200・豪華な食事会
ついに200話になってしまいました!
ここまで『転生マールの冒険記』を読んで下さっている皆さん、本当にありがとうございました。
もしよかったら、この先もどうかお付き合いくださいね。
それでは第200話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
僕らの前に姿を現した、王国の第3王女であるレクリア王女。
その後ろには、5人の騎士が控えている。
(?)
いつもの女性の近衛騎士じゃない。
美しい銀色の鎧を身に着けた、見たことのない騎士さんだった。
右腰には、長剣。
左腰には、杖。
背中には、大きな盾。
首からは、鎖で繋がれた聖書が提げられている。
(なんだか独特な装備だね?)
全員、口元だけが見える兜を被っていて、先頭のリーダーらしい人は、どうやら女性みたいだった。
レクリア王女は、静かに微笑み、
「どうか彼を責めないでください、キルト・アマンデス。レイドルの提案を認めたのは、このわたくしでもありますの」
「はっ」
キルトさんは恭しく頭を下げる。
全てを見透かすような蒼と金のオッドアイの瞳は、戦った2人の女の人たちへも向けられる。
「2人も、どうか許して下さいね」
「はい」
「と、とんでもないっす」
イルティミナさんは落ちついて、アミューケルさんは慌てたように返事をした。
そして、王女の瞳は僕へも向いた。
「お久しぶりですね、マール様」
「はい」
「再会が遅くなってしまって、ごめんなさい。ですが、こうして、またマール様と会えて嬉しいですわ」
僕は頷いて、
「僕も、早くレクリア王女様に会いたくて仕方がなかったです」
と笑った。
レクリア王女は「まぁ」と驚き、イルティミナさんは愕然と僕の横顔を見る。
(え……?)
いやだって、早くこれからのことを話し合いたかったじゃないか。
戸惑う僕。
レクリア王女は、口元に手を当てて、
「ふふっ、マール様は本当に変わりませんわね」
と、なんだか楽しそうに笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
場の空気が落ち着いた頃、
「今回の件、上では相当に揉めていたようですね?」
と、キルトさんが訊ねた。
レクリア王女は頷いた。
「『闇の子』からのコンタクトは、完全に想定外でしたもの」
「…………」
「しかも、その内容は停戦と共闘。更には、ドル大陸で1年以内に悪魔が復活するという予言。皆、どこまで信じて良いのか、判断に困ったのですわ」
……そっか。
(まぁ、みんな、疑うのは当たり前だよね)
でも、
「……僕は、アイツが嫌いです」
小さく口にした。
みんなが、レクリア王女が呟く僕を見る。
僕は、顔をあげた。
「でも、あの時のアイツの言葉には、嘘は感じられなかった。少なくとも僕は、そこに真実を見ました」
そう断言する。
「…………」
全てを見抜く2色の瞳が、僕の顔を見つめる。
レクリア王女は、頷いた。
「マール様がそうおっしゃるなら、確かにそうなのでしょう」
「…………」
「ですが、それだけでは足りません。皆を納得させるには、もっと目に見える説得力が必要でした」
(説得力……?)
キルトさんが気づいて、問いかける。
「それが、先ほどのイルナとアミューケルの戦いですか?」
「はい」
レクリア王女は、微笑んだ。
「『闇の子』の言葉は、真実か判断できない。ならば、それが罠であっても食い破れる実力を示せば良い」
「…………」
「皆を説得するには、それが最善、最短の手だと判断しました」
な、なるほど。
「そして、そのためには、イルティミナ・ウォン、貴方の実力を示してもらう必要があったのです」
聡明な若き第3王女は、そうも続けた。
キルト・アマンデスの実力については、もはや誰も疑いを抱いていない。
しかし、まだ『金印』になったばかりのイルティミナさんは違う。
現状は、まだキルトさんのパーティー仲間。
肩を並べているとは言い難く、その実力を疑問視しているシュムリア上層部は、大勢いたのだそうだ。
(ちょっと悔しい……)
でも、当のイルティミナさんは
「まぁ、当然でしょうね」
その評価を、冷静に受け止めていた。
そして、その評価を覆すためにも、大切な『神狗』の護衛となる『金印の魔狩人』の実力を、きちんと皆に示す必要があったのだ。
レクリア王女は、水色の髪を揺らして、アミューケルさんを振り返る。
視線に気づいて、アミューケルさんは頷いた。
「認めるっすよ」
竜騎士の少女は、そう言った。
「少なくとも、この女は『銀印』のレベルじゃないっす。望まれるなら、大貴族の皆様にも証言するっすよ」
(……アミューケルさん)
疑いを持っていた1人であろうアミューケルさんの言葉に、イルティミナさんも少し驚いた顔をしていた。
少女の上司である青年も、言葉を重ねる。
「イルティミナ・ウォンの実力は、この目でも確認しました。今のアミューケルの言葉は、シュムリア竜騎隊の総意として進言いたします」
「そうですの」
レクリア王女は、満足そうに頷いた。
そして彼女は、背後に控える5人の騎士を振り返る。
「今の戦い、貴方方も見ましたわね?」
「はい」
先頭の女騎士さんが頷いた。
涼やかで落ち着いた声。
カシャッ
首から下げられた聖書に、鎧に包まれた指で触れて、
「見事な腕前でした。我ら『神殿騎士』一同は、その者が『金印』の誉れに相応しいと認めます」
と厳かに告げた。
(…………)
神殿騎士って……え?
(もしかして、シュムリア竜騎隊に匹敵するっていう、あの神殿騎士!?)
初めて王都に来た時に、イルティミナさんに教えられたのを覚えている。
シュムリア王家ではなく、聖シュリアン教会に所属する騎士団。
その強さは、王国最強とされるシュムリア竜騎隊と同じレベルとされ、あのキルトさんでさえ、集団戦では『勝てる』と断言できなかった騎士たちだ。
王国を支える二翼。
シュムリア竜騎隊と神殿騎士。
目の前にいる美しい銀色の鎧の5人は、その片翼となる存在だったのか。
「…………」
思わず、見つめる僕。
視線に気づいて、女騎士さんがこちらを見た。
ニコッ
(あ……)
兜から覗く口元が、柔らかく笑みを形作る。
神職者独特の静謐な気配、そして不思議な安心感が伝わってくる。
でも、その奥に、
(凄い落ち着いた『圧』を感じるよ)
まるで凪の海面。
ひとたび、そこに意志が宿ったら、荒れ狂う波として、僕など簡単に飲み込んでしまいそうだ。
これが神殿騎士か……。
「では、神殿騎士団、団長アーゼ・ムデルカ。大司教様や他の皆様には、貴方の方から証言を」
「はい、レクリア王女」
胸の聖書に触れながら、アーゼさんという名前らしい女騎士さんは一礼する。
(あ、そっか)
それを見て、気づいた。
女神シュリアン様の像には、4つの手があった。
その手にはそれぞれ、
剣。
杖。
盾。
聖書。
が握られている。
神殿騎士さんの装備は、それに由来しているんだね。
そうして、イルティミナさんの実力がシュムリア竜騎隊、神殿騎士の両方に認められたことに、レクリア王女は満足そうに微笑んだ。
「ふふっ、実に結構ですわ」
うんうん。
僕も、イルティミナさんが認められて、ちょっと誇らしい。
ニコニコと隣のお姉さんを見上げる。
それに気づいた彼女は、少し照れたような顔をすると、その白い手で僕の頭を優しく撫でてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らのやり取りを見届けたあと、
「これで上の方々を説得できるとして、わらわたちはどうなりますか?」
キルトさんが、そう訊ねた。
レクリア王女は頷いて、
「マール様たちには、ドル大陸に向かって頂きますわ」
と、はっきり告げた。
(やっぱり)
ドル大陸に向かう……つまり、
「『闇の子』との共闘を行う、と?」
「はい」
キルトさんの確認に、王女様はもう一度、頷いた。
「現状は『闇の子』の情報が少なすぎます。それが、わたくしたちの判断を困難にしていると言えましょう」
「…………」
「ならば、奴の思惑に乗るのも1つの手」
そうして、アイツの情報を集めると。
(それで、もしも罠なら食い破れってことだね)
「悪魔を1体でも減らせるならば、それは人類にとっても願ってもないこと。そのあとのことは、またのちの判断と致しますわ。……もちろん、幾つかの備えはしておきますけれど」
先を見据えるレクリア王女は、そうも付け加えた。
キルトさんは、頷いた。
それから、その黄金の瞳は、隣にいるレイドルさんの方を見て、
「竜騎隊や神殿騎士も、ドル大陸に送るつもりですか?」
「いいえ」
水色の髪を柔らかく揺らし、王女は首を横に振った。
(え?)
「残念ながら、ドル大陸は異国の地。シュムリア正規の軍や神殿騎士は送れません」
あ……。
(外交問題、か)
世界の危機であっても、人類は一枚岩になれない。それは、アルン神皇国に行った時にもわかったことだ。
(悔しいし、歯がゆいけど……)
でも、それが人間の一面なんだ。
仕方ないことと思う。
「では、わらわたちだけで?」
「はい」
レクリア王女は頷いて、
「それと今回は、コロンチュード様と神龍ナーガイア様も同行を」
今まで黙っていた2人を見て、そう言った。
(コロンチュードさんとポーちゃんも?)
僕はびっくり。
キルトさんは「む……コロンも……」と相性の良くない『金印の魔学者』の同行に、一瞬、表情をしかめる。
でも、当の2人の表情に変化はない。
猫背のハイエルフさんは、隣のポーちゃんを見た。
神龍の幼女も、コロンチュードさんを見上げる。
「…………」
「…………」
無言の見つめ合い。
そして、2人はレクリア王女を見返して、
「……ん、わかった」
「…………(コクッ)」
あっさりと頷いた。
う、う~ん?
(……2人だけで通じる何かがあるのかな?)
でも、それだけ仲が良くなったということ。
それは素直に嬉しかった。
「じゃあ、今回は6人旅だね」
「そうですね」
僕はイルティミナさんに笑いかけ、彼女も微笑んだ。
ソルティスは「コロンチュード様と一緒……」と恍惚の表情だった。
キルトさんは、自身の感情を飲み込んで、大きく息を吐く。
「承知いたしました」
と返答する。
そんな彼女に、レイドルさんが声をかけた。
「すまないな、キルト・アマンデス」
「構わぬ」
竜騎隊の隊長さんは、少し悔しそうだった。
「だが、俺たちにも任務がある」
(任務……?)
僕の視線に気づいて、アミューケルさんが教えてくれた。
「あの女の教えてくれた『闇の子』の拠点の調査っすよ」
と、レヌさんを親指で示す。
突然、自分を指差されて、レヌさんはびっくりした顔だ。
レイドルさん曰く、レヌさんの聴取で判明したシュムリア国内に点在する十数の『闇の子』の拠点に、現在も他6名の竜騎士たちが向かっているのだそうだ。
ただ、すでに2ヶ所を調査したけれど、もぬけの殻。
「どうやら、先手を打たれたようだ」
とのこと。
アイツめ……対応が素早いな。
「この動きの早さだけでも、なるほど、一筋縄ではいかない相手だとよくわかったよ」
ビリリッ
静かな闘気が発せられ、レイドルさんは恐ろしい笑みで呟いた。
(ん……?)
ふと見たら、レヌさんが青い顔をしてた。
レイドルさんの闘気は、レヌさんに向けたものじゃない。
でも、かつて魔物であった彼女には、まるで自分が責められているような感覚だったのかもしれない。
僕は近づいて、その手を握った。
ギュッ
「あ……マ、マールさん」
レヌさんは、ハッとしたように僕を見る。
僕は笑った。
それから、レクリア王女を振り返って、
「レクリア王女、僕のいない間、どうかレヌさんをお願いします」
と頭を下げた。
レクリア王女は驚き、それからすぐに理解した顔をして、大きく頷いた。
「わかりました。レヌ・ウィダートの心身は、このわたくしの名において守ると誓いますわ」
そう言ってくれた。
よかった。
これでレヌさんの心のケアをしてもらえるし、心ない非難をする人からも守ってもらえるだろう。
(ありがとう、レクリア王女)
レヌさんは、手を繋いでいる僕のことを、潤んだ瞳で見つめている。
「…………」
イルティミナさんは、何か言いたそうな顔をしていたけれど、みんなの手前だからか何も言わなかった。
と、キルトさんは考え込んだ顔をしていた。
「ふむ」
彼女はレクリア王女を見て、
「しかし、竜騎隊がその任につくとなると、王都の防衛が手薄にはなりませぬか?」
と警告した。
(あ……そうか)
レクリア王女は、対闇の子の急先鋒。
もし『闇の子』の一連の行動が罠だとしたら、僕らや竜騎隊がいない間に、この王都を狙う可能性もあるんだ。
しかし、
「案ずるな、キルト・アマンデス」
答えたのは、神殿騎士のアーゼさんだ。
「お前たちや竜騎隊のいない王都の守りは、我ら神殿騎士団が責任をもって果たすことになっている」
「ほう?」
キルトさんは驚いた顔だ。
レクリア王女も笑った。
「そういうことですわ」
なるほど、抜かりない。
(さすが、レクリア王女様だ)
きっと今日までに、聖シュリアン教とシュムリア王国政府の間で、色々な調整をしてくれてたんだ。
同い年なのに、その先見性には、本当に感心してしまう。
と、その時、
(……ん?)
ふとアーゼさんの視線に気づいた。
兜に包まれて、口元以外は見えないけれど、その視線が僕へと向いているのを感じたんだ。
(???)
見返すと、彼女は嬉しそうに笑って、
「尊き『神狗』様の帰られる地は、我らが守護いたします。どうかご案じなさいますな」
と、聖書に触れながら頭を下げてくる。
(と、尊き神狗様?)
見たら、他の4人の神殿騎士さんも、僕へと向かって頭を下げていた。
ちょっと唖然。
もしかしたら、神様に仕える人たちだから、同じ神界から来た僕へも敬意を払ってくれているのかな?
(いや、僕、不完全なんですよ……?)
なんだか謝りたくなる僕でした。
レクリア王女は、その様子におかしそうに笑って、
パンッ
手袋に包まれた小さな手を、打ち鳴らした。
そうして皆の注目を集めると、
「さて、難しいお話はこれぐらいにして、皆様、少しお食事にいたしませんこと? 実は、こちらで昼食の準備をしてありますの」
と微笑んだのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて案内されたお食事会場に、僕は、アングリと口を開けてしまった。
煌びやかにして豪華。
それしか言葉がない。
100人ぐらいが一緒に食事ができそうな部屋に、けれど今は、僕ら15人のためのテーブルが1つしか用意されてない。
そのテーブルも、大理石みたいな艶々した石だ。
天井には、巨大なシャンデリアが7つも並んでいる。
椅子は妙に背もたれが長くて、装飾も豪華。
そして部屋の壁際には、給仕役らしいお姉さんたちが全部で20人ぐらい立っている。
(…………)
そして参加メンバーも豪華。
シュムリア王国トップの『金印の冒険者』が3人。
シュムリア王国最強の騎士隊、『シュムリア竜騎隊』の竜騎士が2人。
聖シュリアン教が誇る『神殿騎士団』の神殿騎士が5人。
そして、シュムリア王家の血筋であるレクリア王女。
「…………」
「…………」
「…………」
僕とソルティス、レヌさんは、自分たちの場違い感に打ちのめされている。
「さぁさぁ、遠慮なく」
レクリア王女がにこやかに勧めてくる。
テーブルに並んだ料理たちは、とても高級そうで見た目も美しくて、豪華絢爛だった。
でも、テーブルマナーがわからない。
とりあえず、たくさん並んだフォークとナイフを1本ずつ手に取って、適当な料理を口へと運んだ。
モグモグ
咀嚼したけど、
(あ、味がわからないよ……)
緊張しすぎて、口の中でお肉が溶ける……ぐらいしか感じなかった。
あぁ、これなら屋台のフィオサンドとかの方が、気楽に食べれて良かった気がする。
見れば、ソルティスもレヌさんも、僕と同じ顔だ。
カチャンッ
と、レヌさんの震える指からフォークが落ちた。
「す、すみません、すみません!」
ペコペコ頭を下げて、落ちたフォークを拾おうとするレヌさん。
けれど、その前に給仕のお姉さんが素早くやって来て、落ちた料理とフォークを回収していく。
レヌさん、呆然。
(あはは……)
僕は、もう乾いた笑いしか出なかった。
ちなみに、イルティミナさんはテーブルマナーを知っているようで、落ち着いて食事をしている。
コロンチュードさんとポーちゃんは、マナーは知らなくても自然体で。
キルトさんは料理よりも、高級ワインに目がない様子だった。
「相変わらずだね、キルトは」
レイドルさんは呆れ顔である。
「ふむ? これだけの高い酒をタダで飲めるのじゃぞ、飲まんでどうする」
「やれやれ」
「でも、一理あるっすよ」
そう言いながら、アミューケルさんもワイングラスを空にする。
「おぉ、そなた、わかっとるな。ほれ、もっと飲め」
「うっす」
「……部下の教育に悪いから、やめてくれ、キルト」
レイドルさんは、頭が痛そうにこめかみを押さえていた。
一方で、
「お前は飲まないのか?」
神殿騎士のアーゼさんが、イルティミナさんに問いかけていた。
彼女は水のグラスを傾けて、
「はい、私は禁酒をしていますので」
「ほう?」
以前、僕の前で醜態を晒してから、イルティミナさんはお酒を飲まなくなっていた。
アーゼさんは、頷いて、
「良い心構えだ。尊き神狗様の護衛の任につくのならば、それぐらいでなくてはいかん」
「…………」
「神狗様の御命、しっかりとお護りするのだぞ」
コト
イルティミナさんが、水のグラスを置いた。
そして、兜の奥にあるアーゼさんの目を、真紅の瞳で見つめて、
「失礼ながら、この子はマールです」
と告げた。
「何?」
アーゼさんは怪訝な声を出す。
イルティミナさんは、きっぱりと口にする。
「この子の名前は、神狗ではありません。マールです」
「…………」
「そして私は、彼が『神狗』だから守るのではなく、マールだから守るのです。どうか、お心違えなきように」
「……ほほう?」
バチッ
『神殿騎士団長』と『金印の魔狩人』の間で、火花が散った気がした。
数秒間の睨み合い。
けれど、アーゼさんが引いた。
「まぁ良い。どのような認識であれ、『神狗』様のために命をかける覚悟なのは伝わる」
「無論です」
「ならば良し!」
アーゼさんは、大きく頷いた。
聖書に触れながら、
「その覚悟、神狗様の身命のため、立派に全うするが良いぞ」
「はい」
イルティミナさんは『当たり前だ』と頷いてみせる。
(…………)
う、うん、なんかこの2人、似てるところがあるよね……ちょっと怖いです。
よく見たら、他の4人の神殿騎士さんも『うんうん』と頷いているし……。
(はぁ……)
達観しながら、食事をしていると、
「……ねぇ、レクちゃん?」
不意に、コロンチュードさんがレクリア王女のことを呼んだ。
(って、レクちゃん!?)
思わず、料理を吹きそうになる僕。
レイドルさんたちも呆気に取られ、アミューケルさんが「レクちゃんってなんすか、レクちゃんって!?」と自分たちの主人への不敬に憤っている。
でも、コロンチュードさんは無視。
レクリア王女も大物らしく、気にした様子もないようで、
「なんでしょう?」
と振り向いた。
金髪に寝ぐせの残ったハイエルフさんは、小首をかしげて問う。
「私たち……ドル大陸のどこに向かう、の?」
と。
(あ……)
そういえば、詳しいことはまだ聞いていなかったっけ。
レクリア王女も頷いて、
「ドル大陸にある7つ国の1つ、ヴェガ国ですわ」
と教えてくれた。
どうやらその国の領土に、『悪魔封印の地』があるようで、
「すでにヴェガ国の王家には連絡をしてあります。何かあれば、便宜を図ってもらえる手筈ですわ」
とのことだ。
(さすがレクリア王女、手回しが良いね)
コロンチュードさんは、翡翠色の瞳を伏せて、
「私たちは……そこで……悪魔と殺し合い……ね」
と呟いた。
…………。
不思議と皆の動きが止まり、食事の音も消えた。
ポーちゃんが、猫背のハイエルフさんを見上げる。
気づいた彼女の手は、優しくポーちゃんの頭を撫でた。
「大丈夫……ポーは、私が守るから」
安心させようとする、ぎこちない不器用な笑顔。
(…………)
なんだか胸が苦しくなった。
レクリア王女が、美しい蒼と金の瞳を伏せながら、
「皆さんにばかり危険な役目を押しつけてしまって、申し訳ありません」
と謝った。
僕は、強く首を振った。
「それは違う」
と。
危険なのは、僕らだけじゃない。
『闇の子』の拠点を調べる竜騎隊の人たちだって、何が待ち伏せているかわからない危険な任務だ。
王都を守る神殿騎士の人たちだって、いざとなれば国民ために戦わなければいけないし、そのために命を捨てる覚悟だと思う。
レヌさんも、辛い魔物だったころの記憶を、必死に話してくれた。
レクリア王女だって、世界平和のために様々な決断をしなければいけない重責を、ずっと負ってくれている。
僕は言う。
「みんな、それぞれ自分の役目があります」
「…………」
「誰も1人じゃ何もできません。だから、1人1人が精一杯にがんばって、みんなで力を合わせているんです」
僕の青い瞳は、レクリア王女を見つめて、
「この世界は、みんなで一緒に守りましょう、レクリア王女」
ギュッ
彼女の手を、強く握った。
王女様の手。
でもそれは、1人の少女の小さな手。
彼女は、一瞬泣きそうな顔をした。
年相応の少女の顔。
でも、それは本当に一瞬で、うつむき、再び上げられた顔は、また王女様のそれに戻っていた。
「はい、マール様」
優しい笑顔。
見ている全員がそれに吸い寄せられるような美しい微笑みだった。
彼女はその笑みのまま、僕に言う。
「ふふっ……マール様は本当に不思議な方ですね」
「……そう、ですか?」
自分じゃ、よくわからない。
僕の反応に、レクリア王女様はおかしそうにクスクスと、可愛い笑い声を響かせた。
――そうして僕らの食事会は、和やかに進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて食事会も終わろうという頃、
「失礼します」
メイド服を着た1人の女性が、恭しい一礼と共にお食事会場内へと入ってきた。
(あ、フェドアニアさんだ)
レクリア王女付きの侍女さんである。
彼女はレクリア王女に近づくと、口元を手で隠しながら、主人の耳元に何事かを伝えている。
「……まぁ」
レクリア王女は驚いた顔をした。
そして、蒼と金の美しい瞳は、僕の方へと向けられる。……え?
「あの、マール様」
「はい?」
「実は、お父様がマール様をお呼びしているそうですの」
え……お父様って。
(こ、国王様!?)
唖然となる僕。
他のみんなも、驚いたように僕のことを見つめている。
「会って頂けますか?」
レクリア王女は小首をかしげた。
サラリと、水色の美しい髪が揺れる。
(嫌です、なんて言えるわけないじゃないか)
「わ、わかりました」
本心とは反対の返事を口にする。
それを見抜かれていたのか、レクリア王女は小さく笑った。
フェドアニアさんが一礼して、
「マール様、それではこちらへ」
相変わらずの仮面のような無表情で、僕を案内するため、席を立つように促してくる。
「マール」
心配そうなイルティミナさん。
一緒についてきたそうだけれど、さすがに呼ばれてない人まで行くわけにはいかないだろう。
僕は無理に笑った。
「大丈夫。ちょっと行ってくるね」
みんなに言って、ピョンと椅子から降りる。
「……どうか、マールが不敬罪で殺されませんように……」
ブツブツ
ソルティスが不吉なことを呟きながら、僕へと手を合わせて拝んでいる。
や、やめてっ。
「では、参りましょう」
「は、はい」
フェドアニアさんに言われて、一度、大きく深呼吸。
そうして、みんなに見守られながら、僕は、この国で一番偉い人と会うために緊張する足で歩きだしたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




