183・妖精の郷
第183話になります。
よろしくお願いします。
アービンカさんに案内されたのは、応接室だった。
たぶん、高額の取引をするお客様のための部屋だろう。
壁の防音も、しっかりしてそうだ。
「さて、欲しいのは妖精鉄だったね」
ソファーに腰かけ、僕らの前のテーブルに飲み物が置かれると、彼女は、そう会話の口を開いた。
「親父の紹介でもあるし、マールの腕も見たから、それには応じようと思う」
「そうか」
キルトさんは、安心したように息を吐いた。
(よかった)
僕もイルティミナさんと顔を見合わせ、笑ってしまう。
「ただし」
けれど、アービンカさんは、片手を上げた。
見せられる手のひらに、僕らはキョトンとなる。
「応じたいとは思う。だが、その代わりに、こちらの頼みも聞いてはくれないか?」
(え……?)
「どういうことじゃ?」
問いかける金印の魔狩人に、アービンカさんは、少し言い辛そうに、こう続けた。
「妖精鉄の代価として、シュムリアの鬼姫様たちには、魔物討伐を依頼したいんだ」
と。
◇◇◇◇◇◇◇
「妖精鉄の輸出が止められているのは、アンタらも知っているだろう?」
アービンカさんの言葉に、僕らは頷いた。
妖精鉄は、テテト連合国にある『妖精の郷』のみで産出される鉱石だという。
けれど、その産出量が減っているとかで、3ヶ月前から国外輸出が停止しているんだ。
そのおかげで僕らは、シュムリア王国から、直接買い付けのために、このテテト連合国まで足を運んでいるのである。
「その原因が魔物なんだよ」
「ほう?」
それは初耳だ。
「妖精の郷にある坑道内に、『巨大蟻』っていう魔物が棲みついちまったのさ」
巨大蟻?
その正体については、イルティミナさんが教えてくれた。
名前の通りの巨大な蟻だそうだ。
でも、その体長は、1~2メード。
女王蟻になると、3~5メードにもなる。
ただ1体1体は、それほど脅威となる魔物ではないんだって。
けれど、巨大蟻は、集団を作る。
その数は、100~1000体。
過去に報告があったのものでは、1万を超える群が発見され、2つの都市が壊滅したそうだ。
(……恐ろしい)
「基本は、地中に巣を広げる魔物です。古い地下遺跡などに到達して、遺跡ごと巣にしてしまうこともあるようですね。今回はその巣が、『妖精の郷』の坑道に到達してしまったのでしょう」
イルティミナさんの解説に、アービンカさんは頷いた。
「一応、テテトの冒険者が駆除してるんだけどね。何せ数が多くて、対応が追いついてない」
「そうであろうな」
キルトさんは、難しい顔で腕組みをする。
「巨大蟻は、女王蟻を殺さぬ限り、ずっと産まれ続けるからの」
む、無限湧きかぁ。
(とんでもない魔物だね)
「アタシらとしても、これ以上の期間、妖精鉄が採れないのは痛いんだよ。どうだい、やってくれないか?」
アービンカさんは、身を乗り出した。
「引き受けてくれたら、渡す妖精鉄にも色をつけるよ?」
「ふむ」
キルトさんは、パーティー仲間である僕らを、確認するように見た。
僕は、頷いた。
「やろうよ」
その巨大蟻を駆除しない限り、妖精鉄が手に入らないんだ。
(それに、大勢の人が困ってる)
妖精鉄の件を抜きにしても、助けになれるなら、その人たちの力になりたかった。
イルティミナさんは笑った。
「マールが望むならば、私も賛成です」
「ま、いいんじゃない?」
妹の方も、肩を竦めて了承した。
「そうか」
僕らのリーダーである女性は、銀髪を揺らして、大きく頷いた。
その黄金の瞳で、ドワーフの鍛冶師さんを見つめて、
「わかった、アービンカ。その討伐依頼、このキルト・アマンデスの名において受けよう」
そう力強く宣言した。
◇◇◇◇◇◇◇
話が決まると、僕らは『妖精の郷』を目指すことになった。
出発前に、キルトさんとアービンカさんは、何枚も書類を書き交わしていた。
(何の書類?)
と思ったけど、
「私たちは国外冒険者ですからね。活動するには、色々と手続きが必要なんです」
とのこと。
詳しく言うと、アービンカさんが所属する鍛冶ギルドが後ろ盾になり、僕らの身元を保証してくれることになったんだ。
これでテテト連合国政府から、文句は言われなくなるんだって。
(色々と大変だ……)
「冒険者って、もっと自由なのかと思ってたよ」
そう正直に口にすると、
「仕方がありません。自由には、それに見合うだけの責任という対価を背負いますから」
イルティミナさんは、そう苦笑していた。
やっぱり大人だなぁ、と思った。
「じゃあ、頼んだよ」
「うむ」
そう握手を交わして、僕らは、再び馬車でツペットの町を出立していった。
◇◇◇◇◇◇◇
『妖精の郷』までは、およそ3日ほどの距離だ。
その道中で、僕は『妖精の郷』についての詳しい説明を受けた。
「要するに、ただの遺跡よ」
とは、博識少女ソルティスさん。
揺れる車内で、彼女は言う。
「テテト連合国コットルト領の北東にある山脈の遺跡。その山では、約100年前まで、たくさんの妖精たちが目撃されてたんだって。だから、その遺跡も『妖精の郷』って呼ばれるようになったの」
(へ~?)
「100年前までって、今は妖精いないの?」
「いないわ」
「なんで?」
「そこで『妖精鉄』が見つかって、人間やドワーフたちが採掘を始めたから」
「…………」
「つまり、お金のために、妖精たちの住処を奪っちゃったのよ」
(……うわぁ)
なんて業の深い話だ。
「何、その顔?」
「……だって」
「マールも、その『妖精鉄の装備』を使ってるじゃない」
「…………」
「別に、自分たちのために、他の生物の生存圏を荒らすなんて珍しい話じゃないでしょ?」
……そう、かもしれないけど。
「魔物だって、人間の村や町を壊したりするんだから、お互い様よ」
ソルティスは、そう大人びた顔で言う。
弱肉強食。
この世界では、それが前世の世界よりも幅を利かせているみたいだ。
ナデナデ
(あ……)
隣に座っているイルティミナさんが、優しい表情で、僕の頭を慰めるように撫でてくれる。
「マールのそういう感性を、私は好ましく思いますよ」
そう言ってくれた。
(……うん)
ちょっと嬉しかった。
ソルティスは不満そうに姉を見つめる。
キルトさんは、どちらの考えもわかるのか、小さく苦笑しながら、僕らを眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「妖精鉄ってのは、魔力で変質した金属のこと」
ソルティスの勉強会は続く。
「長年、妖精たちが暮らしていたせいで、強い魔力が『妖精の郷』には溜まったわ。詳しく言うと、死んだ妖精が地面に埋もれて、肉体と魔力が分解されていき、周囲の土壌に影響を与えるの」
「ふぅん」
「妖精の郷に、妖精がいたのは、神魔戦争以前からって言われてる。1000年以上、あるいは、1万年以上の影響下で生まれた希少金属なのよ」
…………。
(改めて言われると、凄いなぁ)
僕は、自分の手にしている『妖精の剣』を見つめてしまう。
青白い半透明の刃。
羽根のように軽いのに、鋼よりも遥かに硬い金属だ。
と、ここでキルトさんが口を挟んだ。
「妖精鉄は、基本的に高価じゃ」
「…………」
「ゆえに、取引相手も選ばれる。つまりは大商人や貴族などじゃな」
ふんふん?
「テテト連合国は、その妖精鉄を輸出することによって、その取引相手と縁を結んできたわけじゃ。要は、国を存続させるための安定剤として使ってきた」
「…………」
「それが今は、強制的に止められた状態じゃ」
……それって、実は大事?
「大事じゃ」
「…………」
「アルバック大陸において、テテトは一番の小国じゃからの。下手をすると侵略戦争になる」
…………。
「またテテト自体も連合国じゃ。妖精鉄を産出することで、コットルト領は、自領の価値を作ってきた。それがなくなれば、他領から侵略されるやもしれぬ。要は内紛じゃ」
何それ?
(……妖精鉄が採れないだけで、国内外に戦争の火種ができてるってこと?)
イルティミナさんが、僕の心情を代弁するように呟いた。
「軽い買い物のつもりが、とんだ騒動に巻き込まれましたね」
全くだ。
ガタガタ
揺れる車内で、キルトさんは苦笑する。
そのまま窓枠に肘をついて、
「……また帰りが遅くなって、ムンパに怒られることになりそうじゃ」
ガラスの向こうの雪景色に、そうため息をこぼした。
◇◇◇◇◇◇◇
ツペットを出発して、3日が過ぎた。
途中の村や町に宿泊して、僕らは、ようやく『妖精の郷』のある山脈に辿り着く。
(……真っ白だ)
当たり前だけど、雪山だった。
そのまま、雪の積もった山道を上っていくと、検問所のような場所が現れた。
毛皮を着た、巨大な片刃の槍を持った男たちが立っている。
(まさか、山賊!?)
びっくりする僕だったけれど、
「あれはテテト連合国の兵士じゃ」
キルトさんが教えてくれた。
そう言われてみれば、国境で見た兵士さんたちに、毛皮の服装が似ている気がする。
「止まれ。この先は、立ち入り禁止だ」
ひげもじゃの兵士さんが言う。
馬車が停まり、キルトさんはドアを開けて、馬車の外に降りていく。
会話を交わしている。
書類を渡している。
右手の黄金の紋章を見せている。
兵士さんたちが驚いている。
別の偉そうな立場の兵士さんがやって来る。
そうして15分ほどすると、ようやくキルトさんが戻ってきた。
「話はついた。『妖精の郷』の中に入るぞ」
そして、馬車は、再び動きだす。
数百メードほど、道を進んだ。
周囲には、樹氷のできた木々が並んでいる。
でも、中には折れている木もあった。
「ここで、巨大蟻との戦闘があったようですね」
真紅の瞳で見つめるイルティミナさんが、そう呟いた。
(…………)
ゴクッ
思わず、唾を飲み込む。
折れた木は、かなり太い。
それを力任せに、強引にへし折った感じだった。
巨大蟻は、相当な力がありそうだね。
雪の中には、赤い血痕のようなものも残っている。
(テテトの冒険者がやられたのかな?)
緊張している僕を乗せて、馬車は進んだ。
やがて、大きな広場に辿り着く。
そこには、たくさんの大きな石が、奇妙な形で並んでいた。
(環状列石だ)
「ここが『妖精の郷』の中心らしいの」
小さい石は、僕の半分ぐらい。
大きい石は、高さ30メードぐらいのサイズがあった。
ただ並んでいるだけではなくて、寄りかかったり、組み合わさったり、トンネルみたいになっている環状列石もある。
その上に雪が積もって、なんだか幻想的だ。
まるで、無数の白い巨石の樹海に迷い込んだみたいだった。
(100年前は、ここに妖精たちがいたんだね)
なんだか不思議な感じ。
「降りるぞ」
キルトさんの号令で、僕らは馬車を降りた。
(う……寒いね)
車内よりも外気は冷えて、僕は、防寒ローブを羽織り直す。
雪の広場には、テテトの兵士さんだけでなく、冒険者らしい人もいて、焚火のそばに集まっている。
隊長らしい毛皮の兵士さんが、僕らのことを、全員に紹介してくれた。
「あの金印のキルト・アマンデス!?」
「この女が!?」
「シュムリアの鬼姫様かよ」
「思ったより、背が小さかったんだなぁ」
みんな、びっくりしてた。
ただイルティミナさんも『金印の魔狩人』なのは、知らないみたいだ。
(まぁ、20日ぐらい前に、就任したばかりだもんね)
異国には、まだ認知されてないのも、しょうがない。
それから、僕らは事情を聞いた。
3ヶ月前、『妖精の郷』に掘られた坑道内で、巨大蟻の目撃があったのが始まりだそうだ。
鉱夫たちに被害が出てしまい、鍛冶ギルドから冒険者ギルドに依頼が送られた。
巣を作られる前に駆除して欲しい、と。
派遣されたのは、『白印の魔狩人』が10人。
坑道に入った彼らの内、けれど、生還したのは3人だった。
死亡したのは7人。
「推定300匹の群れで、坑道内には、もう大規模な巣ができてた」
生還者から、そう情報が得られた。
次は、『銀印の冒険者』4人、『白印の冒険者』30人の冒険者が坑道に潜った。
結果は失敗だった。
圧倒的な数に押されて、『銀印の魔狩人』1人、『白印の魔狩人』12人が犠牲になった。
テテト連合国コットルト領の領王に連絡が届き、100人の軍兵士が到着したのは先月のことだ。
それから現在まで、坑道に入ろうしているが、大量の巨大蟻に阻まれている。
坑道から溢れてきた巨大蟻を、兵士と冒険者でなんとか駆除して、外まで被害が広がらないようにしているのが精一杯なんだって。
「テテトにも、『金印の魔狩人』が1人いる」
現状は、その人の到着を待っている状況。
ただ、その人は別件の依頼中で、ここに来れるのは、来月末ぐらいになるそうなんだ。
(結構、深刻な状況だね)
キルトさんも難しい顔で、「なるほどの」と頷いていた。
坑道の図面を見せてもらったけれど、かなり規模が大きかった。
全長10キロぐらいありそうだ。
ここに巨大蟻が入り込んで、巣を作っているのか。
「女王蟻の居場所はわかっておるのか?」
「いや、まだだ」
キルトさんの問いに、隊長さんは首を横に振った。
「だが、予想地点はある。ここだ。女王には、産卵のための空間が必要だからな」
示されたのは、少し広めの場所だ。
採掘した資材の保管場所らしい。
(ふぅん?)
「なるほどの。入り口からの距離は?」
「ざっと2千メードだな」
2キロか。
「だが、道中には巨大蟻たちが密集している。抜けるのは、至難の業だ」
「ふむ」
巨大蟻と戦いながら、2キロも進む必要があるんだ?
(しかも、女王蟻を倒さない限り、無限に湧いてくるんだよね……?)
テテトの人たちが、ここまで苦労している理由がわかる気がする。
ソルティスも、
「……ちょっと厳しすぎない?」
とぼやいている。
特に彼女は、狭い坑道内なので、また強力な魔法が使えない。
イルティミナさんも白い美貌を曇らせている。
無意識なのかな?
彼女の手は、自分の心を落ち着けるように、そばにいる僕の髪を撫でていた。
……ま、気持ちいいからいいけど。
僕は、ふと気になったことを聞いてみた。
小さな指で図面を指差して、
「この縦穴は何?」
女王のいる地点や他の場所からも、真っ直ぐ地上に伸びている。
「空気穴だ」
隊長さんが教えてくれる。
あぁ、なるほど。
(つまり、鉱夫さんが酸欠にならないように、坑内通気をしているんだね)
長さは、200メードぐらいありそう。
…………。
200メードか。
「マール?」
考え込む僕の表情に気づいて、イルティミナさんが声をかけてくる。
僕は、それに答えようとして、
「出たぞー!」
「巨大蟻だ! 坑道入り口から、3体!」
「外に出すな!」
「急げ、急げー!」
突然、そんな叫びが聞こえてきた。
そばにいた隊長さんや兵士さん、冒険者さんたちが、声の聞こえた方へと走っていく。
僕ら4人も頷き合って、あとに続いた。
(いた!)
雪の積もった銀世界に、黒い外骨格を輝かせる巨大な蟻が3体も蠢いている。
体長は1~2メード。
奥に見える、木枠に包まれた坑道入り口から出てきたみたいだ。
入り口を塞いでいたらしい木板が破壊され、雪の上に破片が散乱しているのが見える。
普通は、指先に乗る程度のサイズの蟻。
それがこうして、自分と同じ大きさになっているのを見ると、とても不気味で、威圧感さえ感じてしまう。
「マール、イルナ、ソル、行くぞ!」
僕らのリーダーは、気合の声と共に『雷の大剣』を構えて、雪の中を走りだした。
「うん!」
「はい!」
「了解よ!」
僕は『妖精の剣』を鞘から抜き、姉妹もそれぞれの武器を構える。
すぐにキルトさんを追った。
こうして雪の世界で、僕らと巨大蟻との戦いが幕を開けた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※ごめんなさい、まだ体調不良から回復し切っておらず、次回更新は、また1週間後の7月5日金曜日とさせて下さい。本当に申し訳ありません。また次回も、どうぞ、よろしくお願いします。




