220・誕生日おめでとう!
第220話になります。
よろしくお願いします。
「これはまた、良い品を見つけたの」
キルトさんは、僕の渡したオリハルコン球に、とても驚いた顔をした。
僕とイルティミナさんは、顔を見合わせて笑う。
オリハルコン球は、直径3センチほどの飴色の金属球だ。
見た目に反して、重さは5キロぐらいある。
でも、魔力を通して加工すれば、その重さは100分の1ぐらいになるんだって。
(なんとも不思議な金属だね?)
横から見ていたアーノルドさんも、感心した顔をする。
「まさか、カランカのすぐ近くに、オリハルコンの出てくる遺跡があるとはな。俺も驚いたぞ」
そう言いながら、獅子の手で顎を撫でる。
この時に聞いたんだけど、実はヴェガ国では、未発掘の遺跡がまだたくさんあるんだって。
理由は、冒険者が少ないから。
冒険者の文化は、もともとドル大陸にはなくて、30年ぐらい前にアルバック大陸から伝わったばかりなんだって。
現在も、アルバック大陸と交流がある大陸東方の国々しか、冒険者は存在しないらしい。
(へ~、そうなんだ?)
特にヴェガ国は、『魔法石産業』というものがあったから国全体が裕福で、危険な『冒険者』という職業に就く人も少なかったそうだ。
「それでは、各地にまだまだ宝は眠っていそうじゃの」
話を聞いたキルトさんの瞳は、冒険者らしくキラキラ輝いている。
あはは。
アーノルドさんも「良い国だろう?」と笑った。
僕は、キルトさんに訊ねる。
「これ、プレゼントしたらソルティスも喜んでくれるかな?」
「うむ」
キルトさんは頷いた。
「太古の希少金属であるしの。価値は相当なものじゃと思うぞ」
と太鼓判。
よかった。
それなら、これをプレゼントしよう。
と思ったら、
「おいおい。仮にも女の子へのプレゼントなら、そのまま渡すのもどうなんだ?」
アーノルドさんから指摘が入った。
(え?)
「この鬼姫殿はともかく、希少だからといって、そんな重い金属の球体をそのままもらって女が喜ぶものか?」
…………。
言われてみれば、確かに。
僕ら3人の視線は、キルトさんを見る。
「……ぬ」
キルトさん、ちょっとたじろいだ顔だ。
……女子力……低そうかも。
イルティミナさんは、すぐさま獅子の獣人さんを見た。
「いい方法はありませんか?」
「任せろ」
彼は、自分の胸を叩く。
「ここは、魔法石産業の国ヴェガだ。腕の良い加工職人は大勢いる。幸い、まだ日数はあるのだろう? ならば、俺の知る一番の職人に声をかけておく」
本当に!?
「ありがとう、アーノルドさん!」
「構わん」
彼は、白い牙を見せて笑った。
「お前たちには本当に世話になった。少しでも恩が返せるなら、容易いことだ」
アーノルドさん……。
僕とイルティミナさんは、この国の王子様に信頼と尊敬の眼差しを向けた。
その一方で、
「…………」
キルトさんは1人、しょんぼりとしてらっしゃいました……。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから、時間はあっという間に流れた。
今日は、ソルティスの誕生日だ。
王宮殿の僕らの客間では、いつもよりちょっと豪華な食事が用意されている。
「ひゃっほう♪」
それを見て、ソルティスさんは上機嫌だ。
(……彼女へのプレゼントは、料理の方が良かったかな?)
ちょっと不安に思ったり……。
ちなみに、人見知りな少女なので、いるのは僕とイルティミナさんとキルトさんの3人だけ。
つまり、いつものメンバーだ。
「悪いわね~、こんなにしてもらっちゃって」
ムッチャ ムッチャ
美味しそうな肉料理を、手掴みで頬張る少女。
自分の誕生日だということで、王宮殿側からこんな豪勢な料理を贈られるとは思ってもなかったようだ。
食べる手も遠慮がない。
「ふふっ、よかったですね、ソル」
「全くよ~。まさか、異国の地で誕生日になるとは思ってなかったけど……これなら悪くないわね!」
明るく笑うソルティス。
ガブリッ
大きな果物に噛みついて、汁が顔にかかっている。
「あらあら」と顔を拭いてあげるお姉さん。
「ほれ、こっちの皿の料理も取ってやったぞ」
「ありがと、キルト~♪」
テーブル上の遠い位置の料理は、キルトさんがお皿に取ってあげていた。
今日の少女には、みんな至れり尽くせりである。
と、
「何よ、マールも食べなさいよ?」
パンッ
上機嫌な少女に、笑って僕の背中を叩かれました。
「遠慮しなくていいのよ? さすがに私1人でも食べきれない量だからさ」
「うん、ありがと」
僕は頷いた。
モグモグ
せっかくなので、料理を頂いておく。
(うん、美味しい)
でも、このあと渡すプレゼントが気に入ってもらえるか不安だったので、ちょっとお腹に入っていかない。
それでも、そんな僕に気づくこともなく、
ムッチャムッチャ
「あぁ~、幸せだわぁ♪」
ソルティスは上機嫌で、料理を平らげていった。
…………。
楽しい誕生日の時間は、あっという間に流れていく。
4人で料理を食べて、他愛ない話で盛り上がって、みんなで一緒にいっぱい笑った。
やがて、
「マール」
イルティミナさんが僕の腕を、軽く肘でつついた。
(あ、うん)
いよいよだ。
僕はドキドキしながら、ソルティスの前に行った。
キルトさんも気づいて、見守っている。
「ん? どったの、マール?」
キョトンと見上げてくる少女。
その口元が、料理のソースで汚れているのはご愛敬。
僕は深呼吸して、
「ソルティス、14歳の誕生日おめでとう!」
バッ
後ろ手に隠していたプレゼントを、彼女の前に突き出した。
「へ?」
彼女はポカンとする。
汚れた指を、布巾でフキフキ。
それから、僕の顔と僕の手が差し出した物を、交互に見比べる。
「あ、ありがと」
ちょっと戸惑ったように受け取る少女。
手にしたのは、1枚の紙。
そこには、ちょっと大人びた表情のソルティスの横顔が、水彩画で描かれている。
僕の渾身の1枚。
エルフの画家であるナタリアさんに教わった影の付け方とかにも注意して、今の精一杯で描き切った少女の絵だった。
「ほう?」
「これは、なかなかですね」
2人のお姉さんたちにも見せるのは初めてで、彼女たちは感心したようだ。
ソルティスは、絵を見つめ、しばらく沈黙していた。
「ふ、ふ~ん? なかなかよく描けてるじゃない?」
「う、うん」
「あ、ありがと。せっかくだし、受け取っておくわ」
ちょっとどもったあと、彼女は澄ました表情になって、絵をクルクルと丸めた。
(ホッ)
いらない、とか言われなくてよかった。
安心する僕。
その勢いに任せて、
「それから、もう1つあるんだけど」
「え?」
ソルティス、また驚いた顔をする。
僕は、もう1つ用意していたリボン付きの布包みを、少女に差し出した。
「…………」
「…………」
小さな指で、受け取るソルティス。
シュルとリボンを解き、布に包まれた中身を丁寧に取り出していく。
「……あ」
小さな呟き。
彼女の手の中にあったのは、小さな髪飾りだ。
飴色をした宝石がある蝶々の細工物。
「……これ、私に?」
「う、うん」
僕は、緊張しながら頷いた。
ドキドキ
いらん、とか突き返されたら、どうしよう?
ソルティスは、手の中にある髪飾りを、ジッと見つめている。
と、キルトさんが、
「それは、オリハルコンの飾り物じゃぞ」
と言った。
「は……? オリハルコン?」
少女が呆けた。
キルトさんは、笑って頷く。
少女の姉が、僕の肩に手を乗せて、妹へと教えてやる。
「貴方へのプレゼントを探そうと遺跡に潜ったのです。そこで、このマールが見つけてくれたのですよ」
「……マールが? これを……?」
「はい」
「…………」
小さな口が開いたまま、姉を見つめた。
それから、少女は僕を見る。
「そうなの?」
「う、うん」
僕は頷いた。
不安……。
僕からのプレゼントなんて嫌だ……なんて言われないよね?
心臓、痛い……。
そんな僕の顔を、少女はしばらく見つめた。
やがて、
「そう……」
また手元の髪飾りへと視線を落とす。
イルティミナさんが、僕の背中を軽く押した。
「マール。ソルの髪に、その髪飾りをつけてあげてください」
(え!?)
「せっかくのプレゼントです。さぁ」
グイグイと押されて、少女のすぐ前まで出されてしまう。
困って、キルトさんを見る。
キルトさんは笑って、頷くだけだった。
(…………)
僕は、ソルティスの前にしゃがんだ。
「……ちょっと借りるね」
「ん」
断られるかと思ったけれど、意外にも素直に応じてくれて、僕は、オリハルコンの髪飾りを手に取った。
魔力加工したから、とても軽い。
ドキドキしながら、それを持ち上げる。
「…………」
ソルティスは、真紅の瞳を伏せて、なぜか大人しいままだ。
紫色の細い髪。
艶やかで、光沢があってとても綺麗な髪だ。
ミルクみたいな甘やかな匂いもする。
その前髪を分けるようにして、僕は、蝶々の髪飾りを左耳の上の方へと通してやった。
「…………」
「…………」
その少女の髪と肌に触れた指が、とても熱かった。
ゆっくりと手を離す。
…………。
(うん)
「凄く似合ってるよ、ソルティス」
思わず、そう言葉が口から出ていた。
ピクッ
一瞬、少女は震えた。
「綺麗ですよ、ソル」
「ふむ、とても素敵じゃの」
2人の大人たちも、満足そうに頷いている。
イルティミナさんが手鏡を手にして、妹の前にしゃがんだ。
「はい」
それを渡す。
受け取ったソルティスは、鏡を見つめる。
「…………」
次の瞬間、彼女は泣きそうな顔になった。
(えっ!?)
僕は固まる。
な、何か声をかけなくちゃ……!
でも、なんて?
そう混乱している間に、ソルティスは急に立ち上がった。
胸に、手鏡と僕の描いた絵を抱いて、
「ちょっと食べ過ぎて、お腹が苦しくなっちゃったわ。寝室で休んでくる」
と、こちらに背を向ける。
その耳は、真っ赤になっていた。
トトトッ
声をかける間もなく、彼女は小走りに行ってしまい、
バタンッ
寝室の扉が閉まった。
「…………」
僕は、ポカ~ンだ。
イルティミナさんとキルトさんは、顔を見合わせて、なんだか満足そうに笑い合っている。
(えっと……)
少しは喜んでもらえたのかな?
僕は、2人のお姉さんを振り返る。
「大丈夫じゃ」
「あの子は、とても喜んでいましたよ」
と言ってくれる。
(本当かな?)
気を使われてないかと不安になったけど、
「しかし、まさか、あの子のあんな表情を見ることになるとは……少し予想外でしたね。もしや、塩を送り過ぎたでしょうか?」
少女の姉は、ちょっと困った顔でそう呟く。
(???)
なんのこと?
キルトさんは、そんなイルティミナさんに苦笑している。
僕は、寝室の扉を見た。
もちろん、ソルティスは出てこない。
でも、
(立ち上がった時のソルティス、凄い可愛かったなぁ)
そう思い出した。
潤んだ瞳。
何かを堪えるような表情。
なんだか、守ってあげたくて仕方がなくなる感じだった。
「…………」
僕は、椅子に座った。
(まぁ、捨てずに受け取ってもらえたようだからいいかな?)
そこは一安心。
そして安心したら、また少しお腹が空いてきちゃったよ。
僕は、料理に手を伸ばす。
ハムッ モグモグ
(うん、美味しい!)
ようやく、しっかり味がわかるようになった感じで、自然と笑みがこぼれてしまった。
2人のお姉さんは苦笑する。
僕は、もう一度、ソルティスの消えた寝室の方を見た。
…………。
心の中で、もう一度だけ言っておく。
――ソルティス、14歳の誕生日、本当におめでとう!
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




