211・双子の魔
第211話になります。
よろしくお願いします。
地上に落ちた2本の『悪魔の指』たちは、その形を変形させていく。
肉や血管、皮膚片などが膨張し、収縮し、融合し、やがてそれは、赤黒い肉でできた『人の形』を取り始めた。
ドクン ドクン
脈動に合わせ、血肉が動く。
「――先制攻撃じゃ!」
強張っていた僕の耳に、キルトさんの叫びが届く。
(!)
シュムリアの誇る『金印の魔狩人』は誰よりも早く、2つの『悪魔の欠片』へと突進し、襲いかかっていた。
そうだ!
僕らは、そのためにここに来たんだ!
(アイツらを倒す!)
タタンッ
キルトさんの声に反応して、イルティミナさん、ポーちゃんも走りだしていた。
1拍遅れて、僕も走る。
(2人ともさすがだね)
その反応の速さに、戦士としての習熟度の差を感じる。
そんな3人の背中を見ながら、
「神気開放!」
バチチッ
僕は大いなる力を開放し、獣耳と尻尾を生やした。
同じように、ポーちゃんも竜角と尻尾を生やして、『神体モード』になっている。
グン
僕らの速度が上がる。
キルトさんを追い抜く。
「右を狙え、マール! 左は『闇の子』、そなたらに任せたぞ!」
キルトさんの指示。
『闇の子』は驚いた顔をして、
「わかったよ」
苦笑しながら、『金印の冒険者』だという2人の獣人と共に、左の『悪魔の欠片』へと襲いかかっていった。
(今だけは信じるからな!)
複雑な感情を押し殺して、僕の心は『闇の子』に叫ぶ。
そして、
「神武具!」
手にした『妖精の剣』に虹色の粒子をまとわせて、『虹色の鉈剣』を創りだす。
それを上段に構えて、跳躍する。
タンッ
「やぁ!」
手加減抜きの全力の振り落とし斬り。
ヒュオッ
だというのに、『赤黒い肉人形』は、あっさりそれを横にかわす。
(速い!?)
驚愕する僕。
けれど、その瞬間、
ドゴンッ
よけた横っ腹に、ポーちゃんの『神龍の拳』が突き刺さった。
龍鱗に包まれた拳は、神気で白く光っている。
ドパァアン
悪魔の肉が大きくたわみ、弾け飛んだ。
(やった!)
たたらを踏む『肉人形』。
キルトさんとイルティミナさんが、そこへと同時に襲いかかる。
「鬼剣・雷光斬!」
バヂィイイン
「シィッ!」
ヒュボッ
『雷の大剣』が振り下ろされ、『白翼の槍』が神速の刺突を放つ――2人の『金印の魔狩人』による同時攻撃だ。
けれど、
ガシィイ
(!?)
『肉人形』の右手は焼け爛れながら『雷の大剣』を受け止め、左手はしっかりと槍の刃を握り止めていた。
(嘘でしょ!?)
同時攻撃が防がれた!
ありえない光景に、僕は唖然だ。
「ぬ!?」
「く……っ!」
ギッ ギシシッ
まるで力比べのように押し合う。
その間に、『肉人形』の形態が少しずつ変化する。
体格が2メード近くに伸びる。
体表が黒い皮膚に覆われる。
漆黒の長い毛が、頭部から生えてくる。
現れたのは、20代半ばほどと思われる黒髪黒肌の青年だった。
(…………)
思わず、呆けた。
『第4の闇の子』とでもいうべきか、その青年は左右の手を捻る。
ブォオン
軽い動作なのに、キルトさんとイルティミナさんの2人とも、10メード近く放り投げられた。
「ちぃっ!」
「くっ!」
空中で回転し、2人は体勢を直して着地する。
僕、ポーちゃん、キルトさん、イルティミナさん、4人に囲まれる十文字の中心に、奴は立っている。
(……す、凄い『圧』だ!)
ビリリッ
肌が泡立つ。
これが、『悪魔の欠片』。
ただ立っているだけなのに、もう迂闊には踏み込めない気配だ。
と、
ボコ ボコン
奴の足元の地面が、大きく膨らんだ。
そこから、土と石でできた蛇が飛び出してくる。
ギュルル
それは、闇色の足へと絡みついた。
「今です、コロンチュード様!」
叫ぶソルティスの大杖が、魔法石を輝かせながらこちらに向けられていた。
そして、その奥では、
「……オッケ」
玩具みたいな魔法の杖を、指揮者のように振り上げているコロンチュードさん。
いつも眠そうなその目が、今は大きく開かれている。
その杖の先には、空中にタナトス魔法文字が光り輝いていて、
「永久なる消滅を。――アル・ダ・ラー・ヴァルフレア・ヴァードゥ」
その唇が呪文を紡ぐ。
次の瞬間、タナトス魔法文字は、真っ白な炎の鳥へと変身した。
神々しい炎の光。
その残滓を振り撒きながら、『白き炎の神鳥』は羽ばたいて、足を拘束されて動けない『第4の闇の子』へと上空から激突する。
ボボォオン
(うわあっ!?)
吹き荒れる熱波。
白い炎に触れた大地が、一瞬で蒸発した。
『白き炎の神鳥』は、その内側に漆黒の青年を宿しながら、甲高く鳴いた。
ジュォオオッ
空気が、大地が焼け、消滅していく。
そして、
「……嘘でしょ?」
少女が呟いた。
『白き炎の神鳥』の中でも、『第4の闇の子』は平然としていた。
その全身に、紫の光をまとっている。
闇のオーラ。
青年は、悪魔の魔力を宿した両手を、左右へと振った。
ドパァアアン
(!)
『白き炎の神鳥』の炎の肉体が斬り裂かれ、粉々に砕け散った。
散った炎は、無念の灯のように瞬いて、やがて消えていく。
「……ありゃあ……」
コロンチュードさんも、ちょっと呆然と呟いた。
(なんて奴だ……)
シュムリアの誇る『金印』3人の攻撃が通じていない。
こんなことがあるなんて……。
(いったい、どうしたら?)
僕は、次の手に迷ってしまう。
と、
「攻めるのみ」
ポーちゃんが、いや『神龍ナーガイア』が無機質な声で告げた。
僕は、その横顔を見る。
彼女は言った。
「相手は、まだ復活したばかりで弱っている。今が好機」
(弱ってる……これで?)
「向こうも余裕はない。時間を与えるのは愚策。猶予を与えれば与えるほど、こちらは不利になる」
…………。
ポーちゃんの水色の瞳が、僕の青い瞳を見た。
「信じて、マール」
驚いたことに感情のこもった声だった。
(ナーガイア……)
その意志に、胸が熱くなる。
「うん」
僕は大きく頷いた。
そして、『虹色の鉈剣』を解除して、背中に金属でできた『虹色の翼』を形成する。
ヒュン
左手で、『マールの牙・弐号』を抜いた。
二刀流。
(これで、徹底的に攻めて、攻めて、攻めまくってやる!)
覚悟を決める。
その僕の姿に、キルトさんとイルティミナさんも何かを感じたようだ。
「ふむ」
「やりましょう」
2人は頷いて、それぞれの武器を構える。
バチチッ
ポーちゃんも、両拳を白く輝かせている。
コロンチュードさんは、大きく息を吐きだして、
「……支援に回るよ」
「は、はい」
ハイエルフさんの指示に、ソルティスは大きく返事をする。
『…………』
漆黒の大柄な青年は、白目のない黒い眼球で、四方を囲む僕らを見回した。
ジャリッ
僕らは、ゆっくりと間合いを詰める。
ゆっくりと呼吸する。
そして、4人の息がピタリと重なった。
瞬間、
(今!)
僕らは大地を蹴って、同時に襲いかかった。
◇◇◇◇◇◇◇
一方で、僕の頭の中には、もう1つの『悪魔の欠片』に立ち向かう『闇の子』たちの映像も伝わっていた。
「クワイガ、ウォーナック、まずは君たちに任せるよ」
「…………」
「…………」
黒い子供の声に、2人の獣人が前に歩きだす。
山羊の巻角を生やした巨漢のクワイガさん。
兎の耳を髪から伸ばした女性のウォーナックさん。
ボロ布を1枚まとっただけの2人は、まるで機械のように無表情のまま、目の前にいる血肉でできた『肉人形』へと近づいていく。
ガシャンッ
クワイガさんの手が、ボロ布の下から銀色に輝く金棒を取り出した。
それを躊躇なく、『肉人形』へと叩きつけようとする。
パァン
『肉人形』の手が霞むように動いて、振り下ろされた金棒を弾いた。
ほぼ同時に、
ドシュシュッ
その肉の蠢く胴体へと、3本の矢が突き刺さる。
『?』
驚いたように肉の顔が上がる。
その先には、いつの間にか、青く煌めく大弓を構えるウォーナックさんの姿があった。
素早く、次射の矢を装填する。
1度に3本。
それがつがえられ、引き絞られる。
ボヒュヒュッ
『肉人形』は横に動いて回避する。
ところが、その動きに合わせるようにして、その巨漢からは信じられない速さで動いた山羊角の獣人が、金棒を振り下ろした。
ドグチャッ
回避先で、『肉人形』の左腕が潰され、千切れる。
『…………』
ドシュシュッ
動きが止まった『肉人形』の頭部に、3本の矢が突き刺さった。
グラリ
肉の足がもつれる。
やがて、力をなくしたように、その人型をした肉の塊は、大地へとあお向けに倒れた。
2人の獣人は、停止する。
動かなくなった『悪魔の欠片』を見下ろして、
「――まだだよ?」
離れた位置にいた『闇の子』が呟いた。
瞬間、
ドパァアン
2人の獣人は、黒い何かに大きく跳ね飛ばされた。
空中で回転し、何とか着地。
その目の前で起き上がったのは、黒い女だった。
長い黒髪に黒い肌。
身長は2メードはあるほど大柄で、その背中からは3本の触手が生えていた。
ウネウネ
粘液に光った触手たちが、2人の獣人を弾いたんだ。
「さぁ、本番だよ」
闇の子供が三日月のように笑う。
それに、2人は頷いた。
ヴォオン
その身に刻まれた青い刺青が、強い光を放つ。
同時に、その肉体が変質していく。
山羊角を生やした巨漢の獣人・クワイガさんは、まるで鋼鉄のような黒い皮膚に全身が包まれた。
その額からは真っ直ぐな2本角が生え、眼球以外には、鼻も口も消失している。
そして、その関節部の切れ目は真っ赤に輝き、動くたびに、そこから灼熱の炎が噴き出していた。
――まるで『黒鉄の魔人』だ。
もう一方、兎の耳を生やした女性のウォーナックさんは、全身が真っ白な羽毛に包まれ、その両腕が巨大な翼に変化していた。
その足には、鋭く大きな鉤爪が伸びている。
そして美しかった頭部は、恐ろしい竜のそれへと変わっていた。
――まるで『純白の翼竜』だ。
2人の『金印の冒険者』たちは、恐ろしい魔物へと変身した。
ズン
『黒鉄の魔人』が1歩を踏み出し、足下の大地が沈む。
ズンズン
触手を生やした『悪魔の欠片』である黒髪美女へと接近する。
ビュン
触手が消えるような速さで動いた。
パァン
『!』
黒い女の顔に、驚きが浮かぶ。
触手に弾かれたはずの『黒鉄の魔人』は、微動だにしていなかった。
グワッ
握られた黒鉄の拳が振り上げられる。
関節部からは、炎が吹いている。
それが振り落とされた。
ドパァアン
受け止めようとした触手が、衝撃で千切れ飛んだ。
『……っ』
黒髪が乱れ、女の表情が苦痛に歪む。
ズン
更に1歩前進して、『黒鉄の魔人』は、また拳を振り被った。
『!』
タンッ
『闇の女』は堪らず、後方へと跳躍して距離を取る――つもりだった。
跳躍した途端、純白の輝きが走った。
『!?』
ガヒュッ
慌てて、空中で身を捻った途端、背中の触手がまた1本、千切れた。
無様に墜落する。
上げられた女の顔の先には、空中に浮かんでいる『純白の翼竜』がいた。
その口に、ビチビチと暴れる触手が咥えられている。
ブチン
触手が噛み千切られ、『闇の女』の目の前の地面へと落とされた。
ズン ズン
地上からは『黒鉄の魔人』が接近してくる。
空からは『純白の翼竜』が狙っている。
『…………』
『闇の女』は立ち上がった。
その口元には、赤い三日月のような笑みが浮かんでいた。
遠く離れて、『闇の子』がそれを見ていた。
「……2人とも、もう少し粘ってよね」
懇願するような口調。
そして、その闇の視線は、ゆっくりと別の方向へと向けられる。
その先にいるのは、もう1人の『闇の青年』へと4方向から同時に襲いかかる僕らの姿だった。
◇◇◇◇◇◇◇
「はぁあっ!」
僕は、手にした『妖精の剣』を振り下ろす。
「ぬん!」
同時に、右からはキルトさんが『雷の大剣』を斬り上げて、
「シィッ!」
左からはイルティミナさんの『白翼の槍』が突き出され、
「ふっ!」
対面からはポーちゃんの白く輝く『龍鱗の拳』が襲いかかった。
4方向からの同時攻撃。
それに対して、『闇の青年』は紫色に輝く両手を左右に突き出して、キルトさんとイルティミナさんの攻撃を受け止める。
バヂッ ギシィイッ
2人の攻撃が防がれた。
でも、
(僕とポーちゃんの攻撃は当たる!)
そう確信する。
その瞬間だった。
ギュボッ
青年の黒い脇腹から、更に2本の手が生えた。
(!?)
それは、紫色の光をまといながら、驚く僕の剣とポーちゃんの拳を受け止める。
ガシッ パァン
僕らの攻撃も防がれた。
(嘘だろ?)
4人とも唖然となった。
――いや、まだだ!
アークインの感情に弾かれて、僕は、左手に持っていた『マールの牙・弐号』を振り抜く。
ヒュコン
『妖精の剣』の美しい刃を捕らえていた手を、手首から斬り落とす。
『!』
『闇の青年』の顔に、苦痛が浮かんだ。
(今だ!)
自由になった剣で、改めて奴の首を狙う。
と、斬り落とされた手首から、新しい黒い手が生えてきた。
「っっ」
ガキィン
黒い爪が、妖精鉄の刃を弾く。
凄まじい衝撃に、僕の剣は跳ね上がった。
そして、そのがら空きになった胴体めがけて、白い槍ごと振り回されたイルティミナさんの身体が投げつけられる。
(うわ!?)
ドカッ
よける間もない。
「うぐっ!」
「かはっ!」
僕らは、もんどり打って地面に転がった。
かなりの衝撃。
すぐに動けない僕を、イルティミナさんが慌てて抱きかかえる。
「す、すみません、マール!」
「だ、大丈夫」
必死に息を吸いながら、何とか答える。
その間に、『闇の青年』はキルトさん、ポーちゃんと力比べをしていた。
ギギギッ
「ぬぅうう……っ!」
「っっ」
さすがキルトさん。
『闇の青年』の腕力にも負けていない。
ポーちゃんも、その小さな身体からは信じられないパワーを秘めているのか、キルトさんと同じように互角に力比べをしていた。
と、先ほどまで僕とイルティミナさんに向けられていた黒い手が、その2人へと向けられる。
ヒィイン
その手の中で、紫色の火球のようなものが生まれる。
「!」
気づいたポーちゃんは、腰を回転させ、鋭い蹴りを放った。
パンッ
紫の火球を灯した手が弾かれる。
衝撃で、紫の火球は放物線を描いて、30メードは離れた『聖神樹』へと飛んでいく。
――着弾。
そして、
ドゴォオオンン
「!?」
凄まじい紫の爆炎が広がった。
巨大な『聖神樹』の幹が揺らされて、頭上から大きな枝が砕けて落ちてくる。
ガシャ ガシャアン
「マール!」
イルティミナさんは、僕を抱えて跳躍する。
ガシャアアン
僕らがいた場所にも、10メード以上はある大きな結晶の枝が落ちてきて、粉々に砕けた。
(あ、危ない……っ)
背筋に冷たいものが流れる。
「ぬん!」
キルトさんは、一瞬だけ脱力して、相手の体勢を崩し、その隙に『雷の大剣』を黒い手から外した。
即、横薙ぎの一撃。
ヒュボッ
それは後方に跳躍した『闇の青年』に、あっさりと回避される。
『…………』
キルトさんに向けられていた手には、紫の火球が残ったままだ。
…………。
(あれを撃たれたら、まずい)
本当にとんでもない威力だった。
近くに着弾したら、直撃していなくても爆炎に巻き込まれてやられてしまう。
(もう一度、一気に攻めて撃たせないようにしないと!)
僕は姿勢を低くする。
みんなも同じことを考えていたのか、すぐに飛びかかれる体勢になっていた。
と、
『…………』
『闇の青年』は、残った3本の手を広げた。
ポッ ポッ ポッ
その手のひらに、紫の火球が生まれる。
ポッ ポポッ ポポポッ
そして、その周囲にも、同じように野球ボールほどの大きさの火球が次々と生まれていった。
「え……?」
呆然となる僕らの顔を、紫色の光たちが照らす。
その数、数百。
あのとんでもない威力の紫色の火球が、僕らの周囲を埋め尽くすほど大量に、空中に生みだされていたんだ。
(そんな……)
回避なんて、とてもできない。
絶望に染まった僕らの顔色。
そんな僕らに向けて、悪魔の力を宿した『闇の青年』は、赤い三日月のような笑みを浮かべていた――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




