195・任務の報酬!
第195話になります。
よろしくお願いします。
「このド阿呆が!」
ゴチンッ
キルトさんの拳骨が、僕の脳天に落ちる。うぅ……。
レヌさんの村を発った翌朝、空を飛ぶ僕らは、ツペットの町へと帰ってきた。
そして町の宿の一室では、怒った鬼姫様が待ち構えていらっしゃいました……。
(い、いや、僕が悪いんだけどね)
わかっていても、仁王立ちする姿はとても怖かったです。
「あ、あの、マールさんは私のために……だから、その」
レヌさんが必死の弁護をしてくれる。
でも、キルトさんは不機嫌そうに、
「そうであっても行動するならば、先に相談せい」
「…………」
「『闇の子』が停戦を口にしたとしても、実際に、そなたに手を出さぬ保障とはならぬ。万が一があったら、どうするのじゃ。そなたは『神狗』なのじゃ、マール。その身は、もはやそなた1人の物ではないと自覚しろ」
…………。
「……ごめんなさい」
僕は、素直に頭を下げた。
正直、そこまで深く考えてはなかった。
キルトさんの後ろにいる眼鏡少女ソルティスは、『馬っ鹿ね~』という顔をしている。
く、くそぅ……その顔が一番悔しいぞ。
と、
「まぁまぁ、キルト」
ポンッ
あの優しいお姉さんが、キルトさんの肩に触れた。
「む」
「そのぐらいにしてあげてください。マールも悪気はなかったのでしょうから」
イルティミナさんは、そう笑いかける。
キルトさんは、その顔を見つめて、
「む、むぅ……そなたがそう言うのならば、わらわは構わんが」
「ありがとう」
怒りの矛を収めるキルトさんに、イルティミナさんはにっこり微笑む。
イ、イルティミナさん……。
心配かけてしまったのに、僕を庇ってくれるなんて、なんて優しい人なんだろう。嬉しさと申し訳なさで、胸がいっぱいになってしまう。
「マール」
そして、彼女がこちらを向いた。
キルトさんは、そそっとソルティスのいる後ろへと下がっていく。……ん?
イルティミナさんは、ニコニコしていた。
「マール、村までの道中は大丈夫でしたか?」
「うん」
「そうですか。……優しい貴方のことです。今回は、色々と思うことがあったのでしょう」
そう言いながら、僕の両肩に手をかける。
やっぱり心配してくれてたのか、指の力が強くて、ちょっと痛い。
「ですが、もう二度としてはいけませんよ」
そうニコニコと笑った。
……?
どうしたんだろう?
僕のそばにいるレヌさんは、イルティミナさんを見つめながら、なぜだか青ざめている。
イルティミナさんの背後に見えるキルトさん、ソルティスの2人も、なぜかこちらに視線を合わせようとしない。
「あら、どこを見ているのです、マール?」
ギュッ
あ、痛い。
ちょっと強く肩を掴まれた。
ご、ごめんなさい、と、すぐ目の前にあるイルティミナさんの美貌を見る。
そして気づいた。
ニコニコの笑顔。
でも、それはまるで仮面みたいに変化がなくて、その目の下には、大きな黒い隈ができていた。
(え……?)
ゾワッと背筋が震えた。
イルティミナさんの白い手が、懐から1枚の紙きれを取り出す。
それは、何度も握り潰されたようにボロボロで、
「こんな書き置き1つで、私の前から姿を消してしまうなんて……いったい、どれほど私が心配したのかわかりますか?」
「…………」
震える僕は、ようやく気づく。
「マールがいつ帰ってもいいように、この2日間、ずっと眠らずに待っていました」
「…………」
「出会ったばかりの女と2人きりで、どこかへ行ってしまうなんて……えぇ、何もないと信じていましたよ。信じていましたけれど、私の胸がどれほど張り裂けそうになっていたか、わかりますか?」
……イルティミナさんは、凄く怒っていらっしゃる!
(は、はわわわ!)
僕はガタガタ震えながら、他の3人に助けを求める視線を送った。
ソルティス、サッと視線を外す。
キルトさん、サッと顔を逸らす。
レヌさん、何も見えない聞こえないと、目をギュッと閉じてしまう。
「あら? また、どこを見ているのです、マール?」
ギュギュッ
か、肩が痛いです!
イルティミナさんのニコニコ笑顔に迫られて、僕は震える声で謝った。
「ご、ごめんなさい、もうしません!」
「……本当に?」
「ほ、本当です。もう2度と、イルティミナさんの前から黙って消えたりしないから!」
全力宣言。
イルティミナさんは笑顔のまま、笑っていない真紅の瞳でジーっと僕を見つめる。
判決を待つ囚人の気分。
やがて、彼女は頷いた。
「よろしい」
そうして、僕の頭を、柔らかな胸に挟み込むように抱きしめる。
「本当にマールは悪い子でしたね。次は許しませんよ?」
「は、はい!」
上官に応える下っ端兵のように、僕は大声で返答した。
そんな僕の髪を、彼女は満足そうに撫でている。
――この日、イルティミナさんを絶対に怒らせてはいけないと、僕は学んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「まぁ、スノーバジリスクに遭遇したのですか?」
アービンカ装備店へと向かう道すがら、僕のした話に、イルティミナさんは驚いた顔をした。
ちなみに、彼女の手はしっかり僕の手を握っている。
それはもう、がっちりと。
(……ちょっと痛いぐらいだよ)
でも、それぐらい心配させたのだから、仕方がない。
イルティミナさんの空いている手が、僕の頬に貼られた湿布に触れる。
「それで、このような火傷を……?」
「う、うん」
「あぁ、なんという……その時、そばに私がいられれば、このような怪我は決してさせなかったものを。本当にごめんなさいね、マール」
酷く後悔した顔をする。
これは僕の勝手な行動の結果で、イルティミナさんが謝ることじゃないのに……。
後ろを歩くレヌさんも、責任を感じているのか、小さくなってしまっている。
逆にキルトさんは、あごに手を当てて感心したように、
「ほう? それで、そのスノーバジリスクは倒せたのか?」
「うん、なんとかね」
「そうか。……マールの魔狩人としての腕も、そこまでになったか」
なんだか師匠の顔つきで、しみじみと頷いている。
ちなみに、その時に『妖精さん』たちに助けられたことを伝えたら、3人とも、とても驚いていた。
特にあの眼鏡少女は、
「ちょ……その村の場所っ、詳しく!」
「は、はいっ」
メモを片手に詰め寄って、レヌさんをとても困らせていた。
気持ちはわかるけど、ほどほどにね、ソルティス?
そうこうしている内に、僕らはアービンカ装備店へと到着する。
入店すると、すぐに店主のアービンカさんが待っているという応接室へと通された。
「やぁ、来たね」
赤毛を三つ編みにしたドワーフの女性、アービンカさん。
彼女は、笑顔を浮かべて、
「約束の妖精鉄は、用意できてるよ」
「うむ、そうか」
頷くキルトさん。
と、アービンカさんは、大きな手で頭をかいて、
「といっても、今朝方仕上がったばかりで、まだ地下の作業場にあるんだけどね。すぐ取ってくるから、少し待ってておくれ」
そう言って、僕らをソファーへと座るように促した。
待機していた部下に、飲み物を持ってくるようにと命じるアービンカさん。
僕らは、それぞれにソファーに腰を下ろそうとして、
「さぁ、マール」
先に座ったイルティミナさん、僕に向かって、自分の膝をポンポンと叩いてみせた。
…………。
いやいやいやっ。
(さすがに、それは恥ずかしいよね?)
戸惑う僕に、イルティミナさんは長い髪をサラリと揺らして、首をかしげる。
「マール? 嫌なのですか?」
「…………」
「……私のそばには、いたくないですか?」
「…………」
うぅぅ……すっごく悲しそうな顔だ。
(し、心配かけちゃったし、今日ぐらいは……)
我慢だ、マール。
僕は、顔を真っ赤にしながら、イルティミナさんの太ももにゆっくりとお尻を押しつけた。
「ふふっ」
ギュッ
イルティミナさんは、僕を抱きしめ、とても幸せそうである。
お、重くはないのかな?
そんな僕らに、キルトさんとソルティスは呆れた顔をして、レヌさんはポカンとしている。
(あんまり見ないで……)
僕の男心は、泣きそうだ。
アービンカさんも、目の前の光景に唖然とした顔だった。
「何やってんだい、アンタら?」
「ま、色々あっての」
キルトさんが苦笑しながら、僕が勝手に2日間も外出して心配かけたことを教える。
それを聞いたアービンカさんは、
「なるほどね、そういうことかい」
と大いに納得して頷いた。
それから、そのドワーフの鍛冶師さんはイルティミナさんを見て、
「その子のことが、よっぽど可愛いんだねぇ」
「はい、もちろんです」
即答するイルティミナさん。
僕の髪を幸せそうに撫でている。
その様子を眺めながら、アービンカさんは言った。
「でもねぇ、そこまですると逆効果じゃないのかい?」
「え?」
「大事にするのは結構だけど、だからって、あんまり束縛すると嫌われるよ?」
「き、嫌われ……?」
思わぬ言葉に呆けるイルティミナさん。
恰幅の良いドワーフのアービンカさんは、ソファーの背もたれに寄りかかりながら、彼女を見つめる。
「アタシの夫も10ぐらい年下なんだよ」
「…………」
「だから経験あるんだけどさ。若い男ってのは、結構わがままなもんだ。でもね、ある程度、自由にさせた方が、実は『いい男』に成長するもんなのさ。自由にさせながら、手のひらで転がしてやるんだよ」
「…………」
「アンタの方が年上なんだから、その子のことをドーンと受け止めてやんなよ。それが『いい女』って奴さ」
年の差カップルの先達は、そう忠告した。
さすがのイルティミナさんも神妙な顔である。
そのまま僕を見て、
「……嫌でしたか、マール?」
「えっと……ちょっと恥ずかしかったかな」
曖昧に笑いながら、正直に答えた。
イルティミナさん、ショックを受けた顔だ。
「……すみません」
ポフッ
しょんぼりしながら、膝の上から隣のソファーへと僕を下ろす。
(な、なんだろう?)
なんだか、こっちの方が罪悪感あるんだけど……。
困惑する僕。
と、キルトさんが少し驚いたようにアービンカさんを見ていた。
「そなた、結婚していたのか?」
「まあね。子供だって2人いるよ」
「そうであったか」
独身の鬼姫様も、ちょっと見る目が変わっている。
ちなみにアービンカさんの話によると、彼女の旦那様は、この装備店の鍛冶師の1人だったらしい。
仕事中のその熱心な姿に、アービンカさんが一目惚れして、熱烈なアタックの果てにゴールイン。
今も旦那様は、地下の鍛冶場で働いていて、2人の息子さんも、もう鍛冶師見習いとして働いているんだって。
「約束の妖精鉄を加工してくれたのも、うちの旦那だよ」
アービンカさんは、そう教えてくれた。
(へ~、そうなんだ?)
ちょっと興味深い話。
僕だけでなく、他のみんなも気になっている様子だった。恋愛話って、みんな好きだよね~。
アービンカさんは、苦笑して、
「なんだったら、今から旦那のいる地下作業場に行ってみるかい?」
と提案。
もちろん、僕らは満場一致で頷いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
地下作業場というのは、単なる地下室かと思ってたんだけど、そうではなかった。
階段を降りた先には、長い通路が続いていたんだ。
「ツペットの活火山の地下に流れてる溶岩を、鍛冶に利用してるからね」
その場所まで、しばらく歩くんだそうだ。
(なんか、坑道みたい)
照明の灯されたそんな道を歩いていく。
途中で何回か、装備店の職員さんとすれ違ったりもして、みんな、店主であるアービンカさんに頭を下げている。
今更だけど、装備店の女社長なんだもんね。
やがて、凄い熱気が奥から流れてきて、カンカンという金属のぶつかる音も聞こえてきた。
(わっ?)
前方が赤い光に染まっている。
近づくと、そこは体育館みたいに広い空間だった。
そこには幾つもの炉だったり、金床だったり、ハンマーだったり、大きなペンチだったり、鋼材だったり、水桶だったり、色々な道具が用意されている。
そして右の壁には、灼熱に光り輝く液体が、大量に上から下に流れていた。
(マグマだ……)
その輝きが、この空間内を赤く染めていた。
溶岩は、プールのような場所に溜まり、そこから幾本もの細い流れとなって流れている。
その細いマグマの近くには、鍛冶師らしい人の姿が何人もいて、そのマグマに鋼材を入れたりしながら作業をしている。
カン カン
金属の弾ける音と匂いが充満している。
ここで働いている鍛冶師さんは、ザっと見た感じで40~50人ぐらい。
結構な人数だ。
「あんなにマグマに近づいて、熱くないの?」
僕は、不思議に思って問う。
アービンカさんは、肩を竦める。
「そりゃ、熱いに決まってる。でも、鍛冶師は熱を操ってなんぼだろ? 修行している内に、意外と慣れるもんさ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そんなもんかな?
僕以外の4人も驚いた顔だ。
(でも前世でも、天ぷらの油に指入れて、温度を確かめるような料理人さんもいるもんね)
短時間なら、マグマのそばにいられる人もいるのかもしれない。
「職人とは、凄いものじゃの」
あのキルトさんも感心した顔だった。
(うん)
そして僕らは、そんな凄い人たちの作った武器や防具を扱っているんだね。
無意識に、『妖精の剣』の柄に触れる。
こんな苦労の果てに出来上がっているのだという事実を、忘れてはいけないなと思った。
アービンカさんは、近くの作業員に声をかけて、その人は奥の作業場に向かっていき、やがて、別の男性が1人、戻ってきた。
「アービンカ、どうした?」
男性のドワーフさんだ。
上半身の筋肉ががっしりしていて、頭にタオルを巻いている。
体中から、凄い汗を流していた。
「これがアタシの旦那だよ」
アービンカさんはそう笑って、紹介してくれる。
そして、
「作業中に悪いね、トッタ。ほら、例の客だよ」
と、旦那様に教えた。
彼は「あぁ」と驚いた顔をして、
「あのアービンカの盾を、事も無げに斬ったっていう子供かい?」
「そうだよ」
……あ~、そういう覚え方なのね。
ちょっと恥ずかしくなる僕である。
トッタさんは、頭のタオルを外して、僕らに丁寧に挨拶をしてくれた。
それから部下に、『妖精鉄』を持ってくるように命じる。
やがて、それを持って現れたのは、僕やソルティスとそう年の違わないドワーフの少年2人だった。
「アタシの自慢の息子たちさ」
アービンカさんは、そう笑った。
彼らとも挨拶をして、僕らは木箱に入れられたそれを確認する。
青く半透明の装甲。
その鎧の部品が10枚ほど、組み立てる前の状態で、箱の中におが屑と一緒に収められている。
組み立ててないのは、一度、組み立ててしまうと細部の調整が難しくなるからだそうだ。
「あとは親父に頼んで、組み立てと調整をしてもらいな」
アービンカさんは、そう言った。
彼女の父親ベナスさんは、シュムリア王国の王都で防具屋をやっているドワーフのお爺さんで、腕はアービンカさんやトッタさんよりも上らしい。彼に最終調整を頼んだ方がいいとのことだ。
「うむ、確かに受け取ったぞ」
キルトさんは頷いた。
もともとテテト連合国に来たのは、この妖精鉄を手に入れるためだった。
紆余曲折あったけれど、
(ようやく目的を果たせたね)
僕は、心の中でしみじみと達成感を味わった。
やがて僕らは、トッタさんや息子さんと別れて、地上のお店に戻る。
アービンカさんは、お水を用意してくれて、「しっかり飲んどきなよ」と汗をかいていた僕らを気遣ってくれた。
テテトの大地は雪も降る寒さなのに、こんなに汗をかくことになるとは、なんとも不思議な体験だった。
でも、職人集団の現場を見れて、ちょっと楽しかったな。
そして、あれだけの職人さんたちよりも上だというベナスさんは、本当に凄い人なんだと改めて思ったよ。
(そんな人に、剣や鎧でお世話になれるなんて……)
僕って果報者かもしれない。
やがて、キルトさんが受領書などを書いたり、証明書などを受け取ったりして、『妖精鉄』は正式に僕らの物になった。
「時にアービンカ、ちと頼みがあるのじゃが」
「ん、なんだい?」
唐突にそう言うと、キルトさんはアービンカさんとヒソヒソ話をする。
(?)
会話が止まり、2人はレヌさんの方を見た。
「…………」
「…………」
またヒソヒソ会話。
アービンカさんは、少し難しい顔をしていたけれど、
「これは、このキルト・アマンデスへの貸しとなる。あっちの女も、新人とはいえ『金印』じゃぞ? 恩を売って損はあるまい?」
「そうだねぇ」
キルトさんの言葉に、ようやく頷いた。
「ま、アンタらは悪人にも見えないしね。事情があるんだろうさ」
「うむ」
「わかった、手を貸すよ」
そうして2人の女傑は、固い握手を交わしたのだった。
(はて?)
キルトさんはいったい何を頼んだのだろう?
残された僕ら4人は、思わず、お互いの顔を見合わせてしまった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の火曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




