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226・神なる武具よ

第226話になります。

よろしくお願いします。

 僕は、軍服姿のフレデリカさんへと近づいた。


 彼女は、僕の前で片膝をつき、目線の高さを子供の僕と合わせてくれた。


「息災だったか?」

「うん」


 僕の返事に、彼女は「そうか」と笑う。


 そんな彼女を見つめ、僕は小さな右手を伸ばした。


「これ、どうしたの?」


 指先が、フレデリカさんの左頬にある10センチほどの傷跡に触れる。


 別れる前のフレデリカさんには、なかったものだ。


 突然、触れられて、彼女は驚いた顔をする。


 すぐに困った顔をして、


「遺跡の中で、魔物との戦闘中に不覚を取ってしまってな」


(ふぅん?)


「また女らしさとは、縁遠くなってしまった。これで、ますます嫁の貰い手がいなくなってしまったな」


 碧色の瞳を伏せて、そんなことを言う。


(そうかなぁ?)


「フレデリカさんは、ずっと綺麗だよ」


 僕は言った。


「僕にとっては、何も変わらない。初めて会った時のまま、今も綺麗なお姉さんだ」

「…………。そ、そうか」


 彼女は驚き、それから頬を赤らめてはにかんだ。


 潤んだ碧色の瞳が、僕を見つめる。


 と、


 コホンッ 


 僕の背中側で、イルティミナさんが大きく咳払いをした。


(ん?)


 フレデリカさんも気づいて、立ちあがる。


「久しぶりですね、フレデリカ」

「あぁ。……どうやら、貴殿らも息災のようだ」


 バチチッ


 同い年のお姉さんたちは、なぜか視線をぶつけ合う。


(え、えっと?)


 戸惑う僕だったけれど、やがて2人は、どちらからともなく表情を緩めた。


「変わらんな、イルティミナ殿は」

「お互いに」


 そう笑い合う。


 …………。


 どうやら、喧嘩していたわけではないみたいだ。よかった……。


 それから軍服のお姉さんは、皆を見回して、


「こたびは急な呼び出しに応じてもらい、感謝する。皆、遠路はるばるご苦労だった。お互い話したいことはあるだろうが、まぁ、まずは席についてくれ」


 と言った。


 それに従い、僕らは荷物を壁際に降ろして、ソファーへと腰を落ち着ける。


 その間に、フレデリカさんは僕らのためのお茶を淹れてくれた。


「ありがとう」


 お礼を言うと、彼女は微笑む。


 そうして、彼女自身もソファーに座った。


 お茶を一口。


(うん、美味しい)


 みんなも、長い海の旅を終えて、ようやく一息といった顔をしていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 しばらくして、キルトさんが口を開いた。


「こちらに届いた書簡には、そなたたちが新たな『神武具』を手に入れたとあったが、それはまことか?」

「ああ、本当だ」


 フレデリカさんはカップを口から離して、大きく頷いた。


 ラプトがため息をこぼして、


「ほんま、手に入れるの大変やったんやで」

「本当にね」


 レクトアリスも頷いた。


 軍服のお姉さんは言う。


「あれから、アルン国内で未発掘の遺跡を探したんだ。そうして発見された遺跡の1つから、生きた『神武具』が見つかった」


(そうなんだ?)


 彼女は、その詳しい経緯を教えてくれる。


 遺跡が発見されたのは、約3ヶ月前だそうだ。


『大迷宮』の時と同様、500名規模の人員が用意され、探索が行われたんだって。


(さすが、大国アルンだ)


 もちろん、その中には、フレデリカさん、ダルディオス将軍、ラプト、レクトアリスも含まれている。


 そして、


「貴殿らと探索した時の経験から、今回は軍部だけでなく、アルン在住の『金印の冒険者』2名にも協力を求め、同行してもらった」


 とのこと。


 これは官民の区別がはっきりしているアルンの国柄としては、とても珍しいことなんだって。


(へ~、そうなんだ?)


 これもあの『大迷宮』で、僕らの残した結果が与えた影響らしい。


 そして、遺跡探索が行われた。


 遺跡は、天然洞窟を利用したものらしく、地下40階層にも及ぶ広さだったそうだ。


(ひぇぇ……)


「まぁ、コールウッド様の遺跡みたく、悪どくはなかったけどな」


 とは、ラプトの言葉。


 悪質な罠や、あの恐ろしい騎士像のような存在はなかったそうだ。


 それでも、探索は1ヶ月以上かかったんだって。


 そして遺跡の最下層には、まるで『神武具』の番人のように、ヒュドラと呼ばれる魔物がいたんだそうだ。


「ヒュドラじゃと!?」


 キルトさんは、驚きの声をあげた。


 ヒュドラとは、体長30メードもある7つ首の蛇の魔物なんだそうだ。


 30メードって、


(大迷宮にいた『暴君の亀』より大きいよね?)


 キルトさん曰く、ヒュドラは、竜種以外の魔物の中では、頂点に位置するとされる魔物の1種らしい。


「この鬼姫でも、勝てるかわからん」


 …………。


 このキルトさんの言葉が、一番、ヒュドラの脅威度を物語っていたと思う。


 そして、アルン探索隊は、このヒュドラを倒した。


 フレデリカさん、ダルディオス将軍、ラプト、レクトアリスも死力を尽くし、探索隊の兵士も半数以上が犠牲になったという。


「この傷も、その時にな」


 フレデリカさんは、自身の左頬に触れる。


(本当に死闘だったんだね……)


 想像するだけで、心が震える。


 そうして辿り着いた遺跡の最奥で、彼らは生きた『神武具』を見つけたんだそうだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 室内は、静まり返っていた。


 やがて、ラプトが吐息をこぼして、


「これがなかったら、ワイらも死んでいたかもしれん」


 コトッ


 ポケットから取り出して、何かを目の前のテーブルの上に置いた。


 虹色の球体。


 僕の渡した『神武具』だ。


 レクトアリスも頷いて、同じように虹色の球体をテーブルに置く。


 コトッ


「本当に助かったわ。貸してくれたマールには、感謝してもし足りないぐらい」


 そう微笑んだ。


 僕も笑った。


「役に立ったのなら、よかったよ」


 みんなを守る力となってくれたのなら、僕としても、それ以上の喜びはないよ。


 フレデリカさんは頷いた。


「大きな力だった」


 そして、


「だが、だからこそ、マール殿には申し訳なかった」


 と言葉を続けた。


(え……?)


「話は聞いている。私たちが遺跡に潜っている間に、マール殿たちは『悪魔の欠片』と戦っていたのだろう?」


 あ……。


 ラプトとレクトアリスも、神妙な顔をしていた。


 フレデリカさんは言う。


「幸いにも、勝利したとは聞いている。だが『神武具』が完全なら、マール殿はもっと楽に勝てたのではと思えてな」


 ……それは、


(どうなんだろう?)


 確かに大きな力になったとは思うけど、それを僕が制御できたかはわからない。


 ラプトは、僕を見つめて、


「肝心な時に、そばにいられんくて、すまんかったな」


 小さな頭を下げてくる。


 レクトアリスも頷いて、


「本当にごめんなさい。でも、新しい『神武具』も手に入ったし、だからこそ、これはもうマールに返そうと思ったの」


 と続けた。


(…………)


 僕は、2人を見つめた。


「本当にいいの?」

「ああ」

「もちろんよ。今までありがとう」


 ラプトとレクトアリスは、笑って頷く。


 その瞳にある覚悟の光を見つけて、僕も、ようやく頷きを返した。


 ポケットから、自分の『神武具』を取り出す。


 虹色の球体。


 直径3センチほどのそれを、手のひらに乗せたまま、テーブルにある同じ2つの球体を見つめる。


(――戻っておいで)


 心で呼びかける。


 ピィン ピィン


 テーブルの球体が、光の粒子に砕けた。


 それは空中を泳ぎ、僕の手にある球体へと、渦を巻いて集束していく。


 ヴォン


 虹色に明滅し、球体は直径5センチほどと一回り大きくなった。


 少し重い。


 吸われる『神気』の量も、少し多くなる。


(完全な『神武具』……)


 この状態になるのは、大迷宮の時以来だ。


 そしてこれは、その大迷宮を崩壊させるほどの力を秘めている。扱いには、これまで以上に気をつけないと。


(……扱いきれるのかな?)


 この僕に。 


 ちょっとだけ不安になる。


 ポン


 と、そんな僕の肩へと、イルティミナさんの白い手が乗せられた。


「今のマールなら大丈夫です」


 そう微笑んだ。


 その真紅の瞳には、信頼の光がある。


 …………。


 うん。


 僕は大きく頷いて、みんなが見守る中、『神武具』の球体を両手でしっかりと握り締めた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「しかし、自分はほんまに凄い男やな」


 不意に、ラプトが感心したように言った。


(え……?)


「自分、また1つ『悪魔の欠片』を倒したんやろ?」

「う、うん」

「それ聞いた時は、ほんまに痺れたわ。なんや、ワイらのやったことが霞んで思えるで」


 そんなことないと思うけど……。


 レクトアリスも、


「貴方は、本当に私たちの誇りよ」


 と笑いかけてくる。


 …………。


(え、えっと?)


 2人の尊敬の視線が、とても面映ゆい。


 モジモジしてしまう僕に、みんなが笑った。


 と、ラプトが窺うように僕らを見て、


「そういや、今回の戦いで『闇の子』と共闘したって聞いたんやけど……それ、ほんまか?」

「あ、うん」

「うわ、マジなんか!?」


 仰天しているラプト少年。


 レクトアリスは、大人らしく落ち着いていたけれど、


「そう……。それで何事もなかったの?」


 と心配してくれた。


 僕は、頷いた。


「うん。悔しいけれど……アイツの協力がなかったら、『悪魔の欠片』たちを倒すのも難しかったかもしれない」

「……さよかぁ」

「……そうなの」


 フレデリカさんは考え込む顔をする。


「『闇の子』は、本当に共闘だけが目的だったのか……?」


 僕らは顔を見合わせる。


 イルティミナさんが答えた。


「わかりません」

「…………」

「わかりませんが、『今回は役に立った』というのは事実です。今後がどうなるかは、わからないでしょう」


 うん。


 キルトさんは警告する。


「そなたらも、奴から何かアプローチがあっても、決して気を許してはならぬぞ?」

「当たり前や」

「わかってるわ」


 ラプトとレクトアリスは、強く頷いた。


 フレデリカさんも頷いて、


「話を聞く限り、『闇の子』はマール殿に、何らかの執着をしているように見受けられる。そちらも充分に注意して欲しい」


 と忠告してくれた。


 うん。


(でも、執着……かぁ)


 嫌な奴に気に入られてしまった。


 ちょっと遠い目になってしまう僕だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「そういえば、見つかった『神武具』は今、どこにあるの?」


 気を取り直した僕は、ふと思って訊ねた。


 ラプトが笑う。


「ここにあるで」

「え?」

「ほれ、これや」


 彼はポケットから、小さな金属板を取り出した。


 縦3センチ、横2センチほどの長方形。


 金属板の表面には、虹色の波紋のような光が広がっている。


(……これが?)


 僕だけでなく、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、コロンチュードさん、ポーちゃんまで覗き込んでいる。


「奇妙な形じゃな」


 みんなの心の声を、キルトさんが代弁する。


 レクリアリスが優雅に笑った。


「あら? 形なんて、どうとでもなるわ」


 横から指を伸ばして、


 ピィン


 軽く弾いた。


 途端、虹色の金属板は、急に細長く伸びた。


(わっ?)


 横幅は変わらず、長さ3メードほどに。


「ほれ」


 ラプトが手首を捻ると、ギュルルと螺旋を描くように回転して、棒状になる。


 更に、


 キュッ


 軽く揺らすと、鋭角に潰れて剣のようになった。


「ほっ」


 また軽く揺らすと、その金属板はほどけて、ラプトの小さな手をバンテージのように包み込む。


 今度は、金属製の手甲だ。


 フレデリカさんとレクトアリス以外、僕らはみんな、目を瞠っていた。


「凄い」


 僕は呟いた。


 ラプトが「ふふん」と嬉しそうに鼻を鳴らして笑う。


「これも、マールのと同じ『神武具』なんやで? 当然や」


 ちょっと自慢気。


 レクトアリスは苦笑している。


「今後は、私たちはこっちの『神武具』を使うことにするわ」

「うん」

「マールは、これからはナーガイアと分け合って」


(うん)


 そうしよう、と思っていたけど、


「必要ない」


 金髪の幼女は断った。


「ナーガイアは、自らの肉体と拳で戦う。マールたちのように武具を扱えるほど、器用ではない。と、ポーは伝える」

「…………」

「…………」

「……そういえば、せやったな」


 ラプトが思い出したように呟いた。


「ナーガイアは、無手の戦いは得意やのに、武器を持つとからっきしやった」


(そうなの?)


 思わず、幼いポーちゃんを、みんなで見つめてしまう。


「じゃあ、防具としては?」

「必要ない。ナーガイアは、速さと肌の感覚が鈍るのを嫌う、とポーは答える」

「……そ、そう」


 そこまで拒否されてしまうと、これ以上は言えない。


(じゃあ、まぁ、これからは僕が1人で使うかな)


 手の中の、虹色の球体を見つめる。


「これからもよろしく、コロ」


 コロコロ


 応えるように、手のひらの上を転がる。


 あはは、ちょっと可愛い。


 軍服のお姉さんは、大きく頷いた。


「各人納得し、収まるべきところに収まったのなら何よりだ。3人とも、どうかその神なる力を活用して欲しい」

「うん」

「わかっとるわ」

「えぇ」


 僕らは大きく頷いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 これで目的である『神武具』の返還は終わった。


(このあとは、どうするのかな?)


 そう思っていると、


「さて。では、わらわたちはこれからシュムリア王国まで帰るとするかの」


 とキルトさんが言った。 


「え~!? もうっ?」


 ソルティスが不満そうに文句を言う。


「当たり前じゃ。いまだ『闇の子』の脅威は消えておらぬ。慌ただしいとは思うが、あまりアルンでのんびりしている暇はなかろう」

「そ、それはそうだけど……」


 少女は、チラッと『神牙羅』の美女を見る。


 レクトアリスから、また色々なことを教わりたかったのだろう。


 僕も、ちょっと残念だ。


(久しぶりに3人に会えたんだし、少しぐらいゆっくりしたいけど……)


 でも、多くの人の命には代えられない。


 今も封印されている5体の悪魔のことも気になるし、レクリア王女の指示を仰ぐためにも、早く帰らないといけないんだ。


「というわけじゃ」


 キルトさんは、アルン軍の美女を見た。


「フレデリカ。すまぬが、もし可能なら飛行船でシュムリア近くまで運んではもらえぬか?」

「構わない」


 フレデリカさんは、頷いた。


「皇帝陛下からも、そのような指示を受けている」


(おぉ、ありがたいや)


「だが、その前に、こちらからも貴殿らに頼みたいことがある」

「む?」

「え?」


 予想外の言葉に、僕らは驚いた。


「実は、愛の女神モアの神殿にいる巫女たちに神託があったのだ」


 神託……?


 2人の『神牙羅』も頷いた。


 フレデリカさんの碧の瞳が、僕を真っ直ぐに見つめる。


 そして、


「ヤーコウルの神狗アークイン、その魂を受け継ぎしマール殿に、女神自ら伝えたいことがあるそうだ」


(え……?)


 驚く僕に、彼女は告げる。


「そのため、マール殿を神山にある聖域まで連れてきて欲しい、とな」

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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[良い点] 更新お疲れ様です。 回を追う毎にマールのおとぼけタラシ具合に磨きが掛かっていきますね(笑) 相手が大人なイルティミナで良かったね、マール。 ソルティスだったらその都度無言でグーパンが飛ん…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 横にイルティミナが居るのに、息をするように女性を口説くマール。 抱き枕の一件と合わせれば、そろそろ指輪を贈った事で稼いだポイントは消失した頃かな?(笑) [気…
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