196・シュムリアに帰還して
実は更新する前に、ブクマが1500件に到達しているのを確認しました!
自分の作品が、これだけの方々にブクマして頂けたのかと思うと、なんだか泣きたくなるような気持ちで、とても嬉しいです。
皆さん、本当にありがとうございました!
さて、それでは本日の更新、第196話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
あれから2日が経った。
僕らの馬車はツペットの町を発ち、長いトンネル内にある国境へとやって来ていた。
「――よし、行け」
厳ついテテト連合国の国境兵さんが、確認した書類に判子を押して、僕に渡してくる。
「ありがとうございます」と受け取って、僕は、通路を歩きだした。
通路の先では、先に手続きを終わらせたイルティミナさん、キルトさん、ソルティスが待っている。
僕は、みんなの下へと向かった。
「次!」
「は、はい」
背後からは、国境兵さんの呼び声と、それに応える緊張した女性の声がする。
振り返る先にいるのは、硬い表情のレヌさんだ。
(……大丈夫かな?)
僕は、ちょっと不安になっていた。
レヌさん。
レヌ・ウィダートさんは、テテト連合国で登録された冒険者だった。
だった……そう、過去形である。
現在のレヌさんは、同じ冒険者ギルドに所属する冒険者を殺害して、行方をくらませている犯罪者として認知されているのだ。
その殺された冒険者たちが、村への大事な荷物を横流ししようとした事実は、レヌさんが『魔血の民』だということで、ギルドに隠されたまま処理されたからだ。
本来なら、国境は通れない。
だから、国境兵さんが書類を確認する間、レヌさんは、ずっと緊張した顔だ。
「ふむ、アービンカ装備店の職員か」
「は、はい」
レヌさんは、コクコクと頷いた。
「マールさんたちが『妖精鉄』を大量購入しまして、その配送中の管理のため、付き添いとしてシュムリア王国に出向くことになりました」
そう言いながら、首にかけていた小さな金属プレートを外す。
ドッグタグのようなそれには、名前と鍛冶ギルド所属の証印が刻まれている。
キルトさんの交渉によって、アービンカさんが用意してくれた職員証明板だった。
受け取った国境兵さんは、その金属プレートを、魔法文字の刻まれた金属の板に置いた。
ポワァ
金属プレートが輝き、空中に刻まれた文字などが投影される。
どうやらプレート内には、お札の透かしみたいに、真贋を確かめるための魔法的な処置がされていたみたい。
「本物だな」
国境兵さんは頷き、金属プレートをレヌさんに返した。
そして、書類にポンッと判子を押す。
「よし、行け」
「は、はい!」
受け取ったレヌさんは、それを胸に抱いて、タカタカとこちらへ足早に歩いてくる。
「レヌさん」
「無事、通れたようじゃの」
僕らが出迎えると、彼女は、ようやく安堵の吐息をこぼして、
「皆さんのおかげです。ありがとうございます」
そう微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
出国手続きは無事に終わって、今度は入国手続きのために、また長いトンネルを馬車で移動していく。
「シュムリア側では、そう心配は要らぬ」
その車内で、キルトさんは、そう言った。
実は、レヌさんの事情については、すでに翼竜便で王国側には連絡をしてあるのだという。
シュムリア王国側の国境では、詳しい事情は知らなくとも、レクリア王女からの命令が届いているはずで、特に問題なく通れる手筈となっているんだそうだ。
(さすがキルトさん)
すでに根回し完了済みとか、恐れ入りました。
「ま、王女の連絡が間に合っていない可能性もあるが……」
……え?
「アービンカに正式な身分を作ってもらったからの。そうであっても問題はない」
「…………」
「…………」
僕とレヌさんの強張った顔を見ながら、悪戯っぽくそう続けた。
も、もう!
怒る僕に「すまぬ、すまぬ」と笑って謝るキルトさん。
ただ彼女曰く、
「それぐらい、テテト連合国の鍛冶ギルドには、多少の疑わしさがあろうとも国境を押し通れる力があるのじゃ」
とのこと。
前にも言ったけれど、希少な『妖精鉄』の輸出は、両国間の友好関係にも影響を与えるものだ。
シュムリアの上流階級にも、美しく希少な『妖精鉄』は好まれるからだ。
ゆえに鍛冶ギルドは、テテト連合国内でも大きな力を持っている。
そして、その希少金属である『妖精鉄』を扱える鍛冶師は、実は数が少なく、それを有するアービンカ装具店は、鍛冶ギルド内でもそれなりの立場にあるのだそうだ。
(なるほどね)
そこが発行した身分証。
レヌさんが身分を詐称したとしても、疑われること自体少ないわけだ。
「そうだったんですね」
首にかかった金属プレートを摘まんで、レヌさんは感心したように吐息をこぼした。
好奇心旺盛なソルティスも、対面の席から覗き込んでいたりする。
ちなみにイルティミナさんは、
「……すぅ……すぅ」
僕の隣で、僕の小さな肩に頭を預けて、爆睡中だった。
「2日間、そなたを心配して眠っておらんかったのじゃ。今は寝かせてやれ」
「うん……」
苦笑するキルトさんに、僕は頷いた。
小さな罪悪感と共に、彼女の整った寝顔を見る。
僕の肩に体重を預けて、とても安心したような顔をしている。
柔らかな深緑色の長い髪がこぼれて、僕の身体にもかかっている。その甘やかな優しい匂いがしている綺麗な髪を、小さな手で撫でてやった。
「ん……マァ、ル……」
口元が動いて、かすかな笑みをこぼした。
(いったい、どんな夢を見てるのかな?)
愛しい人の寝顔を見守りながら、僕は微笑んだ。
他のみんなも、優しい眼差しで眠っているイルティミナさんを見つめている。
ガタゴト
揺りかごのように、馬車は小さく揺れる。
入国手続きの時には、また起きなければいけないだろう。
――でも、それまでは。
僕らを乗せた馬車は、そうして国境の長いトンネルをゆっくり、ゆっくりと進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
特に問題もなく、シュムリア王国へと入国した。
国境を抜けた最初の町で、テテト産馬の馬車からシュムリア産馬の馬車へと乗り換えて、僕らは王都ムーリアを目指す。
「ここがシュムリア……」
雪のない景色に、初めて国外を訪れるというレヌさんの目は釘付けだった。
なんだか微笑ましい。
それから10日間ほどかけて、僕らは長い旅を終えて、王都ムーリアに帰還する。
「ほぁぁ……」
馬車を降りたら、人の多さにレヌさん呆然。
ムーリアに到着した時も、王都名物の馬車や竜車の大渋滞を見て、目を丸くしていたっけ。
「こっちだよ」
ギュッ
レヌさんが迷子にならないよう、彼女の手を握ってやる。
ふふっ、この街では、もう僕の方が先輩だからね?
「あ」とレヌさんはびっくりしていた。
先輩風を吹かせる僕に、キルトさんは苦笑し、ソルティスは呆れている。
イルティミナさんは、「……マ、マールを束縛してはいけない、耐えるのですイルティミナ……っ」などと、こちらを睨みながらブツブツ言っていたけれど。
そんな一幕もありながら、1月半ぶりに帰ってきた僕らは、『冒険者ギルド・月光の風』を目指して歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
「おかえりなさい、キルトちゃん、みんな」
白亜の塔のような冒険者ギルドの建物に帰ってくると、僕らはすぐにムンパさんに、ギルド長室まで呼び出された。
柔らかな笑顔で出迎えてくれる、真っ白な獣人さん。
「ただいま」と挨拶して、僕らは思い思いにソファーに腰を下ろした。
ムンパさんの紅い瞳は、その中にいる緊張した面持ちの褐色肌と赤毛の女性へと向けられる。
「貴方が、レヌちゃんかしら?」
「は、はい! レヌ・ウィダートです!」
背筋をピンと立てて、大声で返事をする。
その様子を、ムンパさんはしばらく無言で見つめてから、
「そう……大丈夫みたいね」
と呟いた。
(?)
ムンパさんは笑顔に戻って、僕らを眺める。
「みんな、お疲れ様。でも、ちょっとした息抜き旅行のつもりが、とんでもないことになっちゃったわねぇ」
「本当にの」
キルトさんはため息だ。
「翼竜便で出した報告、ちゃんと届いていたか?」
「もちろん」
ムンパさんは頷いた。
「王国の方にも連絡はいっています。あまりの予想外の事態に、もう蜂の巣をつついたような状態よ?」
「ふむ、そうか」
「そうよ~。まさかの『闇の子』との接触と、そこで伝えられた停戦と共闘の意思。そして、1年以内にドル大陸で悪魔が甦ろうとしているという情報……私も頭が痛いわ~」
そう言いながら、柔らかそうな垂れた獣耳ごと頭を抱えるムンパさん。
僕らは苦笑する。
(まぁ、そうだよね)
初めて聞いた時は、僕らも同じ心境だったんだ。
キルトさんは、そんな友人を見ながら、隣に座っているレヌさんの肩をポンと叩いた。
「この者の話も、伝わっているな?」
「えぇ」
ムンパさんは表情を改める。
「魔物から人間に戻った初めての存在」
その一言に、レヌさんの表情が強張る。
そんな彼女に、ムンパさんは柔らかな微笑みを見せて、
「正直、会うまでは色々と心配もしていたけれど、でも問題はなさそうね。ちゃんと人の心を取り戻しているように感じるわ」
「……あ……」
レヌさんは驚き、それから泣きそうな顔になった。
ムンパさんは立ち上がると、その頭を抱きしめる。
「大変だったわね、レヌちゃん。でも、もう大丈夫よ」
そう言いながら、少し癖のある赤毛の髪を、その白い指で優しく梳いてあげた。
突然のことに呆けて、そしてレヌさんは、その白い獣人さんの腕の中で、声を殺して少しだけ泣いた。
◇◇◇◇◇◇◇
レヌさんが落ち着いたのを見計らって、話は続く。
「このあと、わらわたちはこのレヌを連れて、すぐにシュムリア王城を訪れ、王とレクリア王女に会おうと思っておる」
キルトさんがそう言った。
すると、ムンパさんは、柔らかな純白の髪を揺らして首を横に振った。
「今は、やめた方がいいわ」
「何?」
「言ったでしょ、蜂の巣をつついたような状態だって。本当に混乱してるのよ」
と言って、ため息をこぼす。
「『闇の子』の提案を信じるか、信じないか、受け入れるか、受け入れないか、上の方でも意見がぶつかってるみたいなの。同時進行で、ドル大陸へ向かうための準備や根回しもしているし、多分、今、お城に行っても混乱が増すだけだわ」
そ、そんなことになってたんだ?
この話には、さすがのキルトさんも「むぅ」と唸っている。
「キルトちゃんたちの帰還の報告は入れておきます。それで時期が来れば、向こうから呼び出してくれるはずだわ。だからそれまでは、ゆっくりしてて」
「仕方あるまいの」
歴戦の『金印の魔狩人』は、ため息をこぼした。
「急ぎたいところじゃが、上がそれではどうしようもあるまい。しばし待つとするかの」
「そうしてちょうだい」
ムンパさんは頷いた。
「それまで、レヌちゃんはギルドで預かるわ」
自分の名前が出て、レヌさんは緊張したように背筋を伸ばす。
「コロンちゃんにも連絡して、一応、レヌちゃんの身体も調べてもらった方がいいと思うしね。あ……ソルティスちゃんの診断を疑ってるわけじゃないのよ? 念のためね」
幼い少女を気にして、ムンパさんはそう付け加える。
「大丈夫です!」
ソルティスは、元気に答えた。
「むしろ私の診断結果を、コロンチュード様に確認してもらえる方が光栄ですから!」
両手を胸の前で組み合わせ、うっとりした眼差しの眼鏡少女。
(……さすが、コロンチュード・レスタ信者だ)
ムンパさんは「そ、そう」と若干引き気味になりながら、それでも笑顔を絶やさずに応じていた。
レヌさんはちょっと戸惑った顔だ。
きっとコロンチュードさんが何者か知らないからかな?
「大丈夫。コロンチュードさんは『金印の魔学者』なんだ。とってもいい人だよ」
「そ、そうなんですか」
僕の言葉に、ちょっと安心した顔になる。
「うん。ただ、研究好きで行き過ぎることがあるから、そこはがんばって。もし嫌な時は、『嫌!』ってはっきり言った方がいいからね。じゃないとどうなるか、保証できないから」
「…………」
付け加えたアドバイスに、なぜかレヌさんは、微妙な顔になった。
(……はて?)
ムンパさんは苦笑する。
キルトさんは頷いて、
「では、わらわたちはしばらく休息の日々としよう」
と宣言した。
僕ら4人は頷く。
そしてイルティミナさんが、ふと思い出したように、ムンパさんに訊ねた。
「あの……私が新しい『金印の魔狩人』になったことで、ギルドに見物の人々が集まり、ご迷惑をおかけしたそうですが、それはどうなりましたか?」
「ふふっ、もうだいぶ落ち着いたわ」
ムンパさんは優しい笑顔で答えた。
すでに就任から2ヶ月弱。
一部では、まだ新しい『金印の魔狩人』を一目見ようとしている人がいるけれど、大多数は、その熱狂から冷めているそうだ。
考えたら今も、僕らは問題なくギルド建物内に入れたもんね。
イルティミナさんは、大きな胸を手で押さえて、「そうですか」と安心したように息を吐く。
長く『金印の魔狩人』をやっているキルトさんは、
「ま、世間の興味とは、そんなものじゃ」
と笑った。
ムンパさんも笑って、
「今回の旅も色々と大変だったでしょう? 王家から呼び出されるまでは、どうかゆっくりしてちょうだいね」
と言ってくれた。
そうして話も終わり、僕らは、冒険者ギルドをあとにする。
「ではの」
「あ、あの、ありがとうございました」
ギルドの宿泊施設で暮らしているキルトさん、一緒に残るレヌさんとは、ここでお別れだ。
2人は、ギルド前の通りまで僕らを見送りに出てくれる。
特にレヌさんは、僕の手を握って、
「マールさんには、本当にお世話になりました。このご恩は、私、決して忘れません」
なんだか潤んだ瞳で言ってくる。
大袈裟だなぁ……と、僕は笑って、
「うん。僕もレヌさんと一緒にいられて、とっても楽しかったよ。それじゃあ、またね」
レヌさんは「はい」と切なそうに頷いた。
「…………」
後ろにいたイルティミナさんは、物凄く何かを言いたそうな目で僕を見つめてくる。……ん?
ソルティスがボソッと、
「無自覚」
と呟いた。
(はて、なんのこと?)
首をかしげる僕は、とても強く手を握ってくるイルティミナさん、あとに続くソルティスと一緒に、我が家へと向かう道を歩きだす。
そうして僕は、ギルドに残る2人に見送られながら、しばしの平穏な日常の中へと戻っていった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
実は8月は色々とありまして、あまり執筆が進みませんでした。
そのためストックが充分に溜まりませんでした……。なので申し訳ありませんが、もうしばらくの間、週2回更新とさせて下さいね。
※次回更新は、3日後の金曜日0時以降の予定になります。どうぞ、よろしくお願いします。




