168・牢屋からの脱獄
第168話になります。
よろしくお願いします。
目が覚めた時、最初に感じたのは、頬に当たる石の感触だった。
(う……?)
覚醒する意識。
僕は、自分が冷たく硬い石の床に、うつ伏せに倒れていることを自覚する――同時に、意識を失う直前までの出来事を思い出して、慌てて身体を起こそうとした。
ジャランッ
(!?)
鈍い金属音がして、手足が何かに引っ掛かる。
バランスを崩した僕は、顔面から床にぶつかってしまった。
い、痛い……。
でも、おかげで完全に意識が覚醒した。
周囲を見回せば、自分たちが狭い石造りの部屋に閉じ込められていることに気づいた。
三方が石壁で、残りの一方が檻になっている。
どうやら、牢屋だ。
その向こう側には、通路があり、牢屋前の壁には松明が設置されていて、通路は左右まで伸びていき、その先は暗闇の中に消えていた。
「なんだ、ここ……?」
思わず呟く。
そして、よく見たら自分の両手、両足に金属の枷がはまっていた。枷同士の間には、10センチほどの鎖が繋がっている。
さっきはこれで、転んだんだ。
(! ソルティスは!?)
ハッとなり、慌てて牢屋内を見回す。
すると、牢屋の奥の方に倒れている、紫色の髪の少女を見つけた。
「ソ、ソルティス!」
ガシャッ ガシャン
拘束具に邪魔をされながら、必死に近づいた。
柔らかそうな髪を床に広げて倒れる少女の手足にも、僕と同じように枷がはめられていた。
(?)
ただ材質が違うように見えた。
僕のは鈍い銀色だけれど、ソルティスの枷は、真っ黒い金属だ。その表面には、不可思議な紋様が白く刻まれている。
いや、今はそんなこと、どうでもいい!
「ソルティス、ソルティス?」
小さな肩を揺する。
「……う」
すぐに反応があった。
(あ! ……よかった)
どうやら気を失っていただけのようだ。
安堵の吐息をこぼす僕の前で、彼女は、薄っすらとまぶたを開き、その奥にある紅玉のような瞳を覗かせた。
「あれ……マール?」
「うん。大丈夫、ソルティス?」
そう言いながら、僕は、彼女の頬にかかった髪を指で払ってやる。
そんな僕の仕草を、ソルティスは、ぼんやりと見つめた。
そして、次の瞬間、
ガバッ
「そうだわ! 私たち、あの連中に――」
気を失う前の記憶を取り戻したのか、彼女は唐突に跳ね起きた。
(わ!?)
目の前で立ち上がられて、驚く僕。
ガキッ
そして彼女は、さっきの僕と同じように両手足の枷によって、その勢いある動きを制限され、
「えっ!?」
急にバランスを崩して、僕の方へと倒れ込んできた。
(え……うわ、ちょっと!?)
ドサァ
慌てて受け止めようとしたけれど、突然すぎて踏ん張れず、硬い石の床にしたたかに背中を打ちつけながら、一緒に倒れてしまった。
……ぐぁ。
気づけば、まるでソルティスが僕を押し倒しているような体勢だ。
「…………」
「…………」
胸と胸が密着し、驚いている幼い美貌が、物凄い近くにある。
その細く柔らかな紫色の髪が、美しい滝のように僕らの顔の周囲を覆っていた。
ドッ ドッ ドッ
その心臓の鼓動が伝わってくる。
10秒近く見つめ合って、ようやく2人同時に、我に返った。
「ご、ごめん、マール!」
「う、ううん」
慌てて身体を起こす少女。
その顔は、耳まで真っ赤。
いや、きっとそれは僕も同じかもしれない。
ようやく僕の上から降りて、そこでソルティスは、自分の手足に拘束具がはめられていることに、やっと気づいた。
「ちょ……何よ、これ!?」
八つ当たりのように、床にガンガンぶつけるけれど、もちろんビクともしない。
「ちっ」
短く舌打ちして、それから彼女は、ゆっくりと周囲を見回した。
「牢屋……?」
「みたいだね」
僕は頷いた。
彼女は「ふぅん」と呟きながら、枷に邪魔をされないように立ち上がる。
牢屋の中には、僕ら2人の他に、誰もいなかった。
寝台や毛布、排泄用の桶なども全くない。
窓もないので、外の様子はおろか、ここがどこなのかもわからなかった。
カチャ
少女の手が、檻の鉄棒に触れる。
「なるほどね。私たちは今、閉じ込められてるってわけね」
「うん」
「舐められたものね」
彼女は、「ふん」と不敵に笑った。
(うん?)
キョトンとなる僕に、彼女は笑いながら言う。
「これでも私、『魔血の民』なのよ? これぐらいの鉄棒なんて、簡単に曲げられるわ」
え?
そうなの?
言われてみれば、前にソルティスと木剣で稽古をした時、まるで丸太で殴られたような威力を感じたっけ。
少なくとも、この少女の力が、魔血のない普通の成人男性よりも上回っていることは、間違いないと思った。
「じゃあ……?」
「えぇ、いつでも脱出できるわ」
期待の視線を送る僕に、自信満々に頷いてくれるソルティスさん。
(おぉ、なんて頼もしい!)
安心感に、笑顔がこぼれる。
ソルティスも鼻高々に笑って、その幼い手で鉄棒を握り締める。
そして力を込めようとした、その寸前、
コツッ
(!)
「!」
通路の奥に明かりが灯り、小さな足音が響いた。
その足音は少しずつ接近し、暗闇に見える明かりも徐々に大きくなっていく。
(誰か来た!?)
僕とソルティスは、慌てて檻から離れる。
足音は複数人。
やがて、鉄格子の向こう側、僕らの牢屋前の通路に、その人影たちが立った。
◇◇◇◇◇◇◇
現れたのは、3人の男たちだった。
1人は、黒いローブを頭まで羽織った老人だった。
髪も、長いあご髭も白くなり、その弛んだまぶたの奥には、どこか濁ったような光を灯す瞳が覗き、檻の中にいる2人の子供を――僕らを鋭く見つめていた。
「ほう? もう目が覚めていたか」
しゃがれた声。
それに残り2人の男が応じる。
「はい」
「どうやら、そのようで」
そちらは、30代ぐらいの冒険者風の格好をしている。
顔に見覚えがあったので、どうやら僕らを襲った連中の中の2人のようだった。
そして、今のやり取りから、なんとなく老人の方が上の立場にあるように感じた。
「これが先程、捕まえてきたという娘たちか」
「はい」
「なるほど、昏倒薬の効き目がこれほど早く切れるとは、なかなかに生命力が強そうだ。生贄としての資質は、実に高そうだな」
黄ばんだ歯を見せ、老人は笑う。
(……生贄?)
不穏な単語に、僕は眉をひそめる。
ソルティスは負けん気の強さを発揮して、囚われの身でありながら、3人の男たちをきつく睨んだ。
「おぉ、これは気も強そうだ」
老人は愉快そうに笑った。
ただその声には、絶対的優位な立場にいるものが発する不快な響きがあった。
2人の男も笑う。
「しかし、旦那? 本当に2人とも生贄にしちまうんで?」
「ぬ?」
「いや、これほどの上玉、滅多に手に入りやせんのでね。一度ぐらい、味見してからでもいいんじゃねえかと思いやして……へへっ」
背の低い男が、下卑た笑いを浮かべる。
その好色な視線が、僕の方へと向けられて、
「どちらかというと、そっちの大人しそうな茶髪なんて、好みですなぁ」
(……い? ぼ、僕!?)
「くっくっ、嫌がるのを殴りながら、無理矢理なんて……ひひひっ、堪りませんなぁ」
こぼれそうなよだれを腕で拭う。
じ、冗談じゃない。
男性からのこういう視線が、こんなに気持ち悪いものだとは知らなかった。肌に虫でも這っているような不快さだ。
(ぼ、僕は男なんだぞ!)
声を大にして言いたくなる。
けれど、
「馬鹿者が」
老人の低い声が、男の視線を消し去った。
「何のために危険を冒してまで、貧民街の売女どもではなく、王都の娘たちをさらったと思っている? 生娘でなくば、生贄にはならんのだ」
「へ、へい、すいやせん」
殺意さえ込められた眼光と声に、男はすっかり委縮してしまった。
(…………)
この一連の誘拐騒動は、つまり、その生贄のため?
僕は考え込む。
「アンタたち、何者よ」
横にいたソルティスが、鋭く問いかけた。
老人は笑った。
「さてな。ただ深淵なる知識の探究者よ」
「はぁ?」
怪訝に眉をひそめるソルティス。
そんな彼女を見つめて、老人は、静かな口調で語りかけた。
「娘、お前は『魔血の民』だな?」
「!」
「その強気の根幹には、その種族ゆえの傲慢があるのだろう。だが、貴様に使われている枷は『封魔の枷』だ。その魔の力、発揮することは叶わんぞ?」
ソルティスは驚いた顔をする。
それから慌てたように枷を見つめ、それを引き千切ろうと力を込めた。
「この……っ!」
ヴォン
その瞬間、黒い金属の枷に刻まれた白い紋様が、光を放った。
「!? ち、力が抜ける……!?」
愕然と呟くソルティス。
老人が楽しそうに笑った。
「言ったであろう? お前の魔の力は、封じられたのだ」
ソルティスは、それでも、しばらくがんばった。
3人の男たちは、それを眺めている。
老人と背の低い男は愉快そうに、もう1人の冒険者風の男は、特に興味もなさそうに。
やがてソルティスは、
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒い呼吸をついて、床に座り込んだ。
(……ソルティス)
悔しくて泣きそうなソルティスに、僕は、声をかけられない。
「納得したか?」
まるで教師のように老人は言う。
ソルティスは「うぐ」と呻き、僕は、そんな彼女を老人の視線から庇うように、少女の前に出て、3人を睨んだ。
そんな僕らのことを、3人は馬鹿にするように見つめる。
そして、
「儀式の時間は、まだ先だ。それまでは大人しくしておることだな」
老人はそう言葉を残すと、
「確認は済んだ。行くぞ」
「はい」
「へい」
黒いローブを翻して、2人の男を連れて歩きだす。
そのまま、3人とも通路の奥へと去っていった。
気配が完全に消えた。
僕は、うなだれて座るソルティスを振り返る。
「大丈夫、ソルティス?」
「……マール」
ソルティスは涙目だった。
「私……どうしよう?」
自分の手足にはまった黒い枷を見つめて、泣きそうな声を出す。
驚いた。
こんな弱気なソルティスは、珍しい。
あの老人が言うように、ソルティスにとって『魔血の民』であるということは、その強さを拠り所として感じられるものだったのかもしれない。
例え、それが無自覚のものであったとしても。
(でも、今のソルティス、ちょっと可愛いかも……)
いつも強気な彼女の泣きそうな様子に、僕は、そんな風に思ってしまった。
いやいや。
(そんな場合じゃないって)
ごめんね、ソルティス。
僕は気持ちを切り替えて、できる限り明るい声で言った。
「大丈夫だよ」
「大丈夫って……でも、魔血の力が封じられたら、脱出方法がないじゃない。この『封魔の枷』がある限り、私は……」
(うん。だけど)
「僕の枷は、違うみたいだよ?」
「え?」
驚く彼女に、僕は、自分の両手の枷を見せてやる。
それは、鈍い銀色の枷。
どうやら、ただの金属だ。
僕は魔力自体が少ないし、魔力を測定しても、『魔血の民』だとは思われなかっただろう。
そして、それは間違いじゃない。
(でもね)
僕には、そう……奥の手がある。
驚く彼女に笑いかけて、僕は告げた。
「――神気開放」
ギュォオン
体内にある蛇口を開放し、その大いなる力を肉体に流し込む。
獣耳が生え、太く長い尻尾が伸びる。
周囲では、大気中に放散される『神気』の白い火花が散っている。
力を込めて、手足を動かした。
メキッ ミシミシ……ッ バキィンッ
薄いプラスチックでできていたかのように、僕を拘束していた枷と鎖は、簡単に引き千切れ、ゴト、ゴトン、と石の床に落ちる。
「……あ」
呆けたようなソルティスに、
「これでも、僕は『神狗』だからね」
少しだけ得意げに笑って、そう言った。
◇◇◇◇◇◇◇
メキッ ミシシッ バキンッ
僕は『神狗』としての握力を使って、ソルティスの白い肌に傷一つ残さないよう、細心の注意を払って『封魔の枷』を破壊した。
(よかった、ちゃんと壊れた)
魔力は封じられても、さすがに神気までは封じられなかったのだろう。
足元に落ちた枷を見つめながら、ソルティスは、両手をブラブラさせる。
「……ありがと」
仏頂面でお礼を言われた。
僕に助けられたのが不満なのかな? できれば、笑顔で言って欲しかったよ……。
(ま、いいか)
今は、そんな場合じゃない。
そのまま僕は、牢屋の檻にも手をかけて、思いっきり力を込めて、左右に押し開いた。
ガキッ ギギィイ……ッ
鉄棒が大きくたわむ。
(これぐらいの大きさなら、もう通れるよね)
僕は大きく息を吐くと、体内に流れていた神気を収束させていく。
獣耳と尻尾も、白い煙となって消えていく。
使用時間は、30秒ぐらい。
残りは、2分30秒だ。
(節約、節約……と)
この先、何が起きるかわからないから、『神体モード』も慎重に使わないとね。
そうして僕らは、牢屋から出た。
暗い通路は左右に続いているけれど、誘拐犯の3人が去っていったのは、右の方向だ。
「あとを追いかけようか」
「そうね」
僕らは頷き合い、そちらへと進んだ。
牢屋前の通路の壁には、松明が設置されていたので、それを拝借して照明代わりにしながら歩いていく。
カツン カツン
僕らの足音だけが響く。
(…………)
歩きながら、僕は小さく呟いた。
「それにしても……なんかスカートって、足元がスースーして頼りないね」
「はぁ?」
ソルティスが呆れたように僕を見た。
「アンタ、こんな時に何言ってるのよ?」
「い、いやだって……」
女の子の服を着るのなんて、人生で初めての経験で、違和感が凄いんだもの。
というか、
「もしかして、女装するにしても、別にスカートじゃなくてズボンでも良かったんじゃないかな?」
その方が動き易いし。
「言われてみればそうね」
「でしょ?」
「ま、仕方ないわ」
ソルティスは小さな肩を竦め、あっけらかんと言った。
「だって、イルナ姉の趣味だもの」
「…………」
(イ、イルティミナさんの趣味かぁ……)
そう断言されてしまうと、何も言えず、なんだか遠い目になってしまう僕でした。
我慢しながら、通路を歩く。
「にしても、マールと2人きりになるのも久しぶりよね」
前を歩くソルティスが、ふと呟いた。
(ん?)
「前は、ディオル遺跡だったっけ?」
「あ、うん」
そういえば、そうだね。
あの時も暗い地下遺跡の中の通路を、2人で歩いたんだっけ。
リュタさんもいたけれど、少し後方に離れていたし、2人で並んで歩くのは、今と状況がよく似ていた。
「でも、今の私は魔法も使えなくて、マールに頼るしかない……と」
「…………」
「なんか、情けないわね」
自虐的に呟くソルティス。
やっぱり先輩冒険者としてのプライドが、そう感じさせるのかな?
「僕としては、ソルティスがそばにいてくれるだけで、凄く安心するけど」
「……そう?」
「うん。1人だったら、絶対に嫌だ」
「…………」
彼女はチラリと振り返る。
僕は言った。
「でも、ソルティスが一緒だから、僕は勇気が出せてるんだと思うよ」
「そ」
彼女は短く答えて、前を向いた。
でも、直前の表情は、少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべていたのを、僕は見逃さなかったよ。
カツン カツン
そうして僕らは、またしばらく歩く。
「それにしても、広いわね」
ソルティスが、また呟いた。
「私ね。最初は、ここ、どこかの建物の中なのかと思ってたんだけど、これだけ通路が続いているとなると、ちょっと違うみたいだわ」
そう言いながら、壁を触る。
石を積み重ねた堅牢な造りだ。
空気に湿気が多いのか、壁の表面は濡れていて、松明の炎に光っている。
牢屋があった場所以外は、ずっと、こんな通路が続いていた。
(確かに、建物の中にしては、距離が長すぎるよね)
僕は首をかしげた。
「じゃあ、ここはなんなんだろう?」
犯罪組織の根城を特定しようと思ったのに、これでは、全然わからない。
「多分だけど……」
ソルティスは、そう前置きして、
「ここは、王都ムーリアの地下にある下水道じゃないかしら」
「下水道?」
思わず聞き返す。
博識の少女は「えぇ」と頷いて、
「さっきから、妙な臭いがしてるでしょ」
「うん」
実は、通路に出てからずっと、生臭いような臭いがしている。
「それに、王都の下水道は、広大な範囲に迷路みたいに広がっているのよ。特に貧民街の地下にある下水道は、建築以来、碌な整備も行われていないはずだし、こういう使われてない空間もあるはずだわ」
そう言いながら、天井を見上げる。
手を伸ばせば、届きそうな距離にある石の天井――ソルティスの言葉が確かならば、このずっと上の空間に、地上の貧民街が広がっていることになる。
(…………)
さながらここは、忘れ去られた王都の地下迷宮か。
まさに、悪党が身を隠すのに利用しそうな場所である。
「でも、そうなると出口はどこなんだろう?」
僕は疑問を口にする。
さすがの天才少女も、それには首を左右に振った。
「わからないわ。下手に動き回ると、迷子になって、永遠に出られなくなるかもしれないわね」
「お、脅かさないでよ」
「本気の話よ」
「…………」
きっぱり言われ、僕は言葉もない。
「ま、一応、歩いた距離と方角は、私の頭の中で覚えてるし、分かれ道では目印を残していきましょ。そうすれば、現在地を見失うことはないはずだわ」
「う、うん」
さすがソルティスだ。
「やっぱり頼りになるね、ソルティスは」
「……そう?」
ソルティス、ちょっと嬉しそうだ。
「ふふん、尊敬していいのよ、マール?」
お?
(その台詞、久しぶりに聞いたよ)
僕は笑って「うん、尊敬してるよ」と、こちらも久しぶりに答えた。
こんな状況も忘れて、彼女も楽しそうに笑った。
しばらく笑ってから、真面目な表情に戻って、周囲を見回す。
「でも、さすがにこんな地下じゃ、発光信号弾も使えないわね」
「うん、そうだね」
僕も頷いた。
実は、持ち物検査をされても大丈夫なように、僕の被っているかつらの髪の中に、発光信号弾を隠し持っていた。
でも、こんな地下では、何の意味もない。
「イルティミナさんたち、どうしてるかな?」
僕らのことを離れて尾行していたから、王都の下水道に連れ込まれたことは確認してると思うけれど、
「さすがに、下水道の中までは尾行できなかったと思うわ」
ソルティスは、そう答えた。
(やっぱり……)
ここもそうだけど、下水道は長い一本道の通路で、後方の視界が開けすぎている。振り返ったら、尾行者なんてすぐにばれてしまうだろう。
それでも気づかれない距離を空けたなら、今度は、分岐でどちらに行ったか判別がつかない。
(やっぱり、尾行は、途中で諦めざるを得なかったろうね)
…………。
なんとなく、尾行できないとわかった瞬間、後先考えずに、僕らをさらう男たちに襲いかかろうとするイルティミナさんと、それを必死で止めるアスベルさんを幻視してしまったよ。
(あはは……)
でも、アスベルさんが正解。
この広大な王都地下にある下水道の中で、どこに連中の拠点があるのか、囚われた女の子たちがどこにいるのか、僕らは見つけなければならないんだ。
そのためには、多少危険でも、こうして最後まで捕まる必要があった。
(うん、がんばって見つけよう)
僕は改めて、自分に発破をかける。
「じゃあ、今は2人きりでがんばろうね、ソルティス」
「…………」
相棒となる少女に笑いかける。
けれど、彼女は僕の顔を見つめて、なぜか仏頂面になった。
「言われなくてもがんばるわよ」
「う、うん」
「……アンタってさ、時々、本当に無自覚よね」
え?
何のこと?
戸惑う僕に、ソルティスは「はぁ……」と深いため息をこぼして、
「もういいわ。先に行きましょ」
「あ、待って――」
歩きだしたソルティスを追いかけようとした瞬間、僕の嗅覚はそれを捉えた。
ガッ
慌てて少女の腕を掴み、自分の方へと抱き寄せる。
「!? ちょ……っ、マール!?」
「しーっ」
暴れる少女を抱きながら、その口元を手で押さえる。
なぜか赤くなっている彼女の耳元に口を寄せて、小さな声で警告した。
「この先に人がいる」
「!?」
ソルティスの動きが止まった。
(多分、さっきの連中かな?)
この通路の先に、5~6人ぐらい集まっている。どうやら部屋のような空間があるみたいだ。
僕は、ソルティスを抱く手を離す。
「ここまで来たら、もう大人しくしてなくていいよね?」
「……そうね」
彼女も頷いた。
どちらにしても、もう枷も牢屋も破壊して脱出している。
あと戻りはできない。
だったらもう、出会った敵を倒して、色々と尋問してもいいと思うんだ。
「倒せる?」
「多分。……がんばるよ」
僕は、深呼吸しながら答えた。
できれば、まだ敵全体の人数がわからないから、先のことを考えると『神体モード』は使いたくない。
(でも、こっちは今、武器がないんだよね)
完全に無手の状態だ。
だから、もしも使う時はためらわないようにしないと。
色々と想定しながら、覚悟を決める。
「…………」
「…………」
僕とソルティスは、互いの顔を真剣な表情で見つめ合い、そして頷いた。
(よし、行くぞ)
そうして僕らは、気配を殺しながら、通路の奥へと進んでいった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。
 




