199・金印の魔狩人VS竜騎士
第199話になります。
よろしくお願いします。
「まさか、こうなるとはね」
竜騎隊の隊長であるレイドルさんは、ため息をこぼした。
彼の目の前には、訓練場がある。
そこでは今、2人の女たちが向き合っていた。
1人は、白い槍を手にしたイルティミナさん。
もう1人は、訓練場に備えられていた幅広剣を手にしたアミューケルさん。
バチッ
2人の視線が火花を散らす。
「アンタは『シュムリア竜騎隊』を馬鹿にした。覚悟はいいっすね?」
ジャキッ
竜騎士の少女は、幅広剣の剣先をイルティミナさんに向けた。
けれど、イルティミナさんは、
「ふっ」
その威嚇を一笑に付す。
それから真紅の瞳で、少女を見つめ返して、
「貴方こそ、マールを侮辱した罪、許されると思わぬことです」
ヒュオン
白い槍を回転させ、その穂先をアミューケルさんへと向け返す。
ビリリッ
(う、わ……っ)
2人を中心に、凄まじい『圧』が放たれている。
まるで突風みたいだ。
キルトさんは、難しい顔で腕組みしたまま、2人を見つめている。
ソルティスは、祈るように両手を握り合わせていた。
レイドルさん、コロンチュードさん、ポーちゃんの3人は、黙ったまま状況を見つめ、レヌさんは誰も止めないことに、1人アワアワしていた。
(イルティミナさん……)
僕も祈るように、彼女の姿を見つめる。
ゴクッ
誰かの喉が鳴った――その瞬間、
「はっ!」
ドンッ
アミューケルさんの足場が陥没し、彼女は突進した。
(速いっ!?)
気づいた時にはもう、竜騎士の少女は、槍を構えるイルティミナさんの懐まで潜り込んでいた。
まるで瞬間移動だ。
その幅広剣が振られようとして、
ガギィイン
「うがっ!?」
瞬間、アミューケルさんの身体が後方に弾き飛ばされた。
(え……?)
アミューケルさんは何とか空中で体勢を立て直し、着地する。
「くっ」
悔しそうな声。
その視線の先で、いつの間にか、イルティミナさんの白い槍が振り抜かれた体勢になっていた。
(まさか、カウンター!?)
まるで見えなかった。
「――速いな」
レイドルさんが驚いたように呟いた。
キルトさんも笑う。
「イルナめ、また高みに昇ったか」
やっぱり。
僕には見えなかった攻防を、2人は見えていたらしい。
そしてイルティミナさんは、白い槍を構え直す。
「まさか、この程度ですか?」
「……ちっ」
アミューケルさんは舌打ちして、
「調子に乗るんじゃないっすよ!」
ドンッ
再び地面を蹴って、突進する。
ジャッ ジャジャッ
イルティミナさんの正面に到達すると、素早いステップを刻む。
(分身!?)
そう錯覚させるような速さ。
僕の目には、アミューケルさんが3人になったように見えている。
と、
「!」
シャッ シャシャッ
同じようにイルティミナさんも3人に分身した。
3人のアミューケルさんが、驚いた顔をする。
レイドルさんも目を丸くした。
「アミューケルの速さについていけるのか!」
驚嘆の声。
キンッ ギギン ガギィン
計6人の武器が霞むように消えて、空間に激しい火花が散っていく。
あまりに凄くて、何が起きているかわからない。
(……よし)
僕は大きく息を吸って、
「――極限集中!」
全ての集中力を視力だけに投入した。
世界は色を失い、音が消え、代わりに時間の流れが遅くなる。
その中で、ようやく見えた。
(う、わぁ)
イルティミナさんとアミューケルさんの凄まじい攻防だった。
本当に分身してるわけじゃない。
2人はただ、物凄い速さで動きながら、自分の有利な位置を確保しようとしているだけだったんだ。
そしてお互いの槍と剣がぶつかり合い、その動きを阻害する。
(凄い……っ!)
まるで神業の応酬だった。
手首の返し1つで。
その指先の一押しで。
それぞれの武器が、まるで生き物ように動いて、狙った位置へと正確無比に襲いかかっていく。
極限集中の世界。
その中でも、2人の動きは霞むような速さだった。
「っっ」
駄目だ、もう限界!
「かはっ」
集中が切れた僕は、弾かれるように息を吐いた。
ギンッ ガキキィン
世界に色と音が戻り、時間の流れが正常に感じられる。
その中で、2人はまだ戦っていた。
(嘘でしょ? 僕のいた極限集中の世界に、2人はまだいられるの!?)
その事実に驚愕する。
「凄い……本当に凄すぎるよ、2人ともっ」
思わず、泣きそうになって言う。
と、キルトさんとレイドルさんが、驚いたように僕を見た。
「まさか」
「2人の動きが見えたのかい、マール君?」
え?
「う、うん。少しの間だけだけど」
僕は正直に答えた。
キルトさんは唖然とし、レイドルさんは僕を見つめる。
「そうか……君の実力も、俺は見誤ってしまったかもしれないね」
(???)
どういうこと?
ポンッ
困惑する僕の頭に、キルトさんの手が置かれた。
少し乱暴に髪を撫でられて、
「そなたの成長には、本当に驚かされるの」
「えっと……」
「ほれ、そろそろ決着じゃ。見逃すでないぞ」
グイッ
そう言いながら、僕の視線を強引に、イルティミナさんたちの戦いの方へと向けさせた。
(あ、うん)
僕も慌てて目を凝らす。
と、
パシュッ
(あ)
3人に見えていたアミューケルさんの姿が1人、消えた。
「く……っ」
竜騎士の少女は、焦ったような表情だ。
パシュッ
遅れて、イルティミナさんの姿も1人消える。
「…………」
でも、彼女の表情は、落ち着いたまま。
パシュッ
また1人、アミューケルさんが消えた。
遅れて、イルティミナさんの姿もまた1人、パシュッ……と消滅する。
(……これは、もしかして?)
ある予感がして、
(よし……極限集中!)
僕はもう一度、灰色の世界へと飛び込んだ。
(あ)
そして、すぐに気づいた。
互角だったイルティミナさんとアミューケルさんの攻防、そこに明確な優劣ができていた。
変わらぬ正確無比な白い槍に対して、幅広剣の動きが乱れている。
アミューケルさんの方が押されている。
(集中が切れかかってるんだ!)
竜騎士の少女の顔は、とても苦しそうだった。
イルティミナさんの美貌にも余裕はないけれど、彼女の集中力の方が持続しているのが、僕の目から見てもはっきりとわかった。
「かはっ」
2度目の僕の集中は、すぐに切れた。
ギンッ ガガン キィイン
目の前では、火花を散らしながらぶつかる槍と剣。
そして、
ガギィイイン
「くあっ!」
アミューケルさんの悲鳴と共に、幅広剣が大きく弾かれた。
ヒュオッ
その刹那の隙を見逃さず、白い槍の美しい刃は、アミューケルさんの喉元に当てられていた。
「う……くっ」
悔しげなアミューケルさん。
イルティミナさんは、汗に濡れた美貌で、静かに彼女を見つめる。
レイドルさんが、1歩、僕らの前に出た。
「そこまでだ!」
鋭い声。
そして、
「アミューケル、お前の負けだ」
「くっ」
竜騎隊の隊長からの判定に、アミューケルさんはきつく目を閉じる。
「……次は、負けないっす」
口から漏れる敗北宣言。
彼女の手から幅広剣がこぼれ落ち、陽光を反射しながら、地面に落ちる。
ガラランッ
その音は、訓練場内に大きく響いた。
◇◇◇◇◇◇◇
「いい気にならないで欲しいっすね! そっちはタナトス魔法武具、こっちは量産品の剣だったんすから!」
アミューケルさんは唇を尖らせる。
「それに、自分は『竜騎士』っす! 竜に乗っていれば、お前なんかに……」
「はいはい」
イルティミナさんは、肩を竦める。
「それでは次は、竜に乗ってきてくださいね」
「く……っ」
歯噛みするアミューケルさん。
イルティミナさんは勝者の余裕である。
「イルティミナさぁん!」
「やったわね、イルナ姉~っ!」
タタタッ
そんな彼女の下へと僕らは駆け寄った。
ポフッ
1歩先んじたソルティスが姉のお腹に飛びつき、イルティミナさんは驚いた顔をする。
「ソル、マール」
すぐに笑って、彼女は僕らの頭を撫でてくれた。
えへへ。
「凄かったよ、イルティミナさん」
「ありがとう。マールたちの応援のおかげです」
嬉しそうに言うと、彼女はしゃがんで、僕らの顔で自分の顔を挟むようにして抱きしめた。
スリスリ
(わ? わ?)
滑らかな肌は、汗をかいているからかいつもより甘い匂いが強くて、ちょっとドキドキする。
「ん~♪」
イルティミナさん自身は、なんだか自分へのご褒美といった顔だ。
キルトさんは苦笑している。
ちなみにコロンチュードさんとポーちゃんは、
「お~」
「…………」
パチパチ
なんだか感心した顔で勝利者へと拍手をしていた。
レヌさんは、とりあえず決着がついたことで、一安心と大きく息を吐いている。
レイドルさんは、負けた部下へと近づいた。
「大丈夫か、アミューケル」
「平気っすよ」
答えるアミューケルさんは、左手で右手首を押さえている。
(おや……?)
怪我をしたのかな?
「マール?」
僕はイルティミナさんの手を外して、竜騎士の少女へと近づいた。
空中に『妖精の剣』を走らせ、
「アミューケルさんの痛みを取り去って。――ヒーリオ!」
『魔法石のついた腕輪』を輝かせながら、驚くアミューケルさんの右手首に触れた。
パァァ
細い緑の光が吸い込まれる。
右手首の腫れが、ゆっくりと引いていく。
竜騎士の2人は、驚いた顔だ。
「……あ……ど、どもっす」
アミューケルさんは、なんだか複雑そうに礼を言う。
「ううん」
僕は笑って、首を振った。
そして、そのまま彼女を見つめた。
負けてしまったけれど、アミューケルさんは本当に強いと思った。
彼女は、イルティミナさんより2~3歳も若い。
イルティミナさんが彼女と同じ年の時には、同じ強さがあっただろうか?
いや、僕と出会った頃のイルティミナさんだったら、勝てていただろうか?
(多分、無理だ)
少なくとも僕は、そう感じた。
10代の若さで、王国最強の竜騎隊に所属するアミューケルさんは、紛れもない天才少女なのだ。
「…………」
僕の視線に、アミューケルさんはなんだか居心地が悪そうだった。
ソワソワ
灰色の髪をいじりだし、頬も少し赤い。
(?)
不思議に思っていると、
「い、いけません、マール」
グイッ
突然、イルティミナさんに肩を引っ張られた。
え?
「女性の顔を、そんなに真っ直ぐ見つめ続けてはいけません! 相手に勘違いをさせますよ?」
勘違いって……なんで?
キョトンとする僕に、イルティミナさんは歯がゆそうな顔をして、やがて大きく嘆息する。
ソルティスが冷めた目で、
「無自覚」
ボソッと呟いた。
(はて、なんのこと?)
そんな僕らのことを、レイドルさんは苦笑しながら眺めた。
それから自分の手を見つめ、
「手を握った時は、そこまでの実力に感じなかったんだけどね。見誤ったかな」
と呟いた。
「あの女は、不安定じゃからの」
それにキルトさんが答えた。
レイドルさんの視線が、彼女へと向く。
「実力はあるが、まだ常に発揮はできぬのじゃ。しかし、マールのためならば、その能力が全開になる。……そういう女なのじゃよ」
「へぇ、そうなのかい?」
彼は興味深そうに、新しい『金印の魔狩人』を見る。
キルトさんは頷いて、
「マールも特別での。あやつは、目を離した一瞬で、驚くほど成長する」
「へぇ」
「成長を見守りたい師匠泣かせにもほどがあるぞ」
そう笑った。
レイドルさんは、そう語るキルトさんの横顔を、とても珍しそうに見つめた。
その視線を受けながら、キルトさんは、ゆっくりと振り返る。
「それで、レイドル?」
「ん?」
レイドルさんは首をかしげた。
そんな彼を黄金の瞳で見つめて、
「――そなたの仕組んだ茶番は、これで終わりかの?」
キルトさんは、竜騎隊の隊長さんに、低い声でそう訊ねた。
◇◇◇◇◇◇◇
(え……茶番?)
キルトさんの言葉は、その場の全員に聞こえていた。
レイドルさんは答えない。
ただ困ったように、発言した『金印の魔狩人』を見つめている。
「茶番って、どういうことよ?」
焦れたソルティスが問う。
それは、全員の代弁だ。
「どうもこうもない。この男は、口が悪いアミューケルを同伴させ、この場でイルナと戦うよう仕組んだのじゃ」
(……は?)
「でなくば、わざわざ面会場所を、訓練場にする必要はあるまい」
僕らは、愕然とレイドルさんを見る。
その中には、アミューケルさん自身も含まれていた。
皆の視線に、レイドルさんは息を吐き、
「まぁね」
観念したように認めた。
「え……マジっすか、隊長!?」
アミューケルさんは、あごが外れんばかりだ。
(な、なんで?)
「単純な理由だよ。新しい『金印』の実力を、この目で確かめたかった」
彼は言いながら、イルティミナさんを見る。
その金色の瞳には、全てを見透かすような静かな圧力があった。
グッ
その視線の圧力を堪えるよう、イルティミナさんは表情を厳しくする。
「…………」
レイドル・クウォッカ。
シュムリア竜騎隊の隊長である彼の実力は、部下のアミューケルさんよりも間違いなく上のはずだ。
キルトさんと、どっちが強いのか?
そういうレベルの人物だろう。
彼は言う。
「彼女の実力には、シュムリア上層部でも疑問の声があってね。アミューケルもその1人だった」
「…………」
竜騎士の少女は、
「それは……まぁ、そうっすけど」
と少し不満そうだ。
レイドルさんは笑う。
「だが、今なら納得しているはずだ」
「…………」
「同じように、俺たちには『イルティミナ・ウォンの実力』を、どうしても確認する必要があったんだ」
僕らに言い聞かせるように、彼は言う。
(…………)
僕は、イルティミナさんの横顔を見上げた。
でも、彼女の表情には怒っている様子もなく、淡々と事実を受け入れている感じだった。
多分、戦いを選択したことは自分の意思で、誰かの思惑があったとしても、そこに迷いや後悔はなかったからだと思う。
僕の視線に気づいて、
ニコッ
彼女は優しく微笑むと、『大丈夫です』というように頭を撫でてくれた。
(……戦ったのは、僕の名誉のため)
そう思い出して、なんだか胸が熱くなった。
けれど、仲間思いのキルトさんは、まだ不満なようだ。
その美貌をしかめて、
「ならば、最初から素直に戦うように言え」
「アミューケルの挑発に、どう応えるか、その精神性も確認要項だったのさ」
レイドルさんは、しれっと答える。
「ああ言えばこう言う……全く口が上手いの、レイドル」
「参ったな」
ご立腹の鬼姫様に、レイドルさんは苦笑する。
そんな竜騎隊の隊長さんに、キルトさんは更に何かを言い募ろうとした。
その寸前、
「――どうかその辺で、怒りの矛を収めてくださいな、キルト・アマンデス」
その可憐な声が響いた。
(!)
僕らは振り返る。
訓練場へと通じる通路に、数人の男女がいた。
その先頭に立っている人物は、ドレス姿の小柄な美しい少女だった。
肩上で切り揃えられた水色の髪。
その上ではティアラが飾られ、その幼くも美しい白貌では、蒼と金のオッドアイの瞳が僕らを見つめて輝いている。
ザッ
僕らは、土の地面に一斉に跪いた。
レヌさんは「え? え?」と戸惑い、慌てて僕らに倣った。
少女は、たおやかな手で口元を隠し、
「皆様、お待たせしましたわ」
優雅に笑った。
シュムリア王国第3王女、レクリア・グレイグ・アド・シュムリア――高貴なる姫君が、ついにご登場だった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
おかげ様で、ようやくストックが溜まってきました。なので、来週からまた月、水、金の週3回更新に戻したいと思います。
次回更新は3日後の月曜日0時以降に行うつもりです。
長らく週1回、週2回更新だったので、週3回更新に執筆ペースが間に合うかな? と少し不安ですが、まずはやってみようということでお許し下さいね。
皆さん、これからも、どうぞ『転生マールの冒険記』をよろしくお願いします!




