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171・地下空間の戦い

第171話になります。

よろしくお願いします。

 僕の意識は、体内にある『神なる力』の蛇口を開く。


 ギュオオ


 全身に力が流れ込み、頭部からはピンと立った獣耳が、臀部からは長くフサフサした尻尾が生えてくる。


 放散した神気の白い火花が、周囲で散る。


 そうして『神狗』と化した僕は、20メードの高さを一気に落下して、


「やっ!」


 ドゴォン


 直下にいた誘拐組織の1人の背中へと、両足で着地をした。


「ごばっ!?」


 その威力に、男は、背骨を破壊されて地面に倒れる。


 逆に、落下の衝撃を緩和した僕は、貯水槽の床に一回転して、無傷の着地を果たしていた。


「な、なんだ、テメ――ぶぎゃ!?」


 ズシャンッ


 近くにいた別の男が驚愕の声を上げようとして、その寸前、同じように上空から落ちてきたソルティスの踏み台にされて、潰される。


「……いたた」


 着地に失敗したソルティス、まるでお尻で潰した感じだ。


 その足は、大きく開脚されていて、ちょっと恥ずかしい体勢である。


(わ?)


 少女の股間の布地が見えて、僕は慌てて顔を逸らす。


 周辺にいた誘拐組織の連中も、呆気に取られたように、上から落ちてきた僕ら2人を見ていた。


「!」


 それらの視線に気づいたソルティスは、慌てて足を閉じる。


(い、今はそんな場合じゃないって!)


 心の中で突っ込み、僕は強く首を振る。


 視線を走らせると、ポーちゃんを始め、捕まっている5人の女の子たちは、およそ10メードほど離れた距離にいた。


 女の子たちの枷から繋がる鎖は、1人の男が握っている。


(このぐらいの距離なら……!)


 タンッ


『神狗』である僕の脚力は、たった1歩の跳躍で、その距離をゼロにしてみせた。


「な……っ!?」


 女の子たちの鎖を掴んでいる男が驚愕する。


 そのあごを、僕の掌底は、正確に打ち抜いた。


 ゴッ


 手のひらに伝わる骨の砕ける感触。


『神狗』の凄まじいパワーは、成人男性の体重を物ともせずに、その男を5メードも吹き飛ばした。


 ドザザッ


 男は床に落ち、数メード滑って止まる。


(よし!)


 僕は、女の子たちを振り返った。


 ビクッ


 彼女たちは怯えた表情を見せる。


 そして、ポーちゃんを庇うように2人の女の子が、自分たちの恐怖を押し殺して、ポーちゃんを背中に隠した。


 2人の匂いと顔に、ちょっと覚えがある。


「エリーちゃんと、ラムチットちゃん?」

「!?」

「ど、どうして、私たちの名前を……?」


 驚く2人。


 僕は、笑った。


「僕だよ。ほら、半年ぐらい前に一緒に遊んだ、冒険者のマール。……覚えてる?」


 小さな指で、自分の顔を示す。


 彼女たちは、キョトンとして、それから大きく目を見開いた。


「え? ……あ」

「も、もしかして、マールお兄ちゃん!?」


(よかった。2人とも覚えててくれたみたいだ)


 僕は「うん」と頷いた。


 そして、彼女たちは言う。


「え、えっと……マールお兄ちゃんって」

「……実は、お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんだったの?」 


(…………)


 あ、あぁああああ!


(わ、忘れてた! 僕、今、女装中だったんだっけ!)


 この格好を、知り合いの女の子に目撃されてしまった!


 真っ赤になった僕は、顔を押さえて、しゃがみ込んでしまう。


 エリーちゃんとラムチットちゃんは、僕の反応に、困惑した様子だ。


 その2人の後ろにいるポーちゃんは相変わらず、ポーっとしている。


 そして、他の2人の女の子たちは、戸惑った顔である。


 ガンッ ギィン


 その時、僕らの背後の方で、ぶつかり合う金属音が響いた。


「ちょっと、馬鹿マール! 早くしなさいよ!」


 ソルティスが曲刀を振るって、近くにいた誘拐組織の男たちを倒していたんだ。


 そ、そうだった。


(悩むのは後回しだ)


 僕は、女の子たちの手足を拘束していた金属枷を、小さな指で掴んで破壊する。


 メキメキ バキン


 呆気に取られる女の子たち。


「大丈夫! 僕らは、みんなを助けに来たんだ。さぁ、逃げよう!」

「!」

「う、うん!」


 4人の女の子の表情に、希望の明るさが灯る。


 そして、ここまで来ると誘拐組織の男たちも、突然の出来事による混乱から、立ち直りを見せ始めていた。


「なんだ、あの餓鬼どもは!?」

「くそ、生贄を!」

「一瞬で仲間をやっちまったぞ、侮るんじゃねえ!」


 男たちは、曲刀を引き抜き、僕らを包囲しようとする。


 ソルティスが僕の隣に来る。


 僕は、視線を周囲に走らせた。


(出口は……あれだ!)


 貯水槽に幾つか繋がっている通路の1つは、外まで通じているのを地図で確認してあった。


 それを見つけた僕。


 ソルティスも、同じように見つけたようだ。


「マール!」

「うん! 僕が道を切り開く! ソルティスは、みんなを守って!」

「わかったわ」


 僕らは頷き合う。


 そして僕は、獣のように低い姿勢になると、


(いくぞ!)


 ドンッ


 強く床を蹴り飛ばし、僕らを包囲しようとする数十人の男たちの一角へと、疾風のように襲いかかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「通路に逃げる気だ! お前ら、絶対に行かせるな!」


 犯罪組織のリーダーらしい男が叫ぶ。


 そこで気づいた。


(牢屋前で、あの黒いローブの老人と一緒にいた、もう1人の男だ)


 彼の指示に、僕の正面へと、曲刀を抜いた男たちが集まってくる。


 でも、


「――遅いよ!」


 タタン


 今の『神狗』となった僕の前で、彼らの動きはじれったいほどの遅さだった。


 曲刀が振り下ろされる前に、その懐に入って、


 ベキンッ


 剣を握った手首を、圧倒的な握力で潰し、折る。


「ぎゃあ!?」


 悲鳴を上げた男の手から落ちた曲刀を、僕の小さな手が受け取って、そのまま左足を軸にして独楽のように1回転する。


 ズビュウッ


「ぎっ!?」

「……がっ」


 近くにいた2人の肉体が、血飛沫を撒き散らした。


(!)


 瞬間、その肉体の陰から、他の3人の男たちが、一斉に曲刀を振り落としてくる。


(まさか、傷ついた仲間ごと斬る気!?)


 驚きながら、慌てて、血に濡れた曲刀で受ける。


 ガキッ ギギィン


 無数の火花が散る。


 3人の男たちの振り下ろした剣を、けれど『神狗』である僕の小さな肉体は、しっかりと受け止め切っていた。


「でやぁああ!」


 逆に、思いっきり力を込めて、剣ごと3人の男たちを弾き飛ばす。


 ズダダン


 床へと倒れる男たち。


(よし、道が開けた!)


「ソルティス!」

「えぇ!」


 僕の声に、少女は頷き、5人の女の子たちがこちらへと駆けてくる。


「この、ついてくんな! このこの!」


 カキン ギンッ


 追いかけてくる男たちを、ソルティスは、後ろに曲刀を振り回して牽制する。


 僕は、そばで倒れている男の1人を抱え上げると、


「やぁ!」


 ブォン ドガァア


 追いすがる男たちへと放り投げ、ボーリングのピンのように、まとめて倒してやった。


 その光景を目撃して、リーダーの男が舌打ちする。


「ちっ! あの娘も『魔血の民』だったのか!?」


 そして、黒いローブの老人を睨む。


 魔力を感じられる魔法使い――その1人である老人は、あご髭を撫でながら、答えた。


「いや、違うな」

「何!?」

「あれからは、何の魔力も感じぬ。もっと違う、別の『何か』だ」


 その年老いた瞳に、濁った光が灯る。


「……面白い」 


 彼は呟く。


 そして、自分の背後に控えていた黒いローブの集団を振り返った。


「娘どもよりも、よほど良い生贄になるやもしれん。なんとしても、あの娘だけは捕まえようぞ」

「ははぁ!」

「師父の仰せのままに」


 黒いローブの男たちは、頭を垂れて首肯する。


 ポウッ


 すると、男たちの指に嵌められていた魔法の発動体らしい指輪が、一斉に輝きを放ち出した。


 10人の男たちの手が、空中を妖しく動く。


 光のタナトス魔法文字が浮かび上がり、男たちは、その20の手を貯水槽の石造りの壁に、パパパン……っと触れさせた。


 無数の光が壁を走り、僕らの目指した通路の壁に到達する。


「!?」


 メキッ ベキベキ ガゴォン


 突然、壁が崩れた。


 壁であった無数の四角い石たちは、形を変えて組み上がり、石の人形へと再構成される。


(な、なんだ、これ!?)


 目の前に現れたのは、10体の石の人形だ。


 全員、筋骨隆々の人型で、けれど、なぜか首から上がない。


「げ……っ、『石人形ゴーレム』じゃないの!」


 ソルティスが嫌そうに、その名を呼ぶ。


(ゴーレム!?)


 進路を塞がれた僕らは、思わず、立ち止まってしまう。


 後ろからは、新手の男たちが迫っている。


(やるしかない!)


 僕が『神狗』でいられるタイムリミットも近い。


 もはや、躊躇してる暇はなかった。


 タンッ


 僕は、神速で跳躍し、接近した1体のゴーレムの膝関節を全力で殴った。


 ゴィン


(い……っ!)


 痛ぁあああっ!?


 ゴーレムの石の肉体は、あろうことか、『神狗』の全力パンチでも砕けない強度だった。


 ギ、ギギ……ッ


「!」


 ゴーレムの手が大きく振り被られる。


 僕は、後方に跳んだ。


 タッ ドゴォオン


 直後、ゴーレムの拳が落ちた貯水槽の石床が、爆弾でも落ちたように吹き飛んだ。


(な、なんて威力だ)


 冷汗が流れる。


 恐怖を飲み込み、僕は、もう一度、今度は手にした曲刀を握り締めて、ゴーレムへと挑む。


「や!」


 ヒュッ ガギィン


 ゴーレムの膝関節の3分の1だけ、刃が食い込み、そこで止まった。


「くっ」


(この剣、刃が悪すぎる!)


 その犯罪組織の男たちが使っていた曲刀は、どうやら、碌な手入れがされていないようだった。


 剣であるはずなのに、肝心の刃には錆が浮かび、所々が潰れている。


 これでは、半分、鈍器みたいなものだ。


 ドゴッ ドゴォオン


 曲刀を捨て、僕は、振り下ろされるゴーレムたちの拳の嵐を、紙一重でかわしていく。


 僕の立っていた床には、次々とクレーターが生まれていく。


「ち、ちょっとマール! 早く何とかしなさいよ!」


 叫ぶソルティス。


 彼女は、5人の女の子たちを背中に庇いながら、近づく男たちと曲刀を交えながら、必死に牽制して時間を稼いでくれている。


(でも、何とかって言われても……っ)


『神狗』の腕力でも倒せず、曲刀も通用しないんじゃ、どうしようもない。


(せめて、まともな剣があれば!)


『マールの牙』や『妖精の剣』のような、ちゃんとした斬る刃のある剣が手元にあれば、ゴーレムだって斬れる自信がある。


 けれど、ここにはそれがない。


(どうする? どうする?)


 必死に考えを巡らせる。


 と、その時、集団のリーダーらしき男が、霞むような速さでソルティスに襲いかかるのが視界に入った。


(え……?)


 あの速さは、


(まさか、あのリーダーの男も『魔血の民』!?)


 その事実に青ざめながら、僕は叫んだ。


「ソルティス!」

「!?」


 気づいた少女は、慌てて、接近する同族の男に曲刀を振り落とした。


 ガギィン


 激しい火花と金属の衝突音。


 尋常ならざるソルティスの剣の速さと威力を、けれど、同じ『魔血の民』である男は、しっかりと受け止めていた。


 いや、その一合だけで、遠目にもわかる。


 その男は、単純な剣技だけでも、付け焼刃のソルティスより腕が上だった。


(ま、まずい!)


「ソルティス、逃げて! 早く!」


 僕は、必死に声を飛ばす。


 けれど、


「ずいぶんと好き勝手に暴れてくれたじゃないか、お嬢ちゃんたち? 相応の礼はさせてもらうぞ」


 男が冷酷に笑い、目前のソルティスに告げる。


 ソルティスは、気丈に男を睨み返した。


 けれど、次の瞬間、ぶつかり合う刃の部分を軸にして、男の剣が回転し、その柄の後端が、ソルティスの側頭部を殴りつけた。


 ガツン


 大きな鈍い音が響く。


「あがっ!」


 ドサッ


 たった1撃で、ソルティスは床に倒れた。


 意識はある。


 けれど、脳震盪を起こしたのか、手足が震えて、立ち上がることができないようだった。


「こ、このぉ……」

「ほう……まだ意識があったのか? しぶといな」


 酷薄に笑うリーダーの男。


 倒れたソルティスと5人の女の子を包囲するように、醜悪な笑みを浮かべた数十人の男たちが近づいていく。


(さ、させるか!)


 僕は、その男たちを駆逐しようと膝を曲げ、跳躍しようとする。


 ガキッ


「!?」


 瞬間、ゴーレムの巨大な手が、僕の小さな身体を拘束した。


(しまっ――)


 意識を一瞬だけ、ゴーレムから外してしまった。


 メキメキ……ッ


「がっ……あぁああ!」


 凄まじい力で締め上げられ、骨が軋み、内臓が破裂しそうになった。


 恐ろしいほどの痛み。


「マール……っ!?」


 蒼白になったソルティスの声が、僕の耳に遠く木霊する。


 同時に、


 バシュゥウウウ……


『神体モード』の時間が切れて、僕の体内に流れていた神なる力が消滅し、獣耳と太い尻尾が、白い煙となって消えていく。


(く、そ……っ)


 消えそうな意識の中で、必死に歯軋りする。


 こんなところで、こんな形で失敗するなんて、思わなかった。


 敵を侮りすぎたのか。


 それとも、救出を焦りすぎたのか。


 絶望と後悔が、頭の中で弾けては消えていく。


「や、やだぁ!」

「は、離して、離してよぅ」


 5人の女の子たちが、男たちに捕まっていく。


 ソルティスの幼い美貌を、リーダーの男は、笑いながら踏みつけた。


 少女は悔しそうに男を睨むけれど、もう身体が動かないようだ。


 僕も、ゴーレムの巨大な指に挟まれて、息をすることも難しかった。


(……ごめんよ、ソルティス)


 心の中で謝った。


 もう少し僕に力があったなら、もっと知恵があったなら、助けられたのかもしれない。


 けれど、今の僕には、もう手がなかった。


 心と身体から、力が抜けていく。


「…………」


 その時、ふと、美しい光が見えた。


 それは、犯罪組織の男に捕まっているポーちゃんの瞳だった。


 いつも、どこを見ているかわからないような水色の瞳が、今、真っ直ぐに僕を見つめている。


 その輝きの奥には、強い光が宿っていて、


「――――」


 その瞳が、突然、僕らが逃げようとしていた通路の方へと向けられた。


 ヒュオ


 通路から、白い閃光が飛び込んできた。


(……え?)


 それは、僕が今までに何度も見てきた輝きで、その閃光は流星のように、僕を拘束しているゴーレムへと直撃する。


 ドパァアン


 爆散。


 あれほど強固だったゴーレムの石の肉体が弾け飛び、僕は、床へと落下する。


 ドサッ


(痛っ)


 その痛みを堪えて、慌てて顔を上げる。


 ソルティスも、4人の女の子たちも、犯罪組織のリーダーと部下の男たちも、黒いローブの老人たちも、皆が驚きの表情を浮かべていた。


 ポーちゃんだけは無表情。


 そして、その全員の視線が集まった先には、ゴーレムを破壊し、床に突き刺さった1本の白い槍があった。


 大きな翼飾りと魔法石のある、美しい槍。


 コツ


 そして、暗い通路の奥から、足音が響いてくる。


 コツ コツ


 その足音だけでも美しく、その感じる気配だけでも人々を魅了する。


 コツン


 やがて、貯水槽を照らす松明の炎の中へと、その人は現れた。


 流れる、深緑色の綺麗な髪。


 白い鎧に包まれた、その美しい女性は、たおやかな右手を伸ばして、床に突き刺さった白い槍を抜く。


 桜色の唇が綻び、


「――遅くなりましたね、マール。しかし、もう大丈夫です」


 その美しい真紅の瞳が、僕を見つめて輝く。


(あ……あぁ、ああ)


 心が震えた。


 声をなくす僕の前で、銀印の魔狩人イルティミナ・ウォンは、静かな微笑を湛えて、この王都の地下空間に現れたのだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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