163・安らぎの家2
第163話になります。
よろしくお願いします。
翌日の午前中、僕は、手にした鎌の刃を、庭に生える雑草たちに振るっていた。
サクッ サクッ
(…………)
剣技を鍛えた影響かな?
剣を習う前に比べて、思ったよりも簡単に雑草を刈れている。……よ、喜ぶべきか、ちょっと複雑だけど。
雑草の処理は、鎌で刈るだけでなく、手で引っこ抜けるものは、引っこ抜いている。根っこまで取った方が、また雑草が伸びなくて済むからだ。そのため、僕の手には、軍手みたいな厚手の布手袋がはめられていた。
(よいしょ、よいしょっ)
ブチブチ……ッ
僕の背後には、処理された雑草たちが山となって積み上がっていく。
季節は、秋の初め。
5ヶ月間も離れている間に、だいぶ涼しい季節になっていた。
午前中なので気温も高くなく、作業するにはもってこいのはずなんだけど、さすがに2時間も作業を続けていると額に汗も滲んでくる。
「あ~、腰が痛いわ~!」
隣でがんばっていたソルティスが立ち上がり、細い腰を手で押さえて、大きく伸びをした。
彼女は、後ろを振り返る。
そこには、僕らの処理した雑草を、大きな布のゴミ袋に回収しているイルティミナさんの姿もある。
動き易いよう、長い髪をまとめてお団子にしているのが、どこかの温泉宿の若女将さんみたいな感じで、なんだか新鮮だった。
そんな若女将さんに、妹が訴える。
「ねぇ、イルナ姉。少し休憩にしない?」
「何を言っているのです、ソル。30分前に休憩したばかりではありませんか」
呆れたように答える姉。
「いいじゃない。もう、腰がメキメキ言ってるわ。――マールだって、辛いでしょ?」
「え……僕は、別に」
ゲシッ
後ろ足で軽く蹴られて、睨まれる。
……はいはい。
「え~と、僕も少し疲れたかな?」
苦笑しながら、そう答える。
イルティミナさんは「……もう」と、両手を腰に当てて、困ったように息を吐いた。
「仕方がありませんね。マールに感謝しなさい、ソル」
「やった!」
疲れていると訴えた少女は、元気いっぱいに家の中へと駆けていく。
日陰となる室内には、イルティミナさんが用意してくれた『冷やされた果実水』があることを、ちゃんと知っているのだ。
「…………」
「…………」
僕らは呆気に取られ、互いの顔を見て苦笑する。
そして、イルティミナさんは、僕を見つめて優しく笑った。
「さぁ、マールも休んで来てください」
「うん」
頷いて、でも、彼女が家に戻る気配がないことに気づいた。
「私は、このまま作業を続けます」
「え?」
「もう少しがんばらないと、今日中に終わらせることができませんからね」
言いながら、庭を見回す。
イルティミナさんの家の広い庭は、全体の半分ほどが処理が終わっているけれど、もう半分は、まだ草がぼうぼうだった。
(う~ん)
「じゃあ、僕も残るよ」
イルティミナさん1人に任せるのも申し訳なくて、僕はそう言った。
彼女は驚いた顔をする。
「いいえ、マールは休んでいいんですよ」
「ううん」
「大丈夫。こう見えても、私はまだまだ余力がありますから、1人でも問題ありません」
「でも、2人の方が早いよ」
「ですが」
「いいの、いいの。……それに、イルティミナさんと一緒にいられる方が、僕は嬉しいし」
最後は、小さな声で呟く。
イルティミナさんは目を丸くし、それから「マール……」と僕の名前を切なそうに呼んだ。
照れくさくなって、僕は無言で雑草を刈り始める。
「……ありがとう」
はにかみながら、お礼を言うイルティミナさん。
それから彼女は、僕の隣にしゃがんで、一緒に雑草を刈り始めた。
ふと視線が合う。
お互いに照れくさくなって、赤くなりながら笑い合った。
(……えへへ)
そうして、また雑草を刈ろうと、鎌の刃を長く伸びた太い茎に当てた時、
「おぉ、やっておるの」
そんな声が、僕らの耳朶を打った。
(え……?)
僕らが揃って顔を上げると、雑草たちの草原の向こう側、通りに面した柵の上から、こちらに片手を上げている銀髪の美女の姿があった。
「キルトさん」
「キルト」
「うむ、がんばっておるようじゃの」
僕らの声に、彼女は白い歯を見せて笑うと、家の門扉を抜けて庭へとやって来てくれた。
「いらっしゃい、キルトさん」
「うむ」
見れば、彼女の右手には、風呂敷包みがぶら下がっている。
(???)
僕の視線に気づいて、キルトさんは笑った。
「これは、差し入れの菓子じゃ。しばらく家を空けていたから、食材も足りなかろう? 特に今は、成長期の子供が2人もいるしの」
「まぁ、助かります」
イルティミナさんは手袋を外した手で、それを受け取る。
「昼にでも食べてくれ」
「はい」
「あれ!? キルトじゃないの!」
大人たちがやり取りをしていると、戻ってきたソルティスが慌てたように駆け寄ってきた。
「うむ、邪魔をしているぞ」
鷹揚に笑うキルトさん。
ソルティスは嬉しそうに笑顔を弾けさせて、
「ありがとう~、手伝いに来てくれたのね!」
「む?」
「もう草むしりが大変でさ~。3人でやってたら、日が暮れても終わらないと思ってたのよ~。キルトが来てくれて、本当、良かったわぁ~」
「…………」
キルトさん、何とも言えない顔になった。
そして、シュムリア最強の『金印の魔狩人』は、なんだか困ったように、僕とイルティミナさんの方を見る。
(…………)
僕は、ちょっとだけ期待を込めて、黄金の瞳を見つめ返した。
イルティミナさんは、少し申し訳なさそうに見つめている。
「……むぅ」
キルトさんは唸り、片手を腰に当てると、何かを諦めたように大きくため息をついた。
「仕方がないの。わらわにも道具を貸せ」
「キルトさん」
「キルト」
「やっほ~い!」
ソルティスは万歳して大喜びだ。
(ごめんね、キルトさん)
小さな罪悪感に胸を痛めていると、彼女は苦笑しながら、僕とイルティミナさんの肩をポンポンと軽く叩いた。
陽光の下、輝く銀髪をひるがえす。
「よし、では、さっさと終わらせるぞ!」
「うん」
「はい」
「おぉ~!」
青い空に、僕ら4人は拳を突き上げる。
イルティミナさんの家の庭の雑草討伐任務、キルトさんまで、まさかの緊急参戦なのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
キルトさんの協力もあって、雑草刈りは無事、正午過ぎには終了した。
「やれやれじゃ」
手にした鎌で、肩を叩くキルトさん。
僕とソルティスは、精根尽きて、雑草がなくなったばかりの庭の地面に、背中合わせに座っている。
「あ~、疲れたわ」
「だね~」
ぼやく僕ら。
その横で、イルティミナさんは、処理された雑草の詰まったゴミ袋の口元を紐で縛っていく。
1メードほどの袋が計7つもあるのだから、僕らのがんばり具合もわかるというものだろう。
(いや、本当に大変だった……)
眩しい太陽の日差しの下で、イルティミナさんも作業を終えた。
一息ついて、僕らを見回す。
「皆、お疲れ様でしたね。キルトもありがとうございました」
銀髪の美女は、腰に片手を当てながら苦笑する。
「全く、わらわも悪いタイミングで訪問してしまったものじゃ」
「ふふっ、こちらとしては、良いタイミングでした。せっかくです。お礼も兼ねて昼食をご馳走しますが、いかがですか?」
「もらおう」
「わかりました。ぜひ、そうしてください」
頷くイルティミナさん。
(今日は、キルトさんも一緒のお昼か……)
旅が終わっても、4人でいることが、なんだか嬉しかった。
ソルティスも同じ気持ちなのか、幼い美貌には、笑みが浮かんでいる。
「ほれ、マール、ソル」
キルトさんの両手が、僕らへと伸ばされた。
「いつまでも地面に座っているでないぞ。立てるか?」
「あ、うん」
「へ~い」
僕らは、キルトさんの手を握る。
『金印の魔狩人』の筋力は、子供2人の身体を楽々と引き起こしてくれた。
そうして僕ら4人は、家へと入る。
全員、シャワーで汗を流して、イルティミナさんが台所で昼食の料理を作ってくれる。今日は僕も、お皿を用意したり、テーブルを拭いたりと、大したことではないけれど手伝うことができた。
その間、キルトさんとソルティスは、ずっと居間のソファーで話していた。
今日の昼食は、冷風パスタだった。
材料は、昨日、ギルドの購買で買った食材の残りを使ったらしい。
大きなお皿に盛られたパスタの上には、卵焼きやお肉が散りばめられ、彩り豊かな野菜たちが飾られている。
「おぉ、美味そうじゃな!」
助っ人をさせられたキルトさんも、これには満足そうだ。
(うん、美味しい!)
実際に食事が始まり、食べてみたら、やっぱり美味しかった。さすがイルティミナさんだ。
初秋の午後。
僕らは賑やかに、平和な昼食を楽しんだ。
やがて、食後の時間は、イルティミナさんが紅茶を淹れてくれて、まったりとしたお茶の時間が流れた。
デザートには、キルトさんのお土産が添えられた。
知り合いのお店で買ったという焼き菓子で、結構なお値段がする品らしいんだけど、なるほど、金額に恥じないだけの味と香り、風味だと思った。
バクバクッ
ソルティスは、遠慮なく、何個も食べていた。
「これ、いくらでも食べれちゃうわね~♪」
「ふむ、そうか」
その姿に、キルトさんはちょっと苦笑していた。
「隠し味は、レティモンの実でしょうか?」
イルティミナさんは、焼き菓子を一口かじって眺めると、そんなことを呟く。
何でもできるお姉さんなので、もしかしたら、この焼き菓子も再現して作れてしまう気がするよ。
そんな風にのんびりしていると、
(あ、そうだ)
僕はふと、大事なことを思い出した。
「ね、キルトさん? ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「む? なんじゃ?」
折り入って言う僕に、キルトさんはキョトンとして、その黄金の瞳を何度か瞬かせた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕は、2階の自室に置いてあった『妖精鉄の鎧』を持ってきて、居間にいるキルトさんに見せた。
「これなんだけど、修理できるかな?」
3人が覗き込む。
『妖精鉄の鎧』は、胴体だけを包む鎧だった。
青銀の半透明をした材質の鎧で、何枚かの装甲に分かれているので動き易く、何よりも特質すべきは、物凄く『軽い』ことだった。子供の僕でも、着たまま走り回ったりすることができるぐらいだ。
でも、その『妖精鉄の鎧』は今、みぞおちの部分に大穴が空き、周囲はひび割れている。
アルン神皇国コキュード地区での戦いの損傷だ。
『岩人間の女』の1撃から、僕の命を救った代償で、ここまで壊れてしまったんだ。
「ふぅむ」
凄腕冒険者のキルトさんは、鎧を手にして、様々な角度から眺めながら、損傷具合を確かめる。
(な、直せるよね?)
心配しながら、その姿を見つめる。
ちなみに、この鎧は、キルトさんから2万リド(200万円)で購入している。『妖精の剣』と合わせて、5万リドの借金だった。
あ、借金については、アルン神皇国への旅の依頼達成によって、無事に完済になったよ。
とはいえ、高額な鎧なので、修理したいと思ったんだ。
(何よりも、長く使ってる愛着もあるしね)
そんなわけで、キルトさんを見つめる僕。
イルティミナさんとソルティスの姉妹も、パーティーリーダーの様子を見つめている。
と、
「マール。そなたの持っている『妖精の剣』も見せてくれ」
突然、彼女はそう言った。
「え? あ、うん」
僕は頷き、また2階まで走って、愛用の剣を取ってきた。
キルトさんに渡すと、彼女はそれを鞘から抜き、座ったまま軽く構える。
『妖精の剣』は、刀とよく似た片刃の形状で、けれど柄に近づくほど刃が広くなり、鍔はない。
青銀の半透明の刃が、窓からの陽光にギラリと輝く。
「ふむ」
呟き、彼女は剣を目の高さに合わせると、片目を閉じて、刃を見つめた。
「なるほど。少し歪みが出ているの」
「え!?」
驚いた。
今まで使っていて、全然、気づいていなかったんだ。
剣を鞘にしまいながら、
「軽さに反して、『妖精鉄』はかなり丈夫な素材じゃ。簡単に歪みなどは起きぬが、しかし、今日までに経験した戦いは、皆、簡単ではなかったからの。酷使した分、こういうこともあろう」
「…………」
「……そなたも、よく生き延びたものじゃ」
しみじみと呟くキルトさん。
でも、剣を受け取った僕は、ちょっと呆然だ。
そんな僕に代わって、イルティミナさんが質問してくれる。
「直せるのですか?」
「多分の」
それが、キルトさんの答え。
「わらわも鍛冶師ではないゆえ、詳しくはわからぬ。だが、経験上、この『妖精の剣』の歪みぐらいならば、直してもらえるであろう」
「う、うん」
「しかし、鎧に関しては、損傷が激しいの。素人ゆえ、こちらについては何とも言えぬ」
そうなんだ……。
ちょっと落ち込んでしまう僕。
ポンッ
そんな僕の頭に手を乗せて、キルトさんは、クシャクシャと励ますように僕の茶色い髪をまぜた。
「王都に、懇意にしている腕の良い防具屋がおる。共に行ってやるゆえ、あとで診てもらおうぞ」
「うん」
僕は顔を上げ、大きく頷いた。
イルティミナさんも笑って、
「では、午後は食材の買い出しの予定もありましたし、ついでに、みんなで、マールの装備の手入れをお願いしに、そのお店にも行くとしましょう」
と提案した。
「うむ、そうするか」
「へいへい」
キルトさんは鷹揚に頷き、ソルティスは面倒そうな顔で、でも同意してくれる。
「ありがとう、みんな」
嬉しくなってお礼を言うと、イルティミナさんとキルトさんは、大人の笑顔で応えてくれた。
そしてソルティスは、
「でも修理代、すんごく高そうだから、ちゃんと銀行で、前もってお金の用意しておきなさいよ、マール?」
「…………」
実に現実的なアドバイスをしてくれる。
(……また借金にならないといいけどなぁ)
ちょっと心配になる僕。
そうしてその日の午後、僕らは4人で、王都ムーリアの中心部へと繰り出したのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




