218・2人きりの森歩き
第218話になります。
よろしくお願いします。
「アーノルドから『探索の許可』はもらったぞ」
その夜、ソルティスがお風呂に行っている間に、キルトさんはそう報告してくれた。
エルフのナタリアさんと別れたあと、王宮殿に帰った僕らは、キルトさんに事情を話して相談したんだ。
ここは、ヴェガ国。
シュムリア王国なら問題ないんだけど、異国の『未発掘の遺跡』を、シュムリアの冒険者が勝手に探索するのは、やはり問題となる可能性があるそうなんだ。
なので、キルトさんが、この国の王子様に頼みに行ってくれた。
結果は、今のキルトさんの報告だ。
「やったね」
「はい」
僕とイルティミナさんは、パンッと手を合わせた。
そんな僕ら2人を、キルトさんは腕組みをしながら眺めて、苦笑する。
「言っておくが、遺跡は壊すな? 貴重な歴史資料かもしれないからの」
「うん」
「わかっております」
僕らは頷いた。
「私も、遺跡のプロである『真宝家』ではありません。マールもいますし、探索は浅層のみにするつもりです」
『魔狩人』のお姉さんは、そう付け加えた。
キルトさんも頷く。
「その方が良いの」
「はい」
2人のお姉さんは頷き合っている。
(ふ~ん? 浅い階層だけか)
でも仕方ない。
行くのは、『未発掘』の遺跡だ。
当然、中の規模もわからない。
(さすがに、アルン神皇国の『大迷宮』ほどじゃないと思うけど……)
あまり地下深くまで行くのは、イルティミナさんがいても危険なんだ。
4階層しかないディオル遺跡でも大変だったもんね。
キルトさんは言う。
「アーノルドが『獣車』も用意してくれるそうじゃ。それで遺跡まで行くといい」
おぉ、至れり尽くせり。
「遺跡の近くで、夕方まで待機をしてくれる。逆に、それまでに戻らなければ、何かあったと判断して捜索隊が出ることになる」
「うん」
「わかりました。――しかし、そこまでしてもらって良いのですか?」
「向こうからの提案じゃ。素直に受け取っておけ」
それから、
「わらわも、それぐらいの備えがあった方が安心じゃ」
と笑った。
(そこまで言うなら、ありがたく受け取っておこうかな)
僕も納得する。
それから、ふと思って訊ねてみた。
「キルトさんも一緒に行かない?」
と。
キルトさんは困ったように苦笑して、
「行きたいが、今後のために、アーノルドと話さねばならぬことも多くての」
「ふ~ん?」
そうなんだ。
…………。
「ここ最近、キルトさんって、アーノルドさんとばかり一緒にいるね」
僕は呟いた。
僕らと一緒にいるのは、食事の時ぐらいで、それ以外はいつもアーノルドさんのところだ。
「む?」
黄金色の目を丸くするキルトさん。
イルティミナさんは頷いて、
「まぁ、キルトも年頃の女性ですからね。そういうこともあるでしょう」
慰めるように僕の髪を撫でてくる。
(うん……)
でも、ちょっと寂しいな。
キルトさんはポカンとして、すぐに慌てたように言った。
「待て待て! そなたら、変な勘ぐりをするな」
イルティミナさんは澄まし顔で、
「いいのですよ。野暮なことは言いませんし、聞きません」
「聞けい」
ちょっと凄む、銀髪のお姉さん。
「言っておくが、話しているのは仕事のことだけじゃ。プライベートでは何もないぞ?」
そうなの?
疑いの視線を送る僕とイルティミナさん。
「疑うのならば、話した内容、そなたらにも教えるぞ?」
と、キルトさんは言う。
「うん」
「では、一応」
せっかくなので、僕らは拝聴することにした。
◇◇◇◇◇◇◇
先日、話し合った内容は、『聖神樹の戦い』についてだそうだ。
あの時、『闇の子』は2人しか『闇の眷属』を連れてこなかった。
「その理由がわかるか?」
とキルトさん。
(理由?)
本人は、僕らを刺激しないためと言っていたけど……。
「違う。あれは、自分の仲間を減らさぬためじゃ」
え?
「戦力となる者を2人しか用意しないことによって、こちらの魔法で人に戻させぬようにしたのじゃよ」
あ!
(そういうことか)
キルトさんは頷いて、
「逆に言えば、こちらの人に戻す魔法は、まだ通用するということじゃな」
「なるほど」
それは、こちらに有益な情報だ。
「だが、その仲間を、奴は使い捨てとして自爆させた」
「…………」
キルトさんは、少し怖い声で言う。
「奴は、仲間に執着している。しかし、それは己の所有物としての執着じゃ。生命としてではない」
…………。
(前にレヌさんも、似たようなことを警告してくれたね)
「言葉は通じても、価値観は通じぬ」
「…………」
「奴との停戦と共闘には、そのリスクもあるのだと、アーノルドとは確認し合ったのじゃ」
ふ~ん。
「他にも、それ以降の奴の足取りなど、細かいことを調べてもらっておるぞ。こちらからも、知っている情報を伝えておる」
キルトさんはそう言うと、手に何かを持つ仕草をした。
小さく笑って、
「まぁ、そんな話を、酒を酌み交わしながらの」
クイッ
杯をあおる真似をする。
(お酒が本命か!)
僕は呆れた。
「ゆえに、そなたらが勘繰るようなことは何もないのじゃぞ」
胸を張る鬼姫様。
それを見ながら、イルティミナさんは呟いた。
「それはそれで、年頃の女性としてどうなのでしょう?」
「…………」
「…………」
カチャッ
その時、客間の扉が開いて、ソルティスが帰ってきた。
「ただいま~。あ~、いいお湯だったわ」
タオルで濡れ髪をこすりながら、室内へと入ってきて、僕らの様子に気づく。
「ん? どうかした?」
「ううん」
「なんでもありませんよ」
「……そう?」
細い首をかしげるソルティス。
その視線が、キルトさんに向く。
「……キルト?」
「…………」
「ソルティス、今はそっとしておいてあげて」
僕は言った。
「???」
ソルティスは、不思議そうだったけれど、「うん」と頷いた。
今夜のキルトさんは、なんだかしょんぼりしていて、ちょっぴり無口なのでした。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、僕とイルティミナさんは、日の出の前に起床した。
「行きましょう」
「うん」
薄暗い室内。
まだ寝ているソルティス、キルトさんを起こさないよう気をつけて、装備を整える。
「ふんが~」
…………。
少女は、豪快ないびきを立てていらっしゃる。
僕は苦笑しながら、
(じゃあ、いってくるね)
心の中で声をかけて、静かに部屋を出ていった。
王宮殿の前に待機してもらっていた獣車に乗り込んで、カランカの街の中を進んでいく。
まだ薄暗い早朝とはいえ首都だけあって、人の姿は多い。
ガランガラン
鐘の音を響かせながら、獣車はその中を進み、やがて『純白と黄金の都』をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
カランカの街を出発して3時間。
草原を進み、やがて街道を外れると、僕らは、とある森の前で降車した。
「この奥ですね」
「うん」
イルティミナさんと一緒に地図を見ながら確認する。
(歩いて30分ぐらいかな?)
「では行きましょう」
「うん」
頷き合い、僕らは森の中へと入っていった。
早朝の森は、木々の隙間から木漏れ日が差し込み、それが朝靄の中にある葉の水滴をキラキラと光らせて、なんだか幻想的だった。
(綺麗だなぁ)
そう思いながら歩いていく。
と、
「ふふっ、なんだか懐かしいですね」
イルティミナさんが、不意に笑った。
(え?)
「マールに初めて会った頃を思い出しました。あの時も、2人でアルドリア大森林の中を歩きましたね」
あぁ、そういえば……。
僕らの出会いは、森の中だ。
まだ1年も経っていないのに、その頃がとても懐かしく感じた。
「うん、そうだね」
僕も笑って、頷いた。
あの頃みたいに森で2人きりなのも、久しぶりだ。
イルティミナさんは頷いて、
「あの、マール? 1つお願いがあるのですが」
と言った。
「お願い?」
「はい。その……その頃みたいに、またマールを抱っこさせてくれませんか?」
うえ!?
突然のお願いに、僕はびっくりしてしまう。
「な、なんで?」
「いえ、その、ここしばらくはそういうこともありませんでしたし、久しぶりにやってみたいなぁ……と」
「…………」
「……駄目、ですか?」
イルティミナさんの綺麗な真紅の瞳は、上目遣いに僕の顔を窺ってくる。
ずるい、ちょっと可愛い。
僕は「はぁ」と息を吐いた。
男の子のプライドは悲しいけれど、大好きな人を悲しませるのは、もっと嫌だった。
「ん」
両手を広げて、なすがままをアピール。
イルティミナさんは、パァアッと表情を輝かせた。
「ありがとう、マール!」
嬉しそうに言いながら、僕へと左手を伸ばす。
ヒョイ
色々な荷物や装備があるのに、軽々と抱きあげられてしまう。
(わっとっと)
揺れるので、思わず、彼女の白い首に手を回してしまう。
「ふふっ」
嬉しそうなイルティミナさん。
彼女は、僕の重さを確かめるように軽く上下に動かして、
「重くなりましたね」
「そう?」
「はい。あれからのマールの成長を感じますよ」
真紅の瞳が、優しく細められている。
(ふ~ん?)
単純に荷物や装備のせいではないかと思ったけれど、彼女は、それ以外の何かも感じ取っているみたいだった。
イルティミナさんは、僕の首に顔を押しつける。
「…………」
「…………」
吐息が少しくすぐったい。
しばらくそうしたあと、顔を上げた。
満足したような笑顔で、
「では、行きましょうか」
タンッ
言うが早いか、その健脚は大地を蹴った。
(わっ?)
僕は慌てて、彼女の頭にしがみつく。
小さな手の中で、イルティミナさんの綺麗な髪がクシャリと乱れる。
「ふふっ」
イルティミナさんは楽しそうだった。
久しぶりに感じる彼女の走り。
地面の凹凸は感じられず、まるで平地を走っているような速度で、森の景色があっという間に後方へと流れていく。
(相変わらず、凄いや)
そして、少し懐かしい。
アルドリア大森林を抜ける時も、一日中、こうして彼女の腕の中にいたっけ。
ヒュオオッ
風圧が、僕らの髪をなびかせる。
その楽しそうな顔を見ていると、ふと彼女と視線が合った。
「ふふっ」
「あはは」
つい笑い合った。
幻想的な森の中、白い槍と子供を抱えた美女は、木々の中を素晴らしい速度で走り抜けていった。
◇◇◇◇◇◇◇
30分はかかるかと思われた距離を、イルティミナさんのおかげで10分で踏破してしまった。
「ここですね」
僕らの前には、小さな崖がある。
崖は、土砂崩れが起きていて、削れた地面やひっくり返った木の根が見えている。
その中に、折れた柱の残骸と、黒い亀裂のような穴があった。
(ナタリアさんの絵の通りだ)
「イルティミナさん」
「はい」
声をかけ、小さな身体を地面に降ろしてもらった。
2人で一緒に、穴に近づく。
「中から、魔物が出てくる可能性もあります。あまり不用意に覗かないように」
「うん」
その警告に、僕は頷いた。
イルティミナさんは、リュックからランタンを取り出して、火を灯す。それを白い槍の先端に引っ掛けると、槍先をゆっくりと穴の中へと入れていった。
バササッ
(!)
黒い何かがたくさん飛び出してきた。
(蝙蝠だ!)
魔物ではなかったけれど、光に驚いたのか、大量の蝙蝠が飛び出してきたんだ。
ちょっと驚いた。
イルティミナさんも空へと逃げる姿を見上げて、やがて、油断なくもう一度、穴へと近づいた。
その背中を、固唾を飲んで見守る。
…………。
「もういなさそうですね」
しばらく確認して、彼女はそう言った。
それから、こちらを振り返って、
「では、マール、これからこの遺跡の探索を始めます」
と微笑んだ。
「私がいるので何も心配は要りませんが、気を抜いてはいけませんよ? ここからは私の指示に従い、後ろをついて来てください」
「うん、わかりました」
今日のリーダーはイルティミナさんだ。
頷く僕に、彼女は満足そうに頷いた。
僕の頭を、白い手で一撫ですると、
「それでは、中に入りましょう」
美しい『金印の魔狩人』は、そう言って、その亀裂ような穴の中へと僕より先に入っていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




