023・合流
第23話になります。
よろしくお願いします。
やがて、猟師たちの森小屋に辿り着いた時、
(え、誰もいない!?)
そこには、彼女の姿も、闇のオーラをまとった赤牙竜ガドの姿もなかった。
ただ、その周囲一帯は、まるで竜巻が荒れ狂ったように、森の木々がなぎ倒されていて、その激しい戦いの痕跡は、北西へと続いている。
僕らは頷き合うと、そちらへと進路を向けて走り続けた。
ガィン ズズン ドパァアン
やがて、戦いの音が、暗い森の奥から聞こえてくる。
(イルティミナさん、生きてるっ!)
よかった。
安堵が、心の中を駆け抜ける。
けれど、同時にそれは、彼女の命が今もなお、危険にさらされている証明だった。
「いたわ、イルナ姉っ!」
ソルティスが、泣きそうな声で叫んだ。
僕の目も、それを捉える。
――闇の森の中で、紫色の光を放つ巨大な赤牙竜を相手に、1本の白い槍だけを携えて戦う、戦乙女のような彼女の姿を。
(イルティミナさんっ!)
彼女は、ボロボロだった。
深緑色の美しい髪は乱れて、鎧には、土や泥の汚れがつき、白い肌には少なからぬ流血がある。
あのタフなイルティミナさんが、肩で息をしている。
「――羽幻身・白の舞!」
槍の魔法石が、強く輝く。
すると、そこから大量の白い羽が吹き出し、イルティミナさんの姿を模した3人の白い人型の光へと集束した。
白く光る彼女たちは、空を舞う。
上空から赤牙竜ガドへと襲いかかり、その手の槍を突き立てる。
ギギィイン
無数の火花が散り、けれど、赤牙竜の赤い巨体は無傷のままだ。
赤牙竜は、その場でグルンと回転した。
ブォン バシュシュ……ッ
巨大な長い尾が振り抜かれ、彼女たちを薙ぎ払う。
直撃を受けた3人の光の女たちは、無数の光の羽根へと分解して、幻のように消えていく。
「く……っ」
魔法を使って消耗したのか、イルティミナさんは激しく肩を揺らしながら、悔しげな息を吐く。
そこに向かって、赤牙竜が突進した。
跳躍して避けようとしたイルティミナさんの足が、雨上がりのぬかるんだ土に滑る。
(――あ)
ドウッ
赤牙竜がなんと、その巨体でジャンプした。
呆然と見上げるイルティミナさんに、巨大な影が落ち、その圧倒的な質量が彼女の上へと落下しようとする。
「――いかんっ!」
鉄の声が短く告げて、キルトさんの手が、背面の大剣を引き抜く。
巻きつけられていた赤い布が解かれて、中から現れたのは、岩を削りだしたような黒曜石の如き大剣――その刀身の内側で、青い稲妻のようなモノが散っている。
ドンッ
魔狩人キルト・アマンデスは、僕をぶら下げたまま、銀髪をなびかせ、赤牙竜の懐へと飛び込んだ。
踏み込んだ左足が、深く大地を抉り、突き刺さる。
そこを支点にして、彼女は、手にした大剣をフルスイングする。
その首にしがみつく僕は、まるでマントのように振り回されて、
「鬼剣・雷光斬!」
ドパァアアアアアン
大剣が、赤牙竜の腹部に直撃し、刀身の稲妻が世界を眩く照らした。
肉の焼け焦げる臭いがして、次の瞬間、その10メートル級の巨体が吹き飛ばされていく。
ドガッ バギィ ズズゥゥウン
木々をへし折り、赤い巨体は、その大量の倒木たちの下敷きになる。
キルトさんは、大剣を振り抜いた姿勢で停止し、美しい銀髪が弧を描いて舞い、やがて、僕の背中に落ちてくる。
なんという膂力、そして破壊力!
「キルト……?」
呆然とした声が、白い槍の彼女の口から漏れた。
そんな仲間を振り返り、リーダーであるキルトさんは頼もしく笑う。
「相性の悪い相手に、よくぞ、ここまで持ち堪えた。――待たせたの、イルナ」
と、僕らの横から、小さな影がイルティミナさん目がけて、突っ込んでいった。
「イルナ姉ぇええーっ!!!」
「ソルっ?」
「よかった、無事でよかった。うわぁああ~ん、イルナ姉ぇぇ」
姉のお腹に飛びついて、彼女の妹ソルティスは、泣き顔を押しつけ、擦りつける。
驚いていたイルティミナさんは、けれど、優しい表情になって、年の離れた妹の頭をポンポンと安心させるように叩いた。
「来てくれたのですね、キルト、ソル」
「うむ」
「当たり前じゃないのぉ~!」
僕は、こっそりとキルトさんの背中から降りる。
3人の仲間の再会を邪魔するようで、部外者の僕は、なんだか声をかけ辛かった。
でも、イルティミナさんは、そんな僕にも、すぐに気づいてくれて、
「マールっ!」
ポイッ ベシャッ
「ぐえっ?」と呻くソルティスを地面に投げ捨てて、驚く僕の元へと走り寄ってくる。
え?
白い手が、僕の全身をペタペタと触る。
「マール、マール、無事なのですね?」
「イ、イルティミナさん?」
「あぁ……あの発光信号弾の光を見て、貴方の身に何かあったのではないかと、心配で心配で……でも、よかった。本当に、無事でよかった……」
僕の胸に額を押しつけ、安心したように息を吐く。
そんなに心配してくれたのかと、僕の胸は熱くなった。
「ぐぬぬ……っ」
顔面泥パック状態の少女から、殺意の視線が、僕の背中に突き刺さる。
それにも気づかずに、イルティミナさんは、ふと不思議そうな顔をする。
「それにしても、マール? この短期間で、どうやって、私の仲間を?」
「あ、うん」
それはね――と説明しようとする前に、イルティミナさんは「いえ」と笑って、僕の頬に両手を添えた。
「方法なんて、どうでもいい。貴方は本当に、私に幸運を授けてくださる不思議な子なのですね、マール」
「…………」
その真紅の瞳は、熱く潤んでいる。
その視線が妙に色っぽくて、艶っぽくて、僕は、なんだかドギマギしてしまった。
そんな僕らの様子を、キルトさんは黄金の瞳を見開いて、驚いたように見つめていた。
それから、美貌を歪めて、困ったようにガシガシと豊かな銀髪をかく。
ガラッ ガガァン
激しい音がして、僕らはハッと振り返った。
倒木を蹴散らして、紫色の光を放つ赤牙竜ガドが、その2本足で巨体を起き上がらせていた。
夜の森にそびえる10メートル級の巨体は、まさに悪夢のような姿だ。
キルトさんの一撃を浴びた腹部は、傷口が焼け焦げ、中から内臓がデロンと飛び出している。
それでも、痛みを感じている様子はまるでなく、ただ濁った黄色い眼球が、僕らを見つめていた。
「嘘ぉ……あれで、生きてるのぉ?」
ソルティスが驚き、気持ち悪そうな顔をする。
その美しい姉であるイルティミナさんが、そんな妹の言葉を否定するように、長い髪を揺らして首を横に振った。
「とっくに死んでいますよ。闇のオーラの影響で、動く死体となっているにすぎません。それを停止させるには、その肉体のほとんどを破壊する必要があるでしょう」
「マジかぁ~」
嘆くソルティス。
と、その時、
ドンッ
突然、キルトさんが、大剣を地面に叩きつけた。
空気が一瞬で、鉄のように張り詰めた。美人姉妹の表情も、緊張感で一気に引き締まる。
「――無駄口は、そこまでじゃ」
彼女たちのリーダーが告げ、黄金の瞳が2人の仲間たちを見る。
「イルティミナ、まだ動けるな?」
「無論です」
「ソル、魔力は大丈夫か?」
「まだ平気よ。大きい魔法なら、2発までいけるわ」
キルトさんは、「よし」と大きく頷いた。
その黄金の瞳に、強い殺意が生まれ、恐ろしくも美しい煌めきが赤牙竜へと向けられる。
「ならば、いつも通りじゃ。恐れる必要も、侮る油断も捨てよ! ――我らは、これより闇のオーラの赤牙竜ガドを狩る!」
『グルァォオオオオオオオオッッッ!!!』
鉄の声の宣戦布告に呼応するように、赤牙竜の雄叫びが、アルドリア大森林に響き渡った――。
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