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177・昇印の2人

第177話になります。

よろしくお願いします。

「私がですか?」


 信じられないという顔のイルティミナさん。


 キルトさんは、頷いた。


「そうじゃ。そなたは、シュムリア王国の新たな『金印の魔狩人』となる」

「…………」


 そういえば、


(キルトさん、前から色々と動いていたよね?)


 アルン神皇国では、皇帝陛下や将軍さんに、何かの推薦をもらうとか言っていた。


 シュムリア王国でも、王様から言質を取ったと言っていたし、他の冒険者ギルドにも足を運んでいたっけ。


(全部、このために?)


 ようやく、その理由が判明した。


 ソルティスは、姉の腕を掴んで、強く揺らした。


「す、凄いじゃない、イルナ姉! 金印、金印よ!?」

「…………」


 でも、嬉しそうな妹とは対照的に、イルティミナさんの表情は冴えなかった。


 キルトさんを見つめ返し、ゆっくりと問いかける。


「なぜですか?」

「む?」

「なぜ、私なのですか? 私には、そのような大役が務まるとは思えません。そして、それを望む気もありません」


 はっきりと、そう答えた。


(え……?)


 イルティミナさんは、冒険者の最高峰である称号を、辞退したいようだった。


「私は、貴方をずっと見てきました、キルト」

「…………」

「だからこそ、わかります。私は、決して『金印の冒険者』の器ではありません。貴方のようにはなれないでしょう」


 イルティミナさん……。


 でも、キルトさんは、豊かな銀髪を揺らして、首を横に振った。


 そして、言う。


「わらわも、そなたを見てきたぞ、イルナ」


 そう笑った。


「そなたには、元々、『金印』となれるだけの素質が備わっていた。しかし、精神的なものであろうの。3年前、自身の肉体のことを知ってからのそなたは、その力の安定性を欠いていたのじゃ」

「…………」

「しかし、マールと出会い、そなたは変わった。その不安定だった心が、安定したのじゃ」


 キルトさんの手が、僕の頭に置かれる。


 クシャ クシャ


 笑いかけられながら、頭を撫でられ、そしてキルトさんは、再びイルティミナさんを見つめた。


「最近のそなたの成長は、目を瞠る。その実力は、すでに『金印』の領域に達していよう」

「ですが」


 言い募ろうとするイルティミナさんの顔の前に、キルトさんの白い手が遮るように上げられた。


「わらわと比べるな」

「…………」

「これでも9年、もうすぐ10年、『金印』を務めることになる。このキルト・アマンデスに、そう簡単に追いつけるはずがなかろう?」


 キルトさんは、そう笑う。


「しかしな、『金印の魔狩人』としてならば、充分な実力じゃ」

「…………」

「同じ冒険者ランクであっても、実力に差があるのは、知っておろう? 『金印』だとて同じこと。仮に『金印』となったとしても、その先も精進は必要なのじゃ」


 イルティミナさんは唇を引き結ぶ。


 その真紅の瞳には、迷いの光が揺れていた。


「私には、貴方のような人望はありません」


 呟くような声。


 確かに、冒険者ギルドに顔を出すと、キルトさんのところには多くの冒険者が集まってくる。けれど、イルティミナさんの周りで、そのような光景は見たことがない。


(…………)


 イルティミナさんには、どこか孤高な人のイメージがあった。


 キルトさんは、肩を竦める。


「人望など必要ない」


 その親指が、残念美人のハイエルフさんを示した。


「こんな奴でも『金印』ぞ? そして、それでも務まっておるのじゃからの」

「…………」

「…………」


 コロンチュードさんは、ただキルトさんをチラッと見るだけで、何も言わない。


「必要なのは結果のみじゃ」


 キルトさんは、強い口調で言い切った。


「そして、そなたは、今日まで、わらわの隣で結果を出し続けた。今後も、今までと変わらぬことをし続ければ、それで良いだけじゃ」

「…………」

「それともう1つ、そなたを『金印の魔狩人』にしたい理由がある」


 もう1つの理由?


 僕らの視線が集まる先で、キルトさんは、ゆっくりと口を開いた。


「マールのためじゃ」

「マール?」


 その名前に、イルティミナさんの瞳の色が変わった気がした。


(……ぼ、僕?)


 逆に、僕自身は、名前を出されて戸惑ってしまう。


 キルトさんは言う。


「イルナ。そなたは、マールがどうして、わらわたちと共にいることを許されるのか、わかっておるか?」


 ???


 言葉の意味がわからない。


 イルティミナさんも同じようで「それは……」と口ごもった。


「マールは『神狗』、人類の切り札となる存在じゃ。本来ならば、王国の管理下で守護されねばならぬ子供であろう。それが、一個人と共にあることが許される理由は、何であると思う?」

「…………」

「答えは簡単じゃ。わらわが『金印の魔狩人』であるから、それだけじゃ」


 キルトさんは、はっきりと断言した。


「冒険者の最高ランク、『金印』という肩書きには、それだけの力がある」


 告げる声は重い。


 それは、これまでシュムリア王国の平和を守るために戦ってきた重さが宿っていた。


 キルトさんは、自分の両手を見た。


「今日まで戦い続け、わらわは生きてきた。しかし、この先の戦いでも、生きているとは限らぬ」


(……え?)


「もし、わらわに何かあれば、マールとそなたは、もはや共にはいられぬ。王国の管理下に入るか、あるいは、そなたが辞退をした代わりの新しい『金印の冒険者』の管理下に入るよう強制されるであろう」

「…………」

「そのような事態を回避するためにも、そなたは『金印』の称号を受けるべきと、わらわは思うがの」


 真っ直ぐな黄金の瞳が、イルティミナさんを貫く。


(……イルティミナさん)


 僕も、彼女の白い横顔を見つめた。


 イルティミナさんは、目を閉じて、数秒間、沈黙すると、やがて、その真紅の瞳を開いた。


 そこにあるのは、強い覚悟の光。


「わかりました。その提案、お受けします」 


 はっきりした口調で答えた。


 キルトさんは、「うむ」と満足そうに頷いた。


 そしてイルティミナさんは、見上げる僕の方を振り返って、その白い手で僕の頬を撫でてくる。


「自信はありませんが……マールのためならば、私は『金印』となりましょう」


 潤んだ瞳。


 その触れる手の熱が伝わって、僕の胸が熱くなる。


「……イルティミナさん」

「……マール」


 切なげに名を呼ぶと、彼女は僕を抱きしめてくれた。


 ギュッ


 甘やかな匂い。


 サラサラした髪が、僕の首筋をくすぐる。


 ソルティスは『やれやれ』という顔をして、ムンパさんは「あらあら」と頬に手を当てて微笑んだ。


 コロンチュードさんとポーちゃんは、仲良く無表情。


 そして、キルトさんは、そんな僕らに頷いて、


「うむ。そなたらは、2人で共に強くなっていくが良い」 


 そう優しく笑ったのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 話が終わったら、夕方になっていた。


 コロンチュードさんは、自身が所属している王国一の老舗である『冒険者ギルド・草原の歌う耳』へと向かって、そこで宿泊することにした。


「……ポー?」

「了承」


 短い会話で、意思疎通する2人。


 どうやら、ポーちゃんも『草原の歌う耳』へと連れていくみたいだ。


 しばらく、2人の拠点はそこになるんだろう。


 立ち去る2人を見送る。


「またね、ポーちゃん」

「…………(コクッ)」


 頷く、同じ『神の子』。


 ふと見たら、もう1人のハイエルフさんが恨めしそうにこちらを見ていたので、


「コロンチュードさんも、また会いましょう」

「……うん。……また、ね」


 長い耳を倒して、彼女は嬉しそうに笑った。


 そうして僕らは、ギルドの建物前で、通りを去っていく大小の背中を見送った。


「やれやれ、これで一段落じゃな」


 キルトさんが呟く。


 ムンパさんは「そうね」と頷いて、


「でも、私はこれからが大変なのよ? 孤児院にも連絡しなきゃいけないし、アスベル君たちも呼び出して、これから事情を隠して説明しなきゃいけないんだから」


 ため息をこぼす真っ白な獣人さん。


(……どの世界でも、責任者っていうのは大変だ)


 他人事のように思う僕である。


 キルトさんは苦笑しながら、


「まぁ、がんばれ。そちらは任せる」

「わかってる。それが私の役目だもの。……だから、マール君に関しては、キルトちゃんからよろしく伝えてね?」

「む?」

「……まさか、忘れたの?」


 睨まれるキルトさん。


「あ、あ~、思い出した。わ、忘れておらぬぞ」


 いや、今、『思い出した』って言ったよね?

 忘れてたよね?


「そう。じゃあ、私は時間がないから、ギルドに戻るわね」

「う、うむ。あとは任せよ」


 そうして、真っ白なフサフサの尻尾をなびかせながら、ムンパさんは建物内に入っていった。


 大きく息を吐くキルトさん。


「…………」

「…………」

「…………」

「……む?」


 みんなの呆れた視線に気づいて、キルトさんはコホンと咳払いする。


 それから、生真面目な顔になって、


「マール、そなたに重要な話がある」

「うん」


 僕は頷いた。


 そして、夕日に照らされるキルトさんは、こう言った。


「そなたの冒険者ランクは、明日から『白印』となるぞ」


 と。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 詳しい話をするということで、僕らは、冒険者ギルドの建物内にある『キルトさんの部屋』へと場所を移した。


 室内を、夕日が赤く染めている。


 飲み物も用意して、みんなでソファーに腰を落ち着けると、僕は口を開いた。


「えっと、僕が本当に『白印』になるの?」

「そうじゃ」


 キルトさんは、はっきりと頷いた。


「凄いではないですか、マール! まさか半年で、『白印』とは、前代未聞ですよ?」

「う、うん」


 イルティミナさんは、我が事のように喜んでくれている。


 でも、ちょっと待って欲しい。


 冒険者ランクは、赤から始まって、青、白、銀、金となっていく。


 赤の次は、青だ。


(でも、僕は『白』なの?)


 その戸惑いが大きい。


 キルトさんは、それを察してくれたようで、


「間違いではないぞ。そなたは『白印』へと飛び級になる」


 と、はっきり言ってくれた。


(でも、どうして?)


 理由がわからない。


「自覚はないようであるが、そなたは本来、『赤印』が受けられぬようなクエストを、何度も達成しておるのじゃ」

「え、そうなの?」

「うむ。……まぁ、それは、『金印』であるわらわのせいなのじゃが」


 キルトさんは、そう前置きして説明してくれた。


 キルトさんは『金印の魔狩人』だ。


 一方、僕は『赤印の冒険者』。


 本来、同じパーティーを組むようなランク差ではない。


 それでも僕らは一緒にいたため、キルトさんが受注するクエストを、僕も経験する羽目になった。


 その難易度は、実は『赤印の冒険者』が経験するレベルではなかったそうだ。


「マールは、よく生き延びたと思うぞ」


 よく生き延びた……そう感想が出るぐらい、本来のランクからかけ離れた状態だったんだ。


(きっと、3人が守ってくれたからだよね)


 僕は、そう思う。


 ただ過程はどうあれ、結果として、その経験は、僕の実力を飛躍的に伸ばした。


「実は審議の際、『青印』でも良いかという話もあったのじゃが」


 じゃが?


「しかし、ワイバーンを単独で撃破した冒険者を『青印』にはできぬだろう、という話になっての。それで飛び級で『白印』となった」

「…………」


 キルトさんは苦笑している。


 ちなみに、冒険者ランクを上げるには、それまでの実績と、冒険者ギルドから指定された特殊クエストを達成する必要もあるそうなんだけど、


「これまで『金印のクエスト』を達成し続け、かつ20年以上攻略不可であった、アルン最大の『大迷宮』を踏破する以上の実績とクエスト達成が、必要か?」


 という理由で、その特殊クエストも免除になったそうだ。


(い、いいのかな?)


 どちらも、みんなの協力があったから達成してこれたことだ。


 僕1人だけ、美味しい所をもらっているようで、申し訳ない。


「阿呆」


 そう告げたら、キルトさんに怒られた。


「逆に、そなたがおらねばできぬことも、多々あったわ。自己を正しく評価することも、生きる上で大切なことぞ?」

「……は、はい」


 僕は、肩を縮めて頷くことになった。


「ま、そんなわけじゃ。大人しく『白印』となれ」


 キルトさんは、そう笑った。


 ちなみに、手続きなどは明日、ギルドでやってくれるそうだ。


「ふふっ、よかったですね、マール」


 僕の手を、両手で包むようにして、イルティミナさんは嬉しそうだった。


 その笑顔に、僕の心も軽くなる。


「うん、イルティミナさんも『金印』になるし、ランク上がるのも一緒だね」

「はい、本当に」


 僕らは笑い合った。


 ちなみに『銀印』までは、王国から認定を受けた冒険者ギルドなら、勝手に審議して、ランクアップが可能なんだって。


 でも『金印』だけは、王家や王国、他の冒険者ギルドからの承認も必要になるそうだ。


(だからキルトさん、色々と動いてたんだなぁ)


 イルティミナさんのために、ずいぶん前から根回しをしてくれてたんだね。


 そこで、ふと思った。


(あれ? もしかして、僕ら2人がランクアップするなら……)


 僕の視線は、もう1人の少女の方へ。


「もしかして、ソルティスも『銀印』に?」

「え?」


 ソルティス、驚いた顔だ。


 僕ら3人は、キルトさんを見た。


「あ~、すまぬ。それはない」

「…………」

「…………」

「…………」


 キルトさんは、言い難そうに否定されました。


 ご、ごめんなさい……。


 ソルティスは、仏頂面で僕を睨む。


 ゲシッ


 軽く足を蹴られて、


「ま、別にいいわ。私が『白印』になってから、まだ1年も経ってないし、期待してなかったわよ」


 そう言ってくれた。


 彼女の姉も苦笑している。


 でも、キルトさんは、真面目な表情で、


「いや、そういう話がなかったわけではないのじゃが……」

「え?」

「そうなのですか?」

「うむ。正直、実力的には、ソルは『銀印』でもおかしくないと思っておるぞ。しかし、ネックとなったのは、その年齢じゃ」


 年齢……。


「『銀印』というのはの、『金印』を除けば、最も高い冒険者ランクじゃ。大抵の冒険者ギルドのトップとなる冒険者は、『銀印』じゃ。ゆえに自然と、王国や国民からも、それ相応の責任と義務を負わされる」

「…………」

「しかし、ソルは13歳、まだ未成年じゃ。そのような重荷を負わせるには、まだ早いと思うての」


 そっか。


(キルトさんは本当に、僕らのことを考えてくれてるんだね)


 ソルティスも納得したように頷いた。


「私も、まだ『白印』でいいわ」

「うん」

「そうですね、焦ることはありません。ソルはまだ、ゆっくりと成長していきなさい」


 イルティミナさんも、そう微笑んだ。


 キルトさんも笑った。


「ある意味、『金印』となるイルナが一番、大変であるの」

「はい」

「そうそう、『金印』の称号を授かる時には、シュムリア大聖堂にて、国王様からのお言葉と国民へのお披露目もあるからの」

「……はい?」

「今の内から、覚悟はしておけよ」


 明るく笑うキルトさん。


 対照的に、イルティミナさんの顔色は、すぐに悪くなっていった。


「今から『金印』を辞退しては駄目でしょうか?」

「駄目じゃ」


 きっぱりキルトさん。


「まぁ、マールのためじゃ。がんばれ」

「…………」


 イルティミナさんは僕を見つめて、


 ギュッ


(わっ?)


 まるで抱き枕にする時のように、僕を抱きしめた。


「……がんばりますね、マール。どうか、勇気を」

「う、うん」


 僕の髪に顔をうずめながら、自分に言い聞かせるイルティミナさん。


 ソルティスは呆れた顔をする。


 キルトさんは、どこか楽しそうに笑って、自分の肩を軽く揉む。


「やれやれ、これで少しは軽くなりそうじゃ」


 現役の『金印の魔狩人』様は、そう呟くと、紅茶のカップを口元へゆっくり運ぶのだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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