205・黄金の王宮殿1
第205話になります。
よろしくお願いします。
港町を出ると、目の前には、前世のアフリカのサバンナみたいな草原が広がっていた。
(広いなぁ)
地平線まで続く大草原。
所々に、枝葉が横に広がった木が生えていて、遠方には青く霞む山脈が見えている。
草原の中には、ポツポツと動物の姿もあった。
(ちょっと暑いな)
シュムリア王国は秋だけど、こちらは赤道に近いのか、夏みたいな気温だ。
ガランガラン
そんな中を、僕らの『獣車』は、象さんの鐘を鳴らしながら進んでいく。
と、そうして窓の外を眺めていた僕に、
「マール」
イルティミナさんが声をかけてきた。
ん?
「一応、確かめておきたいのですが」
「うん?」
「ラト、ウァ、カッグリンヴァ?」
…………。
(え? 何?)
イルティミナさんが突然、変な音を口走った。
「わかりましたか?」
「???」
?マークを頭上に浮かべる僕の表情を見て、彼女は「なるほど」と頷いた。
「今のは、ドル大陸の公用語です」
「えっ!?」
その衝撃の事実に、僕は驚いた。
そうか。
今まで僕らが喋っていたのは、アルバック共通語。つまり、アルバック大陸の言葉なんだ。
でも、ここはドル大陸。
(言葉が違うのは、当たり前だよね)
確か、前にイルティミナさんと言葉の勉強会をした時に、ドル大陸は昔1つの大きな獣人の国で、その時の言語が、今のドル大陸の公用語になっているんだって教わったっけ。
あと7つ国の各国によって、多少、訛りの違いはあるそうだけど。
(そっか~)
神狗アークインは、アルバック共通語は知っていた。
だから僕も、これまで会話で苦労したことはなかったんだ。
でも、
(さすがのアークインも、ドル大陸の公用語までは知らなかったんだね)
僕は、つい自分の右手を見つめてしまう。
そして、そのことを話すと、
「神魔戦争って、アルバック大陸を中心に起きたらしいからね~」
物知り少女が、そう教えてくれた。
(そうなんだ?)
「つまり、アークインも、アルバック大陸で戦ったってこと?」
「でしょうね」
ソルティスは頷いて、
「だから、アルドリア大森林に女神ヤーコウルを祀る塔があったんでしょ?」
と続けた。
そっか。
(じゃあ、アークインも、ドル大陸に来たのは初めてなんだね)
右手を見つめて、微笑んでしまう。
それから顔をあげて、隣のお姉さんを見る。
「イルティミナさんは、ドル大陸の公用語、話せるんだね?」
「少しだけ」
何でもできるお姉さんは、小さく微笑んだ。
「私だって、日常会話ぐらいなら喋れるわよ」
とソルティス。
コロンチュードさんを見ると、
「……私も、わかるよ……えっへん」
エルフらしからぬボリュームの胸を大きく反らして、答えてくれた。
ポーちゃんは、
「…………」
あ、水色の目を逸らされた。同士だ。
最後にキルトさんを見ると、
「まぁ、シュムリアを代表して、異国を訪れることも多いからの。……ムンパたちに無理矢理、覚えさせられたわ」
と、なんだか遠い目でおっしゃった。
そっか、みんな凄いね。
(あれ?)
でも、じゃあ今まで会話できていたってことは、
「アーノルドさんは、アルバック共通語が喋れるんですね?」
「もちろんだ」
彼は屈託なく笑った。
「言葉を知ることは、互いを知ることの第一歩だ。それが互いへの理解を深め、和平の道にも繋がる。だから、必死に学んだぞ」
(おぉ)
そういう姿勢は格好いいな、と思った。
「僕も覚えたいな、ドル大陸の公用語」
と呟く。
瞬間、イルティミナさんの顔に喜色が浮かんだ。
「では、また私と一緒に勉強をしましょうね!」
ギュッ
僕の両手を包み込むように握って、嬉しそうに提案してくれる。
ちょっと驚いたけど、僕は「うん」と頷いた。
そんな僕らに、みんなも笑った。
穏やかな空気に包まれたまま、そうして僕らの大草原を渡る旅は続いた――。
◇◇◇◇◇◇◇
港町を出発して3日目のお昼前、草原の彼方に、真っ白な城壁が見えた。
「あれが我が国の首都カランカだ」
アーノルドさんが教えてくれる。
(あれが……)
青い空と緑の大草原が広がる世界で、その真っ白な城壁は、とても異彩を放っていた。
白さの中に、金色の輝きがあるのは、やはり装飾に黄金が使われているからなのかな? 自国の豊かさを示すためかもしれないけれど、本当に贅沢なことだと思った。
1時間ほどして、『純白と黄金の都』に辿り着く。
大きな城門にも、ふんだんに黄金が使用されていて、とても豪華だった。
「……少し削っちゃ駄目かしら?」
ソルティスが、ボソ……ッと呟く。
こらこら。
カランカに入ると、目の前には大通りが真っ直ぐに伸びていた。
通りの左右には、水路が引かれている。
その外側には、たくさんのヤシの木やバオバブみたいな街路樹が植えられていた。
(ふ~ん?)
街中なのに、凄い自然が多い。
石造りの大きな街には、植物と水路がたくさん混在していた。
どこかで見たようなイメージ。
(あ!)
そうだ、ムンパさんの部屋だ。
僕らの『月光の風』のギルド長室も、水路や植物が人工物と共存していた。
(もしかしたら、獣人さんは、そういう環境が好きなのかな?)
ふと、そんな風に思った。
みんなも、興味深そうにヴェガ国首都カランカの様子を、窓から眺めていた。
「マール、あれを」
ん?
イルティミナさんに声をかけられ、見れば、彼女の白い指は前方を指差している。
(あ……)
少し丘になった場所に、『黄金の宮殿』があった。
「あそこが、我らがヴェガ国の国王シャマーン陛下のおわす王宮殿だ」
アーノルドさんが言う。
(あそこが、この国の中心なんだ)
太陽の光に、黄金の宮殿はキラキラと輝いている。
なんだか神々しい。
思わず魅入ってしまう僕らだったけれど、
「ん?」
その宮殿の手前、丘の麓辺りにたくさんの人が集まっているのが見えた。
なんだろう?
そこには、宮殿を守る壁があり、その門前に30人ぐらいの獣人の騎士さんが並んでいる。
そして、その騎士さんたちと向き合うようにして、民間人らしい獣人さんたちが、手に木製のプラカードや横断幕を掲げて、何か大声をあげていた。
でも、何を言っているのか、僕にはわからない。
(???)
僕は、イルティミナさんに訊ねた。
「あの人たち、なんて言ってるの?」
「そうですね……『〈聖神樹〉への道を直ちに開放しろ』、『利益を独占するな』……でしょうか」
……『聖神樹』?
聞きなれない単語に、キョトンとなる。
「聖神樹って何?」
「さぁ? 私にもわかりません」
イルティミナさんは、深緑色の美しい髪を揺らして、首をかしげている。
みんなも困惑した顔だ。
(よくわからないけれど、何かのデモが行われているみたいだね)
僕は、そう判断した。
そして、騎士さんたちが強引に道を作り、僕らの3台の獣車は、そのデモの人々の間を抜けるようにして進んでいく。
「…………」
敵意の視線が強い。
「デッガルト!」
「バーモ、ウ、ディガー!」
「ラグ、ラグル!」
大勢の人から、意味の分からない怒声がぶつけられる。
ちょっと身体が震えた。
と、イルティミナさんが僕とソルティスを、左右の腕で抱くようにしながら、
「大丈夫ですよ。今は、外の人たちと目を合わせないように」
「う、うん」
「わかったわ」
と注意してくれた。
見れば、コロンチュードさんも、ポーちゃんを抱き寄せて、その癖のある金髪を優しく撫でてやっている。
やがて、無事に門を抜ける。
門はすぐにしめられて、僕らの獣車は、丘の道を登っていく。
デモの人たちの姿と声は、後方へと小さくなっていった。
(……ほっ)
小さく安堵の息を吐く。
キルトさんが、物問いたげにアーノルドさんを見た。
彼は難しい顔で、
「詳しくは国王陛下から直接、聞いてくれ」
と言った。
そして、
「あの騒動と、今回のお前たちの来訪の目的は、全くの無関係というわけでもなくてな」
と付け加えた。
(え……?)
僕らの来訪の目的と、あのデモが無関係じゃない?
つい、イルティミナさん、ソルティスと顔を見合わせる。
キルトさんも驚いた顔をした。
でも、アーノルドさんはそれ以上、説明するつもりはないようだった。
「…………」
車内は、少しだけ微妙な空気に包まれた。
そして僕らの獣車は、すぐ目の前にある『黄金の宮殿』を目指して丘を登っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
ヴェガ国の国王様がいる王宮殿は、純白の石と黄金によって造られた神殿のような建物だった。
(……荘厳だねぇ)
獣車を降りた僕らは、アーノルドさんに先導されて、美しい柱の並んだ廊下を歩く。
廊下の左右には水路も造られていて、観葉植物も植えられていた。
柱の向こうには、噴水のある見事な中庭もある。
シュムリア王国やアルン神皇国とは、また違った趣の国家の中枢となる建物だった。
「ここで待っていてくれ」
案内されたのは、控室だ。
長いソファーには、美しい毛皮が敷かれていて、僕らはそこに腰かけた。
(フカフカ、モフモフだ~)
頬が緩み、その素晴らしい手触りを楽しんでしまう。
やがて、美しい犬獣人の給仕さんたちが、動物の角で作ったコップを僕らに渡して、そこに果実水を注いでくれる。
「ん、美味しい!」
暑い外から来たからか、冷やされた果実水の美味しさに、思わず声が出てしまった。
そんな僕に、給仕さんたちが優しく笑っている。
(あ……)
ち、ちょっと照れる。
ソルティスが少し呆れ気味に、
「あんまシュムリアの恥になるようなこと、するんじゃないわよ?」
「う、うん」
僕は素直に頷いた。
イルティミナさんやキルトさんは、そのやり取りに、また楽しそうに笑っていたけれど。
やがて、30分ほどでアーノルドさんが戻ってきた。
ただ、その獅子のような顔は、少し難しい表情をしていた。
(ん?)
「どうした?」
キルトさんたちも気づいたのだろう、そう問いかける。
彼は、僕ら6人を見回した。
「…………」
「…………」
「…………」
特に、僕とソルティスとポーちゃん、子供3人を見ている気がした。……はて?
やがて、獅子の獣人さんは言った。
「すまないが、国王に謁見するのは、代表者1人にして欲しい」
と。
僕らは顔を見合わせた。
キルトさんはアーノルドさんを見つめて、銀髪を揺らしながら首を傾ける。
「構わぬ。しかし、なぜじゃ?」
彼は少し沈黙する。
やがて、大きくため息をこぼして、
「我が国の恥を晒すことになりそうだ。できれば、子供たちには見せたくなくてな」
「…………」
「…………」
(恥……?)
キルトさんは何かに思い当たった顔をする。
「わかった」
頷いて、
「イルティミナ、こちらは任せた。謁見には、わらわが行ってくる」
「わかりました」
頼まれたイルティミナさんは、しっかりと頷いた。
席を立つキルトさん。
アーノルドさんが、申し訳なさそうに彼女を見つめた。
「すまないな」
「構わぬ」
キルトさんは笑っていた。
「ではの。そなたら、良い子で待っておれよ?」
銀髪の美女は、おどけたように片目を閉じて、僕らへと言い残すと、アーノルドさんと一緒に控室を出ていった。
パタン
…………。
扉が閉まった音がして、室内には沈黙が落ちる。
(いったい、どういうことなんだろう?)
困惑する僕。
すると、イルティミナさんが閉まった扉を見ながら、
「恐らく、謁見の場には、私たちに反感を持つ者たちもいるということなのでしょうね」
と口にした。
(え!?)
僕とソルティスは驚く。
つまり、そういう貴族さんたちもいる場に、キルトさんは1人で出向いたということ。
そこではきっと、反感や敵意の視線、言葉を向けられるだろう。
(キルトさん……)
彼女とアーノルドさんは、それらの悪意から、子供の僕らを守ろうとしてくれたんだ。
「キルト……」
ソルティスも、彼女の消えた扉を見つめている。
ポーちゃんもぼんやりした表情だけど、僕らと同じ方向を見ていた。
と、そんなポーちゃんの髪を、白い指が撫でる。
「……気にしない。……大人が子供を守るのは、当たり前……だから」
と、ハイエルフさん。
彼女の翡翠色の瞳は、とても優しく僕らを見つめる。
イルティミナさんも、美しい髪を揺らして、大きく頷いた。
「その通りです。今はキルトを信じて、待ちましょう」
…………。
「うん」
「そうね」
「…………(コクッ)」
僕ら3人の子供は、揃って頷きを返した。
そうして、キルトさんとアーノルドさんが立ち去ってから、2時間、彼女たちの帰りを待った。
やがて、
カチャッ
「――今、帰ったぞ」
あの美しい『金印の魔狩人』は、とても疲れた表情で控室へと戻ってきたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




