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197・1枚の水彩画

第197話になります。

よろしくお願いします。

 僕らがシュムリア王国に帰ってから、3日間が過ぎた。


 1日目は、旅の疲れを取るための休息日。


 2日目は、恒例となった我が家の大掃除。


 3日目の今日は、ベナス防具店へと『妖精鉄の鎧』の修理を頼む予定だった。


(そのために、僕らはテテト連合国まで行って、材料の『妖精鉄』を手に入れたんだもんね)


 ちなみに王家からの呼び出しは、まだない。


 今後の方針が決まらないのは、少し落ち着かないけれど、まぁ、その時まではゆっくりしようと思う。


(うん、僕も少し図太くなったかな?)


 そんなこんなでこれから外出するところなんだけど、残念ながらインドア派のソルティスは、本日は自宅で研究をするそうだ。


 なので、イルティミナさんとお出かけしようと思っていたんだけど、


「わ、私も同行するのは遠慮しておきましょう」


 なんと予想外の発言。


 唖然となる僕に、彼女は言う。


「き、今日はキルトとも待ち合わせをしているのでしょう? ならば、私が行く必要はないですよね……」

「…………」


 そりゃ、ないといえば、ないんだけど。


(でも、いつものイルティミナさんなら、絶対に一緒に行くって言うと思ったのに……)


 なんで?


 思わず、その白い美貌を見つめ返してしまう。


「…………」


 サッ


 視線を外された。


 ガ~ン!?


「え? あ、あの……僕、何かイルティミナさんに嫌われるようなことした?」


 泣きそうになりながら問いかける。


 彼女は、そんな僕の顔を見てギョッとした。


「まさか!」


 しゃがんで目線の高さを合わせながら、僕の両肩を掴んで、ブンブンと首を横に振る。


「私がマールを嫌うことなど、天地がひっくり返ってもあり得ません!」


 そう強く言ってくれる。


(なら、どうして?)


 僕の視線に気づいて、でも彼女は、その表情を曇らせる。


「ただ……その、私が同行するのは、マールが嫌なのではないかと……」


 え……?


「な、なんで!? そんなことないよ!」

「ですが……テテトを発つ前に、アービンカが言っていたではありませんか。あまりマールを束縛してはいけないと」

「…………」

「けれど、マールと一緒にいると、私は自分を抑えられる自信がありません」


 彼女は、泣きそうな笑顔を僕に向ける。


「私は……独占欲が強い女のようですから」


 マールに会うまでは、自分がそのような女だとは知りませんでした――彼女は、そうも付け加えた。


(イルティミナさん……)


 僕の知らないところで、彼女は、僕のために悩んでくれていたみたいだ。


 ギュッ


 僕は、イルティミナさんの手を強く握る。


「マ、マール?」


 驚くイルティミナさんを真っ直ぐ見つめて、僕は言った。


「束縛してもいいよ」

「え?」

「イルティミナさんが望むなら、僕は束縛されてもいいよ。それでイルティミナさんが安心するなら、僕は大丈夫!」


 そう大きく頷いた。


「マール……」


 呆けたようなイルティミナさん。


(だって僕は、それぐらいイルティミナさんと共に生きたいと思ってる)


 その思いが伝わったのか、すぐに彼女の表情は、泣き笑いに崩れて、その白い両手は僕を頭を左右から押さえた。


「ん……っ」


 唇が重ねられる。


 そして、強く抱きしめられた。


「あぁ、マール、マール……貴方は本当に……っ」

「イルティミナさん……」

「知りませんよ? そんな言葉を無責任に言ってしまって。私はこの想いを、もう止められませんからね?」 

「うん、いいよ」


 僕の小さな両腕は、ギュウッと彼女の頭を抱き締め返して、


「だって僕はもう、イルティミナさんのマールだから」


 至近距離から見つめて、そう笑った。


 イルティミナさんは本当に嬉しかったのか、そのあと何回も、僕の顔中にキスの雨を降らせた。


 ちょっとくすぐったくて、でも嬉しい。


 ただ、まぁそんなことをしていたら、出発予定時間はだいぶ遅れてしまったんだけど……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――遅い!」


 待ち合わせをした王都広場の噴水前で、キルトさんに雷を落とされてしまった。


 はい、40分の遅刻です。


「ごめんなさい」


 さすがに素直に謝る僕である。


 頭を下げる僕の隣で、手を繋いでいるイルティミナさんも一緒に謝った。


「すみません、キルト。出がけに色々とあって、時間がかかってしまいました」

「…………」

「…………」


 謝っているけど、なぜか顔は緩んでいる。


 キルトさんは僕を見る。


 僕は、曖昧に笑って誤魔化した。


「はぁ……。まぁよい」


 何かを察したのか、キルトさんは深いため息をこぼして、それ以上は追求してこなかった。


 それから、僕ら3人はベナス防具店を目指して歩きだす。


 相変わらず、王都の道は人が多い。


 そんな中を歩きながら、キルトさんが話しかけてくる。


「ソルは来なかったのか?」

「うん。今日は、家で研究したいって」


 レクトアリスに教わった神文字や神術。


 コロンチュードさんに教わった2つの新魔法。


 それらについての理解を、より深めたいのだそうだ。


(本当、尊敬するよ)


 あの少女は、まさに努力で生まれる天才だ。


 キルトさんも「そうか」と納得したように頷いている。


 そんな彼女に、逆に僕からも訊ねた。


「あれから、レヌさんはどうしてる?」


 ピクッ


 手を繋いでいるお姉さんが、少し反応した。


 でも、特に突っ込みはない。


「初日は休ませたが、2日目は、ムンパやギルドの専門家と共に、レヌの知っている情報をより詳しく聴取させてもらった」


 キルトさんは、そう教えてくれた。


 具体的には、より正確な『闇の子』たちの拠点の場所や、『刺青の者』たちの構成人数、人相、名前、人間であった頃の身元、現在までに実行された計画、あるいは現在進行形の計画などなど、レヌさんの記憶に残されている情報を、できる限り、絞り出させてもらったという。  


(……大変だね)


 思い出すだけでも、レヌさんの心には負担がかかる。


 それでも、それは必要なことなんだろう。


「今日は、コロンのところで肉体の精密検査を受けておるよ」


 そのために今朝、キルトさんは、レヌさんをコロンチュードさんのいる冒険者ギルト『草原の歌う耳』まで送り届けたのだそうだ。


(そっか)


 神龍のポーちゃんを調べたり、魔物から人に戻ったレヌさんを調べたり、最近、コロンチュードさんも大忙しだ。


「レヌのところには、あとでマールも顔を出してやってくれるかの?」

「うん、わかった」


 キルトさんの言葉に、僕は頷いた。


 何ができるってわけでもないけれど、見知った顔が見れれば、それだけで彼女も少しは心が落ち着くかもしれないしね。


 キュッ


 右手が強く握られた。


「その時には、私もご一緒しますね」


 にっこり笑うイルティミナさん。


 僕は「うん」と頷き、キルトさんはなぜか『やれやれ』という顔をしていた。はて?


 と、ふとキルトさんが思い出したように、


「そういえば、材料となる妖精鉄は持ってきておるか?」


 と確認してきた。


「うん、大丈夫」


 僕は背負っているリュックを、小さな手のひらでパンッと軽く叩く。


「ちゃんと、この中に入れてきたよ」

「そうか」

「あと喜んでもらえるかわからないけれど、ベナスさんに()()も用意しておいたんだ」

「お礼?」


 キョトンとするキルトさん。


 イルティミナさんにも教えていなかったので、彼女も同じような顔をしている。


 僕は唇に人差し指を当てて、


「ベナスさんに見せるまでは内緒」


 と笑った。


 そうして王都の通りを歩きながら、やがて僕らは、ベナス防具店に到着した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「おう、来たな、マール」

「こんにちは」


 路地裏にある隠れた名店に入ると、右目が白く濁ったドワーフの老人さんが、僕らを出迎えた。


 防具の並んだ狭い店内に、他の客の姿はない。


「妖精鉄は、無事、手に入ったのか?」

「うん」


 僕は笑って、カウンターの上にリュックを置いて、蓋を開いた。


 リュックの中には、青く半透明の部品が詰まっている。


 ベナスさんは、その1つを手に取って、窓からの陽光にかざしながら、しげしげと眺めた。


「はん。こりゃ、トッタの作った物か」


(え……?)


「見ただけで、誰が作ったかわかるの?」

「当たり前だ」


 驚く僕らに、ベナスさんは平然と頷いた。 


「アイツに鍛冶師としてのイロハを叩き込んだのは、誰だと思ってる? この俺だぞ」


 へ~、そういうものなんだ?


(職人さんって凄いね)


 と、キルトさんが思い出したようにベナスさんに言った。


「そういえば、驚いたぞ。そなたの紹介したアービンカは、そなたの娘であったのじゃな」

「まぁな」


 彼は、悪戯が成功した子供みたいに笑った。


「早死にした女房との間に出来た唯一の娘さ。若手鍛冶師の中で、一番の有望株だったトッタと所帯を持った。そのトッタも一人前になったからな、あいつらに店を任せて、自由になった俺は、この年でシュムリアへ腕試しに来たってわけだ」 

「そうであったか」


 頷くキルトさん。


 ベナスさんは、ちょっと懐かしそうな眼差しで、店の天井を見上げて、


「テテトを出る前にゃ、チビ共もいたが……あいつらも大きくなってんだろうなぁ」


 チビ共って、ベナスさんのお孫さんかな?


「今はアービンカさんのお店で、鍛冶師見習いとして働いてるみたいだよ」

 

 僕は教えてあげた。


 ベナスさんは、少し驚いたような顔をして、それから「そうか……」と噛み締めるように呟いた。


 キルトさんは笑った。


「さすが、ベナスの孫であるの。血は争えぬ」

「はっ、そうかもな」


 その言葉に、ベナスさんも、どこか嬉しそうに破顔した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 カンカンッ


 材料となる妖精鉄の部品を受け取ったベナスさんは、すぐにそれを鎧に組み上げてくれた。


「トッタめ、腕を上げやがったなぁ」


 しみじみと呟きながら、僕の子供の体型に合わせてフィッティングを行い、何度も微調整を繰り返す。


 30分ほどで作業は終了。


「ま、こんなもんだろ」


 言いながら、ベナスさんは額の汗を拭った。


 作業時間は短いけれど、相当の集中力で作業してくれたみたいだ。


(うわ、動き易い!)


 身体を軽く左右に捻るだけでも、違いを感じる。


 今までにあった鎧可動部の抵抗が、全くと言って良いほど感じられなかった。


「ベナスさん、凄いや!」

「だろ?」


 僕の称賛の眼差しに、彼は不器用なウィンクで応えてくれた。


 キルトさんも「うむ」と満足そうに頷いている。


 そして、もう1人のお姉さんは、


「はぁ……マールは何を着ても似合いますねぇ」


 白い手を頬に当てながら、なぜかウットリとした表情で僕のことを眺めていた。


 新しい鎧で気分も良くなった僕は、


「ありがとう、ベナスさん。それじゃあ、これ、お代ね」

「おう」


 チャリン チャリン


 彼の手に、銀色の硬貨を2枚落とす。


 1000リド硬貨2枚、日本円でおよそ20万円の修理代だ。材料は持ち込みだったので、このぐらいのお値段で済んだんだ。


「毎度あり」


 笑顔で受け取ったベナスさんに、


「うん。あと、それとは別に、これを」

「あん?」


 ゴソゴソ


 僕は、リュックをゴソゴソと漁って、中から1枚の紙を取り出した。


「もしよかったら、どうぞ」


 ベナスさんはキョトンとする。


 後ろにいる2人のお姉さんたちも、興味深そうに僕の手元を覗き込んだ。


 不可思議そうな顔で受け取ったベナスさんは、


「……! おい、こいつは……!」


 その紙を見た途端、絶句した。


 ――それは1枚の水彩画だった。


 描かれているのは、4人の人物。


 大人のドワーフさんが男女1人ずつ、それと子供のドワーフさんが2人。


 みんな一緒に笑っている。


 そう、アービンカさんたち一家の絵だ。 


「ほう?」

「これは、よく似ていますね」 


 キルトさんとイルティミナさんも、驚いた顔をしている。


 僕は、おずおずと言った。


「テテト連合国から帰ったあとに、家で描いてみたんだ。もしよかったら、受け取ってください」

「…………」


 ベナスさんは何も言わなかった。


 黙ったままその水彩画を見つめ、節くれだった職人の指で、優しくその表面を撫でる。


「そうか……チビ共は、こんなに大きくなってたのか」

「…………」

「はっ、アービンカも死んだ女房に似てきたな。トッタの野郎も、いっちょ前に髭なんぞ生やしやがって……」


 そういう彼の唯一残った左目には、薄い涙が浮かんでいた。


 彼はしばらく、長年離れ離れになっていた家族の姿をジッと見つめていた。


 その間、僕ら3人は、何も言わなかった。

 

「へっ……年を取ると涙脆くなっていけねぇや」


 ズズッ


 彼は鼻をすすると、乱暴に左目の涙を拭った。


 それから、その瞳で真っ直ぐ僕を見る。


「ありがとよ、マール。こいつは大事に受け取らせてもらうぜ」

「うん」


 僕は頷いた。


 ベナスさんは、その絵を大事そうに木箱にしまいながら、「……こりゃ、手強い客ができちまったなぁ」と、どこか嬉しそうに呟く。


 その様子を眺めていると、


 ポンッ ポンッ


 キルトさんの手が僕の肩に置かれ、イルティミナさんの手が僕の頭を褒めるように撫でてくれた。


 そうして新しい『妖精鉄の鎧』を手に入れた僕たちは、ベナス防具店をあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 それは、ベナス防具店を訪れた翌日のことだった。


「イルナ姉、マール、ついに呼び出しが来たわよ~」


 部屋でテテト連合国でのことを絵に描いていた僕の耳に、そんなソルティスの呼び声が聞こえた。


(!)


 トタトタ


 慌てて階段を降りていくと、玄関に立っている2人のシュムリア騎士さんが見えた。


 ソルティスの小さな手には、シュムリア王家の紋章の封蝋がされた封筒がある。 


 僕より先に、イルティミナさんもすでに玄関に来ていて、妹から封筒を受け取った彼女は、ペーパーナイフで封を切った。


 中身の手紙を、真紅の瞳が確認する。


 すぐに手紙を封筒にしまった。


「わかりました。すぐに支度をして参ります。少々、お待ちください」


 イルティミナさんの言葉に、騎士さんたちは頷く。


 それからイルティミナさんは、僕らを振り返って、安心させるように微笑んだ。


「さて。では外出の準備を致しましょう」

「うん」

「へ~い」


 僕は頷き、ソルティスは面倒そうな声で答えた。


 やがて15分ほどで支度を整えた僕らは、玄関の外の通りに停めてあった馬車へと乗り込むことになった。


(……これから、僕らは、どんな話をされるのかなぁ?)


 窓の外を見ながら、ぼんやり思う。


 と、


「大丈夫ですよ。何があろうと、私はいつもマールのそばにいますから」


 イルティミナさんは優しく笑って、僕の手を握ってくれる。


 驚く僕。


 ソルティスは、相変わらずの姉の様子に、小さな肩を竦めている。


「うん」


 僕は笑った。


 イルティミナさんも微笑みを深くする。


 そうして僕らを乗せた馬車は、シュムリア王家の人々に会うために、王都ムーリアの中を走っていくのだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、来週の火曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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[良い点] >「イルティミナさんが望むなら、僕は束縛されてもいいよ。それでイルティミナさんが安心するなら、僕は大丈夫!」 私もこのタイプ。 それだけ愛されてると感じられるので、全く苦にならないんです…
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