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192・雪森に隠された村

第192話になります。

よろしくお願いします。

 あれから数時間、空を飛び続けた。


 東の空には、太陽が顔を出している――もう夜明けだ。


(……少し眠いなぁ)


 レヌさん曰く、もうギタルカ領に入っているとのこと。


 けれど、レヌさんの生まれ育った村は、領土の外れの方でもう少し距離があるんだって。


 ツペットの町から、ここまで直線距離でも500キロ以上はあったと思う。


(確かに、陸路だったら3日で往復は無理だよね……)


 僕は、白い吐息をこぼす。


 そんな僕らの眼下には、朝日に照らされる銀世界が広がっている。


 樹氷の乱立する白い樹海。


 広大な雪原。


 凍りついた湖。


 雪の山脈たち。


 時折、その白い世界で動いているのは、そこで暮らしている動物や魔物の姿だ。


 ヒュオオ


 僕らの吐く息は、白く染まって後方へと流れていく。


 太陽の光の温かさを、ほんのり肌に感じていると、


(あ……街だ)


 遠方の川沿いに、六角形の城壁に包まれた街を発見した。


 結構、大きい街だ。


 街の中心部には、小さなお城みたいな建造物も見えている。


「ギタルカ領の領都ガーペントです」


 レヌさんが、そう教えてくれた。


(へぇ……)


 テテト連合国は、20の小国でできている。


 ギタルカ領は、その小国の1つ。


 その領都ガーペントには、その小国の王である領王様がいるんだそうだ。


 つまり小さいけど、ここは一国の首都なんだね。


「私も冒険者をしていた時は、このガーペントの冒険者ギルドを拠点にして活動していました」

「へ~、そうなんだ?」


 レヌさんの言葉に、僕は頷いた。

 それから、


「ちょっと寄ってみる?」


 と訊ねた。 


 徹夜で飛行していたし、少し休憩するのもいいかな、と思ったんだ。


 でも、レヌさんは、首を横に振った。


「いいえ、このまま行きましょう」

「……どうして?」

「街に入るには、通行税が必要になります。マールさんは大丈夫ですが、私は『魔血の民』だから……通行税が5倍になるんです」


(……は?)


「飲食店や宿屋の値段も、だいたい3~5倍なんです。なので……」


 悲しげな、どこか諦めたような声。


 テテト連合国は、北東に行くほど『魔血の民』への差別が強くなる――そう教えられてはいたけれど。


(そんなに酷いなんて……)


 なんで、そんな風になってしまうのだろう?


 レヌさんの差別を受けていた過去も聞いていたけれど、僕は、悔しくて、歯がゆくて仕方がない。


「…………」


 そんな僕の横顔を、レヌさんは見つめる。


 キュッ


 僕の首に回されていた腕に、少しだけ力がこもった。


 なぜか優しい声で、


「それに私は、同じギルドの仲間を襲ってしまいました。そのまま行方の分からなくなった私は、きっと犯罪者として扱われています。だから街には、近づかない方が良いと思うんです」


 と付け加えた。


 ギルドの仲間って、レヌさんの必死に集めた仕送り品を横領した人たちじゃないか。


 それに冒険者ギルドも、面倒を嫌ってレヌさんに何もしてくれなかった。


 それを犯罪者扱い……?


「……うん、そうだね」


 僕は頷いた。


「あんな街、近づかない方がいい。僕も、もう行きたくない」

「……はい」


 レヌさんは、儚げに笑った。


 石で造られた灰色の街。


 雪の白さの中で、それは黒ずんで見えて、なんだか、とても冷たい印象を与えてくる。


 バヒュッ


 僕は、背中にある金属の翼を羽ばたかせた。


 虹色の輝きを残しながら、領都ガーペントから遠ざかるように背を向けて、夜明けの空へと一気に加速していった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「あ……。あそこです」


 2時間ほどした頃、レヌさんの褐色の指が地上へと向けられた。


 その先にあるのは、山間にある樹海だ。


 雪の積もった1本1本の樹が直径3メードほど、樹高も30メード以上という巨木ばかりだった。


(……生えてるのはみんな、樹齢1000年とかだったりしそうだね)


 僕からは、村はまだ見えない。


 でも、レヌさんの言葉を信じて、僕は背中の翼を虹色に輝かせながら、そちらへと進路を向けた。


 ヒュオオン


 風を切って降下しながら、樹々の上ギリギリを滑空する。


(あ……)


 木々の切れ間に、木造の建物が見えた。


 バフッ


 翼を大きく広げて減速し、大きな弧を描くように旋回しながら、樹々の隙間を抜けてそこへと着地をした。


 トトト……っと、小走りのように雪の地面へと足をつける。


(ふぅ)


 無事、着地成功。


 大きく息を吐く僕を残して、防寒ローブを脱いだレヌさんは、建物の方へと雪を蹴って駆けだした。

 

 わ、待って!?


 慌てて追いかける。


 防寒ローブもなく薄着だというのに、レヌさんは寒さも忘れて、赤毛の髪と白い吐息をたなびかせながら走り続けた。


 やがて、足が止まる。


「はぁ、はぁ」


 レヌさんの荒い呼吸。


(ふぅ、ふぅ)


 雪の中を走るって、大変だ。


 僕もようやく追いついて、その隣で、肩を上下させて息をする。


 そして顔を上げ、


「……え?」


 そこからの光景に驚いた。


 そこは、樹海の木々に隠れるようにして造られた小さな村だった。


 かつてイルティミナさんの精神世界で見たような、隠れ里のような雰囲気……もしかしたら、レヌさんの村も『魔血の民』たちが隠れて暮らす村の1つだったのかもしれない。


 そして、その村は……イルティミナさんの故郷と同じように滅んでいた。


 壊れた家屋。


 放棄された田畑。


 村を包む木の柵は、あちこち倒れている。


 それらの残骸の上に、雪が重く降り積もっていた。


 僕が目にした木造の建物も、よく見たら、辛うじて外観が残っているだけで、屋根には穴が開き、壁は腐って崩れている場所もあったんだ。


(な、何これ……?)


 僕は、唖然となった。


 それから、ハッと我に返り、恐る恐る、隣のレヌさんの横顔を見上げる。 


「…………」


 でも、レヌさんの表情に驚きはなかった。


 その瑠璃色の瞳にあるのは、深い深い悲しみの色……それだけだ。


(レヌさんは……知ってたの?)


 自分の故郷の村が滅んでいたことを……?


 サクッ


 雪を踏みしめ、レヌさんが歩きだす。


「両親と妹の墓は、こっちにあります」

「う、うん」


 僕は慌てて、あとを追う。


 サクッ サクッ


 2人で、誰もいない、雪に埋もれた廃墟の村を歩く。


 ……聞いていいのかな?


 子供の僕にはわからなくて躊躇していると、前を歩くレヌさんは、悲しみの宿った声で教えてくれた。


「両親と妹が死んだ時、同じように大勢の村人たちが飢えによって死にました。村を存続させることができないほどに人が減って、この村は放棄されたんです」

「……そうなんだ」


 イルティミナさんの故郷のように、『人狩り』に襲われたわけではないんだね。


 それには、少しだけ安心した。


 でも、大勢が亡くなって、自分たちの暮らしていた村を捨てる決心をするのは、どれだけ苦しかっただろう?


 そして、自分の生まれ育った村のこんな光景を見るレヌさんの気持ちは……。


(…………)


 やがて、レヌさんの足が止まったのは、村の外れだった。


 そこには、雪の積もった木の杭が何本も……いや、何十本も立っている。


 これが、全部……。


 レヌさんは、その中で寄り添うように立つ3本の木の杭に近づいた。


「ただいま、父さん、母さん、コリーヌ」


 褐色の手が、木の杭に積もった雪を払い落とす。


 そのまま、杭の表面を撫でる。


「……私ね、シュムリア王国に行くことになったの。もしかしたら、もう帰って来れないかもしれない。……ごめんね」

「…………」

「でも、行かないといけないの」


 その瞳にあるのは、自身の犯した罪に震える心。


 贖罪のために。


 彼女は、異国の地へと赴く覚悟を決めている。


(レヌさんは、何も悪くないよ……)


 そう言いたかった。


 けれど彼女の心は、それを納得しないし、受け入れてもくれないだろう。


 だから、僕は黙っているしかなかった。


「…………」


 代わりに、防寒ローブを脱いで、彼女の震えている身体にかけてやる。


 それに気づいて、レヌさんはこちらを見た。


 僕は、両手を合わせる。


 レヌさんのご両親と妹さんのお墓に向かって、目を閉じて、しばらく頭を下げた。


「…………」

「…………」


 テテトの冷たい風が、僕らの身体を撫でながら、樹海の空へと吹き抜けていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕らは、少し村で休むことにした。


 比較的、構造のしっかりと残った家屋を借りて、毛布にくるまって横になる。


 レヌさんもすぐ隣で、横になった。


(ちょっと……疲れたかな)


 徹夜で飛び続けたからか、僕の意識は、すぐに途切れて、そのまま眠りの世界に落ちていった。


 …………。

 …………。

 …………。


 どのくらい眠っていたのだろう?


 目が覚めたら、周囲は薄暗くなっていた。


(あれ?)


 レヌさんがいない。 


 床には、毛布だけが残されている。


 立ち上がった僕は、建物の外に出た。


 頭上の空には、星が輝いていた――もう夜だ。


(……僕、何時間、眠ってたんだろ?)


 ずいぶんと長く休んでしまったみたいだ。


 サクッ サクッ


 雪を踏みしめ、歩いていく。


 レヌさんは、すぐに見つかった。


 村人たちのお墓の並んだ場所、レヌさんの家族が眠っている場所の前で、彼女は膝を抱えて座っていた。


 いったい、いつからいたのだろう?


 その癖のある赤毛の髪や、服の肩に、白い雪が積もってしまっている。


「レヌさん」


 僕の声に、ピクッと震え、彼女は振り返った。


 積もった雪がこぼれる。


「……マールさん、起きたんですね」

「うん」


 その褐色の手に触れると、氷みたいに冷たくなっている。


 僕は、すぐに火の魔石を使って、焚火を起こした。


 お湯も沸かして、彼女に飲ませる。


「眠っちゃってて、ごめんなさい。寒かったでしょ?」

「……いいえ」


 レヌさんは、儚げに笑った。


「家族や村のみんなに色々と話しかけていて、寒いことも忘れていました」

「…………」


 それにしても、ずっと外にいるなんて。


(もしかしたら、レヌさん、このまま凍死してもいいやって、思っていたのかも……)


 つい昨日、目覚めたばかりの彼女の行為を思い出す。


 僕は、もっと彼女の行動に、注意してあげなければいけなかったかもしれない。


 今のレヌさんは、美味しそうにお湯を飲んでいる。


「…………」


 僕は、お墓の方を振り返った。


 レヌさんの両親と妹さんが眠っているという3本の木の杭を見つめる。


 魔物から人に戻ったレヌさん。


 でも僕らは、その身体を治すだけでなく、その心も助けなければいけないんだと思った。


(……だけど、どうしたらいいのかな?)


 僕は、天を仰ぐ。


 山奥深くにある樹海の中の村、その樹々の先端の向こうには、綺麗な星々が煌めている。


 そこに輝く月光が、雪の大地に淡く反射している。


 その光と対比して、樹々の奥は薄暗く、どこまでも続く不安の闇が広がっているようだった。


(?)


 その時、その闇の中を『青白い光』が通り抜けた。


 え、何?


 淡い輝きの光の玉が1つ。


 樹々の向こうにチラチラと見え隠れしている。


 キョトンとしていると、ふと右の腰に差していた『妖精の剣』に気配を感じた。

 ……え?


 鞘から少しだけ抜くと、青白い透明な刀身が淡く輝いている。


(え? な、何これ?)


 困惑する僕。


「……? マールさん?」 


 気づいたレヌさんが声をかけてくる。


 と、その時だ。


『――――』


 何かが僕に囁いた。


 声ではなくて、頭の中に直接響くような感情のみの言葉だ。


『――危ないよ?』


 そう翻訳できる気がした。


 その瞬間、


 バキッ ズゥン メキキッ


 雪の大地に震動が走って、背後から、樹々の軋むような音がした。


「!?」

「な、何?」


 僕とレヌさんは、慌てて立ち上がる。


 なんだ?


 あの樹々の向こうの闇から、何かが近づいてくる?


 ズゥン ズズゥン


 音が少しずつ大きくなる。


 僕は、『妖精の剣』を鞘から抜き放った。


 焚火に照らされて、美しい刀身が濡れたように光り輝く。


 不意に、音が消えた。


「…………」

「…………」


 その時、流れる風の中に、生臭い臭いが混じった。


 そして、闇の奥からヌッと、ある物体が焚火の光の中に現れる。


 それは巨大な角を生やした雪鹿だった。


 この地方にいるという野生動物だ。


 その上半身が、焚火の炎に照らされている。


(……?)


 でも、おかしい。


 雪鹿は大きな動物だけれど、あの頭の位置は、想像される体格と比べて異常に高い位置にある。


 そう思った時、


 メキッ


 変な音がして、雪鹿の頭部が揺れた。


「!」 


 違う、雪鹿だけじゃない!


 メキッ メキキッ


 雪鹿の下半身は、闇に隠れた巨大な口に飲み込まれていたんだ。


 その上半身も、少しずつ飲まれていく。


 闇が揺らめき、その雪鹿を食らう巨大な怪物が姿を現した。


 真っ白な体毛。


 竜にも匹敵する巨大なトカゲの体躯。


 カメレオンのような眼球。


 そして、頭部の潰れたトサカ。


 メキョン


 雪鹿の肉体が、その魔物の口の中に完全に消えた。


 ポタタ……ッ、と口の端から、鮮血が雪の大地にこぼれ落ちる。


 レヌさんが、震える声を出す。


「……スノーバジリスク」


 それに反応するように、巨大な眼球が僕らを見る。


 そこに灯る怒りと復讐の炎。


 僕に傷を負わされた、雪世界に君臨する悪食の怪物が、再び僕らの前に姿を現していた。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の金曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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