174・誘拐事件の顛末
第174話になります。
よろしくお願いします。
あれから、火傷を負ったソルティスは、何とか自力で回復魔法をかけて、自分の身体を治すことに成功した。
心身を消耗した妹を、イルティミナさんが背負って、僕らは、王都の衛兵さんたち、アスベルさんとガリオンさん、救出した女の子たちと一緒に、忘れ去られた王都の下水道をあとにする。
「…………」
「…………」
その間、ポーちゃんは、何も喋らなかった。
彼女も、とても疲れた様子で、歩きながら、そのまま眠ってしまいそうな様子だった。
だから今は、僕が手を繋いで、先導するように歩いている。
(…………)
あの変身は、僕とイルティミナさん以外には、誰からも目撃されなかったみたいだ。
炎に備えて、みんな、床に伏せていたこと。
僕とソルティスの身体が、死角になったこと。
多分、それが原因だと思う。
少なくとも、アスベルさんたちは何も言わなかった。
むしろ、ガリオンさんなどは、
「やるじゃねえか、あのチビ女」
あの『魔界生物』の炎を弾き返したのは、ソルティスの魔法だと思っているみたいだった。
…………。
でも、真相は違う。
僕は、眠そうなポーちゃんの横顔を見つめた。
(……君は、やっぱり……そうなんだよね?)
心の中で、呼びかける。
その視線は、ぼんやりと前だけを向いている。
でも、その繋いだ小さな手のひらは、とても熱くて、幼くて、僕の指には、少しだけ力がこめられた。
◇◇◇◇◇◇◇
地上に出た時には、もう夜中だった。
夜空には、美しい紅白2つの月が輝いている。
そのまま僕らは、王都の衛兵さんたちに言われて、王都の警備隊第4支部なる建物に連れていかれた。
「この地区の衛兵たちの本部です」
とは、イルティミナ先生のお言葉。
(なるほど)
つまり、前世の警察署みたいなところなのだろう。
そこの会議室みたいな広い部屋で、僕らは、あの地下で助けた14人の女の子たちと再会することになった。
「お姉さんたち!」
「お2人とも、無事だったんですね」
「よかった……」
泣きそうな顔の彼女たちに、僕とソルティスは囲まれる。
ちょっと驚いた。
でも、安心した。
イルティミナさんから聞いてはいたけれど、全員、無事に地上に出られて、保護されていたことが、ちゃんと確認できたから。
(よかった)
本当によかったよ。
みんな、こんな辛い目に遭った分、これからは、いっぱい幸せになって欲しいと思った。
(……でも)
お姉さん、お姉ちゃん。
感謝と尊敬の眼差しを向けられながら、そう呼ばれることに、本当は男の子であるマール君は、ちょっぴり複雑な気分です。
正体は、絶対にばらさないようにしよう――そう心に誓う僕でした。
そうしている時、ふと部屋の奥の方に、数十人ほどの大人の人たちが立っているのに気づいた。
その顔は、なんとなく、集まった女の子たちに似ていた。
多分、保護者の人たちだ。
目が合うと、その人たちは、僕らに深く頭を下げてくる。
(…………)
子供である僕らに、大人であるその人たちが、だ。
ついつい慌てて、僕とソルティスも、頭を下げ返してしまったよ。
集まった人の中には、デラさんもいた。
女の子たちは、それぞれの親の元へと戻っていく。
僕らと一緒に来た5人の女の子たちも、それぞれに自分たちの親を見つけて、泣きながらその胸に飛び込んでいった。
「デラお母さん!」
「お母さ~ん!」
エリーちゃんとラムチットちゃんも、泣きながら、デラさんに抱きついている。
「エリー、ラムチット、ポー! 3人とも、無事でよかった」
デラさんも涙目になりながら、大きな手で、2人とポーちゃんをギュッと包み込むように抱いていた。
そして、デラさんは、僕らに感謝の視線を向けてくる。
それを受けて、アスベルさんは、笑って、大きく頷いた。
ガリオンさんは「けっ」とそっぽを向いていたけど、少し鼻をすすっていた。
ポン ポン
イルティミナさんの白い手が、僕とソルティスの小さな肩に置かれた。
「マール、ソル。2人とも、本当によくがんばりましたね」
「…………」
「…………」
「あの子たちとその家族が、こうして笑顔を取り戻せたのは、間違いなく、貴方たちががんばったおかげなのですよ?」
優しい笑顔と労いの言葉。
僕とソルティスは、思わず、視線を交わす。
それから、お互い笑顔になった。
貧民街近郊で誘拐された19人の女の子たちを、僕らは、こうして無事に救出することができたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、19人の女の子と保護者さんたちは、家路についた。
でも、僕とソルティス、イルティミナさん、アスベルさん、ガリオンさんの5人は、そのまま衛兵さんたちの事情聴取を受けることになった。
……終わったのは、明け方だった。
未成年の僕ら2人がした行動は、女の子たちを助けたこと自体は感謝されたけれど、その一方で、『そんな危険なことをしてはいけない』と怒られてもしまった。
「貴方たち、衛兵が頼りないからでしょうに……」
イルティミナさんがボソッと一言。
額に青筋を立てる、相手の衛兵さん。
僕らは、慌てて彼女の口を押さえて、「以後、気をつけます」と素直に答えておいた。
やがて、僕らも、帰宅を許可される。
「……太陽が黄色いわ」
「……ほんとだね」
建物を出た僕とソルティスは、東の空に見える朝日に、疲れたため息をこぼした。
そうして、アスベルさん、ガリオンさんともその場で別れて、僕と姉妹は、王都の郊外にある自分たちの家へと帰ることにした。
帰った途端に、眠ってしまった。
目が覚めたのは、お昼過ぎ。
「マール、ソル。昨日のことで、ギルドから呼び出しがかかっています。すぐに支度をしてください」
(ギルドから?)
寝ぼけたまま聞かされた僕らは、軽い朝食、もしくは昼食を済ませて、家を出た。
ギルドに着いた僕らは、すぐ最上階の『ギルド長室』に通された。
そこには、真っ白な獣人であるムンパさんの他に、
「ふむ、昨日はわらわと別れたあと、3人とも大変だったようじゃの」
「…………」
そう笑うキルトさんと、その隣にもう1人、柔らかそうな癖のある金髪に、水色の瞳をしたぼんやりした少女――ポーちゃんの姿もあったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らは、来客用ソファーに腰を下ろす。
そんな僕らに、ムンパさんが話しかけてくる。
「王都の警備隊から、事情は聞きました。みんな、大活躍だったみたいね。本当にお疲れ様」
柔らかな笑顔。
でも、僕らの視線は、ポーちゃんに向いてしまう。
「アスベルたちに連れてきてもらったのじゃ」
キルトさんが、そう答えた。
「午前中に、イルナから連絡があっての。その話が本当ならば、このポーからも事情を聞かねばならんと思うての」
「…………」
「…………」
「…………」
ムンパさんは頷いて、
「それと、今回の事件の原因にね。ちょっとだけ、マール君たちも関わっていたから、それも伝えておこうと思って、みんなを呼び出したの」
と続けた。
(……事件の原因に、僕らが関わっていた?)
困惑する僕らに、ムンパさんはこう言った。
「マール君、半年前にアルドリア大森林を出る時、そこの塔から、幾つかの古い本を持ち出したのを覚えてる?」
「あ、うん」
僕は、頷いた。
確かに、塔の居住スペースにあった本棚の本を、何冊か、持ってきた記憶がある。その本たちは、そのまま、この『冒険者ギルド・月光の風』に渡したんだ。
イルティミナさんも覚えているらしく、隣で頷いている。
そんな僕らに、ムンパさんも頷いて、
「それらの本は、研究素材として、王立魔法院に譲渡されたの。実は、その中には、古代タナトス魔法王朝時代の魔法陣の図案集もあってね」
(魔法陣の図案集……?)
なんか嫌な予感。
「今回の誘拐事件の首謀者、魔法院を追放された魔学者アディアン・サーヴェスは、その『魔法陣の図案集』を手に入れたことによって、自身の長年の研究を完成させたらしいわ。そして、その結果として、魔法院からそれ以上の研究を禁止され、その研究成果も封印されることになったみたい」
「…………」
「それを不服とした彼は、研究を続行。弟子の一部と共に、王立魔法院を追放されて、今回の事件を引き起こしたみたいね」
う、わぁぁ……。
(それじゃあ、僕らが塔から本を持ち出さなければ……今回の事件は起きなかったってこと?)
ちょっと責任を感じる。
「ううん、マール君のせいじゃないわ」
僕の表情に気づいて、ムンパさんは、首を横に振った。
柔らかそうな白い髪が、フワフワと揺れる。
「あの『魔法陣の図案集』のおかげで、多くの魔法の研究が進んだのも確かなの。本は本でしかないもの。結局は、それが生みだす結果を、人がどう受け止めるかだわ」
「そうそう」
ソルティスは頷いた。
「要するに、その魔学者の心が弱かっただけの話よ」
「…………」
「魔法の研究をするのなら、それが危険だとわかった時に、きちんとやめる覚悟も必要なのよ」
自分も魔法を研究するからか、少女の声は厳しかった。
(…………)
でも、自分の何気ない行動が、この事件の根幹に関わっていたと知ってしまうと、やっぱり複雑だ。
簡単には割り切れない。
「マールは、責任を果たしましたよ」
「……え?」
「そもそも責任などないと思いますが、それでも気になるのならば、こう考えなさい。今回の事件のような負の連鎖を、こうして自身の手で止めたのだと」
そう言いながら、イルティミナさんの手は、僕の手を握る。
「それで充分、責任を果たしていると思いますよ」
僕の目を見つめながら、そう笑った。
…………。
「うん」
僕は頷いた。
イルティミナさんの言葉に、少しだけ心が軽くなった気がした。
僕らのやり取りを眺めて、キルトさんは、優しく笑っていた。
「さて、事件については、これでよかろう」
そして、表情を改めた。
「本題は、こちらじゃ。その事件で召喚された、恐ろしい『魔界生物』とやらを倒した一因、その存在についてを確認するためじゃ」
「…………」
「…………」
「…………」
彼女の言葉に、僕らの視線は、1人の少女へと集まる。
これまでの会話中、何も喋らなかった女の子。
キルトさんの黄金の瞳は、その幼い顔を見つめて、問いかける。
「ポー、そなたはいったい、何者じゃ?」
その声は、ギルド長室内に、静かに響いた。
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