229・焚火の前の会話
第229話になります。
よろしくお願いします。
僕らは、2台の竜車に分乗して、デラントの街を出発した。
雪交じりの街道を、2足竜たちの強靭な爪が踏みしめ、それに引かれる車両は、風を切って道を進んでいく。
先頭を行く1台目の車両には、アルンの冒険者たち5人とフレデリカさんが、続く2台目の車両には、僕ら6人とラプト、レクトアリスが乗っている。
フレデリカさんの話だと、カリギュア霊峰には3日ほどで着くそうだ。
ガラガラ
車両の振動が、座席から伝わってくる。
窓の外には、雪の残った針葉樹の森と、遥か遠くに冠雪した雄大な山脈たちが見えている。
(……あの辺の山なのかなぁ?)
カリギュア霊峰は。
ぼんやりと、そんなことを思った。
と、
「なんだか個性的な連中だったわね、アルンの『金印』って」
ソルティスが、そんなことを口走った。
思わず、振り返る。
ラプトとレクトアリスは、苦笑していた。
「まあの。けど、一緒に遺跡に潜った仲としては、実力は確かやと言っておくで」
「そ?」
ソルティスは、半信半疑の顔だ。
少女の姉は、銀髪の美女を見る。
「実際に手合わせをした印象は、どうでした?」
「ふむ」
僕らの視線が集まった。
キルトさんは、自分の右手を見つめる。
それをギュッと握って、
「強かったの。気を抜いたら、一気にやられるという感覚があった。あれほどの圧力は、エルや将軍以来やも知れぬ」
「それほどですか?」
「うむ。……まだ底は見ておらぬ。しかし、相当な実力者であることは間違いあるまい」
(そうなんだ?)
ガルン・ビリーラングさん。
自らを『武人』だという彼は、キルトさんも認めるほどの人なんだね。
ソルティスは、窓枠に肘をついて、
「ふ~ん? じゃ、もう1人は?」
と聞いた。
その声には、小さな嫌悪感、あるいは拒絶感が滲んている。
「手合わせしたわけではないからの」
キルトさんは苦笑して、
「じゃが、あの身のこなしを見ても、やはり並大抵の者ではあるまい」
と続けた。
(そっか)
ゲルフェンベルク・リドワースさんも、やっぱり『金印』の称号に相応しい人なんだろうね。
ラプトも頷いた。
「遺跡でも凄かったで」
「そうなの?」
「あぁ、遺跡の構造を見極めたり、そこから経路を予測したりの。斥候なんかもしてくれたわ。仲間の女3人もなかなかの実力やったで」
へ~。
レクトアリスは、大人びた美貌に苦笑を浮かべ、
「けれど、フレデリカは困っていたけどね」
(え?)
「再会した時の行動、見たでしょう? 遺跡の中でも、休憩のたびにいつもあんな感じだったわよ」
「…………」
そ、そうなんだ?
他のみんなも、微妙な顔になっている。
「将軍も注意しとったけどな。聞く耳なしや」
「…………」
「レクトアリスやって、口説かれてたんやで」
笑いながら、紫髪の美女を指差すラプト。
(えっ?)
思わず、目を丸くして見つめてしまう。
「30年も生きていない人の子なんて、赤ん坊みたいなものよ。私たちが相手にすることはないわ」
と、優雅に答えるレクトアリス。
ラプトはケラケラと笑った。
「けど、『神の眷属』を口説くなんて、大した奴やろ?」
「そ、そうだね」
僕は、曖昧に笑って頷くしかない。
ソルティスは「ふん」と鼻を鳴らす。
「3人もハーレムを作ってるのに、他の女を口説く奴なんて、碌な奴じゃないわ」
…………。
う、う~ん?
パーティー仲間は3人とも女性だけど、そういう関係なのかな?
と、
「でもな、あの3人は、元は奴隷やったらしいで」
ラプトが言った。
(え?)
僕らは一瞬、言葉を失う。
「それをあの色男の兄ちゃんが助けて、冒険者として育てたそうや。自立してった奴らも、他に何人かおるみたいやけどな」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そうなんだ……。
(ごめんなさい、ゲルフォンベルクさん)
ちょっとだけ色眼鏡をかけて見ていました。
ソルティスも、少しバツが悪そうだ。
と、コロンチュードさんが、少女の頭を慰めるようにポンポンと軽く叩いてやる。
ポーちゃんは、黙って会話を聞いているのみだ。
かつて奴隷でもあったキルトさんは、大きく息を吐き、
「これから嫌でも共にいるのじゃ。おいおい、お互いを理解していけばよかろう」
「うん」
「はい」
「……そうね」
「……ん」
「……(コクッ)」
僕らは、それぞれに頷いた。
そんな僕らを乗せて、2台の竜車は一路、女神様に会うためにカリギュア霊峰を目指した――。
◇◇◇◇◇◇◇
3日後、竜車は丘の上で停車した。
降車した僕らは、丘の上から見下ろす形で、目の前に広がる大森林を眺めた。
(広い……)
まるでアルドリア大森林みたいな風景だ。
遥か遠方まで続く緑の海原。
その向こうには、なだらかな斜面を描く裾野の広い山があった。頂上は雲に隠されていて、その正確な高さまではわからない。
それでも、2000メード、あるいは3000メードは超えていそうだった。
「――あれがカリギュア霊峰だ」
フレデリカさんが固い声で教えてくれた。
(あれが……)
『万竜の山』とも呼ばれる、女神モアの神殿がある聖なる山。
よく見れば、山の中腹付近の空を、『黒い影』たちが飛んでいるのが確認できる。
この距離で見えるのだから、鳥じゃない。
(飛竜だ)
きっと地上の森の中にも、たくさんの竜たちが潜んでいるんだろう。
…………。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ただ、目の前にある雄大なカリギュア霊峰を見つめていた。
やがて、フレデリカさんが息を吐いて、
「今日は、もう日が暮れる。今夜は一晩、ここで野営を行い、明日の朝、あの山への登頂を開始する」
僕らにそう宣言した。
◇◇◇◇◇◇◇
パチパチッ
焚火の火の粉が弾けて、夜空へと登っていく。
それを囲みながら、僕らは、恐らくしばらく味わえなくなるだろう平穏な時間を過ごしていた。
「大丈夫だよ、フィディ」
「…………」
「明日からも、僕がしっかりと守ってあげるから。どうか、その美しい心を震わせないでおくれ」
ゲルフォンベルクさんは、白い歯を光らせて笑う。
それを向けられるフレデリカさんは、ぐったりした顔だ。
竜車で移動する3日間も、ずっとこんな感じだったのかな? 明日から本番だというのに、彼女はすでに疲れているようだった。
ラプトが呆れたように言う。
「その辺にしとけや、ゲルフ」
「ん?」
「ったく、明日から大変やっちゅうのに、自分、よくそんな余裕があるな?」
彼は爽やかに笑った。
「美しい女性に声をかけるのは、男として当然の嗜みさ」
「…………」
「それに、明日から生死をかけた戦いが待っているのなら、こうして愛を求めてしまうのも自然なことだと思わないかい?」
…………。
(そう……なのかな?)
微妙に説得力がある気がして、よくわからなくなってしまう。
でも、隣のソルティスは不快そうな顔をしていた。
それに気づいて、ゲルフォンベルクさんは、少女へと優しく声をかけた。
「君は幾つだい?」
「……14」
「そうか。あと1年経ったら、君とも愛の囁きを交わし合えるね」
パチッ
爽やかにウィンクを送ってくる。
ソルティスは『ひぃぃ……』と青くなり、鳥肌になっていたけれど。
それを気にした様子もなく、彼は、更なる女性に声をかけた。
「そちらのお姉さんの方は、どうかな?」
(!)
イ、イルティミナさんにも声をかけるの!?
「貴女も、とても美しいね。どうだろう? 一夜限りの恋を、僕としてみたいと思わないかい?」
端正な彼の美貌は、甘い微笑を湛え、その銀色の瞳は、真剣な光を灯してイルティミナさんを射抜く。
(あ、あのあの……っ!)
思わず声をかけようとした僕だけれど、
「結構です」
いつもの澄んだ声がお断りした。
「私には、すでに心に決めた相手がおりますので」
イルティミナさんは彼を見返して、そう告げる。
ゲルフォンベルクさんは、その視線を受け止める。
それから、ふと視線を落として、イルティミナさんの左手薬指に嵌められている指輪に気づいた。
「そうか、すでに婚約者がいるんだね」
と頷く。
けど、その言葉に、
「!? こ、こんやく……っ?」
今度は、イルティミナさんの美貌が真っ赤になった。
オロオロ
戸惑ったように視線を彷徨わせ、同じように驚いていた僕と視線が合う。
「…………」
「…………」
お互い赤くなって、うつむいてしまった。
イルティミナさんは、左手の指輪を右手で大事そうに押さえる。
彼は、穏やかに笑った。
「想い人がいる女性に手を出す気はないよ。どうか幸せになることを願っている」
「……ど、どうも」
イルティミナさんは、なぜか軽く頭を下げている。
ゲルフォンベルクさんは、優しくはにかみ、視線を横へと動かしていく。
その銀色の瞳がポーちゃんを見つけた。
「…………」
「…………」
見つめ合い、ニコッと笑うと、彼の視線は外れていく。
(さすがに、対象年齢から外れてるみたいだね……)
良識があって、ちょっと安心。
そして、幼女のすぐ隣には、あのハイエルフのお姉さんがいる。
「貴女はどうだろうか?」
と爽やかスマイル。
コロンチュードさんは、眠そうにゲルフォンベルクさんを見返した。
「……何が?」
「貴女は、真実の愛を知りたいとは思わない?」
「……興味なし」
色恋沙汰は、あまり気が引かれないのか、彼女の返事は素っ気ない。
…………。
ゲルフォンベルクさんは、少し興味深そうに、そんなハイエルフさんを見ていたけれど、
「今は、ちょっと無理かな」
と頷いていた。
そして、彼の視線は、最後に銀髪の美女へと向けられる。
「貴女はどうかな、キルト・アマンデス?」
「……なんじゃ」
キルトさんは、酒瓶を片手に、億劫そうにゲルフォンベルクさんを見る。
彼は笑った。
「貴女は、強く、美しく、誇り高い、本当に素晴らしい女性だよ」
「ふむ?」
「お互い、金印の冒険者だ。そこで、夜の手合わせなどどうだろう? お互いに武器は身一つで、服もなく、僕と心までさらけ出し合ってみるのはいかがかな?」
笑顔の白い歯が煌めく。
キルトさんは肩を竦めた。
酒瓶の中身を、喉へと軽く流して、
「お断りじゃ」
「おや、どうして?」
「わらわは、ハーレム男の言葉は信用しないと決めておるからの」
(…………)
エ、エルドラドさんの影響かな?
ゲルフォンベルクさんは、3人の仲間の女性を一度、振り返って、
「そっか」
と残念そうに笑った。
素直に引いたからか、キルトさんも笑って、酒瓶を傾けている。
と、
「でもさ? ハーレムと言ったら、そっちのマール君も同じじゃないの?」
彼は不思議そうに言った。
(え? 僕?)
僕はキョトンとなる。
みんなの視線も、自然と僕へと集まった。
レクトアリスが呟く。
「言われてみれば、そうね」
彼女の視線は、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスを順番に見ていく。
男1人に女3人。
た、確かに、ゲルフォンベルクさんたちのパーティー構成と一緒だけど……。
「い、いや、マールはただの仲間じゃぞ?」
キルトさん、なぜかどもりながら答えた。
「わ、私が、こんな奴のハーレムとか! じ、冗談でもやめてよね!?」
ソルティスも真っ赤になって否定する。
ギュッ
イルティミナさんは、僕の小さな身体を、自分の胸に押しつけるように抱きしめて、
「この子は、私のマールです! 私の! マールです!」
と、怒ったように同じ言葉を二度、繰り返した。
ムニュン
柔らかな弾力が後頭部に当たっている。
いい匂いもする。
なんだか、幸せだ。
(いやいや、僕もちゃんと言わないと!)
「あの……みんなは、ハーレムじゃなくて、僕の大切な家族ですから」
はっきりと告げる。
「家族……マールの」
「……ほう?」
「……っっ」
3人は驚いた顔をした。
それから、なんだか、とても嬉しそうな顔になる。
(???)
……えっと?
3人の不思議な反応に、少し戸惑ってしまう。
でも、ゲルフォンベルクさんは納得したように大きく頷いて、
「そうなんだね」
と笑った。
「家族は大切だよ。大事にするといい」
「は、はい」
僕も、大きく頷き返した。
ラプトがケラケラと笑った。
「自分ら、ほんま、いい家族やわ」
「本当にね」
レクトアリスも口元に手を当てて、大人な美貌に苦笑を浮かべている。
そんな中、フレデリカさんは、
「家族か……羨ましいな」
と切なそうなため息を、長くこぼした。
パチパチッ
焚火の薪が弾けて、たくさんの火の粉が夜空へと舞い上がり、そして消えていった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




