206・黄金の王宮殿2
第206話になります。
よろしくお願いします。
キルトさんは、重そうにソファーに腰を下ろした。
ドサッ
「ふぅ」
銀色の前髪を、少し乱暴にかき上げる。
控室に帰ってきたのは、彼女1人だった。
「アーノルドさんは?」
「事後処理じゃ」
キルトさんは言った。
「今回は、アルンの時とは違い、事前交渉のないぶっつけ本番の謁見であったからの。色々と問題が出た」
その声は、少し不機嫌そうだ。
イルティミナさんが問う。
「問題、ですか?」
「うむ。……正直、思った以上にややこしい事態になっておっての」
そう告げて、キルトさんは重く息を吐く。
それから顔を上げて、彼女は、謁見で何があったのかを僕らに教えてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
謁見の間に入って感じたのは、かなりの反感の視線だった。
大半は、周囲の貴族から。
ただ正面に座るヴェガ国国王シャマーン陛下は、高齢ながら、理性的な眼差しだったそうだ。
そこで最初に伝えられた言葉は、
「状況によっては、我がヴェガ国は、貴殿らに協力しない」
との通告だ。
(……は?)
僕は唖然となった。
いや、みんなもそうだ。
「悪魔が復活しそうなのに……それを阻止するのに、協力はしないってこと?」
少し声が震えた。
キルトさんは、顔をしかめながらも頷いた。
「そうじゃ」
「…………」
「ここからが、ややこしい本題での。――この国には、『聖神樹』というものがあるそうじゃ」
聖神樹?
ソルティスが思い出したように、
「王宮殿前で、デモ隊が叫んでた奴?」
と言った。
キルトさんは「うむ」と頷いた。
「わらわも初めて知ったがの。『聖神樹』とは、木のような形をした巨大な結晶なのだそうじゃ」
そうして説明された内容。
『聖神樹』とは、光り輝く結晶体。
それは大樹のように大地から生えており、その樹高は500メード、幹回りも同じぐらいのサイズがあるという。
(何それ……?)
とんでもない大きさだよ。
驚く僕とイルティミナさん。
ソルティスとコロンチュードさんは、好奇心にその瞳をキラキラと輝かせている。
ポーちゃんは1人、ポ~としたまま。
キルトさんは続けた。
「ヴェガ国から産出される良質の魔法石は、皆、その『聖神樹』という結晶を削り、それを加工して作られた物だそうじゃ」
(なんと……そんな秘密が?)
金持ちの国の天然資源、つまり、この国の豊かさの源なんだ?
またも驚く僕ら。
その前で、キルトさんは、まぶたを片手で押さえる。
重い声で、
「その聖神樹こそが、『悪魔封印の地』じゃった」
…………。
(え?)
意味がわからなかった。
キルトさんは言う。
「神の創りし封印の結晶。中に悪魔を封じた結晶を削り、このヴェガ国の人々は繁栄したのじゃ」
深いため息。
人間の罪深さを嘆くように、呆れるように、悲しむように、その声は消えていく。
(…………)
……嘘でしょ?
言葉の意味が理解できると同時に、僕は血の気が引いていた。
『闇の子』は言っていた。
ドル大陸にある『悪魔の封印』がやぶれかかっているって。
その封印は、1年も持たないだろうって。
本来、神々の施した封印は、半永久的に稼働するものだ。
その封印が弱まった原因は、
つまりそれは、
「……人間たちが……自分たちの繁栄のために、『封印の結晶』を削っていたから?」
その声は、遠く聞こえた。
……まるで自分の声じゃないみたいだった。
ガシガシ
キルトさんは、乱暴に銀髪をかき混ぜる。
「ヴェガ国政府は、シュムリア王家からの連絡を受けて、1ヶ月前より『聖神樹』の切削を停止し、立ち入りを禁じた。建前としては、『聖神樹』には倒壊の可能性があるとしてな」
「…………」
「じゃが、それはヴェガ国の主要産業じゃ」
そして、彼女は王宮殿の窓から、外を見る。
「結果、経済は混乱し始めた。事情を知らぬ者たちからは猛反発を受けている」
あ……。
(それで、デモが?)
王宮殿の前に集まった人たちは、魔法石産業に関わっていた人たちなんだ。
キルトさんは言った。
「貴族も同じじゃ」
「…………」
「この国の多くの民と貴族は、『聖神樹』のおかげで暮らし、また繁栄をしておる。その大本を断つ行為には、貴族連中も反発しておるのじゃ。まずは封印崩壊の真偽を確かめる調査を行い、その上で可能ならば、まだ切削を行いたいと」
「…………」
「だからこそ、状況によっては、わらわたちに協力しないとなったのじゃ」
そんな……。
(でも、そのままにしていたら……悪魔が復活しちゃうんだよ?)
僕は、唇を噛み締める。
カチリ
その時、何かが噛み合った気配がした。
「――愚か」
ポーちゃんだった。
ポーちゃんが、いや、神龍ナーガイアが珍しく感情を滲ませ、怒りの声を発していた。
「『神の封印』を破壊すれば、悪魔が復活して世界が滅ぶ。それを知ってなお『神の封印』を穢し続けるのならば、ポーは、もはや人には救う価値もないと判断する」
…………。
強い気配に、室内の空気が凍ったようだった。
「その通りじゃな」
キルトさんは頷いた。
「しかしの、希望もある」
「…………」
「シャマーン国王陛下は賢明な方じゃった。貴族連中を抑え、わらわたちに協力を約束してくれたのじゃ」
あ……。
雲間に光が差した気がした。
しかし、キルトさんの表情は晴れない。
「じゃが、それで貴族連中が黙っているかどうか。こちらの行動を邪魔するため、強硬手段に出る可能性も考えねばならぬ」
…………。
僕らの敵は、人を滅ぼす悪魔だ。
なのに、なぜ、助けるべき人から邪魔されなければいけないのか……。
(人は……本当に愚か、だね)
僕の心の中に、暗い闇が生まれた気がした。
300年前、人類に裏切られた記憶があるポーちゃんは、もっとその感情が強いかもしれない。
「マール……」
イルティミナさんが心配そうに僕を見つめている。
…………。
いけない。
人間全てが愚かなわけじゃない。
(……怒りの感情に飲まれちゃ駄目だ、マール)
僕は、大きく深呼吸。
と、その時だ。
コンコンコン
控室の扉がノックされ、ゆっくりと開いた。
入ってきたのは、アーノルドさんと王冠を被った高齢の獣人さんだった。
◇◇◇◇◇◇◇
(え……王冠?)
僕が気づいたのと同時に、キルトさんが席を立ち、床に膝をついた。
「シャマーン陛下」
頭を垂れる。
え? え?
(シャマーン陛下って……つまりヴェガ国の国王様!?)
ようやく理解した僕らは、慌てて、キルトさんに倣う。
ヴェガ国国王シャマーン陛下は、アーノルドさんと同じ、獅子のような獣人さんだった。
ただ手足は細くて、腰が曲がっている。
眉毛やあご髭も長くて、まるで仙人みたいだった。
「皆さん、どうか席にお戻りください」
温和な声。
彼は、僕ら1人1人の手を取って、立ち上がらせる。
温かな手だった。
そうして、立ち上がった僕ら6人を見回すと、
「愚息から話は聞きました。遠いシュムリアの地から、よくぞ参ってくださいました。感謝いたします」
そう頭を下げてくる。
うわ……一国の王様に、頭を下げられてしまった!?
慌てる僕。
イルティミナさんは「愚息?」と怪訝そうに呟く。
「俺だ」
アーノルドさんが親指で自分を示し、笑った。
…………。
(えぇええええ!?)
港町まで僕らを出迎えに来てくれたこの獣人さんは、まさかの王子様だったの!?
キルトさん以外、全員、目を丸くしてしまう。
「わらわも謁見で知った。驚いたぞ」
彼女は、そう苦笑する。
いやいやいや……だからって、王子様が出迎えって。
「ワタシの最も信頼する者を使いに出しました。それが、ワタシにできるせめてもの誠意でした」
シャマーン陛下が言う。
その声には、自国の抱える問題への深い苦悩が隠れていた。
彼は、ポーちゃんを見る。
「そちらのお嬢さんの言う通り、ワタシたちは愚かです」
「…………」
「『神の封印』を削ることの罪を知りながら、けれど、目の前で生まれる自国の繁栄という輝きに目を奪われ、それを今日まで止めることができなかった」
重い声だった。
「悪魔が復活すれば、世界は滅ぶ。それはわかっていました」
長い眉毛の下にある年老いた瞳は、悲しげに空中を見つめて、
「しかし、世界とは何でしょう?」
と続けた。
「人の感じる世界とは、この大いなる世界のことではなく、自身を取り巻く狭い環境のことなのです」
「…………」
「家族、友人、仕事、それらを守りながら生きることが人のできる行いであり、それこそが、その者にとっての世界の全て」
彼は、歳離れた息子であるアーノルドさんを見た。
アーノルドさんも父を見返す。
「魔法石産業は、もはやこの国の根幹事業です。そして、それを支えるのが『聖神樹』でした。だから貴方方に協力して、『聖神樹』を失うということは、その人々の暮らし全てが崩壊するのと同義」
「…………」
「悪魔が復活しなくても『聖神樹』の加護を失えば、ヴェガ国の経済は崩壊します。そして、おそらく他の6つ国から侵略を受けるでしょう。ワタシたちの国は、どちらにしても終わりを迎える。……そう、世界が終わるのです」
「…………」
「その決断をすることが、ワタシたちには、どうしてもできなかった」
そう苦しそうな声で告げる。
自分たちで、自分たちの破滅を受け入れることができなかったと、彼は懺悔するように教えてくれた。
(国の自殺……)
ふと、そう思った。
『聖神樹』を失うということは、きっとそういう意味なんだ。
だから、多くの人が反発する。
過ちを土台に築いてしまった繁栄を、けれどだからって、土台ごとひっくり返す決断は、できるものじゃない。
それが自分だけでなく、家族の命までかかっているのなら尚更だ。
(ややこしい事態……か)
最初にキルトさんの言った意味が、ようやくわかった。
世界を救って、ヴェガ国を滅ぼすか?
ヴェガ国を一時的に救って、結局、世界ごと滅ぼすか?
そういう話だ。
(…………)
僕は言った。
「それでも、僕たちに協力してください」
そうはっきりと。
みんな、驚いた顔をした。
でも、僕の青い瞳は国王様を見つめて、言葉を続ける。
「確かに、ヴェガ国の人たちには負担をかけることになります。だけど、それでも人々の命は残る。新しい可能性を探す道は、残されるんです」
ギュッ
小さな拳を握った。
「でも……悪魔が復活したら、その道もない」
「…………」
「どうかお願いします。僕らと共に、悪魔討伐に協力を!」
必死に訴えた。
そんな子供の僕の姿を、シャマーン陛下は、穏やかな視線で見つめていた。
そして、
「もちろんです、神狗殿」
と頷いてくれた。
(あ……)
安心する僕に、彼は、悲しげな微笑みを浮かべて、
「ワタシたちは罪の道を歩いてきました。しかし、それは自分たちの代までで良いでしょう。その報いは、ワタシたちが受け入れます。この先は苦難の道でしょうが、その光に向かう道を、息子たちの代には歩んでもらいたい」
そうアーノルドさんを優しく見つめた。
その声は、国王としてのものか、それとも父としてのものか、僕にはわからなかった。
「父上……」
彼は少し泣きそうな顔だった。
キルトさんは言う。
「シュムリア王国も、できる限りの支援は惜しみませぬ」
シャマーン陛下は頷いた。
「レクリア王女の書状にもありました。アルン神皇国にも働きかけ、ヴェガ国存続のために両国からの援助を約束すると」
レクリア王女が?
あの聡明な少女は、その『シュリアンの瞳』で全てを知ったのかもしれない。
その上で僕らには知らせずに、旅立たせたというのなら、きっとシャマーン陛下が協力するための手筈は整えていたということ。
それが援助の約束なんだ。
『――政治は自分の役目ですわ』
ふと、彼女がそう笑った気がした。
(レクリア王女……)
僕らは、1人じゃなかった。
それぞれが役目を果たして、そして今に繋がっている。
それを次の未来に繋げるために、
(今度は、僕らの番だ!)
僕は、強くそう思った。
コロンチュードさんが、眠そうな瞳でポーちゃんを見る。
「……ポー?」
「…………。罪を贖おうとするならば、ポーは見捨てない」
ポーちゃんは、いや神龍ナーガイアは、そう答えた。
イルティミナさんは頷いた。
ソルティスも『やれやれ』と肩を竦める。
キルトさんとアーノルドさんは、視線を交わして、頷き合った。
「神狗殿」
シャマーン陛下が、僕の手を握り締める。
毛に覆われ、けれど、肉が薄く骨ばった手だった。
年老いた獣人さん。
でも、それは思った以上に力強く、僕の手を握ってくる。
その強い覚悟が伝わってくる。
「どうか、その力で『聖神樹』に封じられた悪魔を倒してください」
澄んだ瞳が僕を見つめる。
「はい」
僕は大きく頷いて、大いなる決断をしたシャマーン陛下の手をしっかりと握り返した。
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