166・消えた女の子たち
2週間ぶりの更新です。間が空いてしまって、すみません。
それでは、第166話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
僕らの目指す孤児院は、王都ムーリアの郊外にある。
1つ隣の区画は、貧民街。
そんな場所にある孤児院だから、王国からの援助は受けているそうだけれど、それほど裕福ではない印象の孤児院だった。
(でも、みんな元気だったよね)
5ヶ月前に会った、そこで暮らす子たちは、特に暗い影もなかった。
辛い過去はあったかもしれない。
でも、同じ境遇の仲間がいるからか、心は前向きなように思えた。
それも、きっと孤児院の院長であるデラさんの影響が大きいんだろう。ふくよかな体型同様、心も大きくて、温かな人だったから。
だから、アスベルさんやリュタさん、ガリオンさんも真っ直ぐな人に成長したんだと思った。
そして今、僕は、そんな3人と共に孤児院を目指す。
やがて、通りを曲がって、僕の視界に目的の建物が入ってきた。
(?)
孤児院の玄関前に、鎧を着た男たちが3人ほど集まっているのが見えた。
全員、赤い衣装に同じ鎧と剣を身にまとっている。衣装の中央には、大きくシュムリア王国の国章が刺繍されていた。
「王都の衛兵……? なぜ、ここに?」
アスベルさんが驚きの表情で呟く。
(衛兵……?)
つまり、王都の治安を守る人たちってことだよね。
衛兵さんたちは、孤児院の玄関前で、デラさんを始めとした孤児院の職員さんと会話をしている。
なんだか物々しい雰囲気で、全員、明るい表情ではない。
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは驚きに足を止めてしまい、すぐにガリオンさんが衛兵たちを睨むようにして、前方に歩きだした。
アスベルさん、リュタさんもハッと我に返り、慌てて仲間を追いかける。
僕らも続く。
「デラ母さん!」
「デラお母さん!」
「お袋!」
アスベルさんたち3人が駆けながら、彼女の名を呼ぶ。
デラさんも、こちらに気づき、
「アスベル、リュタ、ガリオン! みんな、来てくれたのかい?」
目を見開き、両手を口元に当てて、目尻に涙を滲ませた。
衛兵たちも僕らに気づく。
「誰だ、お前たちは?」
「この孤児院の出身の者です。いったい、何が?」
アスベルさんが質疑に応じる。
隊長らしい人物が、ジロジロと3人を眺め、それから、その視線が、少し後ろにいた僕と姉妹にも向いた。
「お前たちは?」
「彼らと同じギルドの冒険者です」
平然と答えるイルティミナさん。
「王都の衛兵が、この孤児院に何のようなのでしょう? 差し支えなければ、理由を教えてはもらえませんか?」
そう言いながら、右手を見せる。
ポウッ
手の甲に輝く、銀色の魔法の紋章。
それを見て、衛兵さんは驚いた。
「おぉ、銀印の冒険者か!」
「はい。冒険者ギルド・月光の風に所属しています」
「ついでに言うと、あのキルト・アマンデスのパーティー仲間よ」
付け加える妹。
虎の威を借る狐ではないけれど、でも、その一言はやはり効果的だったようで、3人の衛兵さんのこちらを見る目は、更に変わった。
「なんと! あの金印の魔狩人の」
「…………」
「ふむ、ならば構わんか。いや、特に隠し立てをする必要もないのかもしれないが……」
衛兵の隊長さんは、あご髭を撫でながら頷いた。
そして、改めて、僕らを見る。
「実は、貴殿らも耳にしているかもしれぬが、先週より、この近隣において、幼い女子が行方不明になる事件が頻発しているのだ」
(……え?)
「幼い女子が行方不明、ですか?」
僕らは、唖然となる。
隊長さんは、厳しい表情で「あぁ」と頷いた。
「自分たちは、その調査で動いている。そして、この孤児院に来た理由は――」
その視線がデラさんを見る。
デラさんを始め職員の皆さんは、全員、泣きそうな顔だった。
(……まさか)
嫌な予感が脳裏を過ぎる。
そんな僕らの前で、デラさんは、震える唇を必死に動かして、
「あぁ……。孤児院の子たちも何人か、一昨日から行方不明になっちまったんだよ……」
そう衝撃の事実を告白した。
◇◇◇◇◇◇◇
3人の衛兵さんは、職員さんたちからの事情聴取を終えると、孤児院を去っていった。
僕らは、孤児院の応接室に案内される。
古びた椅子に腰かけて、デラさんは、重そうにため息をこぼした。
「まさか、こんなことになるなんて……」
嘆く彼女の目の下には、濃い隈ができている。
(デラさん……)
アスベルさんたち、孤児院出身の3人は、心配そうに育ての母親の憔悴した姿を見つめる。
僕もソルティスも、重い空気に押されて、言葉がない。
「いったい、何があったのですか?」
それでも、美しい銀印の魔狩人は、凛とした声で質問する。
「私たちにも、何かできることがあるかもしれません。もう少し詳しい経緯と状況を、教えてはもらえませんか?」
落ち着きながらも、力強い視線。
その真紅の瞳に、僕ら全員の視線が吸い寄せられる。
それに勇気づけられたように、
「そうだよ、母さん。何が起きたのか、俺たちにも教えてくれ」
「お願い」
「いったい、ここの餓鬼どもに何があった?」
アスベルさんたちが身を乗り出し、口々に訴える。
僕とソルティスも、頷いた。
デラさんは、僕らの顔を見回して、「……ありがとう」と涙の滲んだ瞳を細め、微笑んだ。
それから伝えられた内容は、こうだ。
この孤児院は、王国の援助や支援者の寄付によって維持されている。しかし、それ以外に、少ないながらも孤児たちの収入も、そこに加えられていた。
つまり、ここの孤児たちは働いているのだ。
大抵は、公的機関に依頼される清掃業務――例えば、道路や水路の清掃、公園のゴミ拾いや雑草刈り、契約した店舗のゴミを回収して処理施設まで運ぶ、などなど、賃金の安い肉体労働だった。
ただ孤児には、幼い子供もいる。
10歳以下の子らには、孤児院の花壇で育てた花を、観光客などに売る仕事などが割り当てられていた。
今回、行方が分からなくなったのは、その年少組の幼い女の子たちだった。
その子たちの名前は、エリー、ラムチット、ポーの3人。
(ポーちゃんも!?)
知っている名前に、僕は愕然とする。
自分でも不思議になるくらい、彼女が巻き込まれていると聞いて、動揺してしまった。
「マール?」
イルティミナさんが、僕の様子に気づいて、心配そうに声をかけてくる。
僕は「……大丈夫」と短く答え、話の続きを待った。
3人の女の子たちは、一昨日の午前10時、花でいっぱいになった籠を手にして、この孤児院を出発した。
「……アタシがあの子たちを見たのは、それが最後なんだよ」
デラさんは、額を押さえ、呻くように言う。
3人は、日が暮れても帰ってこなかった。
デラさんも、孤児院の職員さんたちも、子供たちも捜したけれど、見つからなかった。
ただ、いくつかの目撃情報もあった。
正午前後、まだ花を売っている彼女たちが、表通りで目撃されている。
午後3時過ぎ、がんばる彼女たちに、近くの屋台のおばさんが、おやつとして果物をあげたそうだ。
午後4時半前、売れ残った花を残念そうに見つめながら、帰路についた3人の姿を、通りのお店の人たちが複数、目にしている。
そこから先の3人は、誰も知らない。
(……つまり、花を売っていた表通りから、孤児院の帰るまでの間で、3人の身に何かがあったってこと?)
僕は、問う。
「表通りって、どの辺?」
「孤児院から、王都の中央に向かって30分ぐらいの場所にある大きな通りだ。多くの商店やレストランもあって、観光客もよく通る」
アスベルさんが教えてくれる。
ひょっとしたら彼も、幼い頃は同じように花を売っていたのかな? と、ふと思った。
「表通りは人も多い。だが、そこから孤児院までの道は、正直、人気は少ない」
「…………」
「マールも知ってると思うが、この区画は、貧民街も近いからな。だから、孤児院でも、日が暮れる前には必ず帰るように指導されるんだ」
貧民街……か。
(前もポーちゃん、そこの住人にさらわれたんだよね)
もしかしたら、また?
イルティミナさんが難しい顔をして、考え込む。
「そういえば、ムンパ様が言っていましたね。最近、貧民街の様子が騒がしいと」
あ……そういえば。
孤児院出身の3人は初耳だったのか、リュタさんが「そうなんですか?」と驚きながら、聞き返している。
デラさんは、表情を曇らせながら、口を開いた。
「さっき来た衛兵さんたちに教えられたんだけど、うちの子らだけじゃなくて、同じように20近くの子供たちが、先週から行方不明になってるんだってさ」
「20人も!?」
僕らは、唖然とした。
「それも全員、10歳前後の女の子ばかりだそうだ」
「…………」
「衛兵さんたちの話だと、被害にあったのが全員、貧民街に面した区画に住んでる子供ばかりで、だから貧民街の住人が怪しいと睨んでるって。近く、大規模な捜索が行われるらしいんだけど……」
デラさんは、沈痛な面持ちでうなだれる。
パンッ
ガリオンさんが、左手のひらを右手で殴った。
「ざけんな! んな悠長に待ってられるかよ!」
怒りの滲んだ声。
(うん、そうだよね)
その行方不明の理由が、何らかの悪意を持った人間たちの犯罪であったなら、その子たちが心配だ。ほんの1日の遅れが、永遠に取り返しのつかない状況を生むかもしれない。
(……何か、手はないのかな?)
僕は考える。
アスベルさんは唇を噛み締め、リュタさんは、落ち込むデラさんを抱きしめ、慰めている。
ソルティスも、難しい表情だった。
イルティミナさんは、ゆっくりと口を開いた。
「状況から考えて、やはり、その子供たちの失踪には、何らかの人為的な力が働いたと思われます。それならば、やはり私たちも、貧民街に行くしかありませんね」
僕らは頷いた。
(でも……)
「大丈夫かな?」
僕は呟く。
「……何か懸念が?」
「うん。1週間で、20人もの子供を誘拐するとしたら、相手は、かなり組織的な気がするんだ。それも場当たり的な犯行じゃなくて、計画的な犯行」
少なくとも、5ヶ月前、ポーちゃんが突発的にさらわれたのとは違う。
「そうなると、向こうも警戒してると思う」
「…………」
「衛兵たちが捜査に来ることも予期してるだろうし、それに備えて、証拠は残してないと思うんだ。だから、ただ僕らが貧民街に行っただけじゃ、手掛かりは、何も手に入らない気がするんだ」
僕の言葉に、みんなが驚いていた。
イルティミナさんは「なるほど」と頷く。
「確かに、マールの言うことには、一理ありますね」
「…………」
「大人の私たちよりも、貴方の方がよほど深く考えている。しかし……では他に、何かいい方法が?」
そう問われた。
(う、う~ん)
僕は悩んだ。
「おい、何もねえのかよ!?」
ガリオンさんが苛立ちをぶつけるように、僕に怒鳴る。
アスベルさんが「よせ」と彼を止め、リュタさんは縋るように僕を見つめた。
ソルティスも『どうなの?』と言うように、僕の顔を見つめてくる。
(…………)
一瞬、ソルティスの方を見つめ返してから、僕はイルティミナさんに答えた。
「……あるにはあるんだ」
「本当ですか?」
「うん」
頷き、僕は言った。
「囮作戦」
その場のみんなの目が丸くなった。
「その組織に、誰かがわざと捕まるんだ。そうして行方不明になった女の子たちの居場所を見つける。可能なら、助けだす。ついでに、組織の正体もわかったらいいけど」
「……なるほど」
イルティミナさんが、深く納得したように頷いた。
みんなも、感心したように僕を見ている。
「でも、とても危険な作戦だから……」
あまり提案したくなかったんだ。
リュタさんが、ギュッと唇を引き結んで、硬い声で言った。
「なら、私が囮になるわ」
「え?」
「おい、リュタ」
アスベルさんが驚き、ガリオンさんが低い声を出す。
デラさんも「いけないよ、リュタ!」と腕を掴んで、考え直すように訴えた。
でも、リュタさんは固い決意の表情で、
「誰かがやらなきゃいけない役目なんでしょ? なら、私が――」
「それは無理だよ」
僕は、その言葉を遮った。
「これまでの被害者は、みんな10歳前後の女の子なんだ」
ダークエルフのリュタさんは、まだ若いけれど、それでも14~5歳だった。きっと相手の狙いから外れていると思うんだ。
「だから、多分、囮にはなれないよ」
「……そんな」
落胆した表情のリュタさん。
アスベルさんとガリオンさんは、安心したような、落胆したような複雑な表情だ。
そして、そうなると、この場の全員の視線が、1人の少女に向く。
「……何よ?」
ソルティスは、眼鏡の奥の瞳を動揺させる。
この小柄な少女は、13歳だ。
(まだ顔も幼い感じだし、10歳前後で充分に通用すると思う)
姉は、迷った顔をする。
「確かにソルならば、囮になれるかもしれません。ですが……」
「……うん」
僕も、イルティミナさんの懸念がわかる。
ソルティスは、魔法使いだ。
囮となる以上、武器なんて持っていけない。まして、あの魔法の発動体となる大杖なんて、手にしていくわけにはいかないのだ。
(魔法が使えないんじゃ、もう囮じゃなくて、本当に無力な女の子だよ)
とてもじゃないけど、任せられない。
「……駄目か」
アスベルさんが呻くように言う。
そう、作戦はあっても、それに見合う人材がここにはいないんだ。
(せめて、もう1人、ソルティスと一緒に行ける子が……それも、武器がなくても戦える女の子がいれば……)
僕は、心の中で嘆きの吐息をこぼす。
と、
「女の子でなくてもいいのでは……?」
ふと、イルティミナさんが何かを思いついた顔で呟いた。
(え?)
僕は、彼女を見つめ返す。
イルティミナさんの真紅の瞳は、僕を見ていた。
アスベルさん、ガリオンさん、ソルティスは、僕と同じで言葉の意味がわからずに、困惑した表情を浮かべている。
リュタさんは「……あ」と、その意味に気づいた顔をした。
「それ……いけるかも」
「貴方もそう思いますか、リュタ?」
「はい!」
2人は、理解し合った様子で、意味深に頷き合う。
(???)
戸惑う僕を見ながら、デラさんが「なるほどねぇ」と呟いた。
イルティミナさんは、僕をジッと見つめる。
その両手を、僕の両肩に乗せて、
「マール、これは人命優先、緊急の処置なのです。決して、他意はありません」
「う、うん?」
「なので、どうか貴方も協力してくださいね」
なんだか、とっても真剣な表情で頼まれました。
(…………)
なぜか、妙な不安がよぎる。
リュタさんが「こっちに去年、演劇会で使った道具があるから」と、僕らを別室へと招こうとした。
「さぁ、行きましょう、マール」
「…………」
イルティミナさんの急かす声に、奇妙な興奮が宿っているような気がする。
そのまま僕ら3人は、別室に行った。
…………。
…………。
…………。
そうして僕は、非常事態だとはわかっているけれど、先ほどの囮作戦を提案した自分を、少しだけ後悔することになったのだった……。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※重要なお知らせです。
5月13日の午後より、『転生マールの冒険記』の1~35話までの改稿作業に入ります。
作業中は、各話の繋がりもおかしくなっていると思いますので、ご注意下さい。また改稿に伴い、話数が10話ほど減少しますので、皆さんの『しおり』の位置もずれるかもしれません。
ご迷惑をおかけしますが、どうかご了承下さい。
また話数がずれることによって、全176話の前書き、あと書き、サブタイトルの修正も行わなければならないため、作業完了まで、それなりの時間がかかると思われます。
改稿したあとは、1~8話、15話が全面改稿、それ以外は部分改稿になっています。
展開そのものに変わりはありませんので、読み直さなくても大丈夫にはなっています。それでも、もし興味がありましたら、覗いてやって下さいね。
また次回の最新話の更新につきましては、4日後の金曜日0時以降を予定しています。そちらも、どうぞよろしくお願いします。




