208・聖神樹を目指して
第208話になります。
よろしくお願いします。
翌朝、僕ら6人とアーノルドさんは、王宮殿の前で『獣車』に乗った。
「どうか、ご武運を」
見送りをしてくれるのは、シャマーン陛下と10人ほどの貴族さん、そして、近衛兵の皆さんのみだ。
(この人たちは、信じていいんだね)
窓から手を振りながら、僕は、そう思った。
昨晩の襲撃の首謀者である貴族は、実行犯たちを尋問した結果、すぐに捕らえられたそうだ。
「おかげで、俺は徹夜だ」
アーノルドさんは苦笑して、そう嘆息した。
また更に黒幕がいないか、仲間の貴族たちがいないかは、僕らがいない間に、シャマーン陛下が調べてくれることになっている。
とりあえずは、これで一件落着。
(……でも、やれやれだ)
僕らは、悪魔と戦うために、海を渡ってこの国に来たんだ。
それなのに、まさか人を相手にすることになるなんて……。
少しだけやるせなかった。
そんな僕らを乗せた『獣車』は、王宮殿をあとにする。
「はっ」
ピシッ
御者席に座るアーノルドさんが、釣り竿のようなしなる棒で、象のような獣のお尻を叩いている。
ガラン ガラン
獣の首にある鐘が鈍い音を鳴らして、車両は進む。
王宮殿の前には、相変わらず、『聖神樹』をまた削らせろ、とデモをしている獣人さんたちが集まっていた。
(…………)
この人たちは真実を知らない。
もし知ったら、デモをやめてくれるのかな? それとも……?
ガラン ガラン
獣車は、デモの人たちを残して、ヴェガ国首都カランカの通りへと進んでいく。
水路と街路樹に挟まれた道だ。
その奥には、白い石と黄金の建物たちが並ぶ。
通りには、朝だというのに、たくさんの獣人さんの姿も見えている。
異国情緒たっぷりだ。
「……観光したかったなぁ」
思わず、ポツリと本音がこぼれた。
みんなの視線が集まる。
「そうじゃな」
キルトさんは苦笑する。
ソルティスは呆れた顔で、
「今は、そんな場合じゃないでしょ? ……ったく、馬鹿マールなんだから」
と唇を尖らせた。
「…………」
「…………」
コロンチュードさんとポーちゃんは、何も答えずに、また外の景色を眺めだした。
「マール」
イルティミナさんの白い指が、僕の髪を慰めるように撫でてくる。
「落ち着いたら、いつか、またみんなで訪れましょう」
「うん」
そうだね。
「その時は、俺が案内してやるぞ」
アーノルドさんも、そう獣の牙を見せながら笑ってくれた。
ガラン ガラン
そんな僕らを乗せて、獣車は進む。
――純白と黄金の都。
その美しい街をあとにして、僕らは一路、『聖神樹』を目指した。
◇◇◇◇◇◇◇
出発から数時間が経った。
窓の外は、見渡す限り、一面の草原だ。
そこに造られた土が剥き出しの街道を、僕らの獣車は進んでいく。
ガラン ガラン
首都の近くでは、すれ違う車両も多かったけれど、今では、それもなくなり、街道にあるのは僕らの車両だけになっていた。
「シュムリアと比べたら、ヴェガは人口自体が少ないからね」
とは、物知り少女ソルティスの言葉。
(そうなんだ?)
地平の果てまで見える草原。
そこにポツポツと木が生えていて、遠くには、動物たちの姿も見えている。
ちょっと、のどかな空気。
と、その時、
♪~~~♪~~~♪
(ん?)
なんだか不思議な音色が聞こえてきた。
動物の鳴き声?
それにしてはあまりに綺麗な旋律で、美しい歌声のように感じる。
他のみんなも気づいた。
「ハーピーの歌声か?」
キルトさんが呟く。
(ハーピー?)
前世知識によると、鳥の魔物だ。
アーノルドさんが、縦長の瞳孔の瞳を細めて、遠くにある1本の木を指差す。
「あそこだな」
周辺で、一番大きな木だ。
その枝に、人間サイズの巨大な鳥たちが10羽近く、とまっている。
(わ……人面鳥だ!)
その鳥たちは、なんと全部、驚いたことに人間の女の人の顔をしていた。
しかも全員、美人さん。
胸部には、羽毛に包まれた2つの乳房も膨らんでいる。
ハーピーだという彼女たちは、長く艶やかな髪を揺らして、長い喉を晒しながら、草原に歌声を響かせていた。
(……綺麗な声だなぁ)
思わず、聞き入ってしまう。
と、
「見た目に騙されてはいけませんよ、マール?」
ん?
「あれは、『腐肉喰らい』です」
(……腐肉喰らい?)
キョトンとなる僕に、イルティミナさんが教えてくれる。
ハーピーは、肉食の魔物だ。
自分たちより小型の生物を集団で襲うことはもちろん、それ以外にも、他の魔物や動物が食べ残した『腐った肉』を食べたりもするのだそうだ。
(…………)
あの綺麗な顔で……?
想像したら、微妙な気持ちになった。
アーノルドさんが笑う。
「別名、『草原の掃除屋』ともいうな」
「…………」
「近づけばわかるが、相当に腐敗臭がするぞ。それから、あの美しい容姿と歌声に騙されて近づき、その胃袋に収まった人型種の男も大勢いるそうだ」
……そ、そうなんだ?
コロンチュードさんは、眠そうな声で言う。
「……顔は人……でも、中身は魔物」
「…………」
「……マールも、気をつけて?」
「う、うん」
僕は、神妙に頷いた。
ふと気づけば、歌声が止んでいた。
見れば、樹上のハーピーたちは、街道を進んでいる獣車の方を――その中にいる僕らを、一斉に見ていた。
(…………)
無表情の美しい女の貌たち。
あ、そうか。
(あの歌声は、僕らを誘き寄せるためのものだったんだね?)
そう気づく。
……恐ろしいなぁ。
美女の顔をしているけれど、その本質は、やはり魔物なんだ。
ガランガラン
鐘の音を響かせ、獣車は歩む。
遠くから見つめてくる魔物の視線を浴びながら、僕らは、草原の街道を進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
草原の先にあったのは、熱帯雨林だった。
湿気のある空気。
ぬかるんだ大地。
蔦の多い植物の楽園には、大きな虫型の魔物もたくさんいた。
(き、気持ち悪いなぁ)
1メードくらいの蜘蛛が、樹上から『獣車』の屋根に落ちてきた時は、さすがに怖気が走ったよ。
キルトさんたちの活躍でそれらを退けて、熱帯雨林を抜けた先にあったのは、またガラッと環境の変わった荒野だった。
乾燥した土と風。
黄土色の地面からは、サボテンのような植物が生えている。
大きなネズミみたいな魔物が大地を走り、それを地面の下から飛び出したムカデみたいな魔物が捕らえ、メキョメキョと食べていた。
それらを横目に、街道を進む。
「もうすぐ『魔獣の渓谷』だ」
アーノルドさんが前方を見ながら、そう言った。
それは、僕らが首都カランカを出発してから、8日目の出来事だった。
◇◇◇◇◇◇◇
荒野の街道を外れて、荒れた大地を進む。
やがて、僕らは大きな渓谷の中へと飲み込まれた。
(わぁ……)
獣車の左右30メードほど先には、高さ50メードはある崖がせり上がっていた。
ちょうど崖に挟まれた状態。
僕らは、渓谷の底面を進んでいるようだ。
ガラン ガラン
『獣車』の鐘の音が反響している。
渓谷の底面には、柱のようなものが何本も生えていて、上空には、崖と崖の間を結ぶような岩の橋みたいなものが何本も伸びていた。
(ん……?)
その橋を見て、ふと気づいた。
あれは……、
「もしかして、骨?」
そう思った。
まるで蛇の骨のように背骨と肋骨のような形をしている。
(いや、でも……あんなサイズの蛇いる?)
崖と崖の間は、60~100メードはある。
そこに何回もかかるような長さの蛇って、ありえないと思うんだ。
僕の声で、皆も気づく。
「ほう……『大王種』の化石か?」
キルトさんが、とても驚いた声で言った。
大王種?
僕は、こういう時に頼りになるイルティミナ先生を見上げた。
視線に気づいた先生は、
「古代タナトス魔法王朝時代よりも昔に存在していたという、巨大な生物たちのことです」
と教えてくださった。
『大王種』が生存していたのは1000年以上昔で、現在は絶滅している。
それでも、タナトス時代の文献や、世界各地に化石などが残されていることで、その存在が証明された幻の巨大生物たちなのだそうだ。
物知り少女ソルティスも言う。
「『大王種』は、タナトス時代も、地上の覇権を巡って人類と争ったって話よ」
「へ~?」
そうなんだ?
「あとね、この渓谷にいるっていう『キメラ』たちも、実は、タナトス文明が『大王種』に対抗するために創った魔法生物兵器だって言われているわ」
なんと、そんな事実が。
アーノルドさんも少女の博識に「よく知ってるな」と感心した顔だ。
「あら? 私のこと、尊敬していいのよ?」
鼻高々のソルティスさん。
すぐ調子に乗るんだから……。
姉に「こら」と怒られ、ペチッとチョップを脳天に食らっている。あはは。
(でも、そんな巨大な生物もいたなんて)
体長数百メードから数キロの蛇の化石を見上げながら、僕は、そこに太古のロマンを感じてしまう。
チラッ
キルトさんを見る。
「キルトさんだったら、『大王種』も倒せる?」
「どうかの?」
銀髪の美女は、曖昧に笑った。
でも、倒せない、とは言わない。
(……凄いなぁ)
キルトさんの強さは、計り知れない。
船の上では、神龍ナーガイアに敗れたけれど、もし再戦したら、次はどうなるかわからないと僕は思っている。
実はキルトさん、みんなに内緒で特訓をしていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「マール、ちょっと良いかの?」
ある日の船の上での稽古後、キルトさんにそう呼び止められた。
ん? と思った僕に、
「そなたは、神気を飛ばすことはできるか?」
と聞かれたんだ。
もちろん『できない』と答えた。
彼女は「そうか」と残念そうだった。
理由を聞いたら、
「目に見えぬ神気を感じることができれば、その攻撃に対応することも可能と思うての」
「…………」
完全に、対神龍ナーガイア戦を想定してらっしゃる。
呆れる僕だったけれど、キルトさんは、僕の答えに考え込んでしまう。
そして、
「すまぬが、そなたの神気を感じさせてはもらえぬか?」
と頼まれた。
それから僕は、キルトさんに抱きしめられた。
その腕の中で、僕は『神気開放』する。
体内にマグマのような熱い力が流れていき、頭からはピンと立った獣耳が、お尻からはフサフサの尻尾が生えてくる。
パチッ パチッ
周囲には、神気の放散する白い火花が散った。
「ふぅむ」
僕の変化を、キルトさんは密着しながら感じていた。
…………。
僕もキルトさんの肉体を感じていた。
小柄なのに、大きくて弾力のある胸。
触れ合う熱い肌。
豊かな銀の髪はサラサラで、僕の身体を撫でている。
柑橘系の甘やかな匂い。
29歳の成熟した女性の肉体だった。
「ようわからんの」
耳元で、綺麗な声がそう呟いた。
…………。
「神体モードを解除して、もう一度、頼む」
それから僕は、3分の時間制限の限界まで、神体モードを繰り返した。
つまり、ずっと抱きしめられていた。
時間切れになると、
「ふむ。明日も頼むぞ」
と爽やかな笑顔で言われた。
そうして数日、みんなの目を盗んで、キルトさんの内緒の特訓は続いた。
数日後、
「なんとなく、わかってきたの」
そう言ったキルトさん。
白い指が、空中を触る。
パシッ
また別の空中へ動いて、
パシシッ
神気の放散する場所を、白い指は先回りして示していた。
神狗である僕にもわからないことを、この人はわかるようになってしまった……なんだ、この人? 本当に人間ですか? 僕の中のアークインもびっくりしてる。
驚く僕に、キルトさんは嬉しそうに笑っていた。
それから思い出したように、
「この特訓のこと、イルナには絶対に言うでないぞ?」
僕を抱きしめながら、キルトさんは今更、そう言ってきた。
言えるわけないよ……。
僕の答えに、キルトさんは安心したように息を吐いた。
それから、白い指が僕の髪を梳いて、
「それにしても、そなたは本当に抱き心地が良いの……。いつも抱き枕にするイルナの気持ちがわかるわ」
鼻先を、僕の首筋に埋めながら呟いた。
首に息が当たって、くすぐったい。
悶える僕に、キルトさんは、ちょっと楽しそうに笑っていた。
それから2人の秘密の稽古は、キルトさんが精度を高めたいということで、船がドル大陸に到着する日まで毎日続いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
思わず、回想に浸ってしまった僕は、
「マール? どうした?」
現在のキルトさんの声で我に返った。……あ。
思わず、見つめちゃったっけ。
「ううん」
内心を隠して、僕は答える。
キルトさんは、こちらを見つめたまま、豊かな銀髪を揺らして、不思議そうに首をかしげていた。
と、その時、
「おい、お前たち、出たぞ! お待ちかねの『キメラ』だ!」
前方のアーノルドさんから、警告が飛んできた。
(!)
空気が引き締まる。
みんな、それぞれの武器を手にして、戦闘態勢に入った。
黄金の瞳が僕を見て、
「行くぞ、マール!」
「うん!」
僕は美しい師匠に、大きな声で答えた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




