魔を狩るなって言ってたよ」

「うむ」


 キルトさんは頷いた。


「これまでは仕方がない。じゃが、これ以上は、確かに手を出すわけにはいかぬ」


(うん)


「レクリア王女も恐らく、同じ結論を出すであろう。アルン側でも、どうか同調して欲しい」

「無論だ」


 黒騎士のお姉さんは、頷いた。


「皇帝陛下にも、必ず伝えておく」

「頼む」


 キルトさんは重ねて願った。


 とその時、


「……あの」


 ソルティスが小さな手をあげた。


「私たちが手を出さなくても、『闇の子』が『封印の悪魔』に手を出したりしない?」


(え?)


 思わず、隣の少女を見つめる。


「だって、コキュード地区の時は、本来、アイツらだけで『悪魔の欠片』を倒そうとしてたんでしょ? ならこの先も、私らが何もしなくても、向こうが勝手に『悪魔の欠片』を倒していっちゃうかもしれないじゃない」


 あ……。


(そ、そっか。そういう可能性もあるのか)


 でも、それはまずいよ。


 僕らは、キルトさんを見る。


 シュムリアの誇る鬼姫キルトは、しばらく考えたあとで、頷いた。


「確かにの」


 と認めた。


(キ、キルトさん)


「であれば、備えるしかあるまい」

「……え?」

「単純な話じゃ。各地の『封印の地』に、より多くの人員を配置し『闇の子』たちの襲撃に備えるのじゃ」


 え……あ。


(それでいいのか)


 あまりに単純な方法で、ちょっと思いつかなかった。


 ソルティスも『盲点だった』って顔だ。


 でも、


「備え切れますか?」


 イルティミナさんが口を開いた。


「相手は、対『悪魔の欠片』用の戦力を用意してきます。それに人々は抗えるでしょうか?」


(!)


 その不安は確かにあり得る。


 だけど、


「抗える」


 キルトさんは断言した。


「正確に言うならば、抗える防衛力は必要はない。奴らの対『悪魔の欠片』用の戦力を削り、これでは『復活した〈悪魔の欠片〉に勝てぬ』と思わせれば良いだけじゃ」


 …………。


「そんなことができますか?」

「できる」


 キルトさんは頷いて、


「コロンの新魔法を広め、配備された防衛兵たちも使えるようにするのじゃ」


 あ……。


「魔物になった者たちを人に戻す。それだけで、奴らの戦力は激減じゃろう。幸い、向こうもまだコロンの新魔法への対応策はないみたいじゃったからの」


(な、なるほど!)


 イルティミナさんも納得したように、


「確かにそれならば」


 と頷いている。


 なんだか希望が見えてきた気がした。


 フレデリカさんが少し考える。


 それから、


「『闇の子』が封印だけを破壊して、あとは逃げ出す可能性はないのか?」


 と言った。


 それは、コキュード地区での手口。


 奴らはそうして撤退し、残された『悪魔の欠片』は、僕らが倒すように仕向けられたんだ。


 それなら戦力が削られてもできる策略だ。


 キルトさんは、


「いや、恐らくせんな」


 と答えた。


(どうして……?)


「その場にわらわたちがいなければ、復活した『悪魔の欠片』は逃走する。そのリスクを、奴は恐れる」

「…………」

「そもそも、今まで、わらわたちが『悪魔の欠片』を倒せていたのはなぜか、わかるか?」


 キルトさんは、僕らを見回した。


(それは……)


「……復活したばかりで『悪魔の欠片』が弱っていたから?」


 僕は、恐る恐る答えた。


「その通りじゃ」


 キルトさんは頷いた。


(……ホッ)


「もし逃走を許せば、復活した『悪魔の欠片』は力を回復する。そうなれば、倒すどころか、こちらが倒される可能性が高くなる」

「…………」

「そして『闇の子』自身も、そう戦闘力が高くない」


 戦闘力が高くない……?


(あれだけの力があるのに?)


 僕らの疑問の表情に気づいて、キルトさんは付け加えた。


「低くはない。しかし、高くもないのじゃ。ドル大陸に現れた『悪魔の欠片』を『闇の子』は仕留め切れなかった。同じ『悪魔の欠片』でありながら、弱った『悪魔の欠片』を全力の『闇の子』は倒せなかったのじゃ。――そこからも奴は戦闘力が高くなく、むしろ知略に秀でた存在じゃと推測される」


 なるほど……。


「つまり復活した『悪魔の欠片』が逃走してしまえば、『闇の子』の手にも余る存在になるということじゃ」

「…………」

「…………」

「…………」

「そんなリスクを、奴は冒さぬ」


 キルトさんは、はっきりと告げた。


「なまじ知恵が回るだけに、余計にの」


(そっか……)


 歴戦の鬼姫キルト・アマンデスならばこそわかる、強い確信があるみたいだった。


 僕らはみんな、頷いた。


 なんだか改めて、キルトさんの凄さを思い知ったような気がしたよ……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 エマさんの淹れてくれたお茶を飲んで、身体を温め、休憩した僕らは、下山することにした。


(さぁ、大変だ)


 テレビ番組なんかだと目的地に着いたら、番組はおしまいだ。


 でも現実は、帰路もあるんだ。


「目的も果たしたんだし、もう『不殺』じゃなくてもいいのかしら?」


 ソルティスがぼやく。


 いやいや、


「それで女神様の不興を買って、人類救済から心変わりされたらどうするの?」

「……ぐぬぬ」


 呻く少女。


 まぁ、殺そうとしてくる相手を殺さないっていうのは大変だけどさ。


 姉が苦笑しながら、たしなめる。


「山を下りるまでの辛抱ですよ、ソル」

「……はぁい」


 妹は唇を尖らせながら頷いた。


 そんな姿に、僕らはついつい笑ってしまったんだ。


 そうして僕らは、石造りの家を出る。


「色々と世話になったの」


 キルトさんは、不老の竜人さんに声をかけた。


 エマさんは穏やかに微笑む。


「いいえ」


 そして、僕らの方を見て、


「マール様たちは、まだ肉体に魂が戻られたばかり。数日は『神気』をお使いなさいませぬように」

「え……?」


 それって、『神体モード』や『神武具』を使うな、ってこと?


 ラプトたちも驚いたように、自分の身体を見ている。


 エマさんは微笑んだまま、


「はい。下手をすると、魂が抜け落ちてしまいますので」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 それって『死ぬ』ってことじゃないの?


(き、気をつけよう)


 フレデリカさんは言う。


「皆、帰りは、マール殿たちの手は煩わせぬようにしよう」

「賛成です」


 イルティミナさん、即返事。


 他のみんなも、一拍遅れて、頷いてくれた。


 そうして僕らは、見送ってくれるエマさんに見守られながら、石畳の通路を歩いて下山を開始した。


「それじゃあね」


 ブンブン


 エマさんに大きく手を振る。


 遠ざかる美しい竜人さんは、微笑み、小さく手を振り返してくれた。


 ……彼女はこれからまた何百年も、この聖域への来訪者を1人で待ち続けるのかな。


(今度は、普通に遊びに来たいな)


 そんなことを思ってしまう。


 ザッ ザッ


 雪の残った石畳を歩く。


「そういえば、ヤーコウル様の件はどうしよう?」


 僕は、ふと思い出して呟いた。


 狩猟の女神ヤーコウル様は、僕らに『暗黒大陸に行く前にアルドリア大森林に来い』って言っていたんだ。


 それも、


「…………」


 僕は、隣のお姉さんを見上げる。


 この『イルティミナさん』を連れて、っていう条件付きで。


「私は構いませんよ」


 イルティミナさんは笑った。


「マールが望むならば、どこへでも共に参りましょう」


 あはは……。


(嬉しいけど、望んでいるのはヤーコウル様だよ……?)


 キルトさんは苦笑する。


「まぁ、せっかくの女神からの誘いじゃ。そなたらの出会ったという場所へ、一度、行ってみるとするかの」


 と言ってくれた。


(うん)


 僕らも笑って、頷いた。


 と、ソルティスが不満そうに、


「……気楽ねぇ」


 とぼやいた。


(ん?)


「……そんな先のことより、今、()()()()()()を考えなさいよね」


 少女は唇を尖らせている。


(??? ……はて?)


 と思っている間に、僕らは転移の魔法陣に到達する。


 コロンチュードさんの魔力で起動して、再び、中腹付近の通路へと戻った。


 コツン コツン


 ランタンを灯し、僕らは通路を歩いていく。


 やがて冷たい雨混じりの風が、奥から通路内へと吹き込んでくる。


 その風の音に混じって、


『グギャォオオオオン』


 恐ろしい咆哮が聞こえてきた。


(あ……)


 そういうことか。


 ようやく彼女の言っていた意味を理解する。


 やがて通路を出た僕らは、土砂降りの斜面で、と再会することになった。


「まだいたか」


 フレデリカさんの嫌そうな声。


 僕らは全員、自分たちのそれぞれの武器を構えた。


 目の前には、片翼を傷つけられ、飛ぶことができなくなった体長20メードの魔物がいた。


 ――暴風竜。


『金印の冒険者』さえ殺すという恐ろしい竜種。


 その血走った眼球が動き、


『ギャオオオオンッ!』


 僕らを見つけると、高らかに咆哮し、凄まじい勢いで襲いかかってきた。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元々普通に登るつもりだったんだから、暴風竜の待ち構えていると思しき転移陣を使わずに、別ルートで歩いて帰れば良かったのに。 風下になるように気をつけて歩いて帰れば、飛べなくなってる暴風竜なら見…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ ヤーコウル様の元へ恋人を連れて行って祝福して貰う(笑) 何か違う目的に聞こえなくもないのですが、イルティミナ的には何方でもOKなのでしょうね(´ー`*) [気に…
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