237・7つの地へ
第237話になります。
よろしくお願いします。
僕らは一度、エマさんの暮らしている石造りの家へと戻った。
熱いお茶を淹れてもらい、それを飲んで冷えた身体を温めながら、僕ら4人は、神々に伝えられた内容をみんなにも話した。
…………。
「ふむ。これは確かに、とても貴重な話をしてくだされたの」
全てを聞き終え、キルトさんは腕組みをして唸った。
何人かも頷いている。
ソルティスは椅子の背もたれに寄りかかって、大きく息を吐いた。
「私は、話の大きさについていけないわ……」
あはは……。
(気持ちは、ちょっとわかる)
だって、神様の降臨――つまり、第二の神魔戦争の始まりだもんね。
イルティミナさんは美貌を難しくして、
「しかし、7つの神霊石を集めよ、ですか」
と呟く。
フレデリカさんが荷物の中から、あの大きな世界地図を取り出した。
「マール殿、ラプト殿、レクトアリス殿、ナーガイア殿、まだ覚えている内に、その場所を記しておいて欲しい」
「あ、うん」
「いいで」
「わかったわ」
「…………(コクッ)」
僕ら4人は、頷いた。
愛の女神モア様に教わった7ヶ所へ、地図の上に小さな指を置いていく。
「この辺だったよね?」
「せやな」
「大丈夫だと思うわ」
「…………(コクッ)」
4人で確認しながら、1つずつ場所を示す。
フレデリカさんは、そこに赤いインクで丸を付けていく。
作業は、5分もかからず終わる。
そして、改めてみんなで、その世界地図を確かめた。
「ふ~ん、ずいぶんと広範囲だね」
ゲルフォンベルクさんは、ちょっと呆れたような声を出す。
うん、そうだね。
何しろ、3ヶ国以上、それも大陸を越えてあるんだから。
(あ、そうだ)
僕はハッと思いついて、荷物の中から、紙と筆と黒インクを取り出した。
忘れない内に。
シャッ シャシャッ
紙の上に、筆を走らせる。
「……ほう? 見事でござるな」
覗き込んでいたガルンさんが、感心したように言った。
できあがったのは、風景画だ。
あの時、頭の中に送り込まれてきたイメージを、できる限り紙面に落としてみたんだ。
ケラ砂漠。
シュムリア湖。
幽霊城。
樹海。
大断崖の洞窟。
エルフの国のお城。
そして、一面真っ黒な暗黒大陸。
7つの絵を、それぞれ対応している地図の上の赤丸に、糊で貼り付けていく。
「これはわかり易いな」
フレデリカさんは驚いたように言う。
「うむ」
「さすがはマールですね」
「へ~、やるじゃん」
キルトさん、イルティミナさん、ソルティスも賞賛してくれる。
えへへ……。
少しでも役に立てたのなら嬉しいな。
「自分、絵も上手いやんけ」と、ラプトも肘で僕をつついて笑う。
黒騎士のお姉さんは頷いた。
「これならば、各地の調査へすぐに向かえる。皇帝陛下に進言し、アルンの3ヶ所については、すぐに調査隊を編成させよう」
と頼もしい発言。
キルトさんも地図を見ながら、
「シュムリアについても、場所が判明している。レクリア王女に伝えれば、こちらも調査隊はすぐ用意してもらえよう」
と頷いた。
イルティミナさんは、白い指で地図の赤丸に触れる。
「しかし、見つかるでしょうか?」
(え?)
「私たちは『神霊石』の形も知りません。見たことのない物を、広大な砂漠の中、あるいは湖の底から見つけるのも、雲を掴むような話ではありませんか?」
あ……。
(言われてみれば、確かにそうかも)
と、レクトアリスが口を挟んだ。
「私も『神霊石』を見たことはないわ。けれどソレには、神々が通過したことで大量の『神気』が宿っているはず。それを探知できれば、何とかなると思うけれど」
あ、なるほど。
「しかし、どうやって探知を?」
「マールや私たちなら、わかるわ」
うん、そうだね。
「わらわもわかるぞ」
キルトさんが胸を張る。
あ、そういえば……僕との特訓で、目に見えない何かも感じられるようになったんだったね。
ラプトが唖然とキルトさんを見る。
「……自分、相変わらず化け物やな。そんな人間、聞いたこともないわ」
「…………(コクコクッ)」
頷くポーちゃん。
キルトさんは「化け物、言うなっ」と怒っている。
あはは……。
「他の人間にも探知させたいなら、私が『神術』を施して『神気』に反応して光る魔法石を用意するわ」
レクトアリスも苦笑しながら、そう付け加えた。
フレデリカさんも頷き、「ぜひ、そうして欲しい」と頼んだ。
みんなも笑った。
そして、ゲルフォンベルクさんは、改めて地図を見る。
「これでアルンとシュムリアは、何とかなるかな。となると、残るはエルフの国と暗黒大陸だね」
「ふむ」
キルトさんは唸る。
エルフの国は、排他的な鎖国状態だという。
暗黒大陸は、これまで50年、誰も帰還しなかった謎の大陸だ。
どちらも、一筋縄ではいかない。
「暗黒大陸については、シュムリア側で受け持つ。もともと、向かうための準備を1年前よりしていたからの」
「わかった。貴国に任せよう」
フレデリカさんは頷いた。
となると、
「あとはエルフの国か」
キルトさんが難しい表情で呟いた。
未知の大陸への冒険より、排他的な人々との交流の方がある意味、難しいのかもしれないね……。
みんなも黙り込んでいる。
「アルン、シュムリア両国から働きかけても駄目かの」
「ドル大陸西方の国々はな……」
キルトさん、フレデリカさんは困ったように話している。
と、
「……私、行ってくるよ」
コロンチュードさんが眠そうな顔のまま、片手を小さく上げた。
え?
「コロン?」
「……ちょっと伝手あるから。がんばる」
ハイエルフさんは、そう言った。
……驚いた。
あの研究以外に興味のないコロンチュードさんが、それ以外のことを『がんばる』って言ってくれたんだ。
(あ……)
コロンチュードさんの翡翠色の瞳は、優しく隣の幼女を見つめている。
(そっか)
彼女のためだから……。
キルトさんたちは唖然としていたけれど、
「うん、お願いします」
僕は笑って声をかけた。
「……ん。……お願いされた」
コクン
彼女は、しっかりと頷いてくれた。
それに旅エルフのナタリアさんに聞いたけれど、コロンチュードさんは、エルフの国の3大長老の1人だという話だったしね。
(うん、信じよう)
キルトさんは、まだ訝しげな様子だったけれど、
「まぁ、よかろう」
珍しくやる気のあるハイエルフさんに託すことにしたようだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「とりあえず、わらわたちは、このままシュムリア王国へと戻るぞ」
キルトさんは、僕らを見る。
「レクリア王女への報告、それから指示を仰ぐ。恐らく、国内2ヶ所へは別動隊が派遣され、わらわたちは暗黒大陸へと派遣されるじゃろう」
と続けた。
僕、イルティミナさん、ソルティスは頷いた。
(暗黒大陸か……)
これまで4度の開拓団が全滅した、謎の大陸だ。
正直、ちょっと怖い。
でも、逃げるわけにはいかないんだ。
ギュッ
僕は小さな拳を握る。
「コロン、そなたは帰国後、再びヴェガ国経由で、エルフの国へと向かうことになろう」
「……ん」
「その際は、ポーはこちらで預かる。心配はするな」
「……わかった。……任せたよ」
『金印の魔狩人』の言葉に、『金印の魔学者』は頷く。
見上げるポーちゃんの金髪を、コロンチュードさんの白い手は、優しく撫でる。
「……私がいない間も、いい子でね」
「…………(コクッ)」
ポーちゃんは頷いた。
フレデリカさんもアルンの人々を見回して、
「私たちも一度、神帝都アスティリオへと帰還する。そこで改めて、各地への調査隊を編成しよう」
「おう」
「わかったわ」
「了解だよ」
「承知」
みんなも頷いている。
僕はふと思って、
「その調査隊には、他の『金印』の人たちも参加するの?」
と聞いた。
だって、アルン神皇国には、シュムリア王国とは違って、20人ぐらいの『金印の冒険者』がいるって聞いていたから。
その人たちが協力してくれたら、凄いなって思ったんだ。
でも、
「それは難しいかもねぇ」
アルンの『金印の真宝家』は、そう困ったように笑った。
え……?
フレデリカさんも言い難そうに、
「新しい神武具を見つける時にも、『金印の冒険者』たちに協力を求めたが、応じたのはこの2人だけだった」
(え、そうなの?)
なんで?
「大迷宮のことがあったからだ」
大迷宮……。
ゲルフォンベルクさんが瞳を伏せながら、言う。
「アルン軍の精鋭300名が全滅しただろう?」
(……あ)
「その事実が大きくてね。軍の計画への不信感が強くなってしまったんだよ。それで招集をかけられても、皆、警戒をしてしまってね」
……そう、なんだ。
僕も、ちょっと返す言葉がなくなってしまった。
代わりに、キルトさんが問う。
「では、そなたらは、なぜ参加した?」
彼は笑った。
「フィディがいたからさ」
「…………」
「美しく可憐な花が助けを求めている。それに応じないなんて、男じゃないさ」
パチッとウィンク。
それを向けられるフレデリカさんは、何とも言えない顔だ。
キルトさんは呆れつつ、
「では、そなたは?」
と、ガルンさんに視線を向けた。
「死地に赴き、己を鍛え高めるは、武人にとって当たり前のことでござろう」
彼は当然のように答えた。
…………。
武人って凄い……。
キルトさんは、その気持ちがわかるのか「なるほどの」と頷いていたけれど。
そして、
「なんにせよ、7つの神霊石については、方針は決まったの」
と息を吐く。
それから顔をあげ、言った。
「次に問題となるのは、あの『闇の子』の動向についてじゃな」
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




