185・蒼洞の会敵
第185話になります。
よろしくお願いします。
作戦は決まった。
縦に200メードの空気穴を降りて、最下部にいる女王蟻を倒す。
即、空気穴を上昇して、地上に帰還する。
要するに、奇襲作戦だ。
女王蟻さえ倒してしまえば、無限繁殖もできなくなる。
残った巨大蟻たちは、あとでゆっくり全滅させればいいんだ。
(実にシンプルだね)
そうして、僕らは作戦を実行することになったんだけど、
「これで良いでしょうか?」
ムニュン
イルティミナさんが、僕の背中に圧し掛かってくる。
鎧越しに、大きな胸が潰れるのを感じる。
「こっちは平気じゃぞ」
ギュッ
キルトさんは、正面から密着するように抱きついた。
僕の頬に柔らかな銀髪がこすれて、くすぐったい。
「……うぬぬ……」
ムギュ~ッ
ソルティスは、僕の左側に抱きついてくる。
細い少女の両腕は、僕の首に回されていて、その肌はとても熱っぽかった。
(…………)
僕は今、3人の美女、美少女に抱きつかれています。
ドキドキ
なんだか、少し恥ずかしい。
彼女たちの甘やかな匂いが、優しく僕を包み込んでいる。
(いやいや)
落ち着こう、マール?
空を飛べるのは僕だけなんだから、これも仕方がないことなんだ。
やましいことなんて、考えてる余裕は、
ムニュン
「…………」
よ、余裕はないんだ!
「じゃあ、飛ぶよ」
そう言うと、僕は、背中に生えた虹色に輝く金属の翼を、大きく広げた。
ヴォオン
翼が輝き、僕らは空中に浮かび上がる。
みんなの足が地面から離れて、より強く抱きついてきた。
(…………)
イルティミナさんに、抱き枕以外でこんなに密着するのは初めてかもしれない。
いつもと違う状況で、なんだか緊張するよ。
キルトさんの美貌も、凄く近い。
ちょっと唇を突き出したら、キスできてしまいそうな距離だ。
ソルティスの幼い美貌は、真っ赤である。
その恥ずかしそうな顔を見ていると、こっちまでドキドキしてしまうよ。
(し、集中、集中)
ちょっと深呼吸。
すると、
「重くはないですか、マール?」
心配そうなイルティミナさんの声がした。
「あ、うん。大丈夫」
僕は頷いた。
空を飛んでいるのは、僕の筋力ではなくて『神武具』の力なんだ。
彼女たちを支えているのは、彼女たち自身の腕や足だし、僕はただ宿り木みたいになっていればいい。
降下が始まれば、重力に逆らわないから、より楽になるだろう。
「みんなのこと、絶対に離さないから安心して」
僕は笑った。
「…………」
「…………」
「…………」
3人とも、無言で僕を見つめている。
(???)
ソルティスがボソッと「……無自覚」と呟いた。
はて、なんのこと?
そんなことを思っている間に、僕ら4人の身体は、空気穴の真上へと移動する。
直径3メードほどの穴だ。
奥の方は、暗くて何も見えない。
ヒュォオオ……
闇の奥から、冷たい風が吹き上がってくる。
キルトさんが首を動かし、ここまで案内してくれたテテト軍の隊長さんに声をかけた。
「地上は任せたぞ。もしも半日しても戻らねば、わらわたちは失敗したと思え」
「わかった、どうか気をつけてな」
敬礼する隊長さん。
「うむ」
キルトさんも頷き返し、その黄金の瞳に、僕の顔が反射しているのがわかるほどの至近距離で、彼女は僕を振り向いた。
「では、頼むぞ、マール」
「うん」
僕は、大きく頷いた。
「僕らの道を、輝き照らせ。――ライトゥム・ヴァードゥ!」
ピィイイン
唯一自由な右手の『妖精の剣』を動かして、魔法の発動体の腕輪から、3匹の光鳥を創り出した。
その輝きたちは、闇に染まった空気穴へと向かう。
「じゃあ、行くよ!」
そう声をかける。
3人の腕や足に、また力が入った。
ヴォオン
翼を輝かせた僕は、軽く上昇して宙返りをすると、光鳥たちのあとを追って、暗闇に包まれた空気穴へと突入していった。
◇◇◇◇◇◇◇
風圧が、彼女たちの美しい髪をなびかせる。
光鳥に照らされる空気穴の壁には、雪解け水がしたたり、妖しい光を放っていた。
(!)
50メードほどを下ると、壁質が変わる。
ツルツルした金属のような表面には、凹凸が生まれ、色も黒みを帯びてきた。
そして、光鳥の光の中に、
(いた!)
壁に蠢く、数体の巨大蟻の姿が見えた。
「そのまま行け、マール!」
キルトさんの指示。
僕は頷き、速度を落とさずに飛翔する。
ギギギッ
大顎の鋏を鳴らして、巨大蟻たちは侵入者に対して威嚇する。
ギュウ
キルトさんが、僕の腰にしっかりと両足を絡ませると、その両手を離した。
その手には『雷の大剣』の柄が握られる。
「イルナ、ソル!」
「はい」
「わかってるわ!」
姉妹は頷く。
そして、ソルティスが詠唱し、魔法を放った。
タナトス魔法文字から飛び立つ『炎の蝶』たちが、巨大蟻たちに直撃する。
ドパパパァン
無数の爆発と共に、巨大蟻たちは壁から落ちる。
「シィツ!」
ドパァン
そこにイルティミナさんの白い槍が撃ち出されて、黒い魔物たちの姿は空中で爆散した。
その血肉の中を、僕らは一気に飛び抜ける。
ザギュン ヒュコン
『炎の蝶』が落とし漏らした巨大蟻たちは、キルトさんの『雷の大剣』と僕の『妖精の剣』が斬り裂いた。
「決して止まるな」
「うん!」
ヴォオオン
金属の翼を虹色に輝かせ、更に下方へと降下していく。
途中、何体もの巨大蟻を仕留めた。
時間にして、20~30秒の降下は、やがて終焉を迎える。
たくさんの巨大蟻の死骸と共に、僕らは長い縦穴を抜けて、広い空間へと飛び出した。
バヒュッ
大きな翼をたわませ、急制動。
(うぐ……っ)
3人分の重量が一気にかかって、かなり苦しかった。
それに何とか耐えて、床に着地する。
3羽の光の鳥たちが生みだす輝きに照らされて、その空間の様子が浮かび上がる。
「…………」
そこは広大な洞窟のような場所だった。
広さは、巨大なドーム球場ぐらいあるだろうか?
床から空気穴のある天井までは、30メードぐらいの高さがある。
そして、その空間の壁は、アクアマリンの宝石のように半透明に輝く青い鉱石で満たされていた。
(妖精鉄だ……)
それが、僕の剣と同じ材質であると見抜く。
まるで美しい青い深海に潜ってしまったような錯覚だ。
3人の身体が、僕から離れる。
「…………」
「…………」
「…………」
数秒間、僕らは、その美しい景色に見惚れてしまった。
ギチチ……ッ
そこに不協和音が混ざる。
金属が擦れたような不快な音色だった。
(!)
振り返った僕らは、その暗がりの奥に、この地下空間を支配する魔物の女王の姿を発見した。
◇◇◇◇◇◇◇
(あれが……女王蟻)
美しい青の空間の一角に、黄土色の粘液のようなものが堆積していた。
そこに佇む、黒い巨体。
体長5メードものサイズがある羽の生えた蟻だった。
普通の巨大蟻と比べて、腹部が異常に長く、大きく膨らんでいる。
黄土色の粘液の中には、長さ30センチほどの乳白色の細長い物体が、所狭しと並んでいる。
――卵だ。
数百以上も並んだそれは皆、巨大蟻の卵だった。
ピクッ ピククッ
卵の幾つかは、揺れ動いていて、もうすぐ孵化しそうな個体もあることを知らせている。
(……あれが全部、孵ったら……)
その恐ろしさに、背筋が震える。
ガサガササッ
この青い空間には、普通の巨大蟻たちも20体近くいた。
床だけでなく、壁や天井にもいる。
そして、その巨大蟻たちは、まるで女王を守る兵士のように、僕らと女王蟻の間に集まってくる。
キルトさんは、周囲へ鋭く視線を走らせる。
「ここに繋がる道は、3つか」
僕らのいる場所の背後と右側に坑道が、そして、天井付近にもう1つ、こちらは蟻が掘り進めたと思われる穴があった。
ギチギチギチ
女王蟻は、ずっと鋏を鳴らしている。
(……これは)
「仲間を呼んでおるな。女王の危機を察して、他の巨大蟻も集まってくるぞ」
やっぱり!
僕らのリーダーである『金印の魔狩人』は、素早く指示を出した。
「わらわは後方の敵を食い止める。マールは右、ソルは天井じゃ」
「うん」
「わ、わかったわ」
小さな僕ら2人は、同時に頷いた。
「イルナ。そなたは、その間に、あの女王を倒せ」
「……私が?」
イルティミナさんは、ちょっと驚いた顔だ。
確かに、いつもならば、そういう役目はキルトさんが担ってきた。
キルトさんは、ニヤッと笑った。
「『金印の魔狩人』となって初めての獲物として、ちょうど良かろう?」
「……キルト」
「さぁ、狩り殺せ」
先輩魔狩人としての頼もしい声。
「はい!」
イルティミナさんは力強く頷いた。
白い槍を手に、彼女は、女王蟻とそれを守る兵士たちに向かって、颯爽と歩を進め始める。
僕らも動いた。
3方向の穴から、無数の気配が近づいている。
(イルティミナさんの邪魔はさせないよ!)
僕は、輝く翼を広げて、右側の穴の正面に着地をすると、『妖精の剣』を正面に構える。
キルトさんも、後方の坑道の前へ。
ソルティスは、その場に待機して、天井の穴を睨みながら大杖を構えている。
でも、ちょっと緊張した顔だ。
(…………)
僕は左腕の『白銀の手甲』を掲げて、
「精霊さん、ソルティスに近づく敵を排除して!」
ジジッ ジ、ガガァアア
手甲の紅い魔法石から、体長3メードの『白銀の狼』が飛び出してくる。
ソルティスは、魔法使いだ。
もしも巨大蟻に接近されてしまったら、魔法を発動するまでの守り手が必要になる。
『…………』
「…………」
鉱石でできた紅い瞳と視線を交わす。
ジ、ガァアア
精霊さんは、僕の意志を理解して、ソルティスの下へと駆けていった。
ソルティスは驚き、そして、こちらを見る。
僕は笑った。
ソルティスは、なぜか仏頂面になった。そのままプイッと天井を見上げて、大杖を構える。
…………。
ま、いいか。
僕は、目の前の坑道の暗闇に集中する。
気配が近づいている。
(来た!)
まずは2体の巨大蟻。
坑道の床ではなく、壁を走ってくる。
ギチギチ
大きな鋏を広げて、飛びかかってきた。
「やっ!」
踏み込み、カウンター剣技で威力を増して、1体の頭部を切断する。
(まず1体!)
もう1体の鋏は、背中の金属の翼を盾のようにして防いだ。
ガギィイン
虹色の翼にぶつかり、火花が散る。
「はっ!」
ヴォン
その翼を思い切り広げて、黒い巨体を弾き飛ばした。
巨大蟻は、坑道の中へと10メード近くも転がっていく。
(ここは通させない!)
体勢を直した僕は、もう一度、正眼に『妖精の剣』を構える。
背後からは、キルトさんの声もした。
「鬼剣・雷光連斬!」
バヂヂィイン
青い稲妻が迸り、巨大蟻の血肉が弾けていく。
ソルティスも『炎の蝶』を使って、天井の穴から出てきた巨大蟻を落としていた。
ドパパパァン
落ちてきた巨大蟻は、起き上がる前に、流星のような『白銀の狼』の攻撃によって倒される。
この空間の封鎖は、完璧だった。
そして、イルティミナさんは、
ヒュオッ ヒュオオン
前進しながら、舞うように動いて白い槍を振るう。
そのたびに、女王への接近を阻もうとしていた巨大蟻たちが、バラバラに分解されていく。
20体近くもいた巨大蟻が、ほんの30秒足らずで全滅していた。
ギチギチギチ
女王蟻は、5メードの巨体を起き上がらせ、より威嚇を激しくする。
それを受ける美女は、涼やかな表情で槍を構えた。
「――参ります」
タンッ
シュムリアに誕生した新しい『金印の魔狩人』は、美しい跳躍で、巨大な魔物の女王へと襲いかかった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の7月19日金曜日0時以降の予定になります。どうぞ、よろしくお願いします。




