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167・変装のマールちゃん

第167話になります。

よろしくお願いします。

 孤児院の別室に連れ込まれて、30分が経過した。


(……どうして、こうなったのかな?)


 僕は、ため息交じりに思う。


 この部屋の壁際には、大きな姿見の鏡が置いてあった。


 そこに、1人の少女が映っている。


 年齢は、10~13歳ぐらい。


 髪は、明るい茶色で腰まで届く長さ。


 青い瞳を宿した顔立ちは、まぁ、普通だと思う。


 着ている物は、質素な布シャツに、足首まで届くスカートという姿で、大人しそうな印象の女の子だ。


 僕の視線に気づいて、彼女は、恥ずかしそうに目線を下げる。


(……はぁ)


 僕は自分の足元を見ながら、大きくため息をこぼした。


「なかなか、いい出来じゃないですか、イルナさん?」

「そうですね」


 そんな僕を見つめて、しばらく僕のことを弄くり回していたイルティミナさんとリュタさんの2人は、どこか満足そうな顔である。


「さぁ、皆のところに戻りましょう」


 イルティミナさんが言う。


 僕は泣きそうな思いで、最後の抵抗を試みた。


「……ほ、本当に戻るの?」

「当たり前でしょう。さぁ、マール、覚悟を決めて」


 うぅ……。


(絶対、馬鹿にされるよぅ)


 足の重い僕の肩を支えて、イルティミナさんは連行するように歩きだす。


「きっと大丈夫、マール君」


 リュタさんは、とても清々しい笑顔だ。


 ギギィ……パタン


 別室の扉が開かれ、僕ら3人は、孤児院の応接室へと戻ってきた。


 来客用のソファーには、アスベルさん、ガリオンさん、ソルティスが腰かけていて、3人の視線が戻ってきた僕へと集中する。 


(み、見ないでぇ……っ!)


 今すぐ逃げたい衝動が、胸の内を駆け巡る。


 デラさんが「ほほぉ?」と感心したように、目を見開いた。


「皆、お待たせしました」


 イルティミナさんが言いながら、僕を前に出す。


 アスベルさんが、不思議そうに言った。


「イルナさん、その子は?」


(……え?)


「え? 孤児院の子じゃないの?」


 ソルティスが意外そうに、アスベルさんを見ながら問いかける。


 彼は首を振った。


「いや、俺は知らない。ガリオンは?」

「俺も知らねえよ。最近、新しく孤児院に来た餓鬼じゃねえのか?」


 ガリオンさんは、ジロジロとこちらを見ながら、そう答える。


(…………)


 僕は戸惑いながら、イルティミナさんを見る。


 彼女は満足そうに笑い、頷いた。


 そして、言う。


「この子は、今回の囮作戦で、ソルティスと一緒に囮になってもらう予定の子です」

「え?」

「この子が?」

「おいおい」


 3人とも驚いた顔だ。


 こちらに向けられる視線がより強くなって、僕は、たじろぐ。


「ちょっと、イルナ姉? 私、その子のこと何も知らないんだけど……そんな奴と一緒に行動しろっての?」


 ソルティスは不満そうだ。


 アスベルさんも頷いて、


「そうですよ。そもそも、その子は冒険者なんですか?」

「はい、もちろん」


 イルティミナさんは、余裕の表情で応じる。


 ガリオンさんが「けっ」と舌打ちした。


「そんな細腕で、荒事に対応できんのかよ? その囮作戦とやらには、いなくなったここの餓鬼どもの命もかかってんだぞ!?」


 鋭い眼光がぶつけられる。


 リュタさんが笑った。


「大丈夫よ、ガリオン。この子の腕は、貴方もよく知ってるでしょ?」

「……ぁあ?」


 パーティー仲間の言葉に、怪訝な顔をするガリオンさん。


 イルティミナさんが、3人を見回して、


「というか、全員、この子のことは知っているのですよ」

「はい?」

「俺たちも……?」


 ソルティスとアスベルさんは、困惑した顔で、こちらを凝視してくる。


 その視線を受ける少女は、思わず、顔を伏せた。


 イルティミナさんがクスッと笑い、そんなの肩を優しく押さえながら、ゆっくりと唇を開いた。


「そうですよね、()()()


 名を呼ばれた。


 空気がピシッと凍りつき、その中で、僕は我慢できずに顔を両手で隠して、しゃがみ込んだ。


『――マール!?』


 3人の驚愕の声が、綺麗に唱和する。


 イルティミナさんとリュタさんは、その反応に満足そうな様子で『うんうん』と頷き、笑っている。デラさんだけが苦笑していた。


(あぁ……まさか、こんなことになるなんて)


 自分の提案した作戦によって、まさか女装する羽目になるとは、さすがに予想できなかった。


 孤児院の一室で、みんなの視線を一身に浴びながら、僕はさめざめと泣いた……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「では、始めましょう。マール、ソル、私たちは少し離れて、ついていきますからね」

「うん」

「お願いよ」


 孤児院の前の通りで、僕とソルティスは、イルティミナさんの言葉に頷いた。


 時刻は、夕刻。

 西の空は、ゆっくりと赤みを帯び始めている。


 女の子の格好をした僕は、ソルティスと一緒に、花の積まれた籠を手にして通りを歩き始めた。


 作戦内容は、こう。


 まず、僕らは貧民街に入らない。


 被害者の女の子たちは、みんな、貧民街に面した区画にいたけれど、別に貧民街の住人ではなかったからだ。


 なので僕らも、貧民街に面した道を、孤児院の子のフリをして歩いていくことにする。


 そんな僕らの後方から一定の間隔を保って、イルティミナさんとアスベルさん、ガリオンさんが追跡してくれる手筈になっている。


 リュタさんはお留守番。


 孤児院の子供たちは、今回の事件でショックを受けていた。


「アスベル兄~!」

「リュタお姉ちゃ~ん!」


 孤児院出身の彼らに、子供たちは、泣きながらしがみついていた。


 追跡人数は多すぎてもいけないし、少しでも子供たちの慰めになればと、リュタさんは残ることにしたんだ。いなくなった子たちだけでなく、残された子たちの心にも、傷は負わされていることを、僕らは思い知らされた。


(うん、がんばろう)


 女装は恥ずかしいけど、僕も我慢しようと決めた。


 そうして、作戦は決行される。


 通りを歩いていると、ソルティスが僕の方を見ながら、小さく呟いた。


「まさか……こんな格好のアンタと一緒に歩くことになるなんてね」

「……うぐっ」


 忘れようとしていた羞恥が甦る。


「ふふっ、似合ってるわよ、マ~ルちゃん?」


 ニヤニヤと笑う隣の少女。


 く、くそぅ……。


(なんか、このネタで一生、からかわれそうな気がするよ)


 と、ソルティスの表情が真面目に戻って、


「発光信号弾、ちゃんと持ってる?」

「あ、うん。大丈夫」


 僕は頷いた。


 追跡してもらっているけれど、万が一に備えて、発光信号弾は隠し持っていた。もしも追跡が振り切られてしまった時は、これで居場所を知らせるつもりだった。


「……本当に、イルナ姉たちいるのよね?」


 不安そうに後ろを振り返るソルティス。


 僕も見るけれど、通りのどこにも彼女たちの姿は見えない。


 3人とも魔物を狩る『魔狩人』だけに、気配を隠す隠密能力は高いみたいだった。


 でも、風は教えてくれる。


「大丈夫、ちゃんと3人の匂いはしてるから」

「……そ」


 僕の言葉に、ソルティスは呆れながらも、少し安心したような笑顔を見せた。


「じゃ、私たちもがんばりましょ」

「うん」


 僕らは頷き合い、通りを進んだ。


 ――あれから、2時間が過ぎた。


「お花いりませんか~?」

「綺麗なお花です。王都ムーリアの近郊でしか咲かない花ですよ~」


 僕らは、表通りと呼ばれる場所で、観光客相手に花を売る。


 でも、全く売れない。


 1人だけ、僕らを憐れんで買ってくれた男の人がいたぐらいだ。それでも、1リド……日本円で100円である。


(……これは、大変だね)


 孤児院の子たちは、いつもこんな苦労をしていたんだ。


 そう思うと、頭が下がる。


 ソルティスも営業用のスマイルを浮かべることに疲れたのか、大きなため息をこぼして「やれやれね」とぼやいた。


 西の空を見る。


 太陽は、半分以上、王都ムーリアの城壁の向こうに沈んでいた。


(そろそろ、かな?)


「ソルティス、もう帰ろうか」


 僕は声をかける。


 眼鏡の奥の彼女の瞳が、こちらを見た。


 その瞳から、気の抜けた雰囲気が霧散していき、魔狩人としての光が灯っていく。


 そう、ここからが本番だ。


 孤児院の子供として、可笑しくない行動はしてみせた。花売りとして、自分たちの存在もアピールした。誘拐組織が本当にあるならば、僕らのことにも気づいてもらえたと思うんだ。


(あとは、僕らという針に喰いついてもらうだけ)


 ソルティスは、「そうね」と頷いた。


『……今日も売れなかったね』という雰囲気を漂わせながら、僕らは、人の多い表通りをあとにする。


 孤児院までは、あまり人気のない道。


 夕日に照らされる赤い道を、僕ら2人は、ゆっくりと歩いていく。


「…………」

「…………」


 会話もなく、ぼんやりと歩く。


(……ん?)


 人気のない道に入って、すぐに気づいた。


「ソルティス、なんだか、違う花の匂いがするね」


 緊張しながら、そう口にした。


 3人以外に、僕らのあとを尾行している人間がいる――その暗喩の合図だ。


 ソルティスは、チラッと僕を見た。


「そう。どんな花?」

「わからないけど、5種類ぐらいの花だと思うよ?」


 追跡者は、5人って意味。


「ふぅん」


 ソルティスは頷き、僕らは、歩くペースは変えないように注意して、人気のない道を進んでいく。


 5分ぐらい歩いた。 


(…………)


「前の方で、また違う花の匂いがするよ」

「そうなの?」

「うん。近くで3輪ぐらい、咲いているんじゃないかな?」

「…………」


 そう、前方で隠れているらしい3人ぐらいの匂いがある。


 後方からは、5人。 


 合計8人。


 前方の3人は、多分、周囲に人がいない場所で、獲物を待ち伏せる役なのだと思った。


 つまり、そこが襲撃ポイント。


「…………」


 ソルティス、さすがに緊張した表情だ。


 ……気持ちはわかる。

 だって、これから僕らは、この集団に襲われるのだ。


(僕だって、ちょっと怖いよ)


 でも、そうして、わざと誘拐されて、僕らは、そのアジトを突き止めなければいけないのだ。


 ギュッ


 僕は、彼女の手を握った。


「大丈夫。僕がずっと一緒にいるよ」


 彼女は驚いたように、僕を見た。


 そして、


「うん」


 少し落ち着いたように、優しい笑顔を見せた。


 そうして、僕らは手を繋いだまま、通りを歩いていく。


 3人の気配が待ち伏せている場所には、貧民街に通じている細い路地が交差していた。


(……いた)


 路地の塀に寄りかかって、談笑している3人の男の姿があった。


 剣や鎧を装備した、冒険者風の格好だった。


 他に、人の姿はない。


 と――後方の5人の気配が、ゆっくりと近づいてくるのを感じた。


(……来る)


 僕らは3人の前を通り抜けようと進んだ。


 その時、


「おっと」


 3人の1人が、手にしていた槍を取り落とした。


 ガシャン


 僕らの歩みを遮るように、前方の地面に音を立てて落ちる。


 思わず、足が止まってしまった。


「悪いな」


 その男が笑いながら謝った。


 槍を拾おうと、僕らの道を塞ぐように前に出てくる。


「いえ」


 硬い声で、僕は答えた。


 瞬間――後方からの気配が、一気に急接近した。


(!) 


 背中側から抱きしめられ、手で口を塞がれる。


 隣のソルティスも同様だ。


 僕らは、拘束から抜け出そうと暴れる。誘拐されるにしても、抵抗しないのは不自然だ。


 でも、単純に恐怖もあった。


 だから、迫真の演技で暴れていた。


 バタバタッ


 手にしていた籠が落ち、中に入っていた花たちが散らばる。男たちは無造作に、それを踏みつけた。


(!?)


 急に、力が入らなくなった。


 いつの間にか、口元を塞ぐ手には、布が握られていた。薬が沁み込まされていたのか、布が変色していて、強い薬品臭がする。


「……くっ」


 膝から崩れ落ちる。


 見れば、隣のソルティスはすでに意識を失っているようで、ぐったりした小さな身体を、2人の男に抱きかかえられていた。


(ソル……ティス……)


 視界がグワングワンと回転して、周辺から黒くなっていく。


 大切な少女の方へと必死に手を伸ばしながら、僕は、そのまま暗闇の中へと落ちるように意識を失った――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


また先日の改稿部分、思った以上に多くの方に読んで頂けたようで、PV数が跳ね上がり、とても驚きました。

読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました!


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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