187・ツペットの町へと帰って
第187話になります。
よろしくお願いします。
「このままでは、風邪をひいてしまいますね」
イルティミナさんは、そう言いながら、着ていた防寒ローブを外して、雪の地面に倒れている裸の女性へとかけてやる。
魔物から人に戻った女性。
年齢は、20~25歳ぐらいだと思う。
褐色の肌に、癖のある長い赤毛。
結構、美人さんだ。
「ちょっと、ジロジロ見てんじゃないわよ」
ゲシッ
(あいてっ)
ソルティスに、足を軽く蹴られた。
(でも、言われてみればその通りだよね)
僕は、慌てて視線を外す。
「ふむ。気を失っておるのか?」
キルトさんが問いかけ、イルティミナさんは女性を抱き起こしながら、「はい」と頷いた。
「全身の細胞を、一気に変質させたからね」
とは、魔法を使ったソルティス。
「反動も大きいはずよ。しばらくは、目を覚まさないと思うわ」
「そうか」
キルトさんは頷き、少し考えるように沈黙する。
それから僕らを見て、
「あいわかった。イルナ、ソル、2人はここでその女を看ておれ。何もないとは思うが、油断はするでないぞ」
「はい」
「ん、了解よ」
「マール、そなたはわらわと共に来い。坑道に入るぞ」
(坑道に?)
「『闇の子』たちが閉じ込めたという、テテトの連中を助けに行く」
「あ、うん。わかった」
僕は、大きく頷いた。
そうして僕らは2手に別れた。
イルティミナさんとソルティスは、この場に残り、女性の看病をする。
そして僕とキルトさんは、山脈の崖壁に造られた入り口から、真っ暗な坑道の中へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
コツン コツン
足音を響かせ、僕とキルトさんは、光鳥の明かりを頼りに坑道を進んでいく。
高さ3メードほどの暗闇の道。
アクアマリンの宝石のような青い輝きが、時々、壁の中に見えている。
天然の洞窟とは違って、所々に、崩落防止のための補強の木枠が造られていた。
そして、その坑道には、たくさんの巨大蟻の死骸があった。
(…………)
引き千切られた四肢、緑色の血液が、岩の床や壁に散乱している。
それが光鳥の魔法の光に照らされて、坑道の先まで延々と転がっていた。
僕らが女王蟻を倒すまでの短い時間。
その間に、これだけの数の巨大蟻を倒せるなんて、
(……本当に、とんでもない連中だ)
『闇の子』たちの戦力には、改めて、脅威を覚える。
キルトさんも同じ思いなのか、無言のまま、その惨状を厳しい表情で見つめていた。
しばらく進むと、作業員の休憩部屋があった。
入り口には、巨大な岩が置かれて、開かないようになっている。
「ふむ、ここか」
ガコッ ゴロッ ゴロロン
力持ちのキルトさんが岩を転がして、僕らは中へと入る。
(あ……っ)
作業道具などが置かれた室内には、テテトの兵士さんや冒険者さんたちが倒れていた。
慌てて駆け寄る。
近寄って、呼吸を確認した。
息は……ある。
規則正しい呼吸が、鼻先にかざした手のひらに繰り返されていた。
キルトさんは全員の脈も確認して、
「ふむ……皆、眠っているだけのようじゃ」
と安心したように言った。
(よ、よかった)
僕も安堵の息を、大きく吐いた。
それから僕ら2人は、全員を起こして、彼らに事情を聞いた。
起きた直後は、彼らも少し混乱していたけれど、
「アンタらがいなくなってしばらくしたあと、どこからか妙な煙が流れてきたんだ」
と教えてくれた。
(妙な煙?)
それを吸った途端、猛烈な眠気に襲われ、それからの記憶はないという。
証言は、みんな同じだった。
キルトさんは「ふむ」と顎に手を当て、考える。
「恐らく、『闇の子』の連中の仕業じゃな」
と言った。
「魔物の中には、そういう能力を持つ種類もいる。人から変身した魔物の中に、そのような能力の者がいたのであろう」
と推測してくれる。
(なるほどね)
でも、もっと乱暴な方法で閉じ込められている可能性も考えていたから、本当に良かったよ。
そう言うと、キルトさんは、少しだけ複雑そうな表情で、
「それだけ、停戦と共闘が本気なのであろうよ」
「…………」
僕も同じ表情になってしまった。
そうして、僕らは、閉じ込められていたテテトの人々と一緒に坑道を出る。
ちなみに、突然、眠らされたためか、全員、『闇の子』たちの姿は目撃していなかった。
なので、巨大蟻以外の魔物に眠らされたみんなを守るために、僕らが安全な坑道内の部屋に閉じ込めたことにして、坑道内の全ての巨大蟻を倒したのも、僕ら4人がやったことにしておいた。
(まさか、『闇の子』の存在を知らせるわけにはいかないもんね)
敬意と尊敬の眼差しを浴びながら、
「ま、よかろう。連中の手柄を奪うことには、心も痛まぬしの」
「うん」
僕とキルトさんは、共犯者の笑みで、こっそりと笑い合った。
そして、僕らは陽の光の下に出て、イルティミナさんたちと合流する。
やっぱり、人間に戻った女性は、まだ目覚めていなかった。
キルトさんは、テテト軍の隊長さんと討伐証明書の手続きをしたりして、やがて、僕らの元へ戻ってくる。
「やるべきは終わった。では、ツペットの町に帰るぞ」
「うん」
「はい」
「そうしましょ」
僕ら3人は、頷いた。
眠ったままの女性は、イルティミナさんが背負って、馬車まで運んだ。
ギュッ ゴトトン
雪を踏む音がして、車輪が回りだす。
(…………)
深い雪山にあった不思議な環状列石と地下坑道。
テテトの兵士さんや冒険者さん、みんなに見送られながら、僕らは『妖精の郷』をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
「よくやってくれたよ、アンタたち!」
ツペットの町に戻ると、3日ぶりに会ったアービンカさんは、僕らの示した討伐証明書と討伐の証である女王蟻の大鋏に、喜色満面で僕ら1人1人を強烈にハグしてくれた。
バンバン
(いたた……っ)
背中を叩かれ、ちょっと痛い。
他のみんなも同じことをされ、ソルティスなんかは「ケホケホッ」と咳き込んでいたりする。
「約束だ。報酬の妖精鉄は、すぐに用意するよ!」
アービンカさんは、両手を広げて言う。
それに僕ら4人は、顔を見合わせ、
(やったね)
そう笑い合った。
もともと、テテト連合国へは、妖精鉄を手に入れるために来たんだ。
その目的が、ようやく達成した。
「ただね、まだ妖精鉄そのものは禁輸状態だ。一応、防具の部品に加工して、商品として手渡すよ。それなら、国境で引っ掛かることもないからね」
「ふむ、そうか」
アービンカさんの提案に、僕らは頷く。
「部品は、シュムリアに戻ったら、親父に調整してもらいな」
「うん」
「新しく採掘されるのを待つのも嫌だろう? とりあえず、うちの在庫の妖精鉄を加工してやるよ。ただ、そのために3日ぐらい時間をおくれ」
それまでは、アービンカさんの紹介した宿に泊まっていてくれ、とのことだ。
もちろん、代金はアービンカさん持ちだって。
(……いいのかな?)
なんだか厚待遇すぎて、申し訳ない気がするよ。
「構わないさ。妖精鉄がまた採れることの方が、よっぽど大事だからね」
「ふむ、ならば言葉に甘えようかの」
キルトさんも了承する。
そうして僕らは、しばらくツペットの町に逗留することになった。
◇◇◇◇◇◇◇
ツペットの町は、活火山の上に造られている。
地下を流れるマグマを利用して鍛冶をする、鍛冶職人の町として有名だそうだ。
でも、もう1つ、この町には有名なものがあるんだって。
それは、
「――温泉だ!」
僕は、白い湯気を上げる目の前のお風呂を見つめて、目を輝かせた。
そこは、アービンカさんに紹介された宿。
かなり高級そうな宿屋で、料金も高そうだった。
そうして案内された客室には、なんと、部屋に備え付けの露天風呂が用意されていたのだ。
僕の反応に、大人たちは満足そうだ。
「地熱の影響での。ここは年中、お湯が沸きだしてくる土地なのじゃ」
「観光地というほどではありませんけれど、傷や疲れを癒しにくる冒険者などは、よく訪れるようですよ」
そう教えてくれるイルティミナさんとキルトさん。
(へ~、そうなんだ?)
試しに指を入れてみると、うん、温かい。
匂いも、硫黄のような香りがする。
……なんだか、前世の世界を思い出してしまって、ちょっと懐かしい気持ちだった。
荷物を下ろしたソルティスも、隣にやって来て、
「ふ~ん? 私も温泉って初めてかも」
お湯を触りながら、そんなことを呟いていた。
キルトさんは、笑う。
「なら、早速、皆で入るとするか」
(うん!)
と答えたかったけれど、さすがに男の僕は一緒に入れない。
先にみんなに入ってもらって、あとで寂しく1人で入ろう……。
と思ったら、
「さぁ、では、マールも着替えましょう」
イルティミナさんが僕の身体を抱き寄せて、勝手に服を脱がせ始めた。
……って、ちょっと!?
「イ、イルティミナさん、何してるの?」
「何って……服を脱がなければ、入れませんよ?」
キョトンとするお姉さん。
いやいや、そうじゃなくて。
「ぼ、僕、あとで1人で入るから」
「何を水臭いことを。今までも何度も一緒に入っているではありませんか。ほら、万歳をして」
無理矢理、万歳させられて、上着を脱がされる。
ひゃああ……。
抵抗するも、手慣れたお姉様の技量で、素早く脱がされていってしまう。
「ちょ、イルナ姉!?」
さすがのソルティスも、顔を真っ赤にして姉に抗議した。
「私、マールと一緒に入る気ないわよ!」
「まぁ、ソルまで?」
「当たり前でしょ? わ、私の裸は、こんな奴に簡単に見せるほど安くないのよ!」
い、いいぞ、ソルティス。
(もっと言ってやって!)
思春期の僕らの羞恥心を、甘く見ないで欲しいのだ。
けど、そんな僕らの様子を眺めていたキルトさんは、「くっくっ」と苦笑いしながら、
「2人とも安心せい」
(え?)
「この宿には、混浴用の湯着も用意されておる。それを身に着ければ問題なかろう?」
ヒラヒラ
宿の部屋着と一緒に備えられていた、白い布地を揺らす。
「…………」
「…………」
白い歯を見せて笑う表情は、わざと先に伝えなかった確信犯のそれだ。
くぅぅ……。
「さ、これで安心ですね、マール」
スッポン
油断している隙に、また1枚、イルティミナさんに脱がされてしまう僕でした……ひゃああ?
ご覧いただき、ありがとうございました。
『転生マールの冒険記』を読んで下さる皆さん、いつもありがとうございます。
実は情けない話なのですが、なかなか治り切らなかった風邪が再発してしまいました。本日(というか昨日25日)、発熱もあって4度目の病院でした……。
そのような状況ですので、まだしばらくは週一更新になりそうです。
楽しみにして下さっている方には、本当に申し訳ありません。どうか、もう少しだけお時間を下さいね。
※次回更新は、また来週の金曜日8月2日の0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




