236・神々の御言葉2
第236話になります。
よろしくお願いします。
(悪魔への……進化?)
僕ら4人は、ポカンとなった。
正義の神アルゼウス様は、その意味を噛み締めさせるように沈黙する。
…………。
僕は、震える声で訊ねた。
「それは、どういうことですか?」
『――言葉通りである』
男神様は、厳かに答える。
『――〈悪魔〉、〈悪魔の欠片〉などの存在は、その肉体が大量の魔素で構成されている。そして、その肉体が滅ぶ時、その大量の魔素は大気へと放出されるのだ』
「…………」
『――あの〈悪魔の欠片〉は、その魔素を吸収している』
「!?」
まさか……。
それはつまり、僕らが『悪魔の欠片』を倒すたびに、アイツは、その魔素を吸収して成長していたってこと?
『――その通りだ』
僕の表情と心を読んで、アルゼウス様は頷いた。
そんな……っ。
僕は、自分の足元が揺らいでいるのを感じた。
それなら、これまで僕らは、アイツの思惑通りに動いて、アイツの手助けをしていたことになる。
(……そんなことって!)
怒りと後悔が、同時に襲ってくる。
共に戦い、『悪魔の欠片』を倒してきた3人も、唖然とした顔になっている。
正義の神アルゼウス様は、告げた。
『――あの〈悪魔の欠片〉は、多くの魔素を吸収した。このまま成長を続ければ、あれは本物の〈悪魔〉と呼ばれる存在になるだろう』
「っっ」
『――あれの狙いは、恐らくそれだ』
その声に宿る警戒感。
あの『闇の子』は、この偉大な神々にも警戒されるほどの存在になっていた。
逞しい声が僕らに命令する。
『――これ以上、封印された〈悪魔〉を狩ってはならぬ』
(!)
『――〈災厄の種〉は芽吹いたが、その絶望の花を咲かせてはならぬ。お前たちは、〈7つの神霊石〉を集めることに注力するのだ』
「はい!」
僕らは、大きく頷いた。
30メードの大巨人となる男神様も、僕らの答えに、満足そうな大きな頷きを返してくれる。
と、その時だ。
『――私たちからも良いだろうか?』
美しくも凛々しい女性の声が、その空間に木霊した。
◇◇◇◇◇◇◇
強い風が吹いた。
(うっぷ?)
思わず目を閉じて、両腕で顔をかばう。
風が収まり、僕は改めて顔をあげ、その青い両目を開いた。
「!」
目の前に、たくさんの巨人がいた。
3メードぐらいの神様もいれば、100メード以上、顔が見えないぐらいの大きさの神様もいる。でも、みんな神々しくて、ひれ伏したくなるような威厳と美しさを宿していた。
そんな神様たちが、僕ら4人を囲むように集まっている。
「……う、あ」
「っっ」
「…………」
さすがのラプトたち3人も、言葉を失っていた。
そんな集まった神々の中、背中に8枚の翼を生やし、4本の腕を生やした普通の人と変わらない大きさの女神様が、僕らの正面へとやって来た。
4本の腕には、剣、盾、杖、聖書がある。
(あ……)
「シュリアン様……?」
『――いかにも』
彼女は美しくも凛々しく笑った。
戦の女神シュリアン様。
3柱神の1柱にして、僕らにとって馴染みの深いシュムリア王国、その王家の祖となった女神様だ。
呆ける僕に、
『――今日までの戦い、見事であった。その気高き魂を、私はしかと見届けたぞ』
女神シュリアン様は楽しそうに言った。
僕は、慌てて平伏した。
「あ、ありがとうございます!」
褒められてしまった!
戦の女神様から!
それも直接!
なんだか、顔が熱くなってくる。
女神シュリアン様は、凛々しい美貌に微笑みを湛えて、僕を見つめる。
けれど、すぐに表情が険しくなると、
『――だが私は、お前たちには、謝罪をしなければならない』
(え?)
思わず、女神様を見返す。
見れば、他の神様たちも同じような表情だった。
『――私たちは不覚を取った』
(不覚?)
『――お前たちに心打たれ、私たちは人類の救済を決断した。そのために私たちは、まず〈我が子〉らを地上に送ろうと思ったのだ』
神という存在は、大きい。
そのため地上には簡単に行けないけれど、『神の子』らは比較的簡単に地上に行けるそうなのだ。
(僕らが、その実例だね)
神界にある『人界の門』と人界にある『神界の門』は繋がっていて、そこを通って『神の子』らは地上へと降りる。
神界の門。
それは、アルドリア大森林にあった、僕が目覚めたあの『石の台座』だ。
ああいうものが、世界各地にある。
人類の救済を決めた神様たちは、まず僕らの増援として、『神の子』らを地上に送ろうとしたんだそうだ。
ところが、
『――門が破壊されており、送れなかった』
女神シュリアン様は、悔しそうに告げた。
(門が……破壊?)
呆ける僕らに、シュリアン様は、厳しい視線で教えてくれた。
『――あの〈悪魔の欠片〉だ』
(!)
『――奴は、人界の各地にあった〈神界の門〉を破壊して回ったのだ。私たちが決断した時には、すでに〈門〉はなくなっていた』
…………。
僕の手が震えた。
(アイツは……そこまで見越して、動いていたのか?)
なんて奴だ。
あの黒い少年は、いつだって僕の想像の先を歩いている。
その答えに追いついた時には、またすでに先に行ってしまっているんだ。
(くそっ)
僕は、唇を噛み締める。
『――すまない、マール、ラプト、レクトアリス、ナーガイア』
女神シュリアン様は謝罪する。
『――私たちは後手に回った。地上に降りて、生き残っている〈我が子〉らはもういない。もはや戦野にあれるのは、お前たち4人だけなのだ』
…………。
つまり、味方はもう来ない。
この先は、僕らだけで何とかするしかないということだ。
僕は、シュリアン様を見上げる。
「大丈夫です」
『…………』
「僕らは4人だけじゃありません。頼もしい仲間たちがいますから」
と答えた。
イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、他にもたくさんの顔が思い浮かぶ。
神も人も関係ない。
僕らはもう、確かな絆で結ばれている。
300年前みたいなことも、きっと起きないし、起こさせない。
ラプト、レクトアリス、ポーちゃんも、恐れることなく、女神シュリアン様たち神々を見上げていた。
『――そうか』
シュリアン様は頷いた。
『――頼もしい限りだ。お前たちの強き魂、私たちは誇らしく思うぞ』
凛々しい声は、優しく綻んだ。
僕らも笑った。
10メードはある女神モア様が、ふと気づいたように言う。
『――そろそろ時間ですね』
『――ふむ』
『――そうか』
アルゼウス様とシュリアン様も頷いた。
(あ……)
見れば、足元に広がっていた白く光る煙が、少しずつ高くなっていた。
『――もう一度、伝えましょう。これから、貴方たちは〈7つの神霊石〉を集めなさい。そして、〈闇の子〉には決して油断してはなりません』
女神モア様は、そう繰り返した。
「はい」
僕は、大きく頷いた。
3人も頷く。
それを見届け、神々も満足そうに頷きを返してくる。
そして、
『――貴方たちのことは、常に見守っていますよ』
『――正義をなせ』
『――そして、誇りある勝利を』
3柱の神々が口にした。
白く光る煙が、僕らの胸元まで上がってきた。視界の中に、輝きがかかってくる。
と、その時だ。
1人の神様が、こちらに駆けてきた。
体長は3メードほど。
長い髪をした女性の上半身と、狗のような下半身をした半人半獣の女神様だった。
(あ……)
女神様は、僕を抱きしめる。
熱い腕。
『――我が勇ましき子よ』
耳元で囁かれる。
感じるのは、懐かしい匂い。
…………。
僕は呟いた。
「……ヤーコウル様」
声が震えた。
神狗アークインの主神である狩猟の女神様。
女神ヤーコウル様は、僕の髪を撫でる。
6人の神狗を失い、唯一生き残った僕のことを愛おしむように、優しく熱く撫でてくる。
(…………)
僕の頬に、涙がこぼれた。
ヤーコウル様は、ゆっくりと身体を離す。
そして、
『――お前に伝えよう。〈黒き大地〉へ行く前に、お前にとっての〈始まりの地〉へ、仲間と共に向かえ』
(……え?)
僕の目を真っ直ぐ見つめながら、そう言った。
始まりの地?
黒き大地?
それを訊ねる前に、彼女は歌うように言う。
『――その地で、あの娘に我が祝福を与えよう』
あの娘?
そう思った時、頭の中にイメージが流れてきた。
アルドリア大森林。
暗黒大陸。
そして、イルティミナさん。
…………。
意味はわからない。
でも僕は、敬愛する自分の主神に向かって、大きく頷いた。
「はい!」
『…………』
狩猟の女神ヤーコウル様は微笑んだ。
そして、その喉を晒して、天高らかに獣の咆哮を響かせる。
『――ウォオオオオン』
響き渡る美しい遠吠え。
周囲に集まった巨人の神々も、一斉に両手を広げて、声をあげた。
肌が泡立つ。
獣耳の鼓膜が震える。
そして、大いなる巨人たちの姿が次々と幻のように消えていく。
正義の神アルゼウス様。
愛の女神モア様。
戦の女神シュリアン様。
3柱神のみを残して、ヤーコウル様もいなくなった。
そして、
『――では、さらばだ』
アルゼウス様の逞しい声が厳かに告げる。
瞬間、地上から空へと3柱神のいた場所に雷が走り、突風が吹いた。
(うっぷ!)
白く光る煙が舞い上がる。
それは僕らを包み込み、ラプトたち3人の姿さえ見えなくなってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
「マール、マール。あぁ、目が覚めたのですね」
…………。
気がついたら、目の前にイルティミナさんの泣きそうな顔があった。
あれ?
どうやら僕は、彼女に抱かれたまま、横になっていたようだ。
彼女の手を借りて、上体を起こす。
そこは、カリギュア霊峰の山頂にあった祭壇前の石畳の床だった。
(えっと……)
「覚えていませんか? 儀式が始まった途端、マールは突然、気を失って倒れたのですよ」
「え?」
「いえ、マールだけではありません」
そう言って、彼女は視線をあげる。
そこには、ようやく目が覚めたらしいラプト、レクトアリス、ポーちゃんに『良かった』と声をあげるみんなの姿があった。
と、僕のそばにはキルトさん、ソルティスもいて、
「心配したぞ」
「本当よ……全く、マールのくせに」
2人は安心したような、怒ったような顔をする。
竜人のエマさんが、
「無事、魂は戻ったようですね」
と微笑んだ。
(…………)
そっか。
きっと今、僕らは魂だけが神界に行ったんだ。
愛の女神モア様に会うための聖域、その方法は、こういうことだったんだね。
僕は、納得である。
「それで、どうであった? 女神には会えたのか?」
キルトさんが問う。
僕は、頷いた。
「うん」
3人の大切な仲間を見返して、
「会えたよ。女神様たちから、たくさんの貴重な情報を与えてもらえたんだ」
その慈愛に感謝しながら、笑顔で答えた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




