213・神狗と闇の共演
第213話になります。
よろしくお願いします。
(まずは1体……っ)
僕は、気持ちを入れ直す。
まだ戦いは終わっていない。
『悪魔の欠片』はもう1体、この地上に産み落とされている。
「よし、次じゃ」
キルトさんも、鉄の声で告げる。
イルティミナさん、ポーちゃん、コロンチュードさん、ソルティスも頷く。
(うん!)
僕も頷いて、青い瞳に闘志を灯しながら、『闇の子』たちが戦っている方を振り返った。
――あ?
その光景に、一瞬、言葉を失った。
僕らより300メードほど離れた戦場は、激しい戦闘によって、大地が抉れ、建物は倒壊し、木々はなぎ倒されていた。
その中心に、
「ぐ……が」
両腕を失った『黒鉄の魔人』が、その首を触手に締め上げられながら、空中へと持ち上げられている姿があった。
その触手は、『闇の女』の口から生えている。
(…………)
女の黒い肌には、無数の傷があった。
けれど、その皮膚の下には、大量の細い触手が蠢いていて、その損傷を塞いでしまうと黒い皮膚になっていく。
『クスクス』
『闇の女』は、赤い三日月のように笑っていた。
彼女たちから10メードほど離れた場所には、『純白の翼竜』が倒れている。
片翼が引き千切られ、頭部に大きな裂傷があった。
右目が潰れている。
「……く……っ」
翼竜の足は、大弓を握っていた。
器用に3本の矢をつがえて、弦を引き絞る。
ドシュシュッ
3本の矢は、無防備な『闇の女』の背中めがけて襲いかかった。
ジュルン
黒い髪の奥、その背中から生えた触手が、飛来する矢を驚くほど簡単に巻き取った。
(!)
簡単なものか。
今の矢の速さは、イルティミナさんの槍の投擲と同じレベルだった。
それを、あっさり防ぐなんて。
と、その『純白の翼竜』の攻撃によって生まれた時間で、『黒鉄の魔人』は自分の首を締める触手を、黒鉄の足で勢い良く蹴りあげた。
ブチン
触手が千切れる。
魔人の巨体は、地面へと着地する。
ガギィイン
そこへと、千切れた触手が鞭のようにしなって、激しくぶち当たった。
『黒鉄の巨人』は吹き飛ばされる。
ドゴォン
近くにあった建物に突っ込み、それを崩した。
ガラッ ガララン
倒壊した石の中で、胸部にひび割れを作った『黒鉄の魔人』が倒れ込んでいる。
かなりのダメージがありそうだった。
ジュルル
千切れていた触手の先端から、新たな触手が再生する。
それを口の中へと飲み込んで、
『クスクスクス』
『闇の女』は、とても楽しそうに笑っていた。
…………。
どうなってるの?
(だって、ついさっきまで、互角以上に戦っていたじゃないか?)
それなのに、今は一方的だ。
と、
「やれやれ、ようやく来てくれたね」
2人の魔物が戦っている中、僕らのほど近い位置にいた黒い子供が、そう吐息をこぼしながら言った。
(……『闇の子』)
僕らの物問いたげな視線に気づいて、彼は小さな肩を竦める。
「ご覧の通りだよ」
ご覧の通りって……。
「あの2人もなかなかの力はあるんだけど、『悪魔の欠片』には負けるみたいだ。せいぜい時間稼ぎが精一杯だったね」
「…………」
「さぁ、早く加勢してやってよ」
僕は、その言い方に少し苛立った。
「お前は何をしてるんだ?」
仮にも仲間が必死に戦っているのに、ここで何をしている?
いや、なぜ、何もしていない!?
向けられた僕の殺意に、けれど彼は、かすかに苦笑して、
「悪いけれど、僕には、そこまでの戦闘力はないよ」
……は?
「同じ悪魔だからって、それぞれ特性に違いはあるんだ。同じように『悪魔の欠片』にだって違いはあるんだよ」
なんだって。
「そりゃ少しは戦えるけどさ」
彼はそう言いながら、自分の同胞を痛めつける『闇の女』を見つめた。
「でも、あれと1対1で勝てるほどじゃないんだ」
「…………」
「だからこそ、ボクは仲間を増やしているし、君たちにも共闘を求めたんだよ?」
…………。
僕らは、唖然となってしまう。
黒い子供は、漆黒の髪を小さな手でかいて、
「こんなことなら、もっと仲間を連れてくるんだったよ。君たちを刺激しないように、少数にしようとしたのが裏目に出たね」
と、ぼやいた。
でも、すぐに表情を改めて、
「だけど、君たちは1体に勝った。……さぁ、もう1体も殺してしまおう?」
と、屈託なく笑った。
(……コイツ)
なんなんだ、コイツは?
正直、どこまで信じていいのかわからない。
(本当に戦う力が弱いの?)
それとも、将来、僕らと戦う時のための嘘なのかな?
判断がつかなかった。
パンッ
そんな僕の背中を、キルトさんの手が叩いた。
「迷うな、マール」
キルトさん……。
黄金の瞳は、真っ直ぐに『闇の女』だけを見つめている。
「奴の言葉がどうあれ、わらわたちのやるべきことは変わらぬ。そこだけに集中するのじゃ」
「…………。うん」
美しき師匠の言葉に、僕は頷いた。
(そうだ)
やることは変わらない。
ヴェガ国に出現した2体の『悪魔の欠片』を倒す――僕らの目的は、それだけだ!
「ふふふっ」
やる気になった僕に、『闇の子』は嬉しそうに笑った。
…………。
僕は、その顔を見ずに言う。
「お前も、少しは手を貸せよ?」
「わかってるよ」
本当だろうな?
ポーちゃんが『龍鱗の拳』を神気に輝かせながら、『闇の女』に向かって歩きだした。
キルトさんとイルティミナさんも、あとに続く。
ソルティスとコロンチュードさんは、いつでも魔法が使えるようにそれぞれの魔法発動体の杖を構えた。
僕は、大きく息を吐く。
(よし)
覚悟を決めて、足を前へ。
ザッ
僕の隣に並ぶように、『闇の子』も歩きだした。
「ふふっ、頼りにしてるよ、マール」
「…………」
うるさい。
聞こえてくる声を意識の外に放り出して、僕は『闇の女』に向けて『妖精の剣』と『マールの牙・弐号』を構えた。
◇◇◇◇◇◇◇
『クスクスクス』
『闇の女』は、僕らの接近を歓迎するように、その黒い両腕を広げていた。
ジュルリ
まるで長い舌のように、黒い唇の間から触手がこぼれて蠢く。
悍ましさが脳を焼く。
「ポォオオ!」
先頭にいた『神龍の幼女』は、雄叫びを発して飛びかかる。
白く光る拳。
それが撃ち出される。
ドパンッ パパァン
白い光の連撃を、けれど『闇の女』は、口から伸ばした触手で迎え撃った。
空気が爆ぜ、衝撃波の波紋が広がる。
「ぬん!」
「シィッ!」
シュムリアの2人の『金印の魔狩人』も襲いかかった。
バヂンッ バギィン
タナトス魔法武具である『雷の大剣』と『白翼の槍』の攻撃も、けれど『闇の女』の背中から生えた触手が弾いていく。
青い雷が散り、火花が弾ける。
(やはり強い……!)
僕は、その事実を噛み締めながら、間合いへと踏み込んだ。
「やぁあ!」
ヒュオ ギギィン
二刀の刃が触手に弾かれた。
(くっ……まるで鋼鉄の鞭だ!)
粘液にぬめった肉にしか見えないのに、その感触は、恐ろしいほどに硬かった。
(落ち着け、マール)
呼吸を整え、『妖精の剣』を上段に構える。
「やっ!」
ヒュオッ
全てを断ち切るつもりで、美しい刃を振り落とす。
パンッ
(くっ!?)
刃の側面を弾かれ、それも防がれた。
これも駄目か!
そう思った瞬間、別方向から、別の触手が僕の身体めがけて襲いかかってきた。
(!?)
ギャリイン
火花を散らしながら、左腕の『マールの牙・二号』と『白銀の手甲』で何とか防ぐ。
と思ったら、
「な……っ!?」
ニュル ニュルルッ
『闇の女』の背中から、更に3本の触手が生えてきた。
ビュオッ
全て僕めがけて、迫ってくる。
「っっっ」
ガンッ ギィン ガギィイン
二刀で必死に防ぐ。
それでも流れた触手が何発か被弾したけれど、それは新調した『妖精鉄の鎧』が防いでくれた。
(な、直しておいて良かった!)
つくづく、そう思った。
でも、状況はどうにもならない。
攻めることもできず、僕は防戦一方だ。
いや、よく見たら僕だけじゃない。
他のみんなも、無数の触手に襲われて、いつの間にか防戦になっていた。
と、
ジュルルル
(嘘!? また増えた!)
更に7本の触手が生えて、僕めがけて襲ってくる。
これは無理だ。
耐え切れなくなった僕は、慌てて後退する。
キルトさんやイルティミナさん、ポーちゃんも同じで、1人10本以上の触手に襲われていた。
(いったい何本生えるんだ、コイツ!?)
まるで千手観音だ。
しかも厄介なことに、触手が長い。
ガン ギィン ガガィン
(後退が間に合わない!)
間合いの外に出るまでに、とんでもない数の攻撃を受けてしまっている。
こ、これ以上は、捌き切れない!
あの『金印の冒険者』だった獣人2人の魔物たちも、この異常な多重攻撃を受けたのか。
(ま、まずい)
死に直結する直撃を想像する。
と、その時、
「もう、しっかりしてよ、マール?」
僕の後ろ側にいた黒い子供が、ため息のように呟いた。
その黒い手のひらが、『闇の女』へと向けられている。
そこに紫色の光が集束して、
パォン
その紫光の輝きは、レーザー光線のように撃ちだされた。
『!』
『闇の女』の表情が強張った。
ドパァアアン
そこに紫色の光線は直撃して、大きな爆発が巻き起こった。
(うわぁ!?)
衝撃波と爆風で、僕は吹き飛ばされる。
ゴロゴロと地面を転がり、慌てて、顔を上げる。
紫色の爆炎が収まり、やがて現れたのは、触手の半分以上を失った『闇の女』の姿だった。
『…………』
その美貌から、笑みが消えている。
……なんて威力。
同じように吹き飛ばされていたキルトさん、イルティミナさん、ポーちゃんも驚愕した顔だった。
僕は、思わず『闇の子』の横顔を睨む。
奴は小さく笑い、
「これで、みんな無事に下がれたでしょ?」
とほざいた。
戦う力がない?
冗談言うな。
(ただ温存してただけじゃないの?)
僕の視線に、その意志を感じ取ったのか、彼は肩を竦める。
「温存してるのは、君の方でしょ?」
何?
「テテト連合国で見せた、あの君の姿はどうしたのさ?」
「…………」
「あの状態になれば、あの『悪魔の欠片』にだって充分通用するはずだよ? どうして、最初からあの姿にならないの?」
心底不思議そうに言われた。
……あの姿。
(……究極神体モードのことか)
僕は口を噤んだ。
『闇の子』に、こちらの不利な情報を与えたくなかったんだ。
でも、表情を読まれた。
「ふぅん? もしかして、あれは消耗が激しいのかな?」
「!」
ビクッ
思わず反応しちゃった。
奴は笑った。
「あははっ、なるほどね。使ったら、そのあとは戦えなくなるんだ。つまり、本当に最後の手段となる短期決戦モードなんだね」
「~~~~」
な、何も言ってないのに~!
(くそ、その通りだよ!)
もしも通じなかったら、それで終わり。
『神気』を使い果たした僕は、『神武具』も使えなくなって、このレベルでは完全に戦えなくなる。
だから、『神狗』でいられる時間制限ギリギリまで温存してたんだ。
(それを、あっさり見抜かれるなんて)
こいつは、頭も良すぎる。
今は共闘してるとはいえ、本当に油断ならない相手だ。
いつかは敵になるかもしれない存在なのに、こちらの情報ばかり与えてしまっているよ……。
(くそぅ)
歯軋りしていると、
「わかったよ。君がその奥の手を使えるように、ボクも手伝うさ」
……え?
『闇の子』は、そう笑いながら前に出た。
そして今更気づいた。
負傷していた『黒鉄の魔人』の元にはコロンチュードさんが、『純白の翼竜』の元にはソルティスがいて、それぞれに回復魔法を使っていた。
コロンチュードさんはいつも通りの眠そうな顔だったけれど、ソルティスは、見た目が魔物の治療だからか、ちょっと引き攣った顔だった。
パァアアン
緑色の回復光が消えていく。
「……オッケー」
「こ、これで大丈夫なはずよ」
2人の魔法使いが頷く。
その目の前で、強大な魔物たちは立ち上がった。そのまま、主人である『闇の子』を守るために動きだす。
ズンズン バササッ
『黒鉄の魔人』は大地を歩き、『純白の翼竜』は空を飛ぶ。
それを見て、
「さぁ、仕掛けるよ」
『闇の子』は、その口元を赤い三日月のように歪めたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
笑ったまま、前に歩きだす『闇の子』。
接近する黒い子供を『闇の女』の漆黒の瞳が見つめ、その口元に赤い三日月の笑みが浮かんだ。
『クスクスクス』
「あはは」
2人の『悪魔の欠片』は笑い合う。
ジュルリ
千手観音のように、『闇の女』の背中から、たくさんの触手が生えた。
『闇の子』は、両手を前に向ける。
ヒィイン
手のひらには、紫色の光が集まっていく。
それが撃ち出される前に、何十本もの触手が、まるで激流のように闇色の子供へと襲いかかった。
ズン ガギギィイン
それを受け止めたのは、主人の前に出た『黒鉄の魔人』だった。
激しい火花が散り、硬質の黒皮膚がひび割れる。
ヒュゴッ
その触手めがけて、上空から『純白の翼竜』が飛来する。
ブチチィッ
何十本という触手の集まりが切断された。
『っっっ』
『闇の女』の表情が、一瞬、苦痛に歪む。
けれど、『純白の翼竜』の鉤爪と嘴は、その反動でボロボロになっていた。
「2人とも、いい子だね」
『闇の子』は笑う。
そして、その黒い手のひらから『紫の光線』が撃ち出された。
パォン パォン
触手が、黒い女の身体を繭のように包み込む。
ドパッ ドパァアアン
爆炎が広がり、衝撃波が広がる。
(く、う……っ)
僕は慌てて姿勢を低くして、その爆風に耐えた。
パォン パォン
その間も、『闇の子』は『紫の光線』を撃ち続けて、何度も爆発を起こし続ける。
――それは20秒以上も続いた。
そして、
「さぁ、2人とも仕上げだよ?」
黒い子供は、優しく言う。
その瞬間、『黒鉄の魔人』と『純白の翼竜』は大きく咆哮しながら、その全身を紫色に輝かせる。
闇のオーラ。
その悪魔の魔力を、まるで炎のようにまとう。
(あれは……!)
あの姿は、何度か見ている。
魔物となった人たちがあの技を出す時は、いつも最期を迎える直前ばかりだった。
そして2人は、
ズダン ヒュゴオ
紫炎をまとったまま、爆炎の向こうにいる『闇の女』めがけて突進し、飛翔した。
「――ま、待って!」
思わず、2人に手を伸ばして叫んだ。
でも、届かない。
声も、この小さな指も。
そして、その伸ばした指の向こう側で、『闇の女』に接敵したであろう2人の闇のオーラが、一瞬消え、そして次の瞬間、一気に膨張した。
「いかん、伏せよ!」
キルトさんが叫ぶ。
イルティミナさんは慌てて、地面に伏せる。
ソルティスは咄嗟のことに戸惑い、少し離れたコロンチュードさんは、2本の魔法の杖を光らせて、紅い神文字を生みだした。
ポーちゃんは幼い口を限界まで開き、
「ポォオオオオオオ!」
凄まじい声量の雄叫びを響かせる。
僕ら全員の身体が、神術の紅い結界に包まれ、神龍の雄叫びに守られた――その瞬間、
ドッパァアアアアアン
紫炎が爆発した。
(っっっ)
僕の青い瞳は、結界越しに世界に紫炎が広がっていくのを見つめる。
それは大地を焼き、植物を焼いた。
建物が融解する。
そして巨大な『聖神樹』の幹が砕けて、大地へと転がった。
ズ、ズゥウン
地震のような地響き。
やがて、爆風が炎を払っていく。
最後に残されたのは、黒く焼け焦げた大地の巨大クレーターと、そこに紫の残り火だけが燃える地獄のような光景だった。
「…………」
ヴェガ国の冒険者、クワイガさんとウォーナックさんの姿はどこにもない。
自爆。
かつて、アルン神皇国のコキュード地区で、『飛竜の女』が見せたのと同じ行動だった。
(~~~~)
胸が焼ける。
後悔、悔しさ、怒り、悲しみ……色々な感情が溢れ返っている。
そして、
「……やはり、しぶといね」
僕の視線の先にある、黒い子供の背中が呟いた。
あれだけの爆炎の中でも生き延びている。
それが『闇の子』だ。
そして、その漆黒の瞳が向けられるクレーター上空の空中にも、同じ存在がいた。
全ての触手を失った『闇の女』だ。
その表面の皮膚が所々、溶けていて、とてつもなく醜悪な形相となっている。
『グ、ギ……グギャアアオ!』
女は吠えた。
頬の肉を溶かし、そこから、無数の小さな触手を蠢かせながら。
皆が、その圧力を感じていた。
恐ろしい怒気。
その凄まじい重圧が、まるで目に見えない物質のように僕らへと圧し掛かってくる。
だけど、
(…………)
メキッ
溢れる感情が、それを上回った。
「さぁ、お膳立ては済んだよ? あとは任せるからね」
笑う黒い子供。
あぁ、いいだろう……見せてあげるよ。
「神武具……」
僕は、静かに呼びかけた。
背中にあった金属の翼が砕けて、光の粒子に変わる。
それは、渦を巻きながら、僕の肉体を包み込んだ。
ギギィイン
生み出される虹色の外骨格。
『狗』を模した全身鎧。
神武具によって、『神狗』の力を最大限に発揮する『究極神体モード』だ。
力が溢れる。
狗の兜を、僕は上向ける。
ヴォン
そこに創られた瞳が青い輝きを放ち、上空にある『闇の女』を睨んだ。
『……っっ』
醜悪な女の顔が、一瞬、怯えた。
そして次の瞬間、身を翻し、こちらに背を向けて遠ざかり始める。
――逃げた?
「いかん!」
キルトさんが叫んだ。
「ここで奴を逃がせば、消耗から回復されるぞ。そうなれば、こちらの勝機は薄い!」
「…………」
そうか。
そうだね。
メキッ
鋭い爪の生えた僕の虹色の鎧の手は、『闇の子』の腕を掴んだ。
「僕を運べ」
そう命じた。
『闇の子』は酷く驚いた顔をする。
すぐに苦笑して、
「いいよ、最後は本当の共闘と行こうか」
と笑った。
彼の内側に魔力が集まり、その背中に左右2対、計4枚の漆黒の翼が生えた。
バサリッ
羽ばたく黒い身体が、上空へと浮き上がる。
当然、腕を掴んだ僕も一緒に。
「マール!」
イルティミナさんが、慌てたように僕を呼んだ。
一瞬だけ、そちらを見る。
「すぐ帰るよ」
少しだけ心を柔らかくして、そう伝えた。
でも、すぐに溢れてくる激情に心が満たされていく。
「――行け」
僕の声に応じて、漆黒の翼を広げた『闇の子』は、逃げた『闇の女』を追いかける。
…………。
『神気』が、凄まじい勢いで減っていく。
限界まで、あと10秒。
「――見えたよ」
空を飛ぶ『闇の子』が言った。
神武具の伝える映像は、兜の向こう側にある空に、小さな点のような『闇の女』の姿を映していた。
あと7秒。
映像を拡大。
醜悪な顔がこちらを振り返り、恐怖に染まっていた。
(…………)
もし復活したばかりで弱ってなかったら?
もし『闇の子』との戦いで消耗しなかったら?
もし、こちらに空を飛ぶ手段がなかったら?
あの闇より生まれた生命は、生き延びることができたんだろう。
(でも……)
あと5秒。
僕は、『闇の子』の背中に足をかけた。
「ありがとう。最後に負担をかけるよ」
そう囁く。
彼は驚いたように、こちらを見た。
「君に礼を言われるなんてね。嬉しいよ、マール」
そう笑顔を浮かべる。
あと3秒。
僕は、それ以上答えずに、小さな背中にかけた足に力を込めた。
タンッ
軽い跳躍。
けれど、『闇の子』の背中は爪で抉られ、大きくひしゃげた。
衝撃で、黒い羽根たちが舞う。
同時に僕は、
ヒュオン カシッ
瞬間移動のような速度で、『闇の女』に追いつき、その頭部を掴んでいた。
あと1秒。
『~~~~』
恐怖に引きつる醜い悪魔の顔。
そこに、
「……さよなら」
小さく憐れみを込めて囁き、同時に、掴んだ右手に力を込めた。
パンッ
水風船が割れるように、手のひらに軽い衝撃があった。
鋭い爪のある指は、悍ましい『悪魔の欠片』の頭部を破壊し、破裂させた。
全身が細い触手になってほどけ、そのまま、紫色の魔力となって、大気に溶けて消えていく。
そして、0秒。
僕の全身を包んでいた鎧が消滅した。
搾りカスのように残った『神気』をかき集めて、『神武具』の翼を生やして滑空する。
「…………」
あぁ……風が気持ちいい。
上空からは、焼けた大地とクレーター、そして倒れた『聖神樹』の姿がはっきりとわかる。
そして、そこに集まる大切な仲間たちの姿も。
こちらに手を振っている。
…………。
力を使いすぎたからかな? 何だか眠くなってしまった。
(……帰ろう、みんなのところへ)
早く。
早く……。
そう願いながら、僕は青い空を滑空しながら、少しずつ降下をしていった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




