022・キルトとソルティス
第22話になります。
よろしくお願いします。
イルティミナさんの仲間でパーティーリーダーであるキルト・アマンデスさんは、銀髪金瞳の美女だった。
年齢は20~25歳ぐらいだと思う。
イルティミナさんより、ちょっと年上っぽい。
背は、思ったよりも低くて、小柄といって良かった。
それなのに、仕草や雰囲気、何より、人間離れした美貌は、彼女のことを実際よりも大きく見せている。
キルトさんは、胴体と両足だけを覆う黒い鎧を身にまとい、その背中には、自分よりも大きな大剣を負っている。
ただ、その刀身には、赤い布が巻きつけられていて、中身がどうなっているのかわからない。
そして、そんな超重量を背負っているのに、彼女は、夜の森を、まるで黒い稲妻のように走り抜ける。
――そこに更に、『僕』という荷物を背負わせたままで。
◇◇◇◇◇◇◇
「――マールといったな? 方角は、こっちで良いのか?」
キルトさんの、鋭い詰問の声が飛ぶ。
僕は、美しい銀髪ごと彼女の首にしがみつきながら、コクコクと頷いた。
振動が激しすぎて、喋ると舌を噛みそうだった。
キルトさんの凄まじい走力は、イルティミナさんよりも、ずっと速度が速かった。
(いや、逆かな……?)
僕を気遣って走っていたから、イルティミナさんの方は遅かったのかもしれない。
全然、気づかなかった。
ちゃんとお礼を言わないと。
だから僕は、この人たちを、ちゃんとイルティミナさんの元に、連れて行かなければいけない!
頭上の紅い月の位置を、確認する。
「大っ、丈夫です! このままっ、南! 猟師たちの森小屋っ、が、あります、からっ!」
揺れの合間に、必死に叫ぶ。
すると、キルトさんが「ほぅ?」と感心した声を漏らした。
「そなた、紅の月から、方角を見たのか?」
「イルティっ、ミナさんに、教わりました!」
「なるほどの」
納得したように頷く。
と、その後ろを走っている少女――ソルティスさんが、悔しそうに親指の爪を噛んだ。
「そこ、2日前に調べたところじゃないの! あ~、入れ違いだわぁ~!」
叫んで、両手でクシャクシャと、柔らかそうな紫の髪をかき回した。
ソルティス・ウォンさん。
イルティミナさんが、妹だと言っていた彼女は、驚くことに、僕と同じぐらい10~12歳ぐらいの少女だった。
見ての通り、快活そうな女の子だ。
大きな瞳は紅く、幼い顔立ちも整っていて、とても可愛らしい。
将来、美人になることは、姉のことを考えても約束されているようだ。
軽そうな皮の鎧にミニスカートのようなシャツを着ていて、その小さな背中には、不釣り合いな大きさの、あの魔法石のついた大杖が背負われている。
見た目の可愛らしさに反して、彼女もやはり冒険者なのだろう――その幼い足で、今も、キルトさんについていく脚力を披露している。
と、癇癪を起こしていたソルティスさん、突然、僕の方を睨んで、八つ当たりのように声を尖らせた。
「ちょっと アンタっ! さっきの話、本当なんでしょうね!?」
(さっきの話?)
「闇のオーラの赤牙竜っ! それとイルナ姉が戦ってるって!」
「本当だよっ!」
僕は叫び返した。
じゃなきゃ、こんな必死になったりしない!
「『トグルの断崖』で、イルティミナさんが倒したんだ! でも、ガドの死体が、深層部に落ちちゃって……」
「んで、その地の『闇のオーラ』に、汚染されたって?」
「そう!」
「むむぅぅ……それが嘘っぽいのよっ!」
なんでっ!?
(っていうか、もしかして、この子、僕への不信感だけで決めつけてない!?)
怒り、呆れる僕に、彼女はジト目で幼い指を突きつける。
「当たり前でしょっ? だいたい、アンタ、何者なのよ?」
(へ?)
「『名前はマール』、『森でイルティミナさんと出会った』、『一緒に森を出る途中で、闇のオーラの赤牙竜ガドに襲われた』――って、阿呆かぁああっ! そもそも、なんで、子供が1人で森にいるって話よ!?」
「だ、だから、それは記憶喪失で……っ」
「そんな都合のいい話、信じられるわけないでしょーがっ!」
そ、そうかな?
(でも、イルティミナさんは、信じてくれたのに……)
ソルティスさん――いや、もう呼び捨てでいいや――ソルティスの迫力に負けて、僕は少々、落ち込んだ。
だって本当なんだから、それ以上に、どう説明しろっていうんだよ?
と、
「――2人とも、黙れ」
空気が重く、鉄のように固まった気がした。
「喋る暇があるなら、足を動かせ、ソル。少しずつ、遅れておるぞ?」
「ご、ごめん」
キルトさんの黄金の眼光に、ソルティスは、タジタジだ。
そして、その視線は、僕も射抜く。
ゾッと、背筋が凍った。
「マールといったな。わらわも、そこまで、そなたの話を鵜呑みにはしておらぬ。真実は、イルティミナを見つけ出してのち、本人の口から聞こう。本当ならば、それで良い。じゃが、もし違えていたならば――」
「…………」
「そなた、無事で済むと思うな?」
本気だった。
キルトさんの瞳には、明確な殺気がある――邪虎との殺し合いをしたから、それがよくわかった。
僕は、神妙に頷いた。
「その時は、殺して」
「…………」
「僕は、イルティミナさんに助けてもらったんだ。だから、その仲間の2人に嘘なんてつかない。――それに、イルティミナさんを騙すような自分なら、殺してもらった方がいい」
キルトさんが「ほぅ?」と呟き、ソルティスも驚いた顔をする。
自分でも驚くほど、度胸が据わっていたと思う。
でも、本心だった。
(あの人の優しい笑顔を裏切るなんて、2度とごめんだよ)
今回のメディスから5キロまで辿り着けなかった裏切りは、2人に出会えたことで帳消しになったけれど、それ以上のことは、もう起こしたくないと思う。
(……あれ?)
そこで僕は、そもそもの疑問を思い出した。
「あの……僕からも一つ、聞いていいかな?」
「なんじゃ?」
「2人は、どうしてあそこに? イルティミナさんからは、メディスにいるって聞いてたのに……」
「そんなの決まってるでしょ? イルナ姉を探してたのよ!」
『貴方、馬鹿なの?』――視線が告げている。
豊かな銀髪を揺らして、キルトさんが頷いた。
「ただの遭難にしては、イルナが、あまりに戻って来ぬのでな。宿の主人に伝言を頼み、わらわたちはここ3日ほど、アルドリア大森林の捜索に出ていたのじゃ」
(そうだったんだ?)
ただキルトさんは、少し顔をしかめて、
「しかし、さすがに『トグルの断崖』の方まで行っているとは思わなかったがの。道理で見つからぬわけじゃ」
「本当よね。しかも、そこに発光信号弾が上がって、イルナ姉かと思って急いで駆けつけたら……まさかの死にかけボロ雑巾の餓鬼がいるだけだしさぁ」
(なるほどね)
その死にかけボロ雑巾だった僕は、大いに納得して頷いた。
そして、ちょっと嬉しかった。
(イルティミナさん、ちゃんと心配されてたんだね。……よかった)
キルトさんは怖いし、ソルティスは口が悪くて生意気な子だった。
でも、2人とも、イルティミナさんのことを必死に探していたし、やっぱり、いい仲間だったんだと思う。
だから、きっとこの2人も、本当は『いい人』なんだと思った。
「何、ニヤついてるのよ、ボロ雑巾? 気持ち悪ぅ~い」
「…………」
……うん、きっと『いい人』なんだ、きっと。
拳を震わせながら、怒りを飲み込み、自分の心を鎮めようとがんばる僕。
キルトさんは苦笑し、それから息を吐く。
そして、上げられた美貌には、もう緩んだ様子はなくなっていた。
「よし、もう少し速度を上げるぞ。――ソル、『光鳥』を飛ばして、視界を広げよ」
「ん、了解!」
走りながら、ソルティスは、背中の大杖をその手に握る。
ヒュンヒュン
大杖が、文字を描くように空中に振るわれると、中央の魔法石が白く輝きだした。
大きく振り被って、その輝く大杖を、前方へと振り下ろす。
「私たちの前を飛びなさい、『ライトゥム・ヴァードゥ』!」
ピィイイン
鳥の鳴き声のような音がして、魔法石から、白く輝く光でできた鳥が飛び出した。
(おぉ!?)
それは翼を広げ、僕らの前方を飛翔する。
その輝きは、ランタンの灯りよりも強く、広く、周囲の森を照らして、夜の闇を払ってくれていた。
「凄い……」
目を瞠る僕に、彼女は「にょほほ♪」と得意げに笑った。
「尊敬していいのよ、ボロ雑巾?」
「うん、尊敬する! 凄いね、ソルティスって」
「…………。ま、まぁね~」
なぜか彼女は、そっぽを向いて、自分の小さな鼻をかき始めた。
(? どうしたんだろう?)
キョトンとする僕。
そんな僕らの耳に、
「無駄口は終わりじゃ。――行くぞ」
キルトさんの鉄のような声が告げた。
ドドンッ
(わっ!?)
途端、まるで砲弾のように、彼女の速度が上がった。
もう息ができないレベル。
ソルティスも、もう喋る余裕がないようで、必死の表情で追いかけてくる。
僕も、風圧に負けないように、姿勢を整える。
(待っててね、イルティミナさん! すぐ行くからっ!)
心の中で、遠いあの人に呼びかけた。
そして、僕と2人の美しい『魔狩人』は、『光鳥』の輝きに導かれ、『アルドリア大森林』の深い闇の中を、凄まじい速度で疾駆していった。
ご覧いただき、ありがとうございました。




