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158・さようなら、アルン神皇国!

第158話になります。

よろしくお願いします。

 僕らを乗せた2台の飛行船は、無事、神帝都アスティリオに到着した。


 神帝都の人たちは、皇帝陛下直々の出陣が見事、勝利に終わり、街中で歓迎の雰囲気だった。


 いたる所で紙吹雪が舞い、出店が開かれ、大道芸人たちが技を魅せる。


 空からも、沿道で飛行船に旗を振っている人々が見えていた。


「凄いね……」

「はい」


 その光景に、僕らは、シュムリア王国の王都ムーリアでの国王生誕50周年の前夜祭を思い出してしまったよ。


 皇帝城に着いてからも大変だった。


 帰還した夜に、祝勝会という名の夜会が開かれたのだ。


 もちろん、僕らも強制参加。


(うわぁ……何これ?)


 会場に入った僕は、唖然とした。


 美しい装飾の施された、煌びやかな大広間。


 天井は、異常に高く、そこには大人よりも大きな豪華なシャンデリアが幾つもぶら下がっている。


 広間の奥では、楽団が生演奏を披露し、テーブル上には見たこともない高級そうな料理たちが、美しい大輪の花のような形で並んでいる。


 そして、そこに集まる煌びやかな衣装に身を包んだ人々。


 みんな、所作の一つ一つが優雅に見える。 


(ば、場違い感が半端ないよ……)


 前世よりの小市民である僕には、まるで縁のなかった世界だ。


 正直、逃げたい。


 ガシッ


「逃げるなよ、そなたも主役の1人なのじゃ」

「…………」


 察した鬼姫様に、襟首を掴まれました。

 うぅ……。


 そんなキルトさんは、かつてシュムリア王国の国王生誕50周年式典で見たようなドレス姿だった。


 銀髪は結い上げられ、胸元を大きく開いた紫のドレスである。


 やっぱり綺麗。


 そして、イルティミナさんやソルティスも、同じくドレス姿だ。


 イルティミナさんは、美しい深緑色の真っ直ぐな髪の一部を編み込んで、髪飾りを差して飾っている。


 ドレスは、白を基調とした物。


 一瞬、ウェディングドレスかと見間違うほど清楚で可憐な雰囲気だった。白い首から飾られた、真紅の宝石が瞳の色と同じで、とても綺麗に映えている。


「……似合ってませんよね」

「ううん」


 謙遜する彼女に、僕は大きくブンブンと首を振った。

 拳を握り、彼女に力説。


「イルティミナさん、すっごく綺麗だよ!」

「そ、そうですか」


 見惚れながら言うと、彼女は、頬を桃色に染めて、恥ずかしそうにしていた。

 か、可愛い……。


 ソルティスも、薄紅色のドレス姿だった。


 いつもと違って、なんだか、ちょっと大人っぽく見える。


「動き辛いわ~」

「…………」


 グイッ グイッ


 膨らんだドレスの裾を持ち上げて、足を軽く伸ばしている。いや、はしたないからやめなさい。


 見た目は大人っぽくなっても、やっぱり中身は変わらないようだ。


 僕も一応、フォーマルな恰好だ。


 パリッとした白シャツと黒い燕尾服に、首には、蝶ネクタイなんてされている。


(馬子にも衣裳……かな?)


 着付けを手伝ってくれたイルティミナさんなどは、


「とてもよく似合ってますよ、マール」


 と絶賛してくれたけれど、お世辞や色眼鏡がかかってる気がするので、あまり信用しない方がいいと思った。


 あとラプトとレクトアリス、2人の『神牙羅』も、なんと夜会に参加している。


(こういう場には、来ないと思ってたんだけどな)


 2人の中でも、何かしら心境の変化があったのかもしれない。


 さて、そうして夜会は進んだ。


 皇帝陛下や皇后様、皇女のパディアちゃんもいて、何とも優雅な空間だ。


 集まっているのは貴族の方々。


 貴族のお嬢様やご婦人方は、とても美しい。


 でも、うん、イルティミナさんたちの美しさも負けてない……というか、むしろ勝っている気がする。いや、僕の色眼鏡が入っているかもしれないけどね。


 そして、そんな貴族の方々は、僕らの話を聞こうと凄く周囲に集まってきた。


「おぉ、貴殿が神狗殿ですか?」

「なんとも、お若い」

「先の戦いでは、実にご活躍だったそうで」

「シュムリアには帰らず、このままアルンに残って頂きたいですなぁ」


 …………。


 あちこちから話しかけられる。


 せっかく美味しそうな料理が並んでいるのに、もはや食事どころではない。


(え、え~と……)


 困っていると、キルトさんがさりげなくやって来てくれて、僕の代わりに受け答えをしてくれた。


「これはこれは、アルンの皆様方、お久しぶりです」

「おぉ、キルト殿」

「相変わらず、お美しいですなぁ」


 キルトさんは、さりげなく僕を、自分の背中側に回してくれる。


(あ、ありがとう)


 僕は心の中で、ホッと息をついた。


 実は、前もって言われていたんだ。


 こういう場での会話は、社交辞令も含めて友好的なものがほとんどだ。

 けれど、たまに何らかの言質を取ろうとする狡猾な人もいるんだって。そして、そこに引っ掛かると、後々に厄介になるんだって。


 だから、受け答えは、かなり慎重にしないといけない。


 神狗としての価値がありながら、子供のように知恵が足りない僕は、宮廷の狡猾な人たちからは美味しい獲物に見えるそうだ。


 なので、キルトさんがこうして防波堤になってくれて、本当に助かった。


 ちなみに、イルティミナさんやソルティスは、上手く会話をあしらっているようで、ラプトやレクトアリスに至っては、完全に無視モードだった。


(か、完全無視って……強いなぁ)


 小心な僕には、とても無理だ。


 イルティミナさんは、たまに貴族の若い男性たちから口説かれているみたいだけど、「すでに心に決めた方がおりますので」と華麗にかわしていた。


 心に決めた方。

 

(……えへへ)


 おっと、いけない。

 だらしない顔になってしまったよ。


 顔を引き締めながら、僕らは夜会を続ける。


 正直、あまり楽しくないけれど、これはむしろ、僕らではなくアルン神皇国という国家のための祝宴だ。


 僕らはそれに利用されているだけ、そんな心構えが必要なんだ。


 時間が経つと、少しは慣れてきたのか、僕も会話の隙間を縫って、料理を食べることができるようになった。


(うん、美味しい!)


 これだけでも、夜会に参加した甲斐はあったね。


(それに……)


 見回せば、美しく壮大な世界がそこに広がっている。


 着飾った人々。


 珍しいドレス姿の仲間たち。


 多分、一生の内に、そう何度も目にすることのできる世界ではないんだと思う。


 それを考えたら、これは、とてもいい経験なんだと思った。


 アルンで過ごす、最後の夜。


 僕は、青い瞳を細めて、煌びやかな光に包まれる世界を、しっかりと目に焼きつけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 夜も更けてきた。


 祝勝会の夜会は、まだ続いている。


(……ちょっと席を外させてもらおう)


 話しかけられることも減って来たけれど、まだ集まってくる人は多くて、僕は少し人に酔ってしまったようだ。


 キルトさんが対応してくれる隙をついて、気配を殺して移動する。


「ふぅ……」


 移動したのは、大広間に面して解放されたバルコニーだ。


 涼やかな夜風が気持ち良い。


 バルコニーにも人はいるけれど、黒い影のように見えるその数は、まばらだ。


 夜会の会場と違って、ここは落ち着いた空間だった。


 ふと視線を上げれば、神帝都アスティリオの光に包まれた都市の姿が目に入ってくる。


(綺麗だな……)


 その美しさに魅入っていると、


「マール殿?」


 ふと背中側から、聞き覚えのある声がかけられた。


 振り返ったそこには、ドレス姿のフレデリカさんが立っていた。 


 軍服や騎士姿以外の彼女は、珍しい。


 今のフレデリカさんは、水色のドレスを着ていて、美しい青髪も背中に優雅に流されている。夜会の照明に照らされる碧色の瞳は、宝石のように煌めいていた。


 あぁ、やっぱり美人だね。


 今のフレデリカさんを見て、改めて、そう思った。


 男装ばかりしていて、忘れがちになるけれど、フレデリカ・ダルディオスという女性は、本当に美しい女性なんだ。


「どうしたのだ、こんな所で?」


 彼女は、首を傾ける。


 拍子に、艶やかな青髪が揺れて、柔らかく剥き出しの白い肩からこぼれた。


 僕は、正直に答えた。


「ちょっと、人の多さに疲れちゃって。ここに逃げてきちゃった」

「……そうか」


 彼女は、申し訳なさそうに頷いた。


 そのまま彼女は、僕の隣へとやって来て、バルコニーの手すりに肘を乗せると、そこからの景色を眺めた。


 僕も、もう一度、夜景を楽しむ。


「…………」

「…………」


 しばらく会話はなかった。


 ただ、同じ景色を共有している感覚が、とても心地好くて、無理に喋る必要は感じなかった。


 どのくらい、そうしていたのかな?


 不意に、フレデリカさんの口紅の塗られた唇が、ゆっくりと開いた。


「明日には、お別れだな」

「……うん」


 僕は頷いた。


 明日、このアルン神皇国でやるべきことを全て終えた僕らは、シュムリア王国へと帰ることになっている。


 彼女と一緒にいられるのも、これが最後の時間だ。


 フレデリカさんは、僕の顔を静かに見下ろした。


 僕も見つめ返す。


「マール殿には、本当に世話になった。貴殿がいなければ、アルンは、此度の危機を乗り越えられなかったかもしれない」

「…………」

「本当にありがとう」


 アルンの美女は、美しく微笑んだ。

 そして、


「こんな在り来たりな言葉しか出ないのが、悔しいな」


 そう苦笑をこぼした。


 僕は笑った。


「僕は、シュムリア王国を出る時は、アルンがどんな国かわからなくて不安だったんだ。でも、今は来てよかったと、本心で思ってる」

「…………」

「差別の問題はあるけど、それでもアルンはいい国だと思う」


 彼女は僕を見つめた。


 遠くから、夜会の音楽が聞こえてくる。


 僕は、目の前にいるフレデリカさんの瞳を見つめ返して、心から伝えた。


「僕は、アルンが好きになった。でも、そうなった理由には、きっと、フレデリカさんの存在が大きいんだ」

「私?」

「うん」


 驚く彼女に、僕は大きく頷いた。


「フレデリカさんが素敵な人だから。そんな貴方の大好きな国だから、僕も好きになれた」

「…………」


 最初は、魔血への差別が酷くて、嫌いになりかけた。


 でも、フレデリカさんと出会って、印象が少し変わって、神帝都アスティリオの差別のない世界を見せてもらって、彼女に命も助けてもらって、気がついたら、アルン神皇国から離れることを名残惜しくなっている自分がいた。


「僕からも、ありがとう」

「…………」

「フレデリカさんに会えて、僕は、本当に良かった」


 僕の笑顔を、彼女は、とても眩しそうに見つめた。


 その瞳が少し潤んでいる。


 賑やかな話し声が、遠く大広間の方から聞こえてくる。


 夜風に揺れる長い髪を、彼女の手袋に包まれた手がソッと押さえて、彼女は、夜空に煌めく紅白の月を見上げた。


 寄り添う2つの月。


「……もしも」


 ふと彼女は呟いた。


「もしも、マール殿がシュムリア王国ではなく、アルン神皇国に召喚されて、私が先に出会っていたならば……私がマール殿の隣にいられたのだろうか?」


(……え?)


 思い詰めた表情と声に、思わず、その綺麗な横顔を凝視する。


 どこか泣きそうな表情で、


()()()が、羨ましい……」

「…………」

「まさか、自分の中に、このような感情があるとは思ってもいなかった。これまでの自分を否定する気はないが、今まで女らしさを遠ざけてきたことを、少し後悔している」


 寂しそうな微笑みだった。


 彼女は、夜会の行われている大広間を振り返る。


 そこには、談笑しているフレデリカさんと同年代の貴族の女性たちがいる。


 彼女は、自分のドレス姿を見下ろし、


「似合わないだろう?」


 と自嘲気味に笑った。


「剣に明け暮れたせいで、手足には傷が残っている。肌も日に焼けていて、ドレス姿など滑稽に見えるのはわかっていた。……それでも、マール殿に少しでも女らしい姿を見せたいと思った」


 月光に照らされる彼女は、泣きそうだった。


 でも、美しい。


 素直にそう思った。


「フレデリカさん、凄く素敵だよ」

「…………」

「フレデリカさん自身がどう思っているのかわからないし、他の人の見え方も知らないけれど、僕はとても綺麗だと思ってる」


 彼女は、小さく息を呑む。


 僕は笑った。


「少なくとも今の僕は、フレデリカさんに魅了されてるよ」

「……そう、か」


 僕の屈託のない笑顔に、彼女は、瞳を閉じる。


 少し震えた声。


 でも、それはとても安心したような響きがあった。


 そして再び開かれた美しい碧色の瞳には、何かの強い決意の光が灯っていた。


「マール殿」

「ん?」

「私は、このフレデリカは貴殿のことを――」


 頬を赤らめ、彼女は言葉を紡ぎ、そして、


「――ここにいたのですか、マール」


 その聞こえてきた声に、それ以上の台詞を続けることを遮られた。


 驚く彼女。


 僕は、声の聞こえてきた方を見る。


 そこにいるのは、純白のドレスに身を包んだイルティミナ・ウォンという美女であった。


「姿が見えないので、探しましたよ」


 僕を見つけた彼女は、安心したように微笑む。


 それから、僕のそばにフレデリカさんがいることに、ようやく気づいた。


「フレデリカ?」

「……あぁ」


 硬い声が返事をする。


 イルティミナさんの表情が訝しげに歪み、警戒するような声が問い質す。


「……マールと、ここで何を?」

「妙な考え方をするな」


 ピシャリとした返答。


 その声は、今までのフレデリカさんと同じ声であるはずなのに、何かが少し違う気がした。


「マール殿が人に酔ったようでな。その休憩がてら、少し話し相手になっていただけだ」

「……そうなのですか?」


 確かめるような視線が僕に向く。


「うん」


 僕は正直に頷いた。


 イルティミナさんは、しばらく僕の顔を見つめ、それから「そうですか」と大きく息を吐いた。


「気づかなくてごめんなさいね、マール」


 謝るイルティミナさん。


(ううん)


 僕は、笑って、そう答えようとして、


「全くだ。マール殿の保護者を自称するなら、もう少し、彼のことを気遣ってやるといい」

「……む」


 フレデリカさんの指摘に、イルティミナさんの美貌がしかめられた。


 またも睨み合い。


 でも、今日は驚いたことに、フレデリカさんが表情を柔らかく崩して、


「これからはもう、貴殿の代わりに、私がそばにいることはできないのだからな」


 と告げた。


 イルティミナさんが驚いた顔をする。


「……フレデリカ?」

「さて、貴殿が来たならば、私もお役御免だ。……あとは任せたぞ」


 フレデリカさんは大きく息を吐く。


(……???)


 なぜか、彼女との距離が遠くなった気がした。


 最後に、彼女は僕を見つめた。 


 碧色の美しい瞳には、色々な感情の光が生まれては消えていく。


 その手がゆっくりと持ち上がり、僕の頬に触れようとした。


「…………」

「…………」


 キュッ


 でも、触れる直前、彼女の指は閉じられる。


 何かを我慢するように、フレデリカさんは、一度、強く目を閉じて、その手は離れていった。


「さらばだ、マール殿」


 美しい微笑みと共に、こぼされる一言。


 そして彼女は、夜会の華やかな会場の方へと歩き出す。


 すれ違いざま、フレデリカさんの手が、


 ポンッ


 何かを託すように、軽くイルティミナさんの肩を叩いた。


「…………」

「…………」


 一瞬、2人の美女の視線が交わり、そしてフレデリカさんは何事もなかったかのように去っていく。


 彼女の姿は、人々の中に溶けて消えた。


 残される僕とイルティミナさん。


 イルティミナさんは、触れられた肩を確かめるように、白い指でなぞった。


(…………)


 夜風が冷たかった。


 見上げる月たちは美しくて、だからこそ、何か寂しさを感じさせる。


「マール」


 そんな僕のそばに、イルティミナさんが寄り添った。


 さっきまでフレデリカさんのいた位置に、今は、僕の一番大事な人である彼女が立っていた。


「……イルティミナさん」


 彼女を見上げ、僕は手を伸ばした。


 白い手が僕の手を握る。


 温かく、痛みさえ感じそうなほどに強く、握られる。


 僕も、しっかり握り返した。


 バルコニーから見える神帝都アスティリオの夜景は、とても、とても美しくて、その記憶は、僕の心に深く刻まれていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝、僕らを乗せたシュムリア王国製の騎竜車が、飛行船の格納室へと入っていこうとしていた。


 アルン神皇国側からのご厚意で、なんと国境近くの街まで、僕らを飛行船で送ってくれるそうなのだ。


 これで2ヶ月かかる王都ムーリアまでの行程が、半分になるんだって。


(本当に助かるなぁ) 


 国境付近のアルン辺境地帯は、まだ『魔血の民』にとって旅をし辛い環境だから、とても有り難い申し出だった。


 竜車の客室には、いつものメンバー。


 イルティミナさん。


 キルトさん。


 ソルティス。


 そして、僕。


 レクリア王女から依頼された長い旅だったけれど、これでようやく終わる――そう思うと、とても感慨深いものがあった。


 窓の外を見ると、大勢の人が見送りに来ていた。


 皇帝陛下と皇后様、パディアちゃん。


 皇室の方々を筆頭に、他にも、アルン貴族や皇帝城に仕えている人々がたくさん集まってくれている。


 その中にはもちろん、彼らの姿もあった。


「マール殿、どうかお元気で!」


 軍服姿の青い髪の麗人、フレデリカさんが口元に手を当て、大きな声で言う。


「また会おうで!」

「元気でね」


 同じ神族の同胞であるラプトとレクトアリスは、その手に絆の証である『神武具の球体』を掲げていた。


「貴殿らのこれからの活躍、大いに期待しておるぞ」


 頼もしきアルン最強の将軍、アドバルト・ダルディオスは、熊のような体躯でありながら、人懐っこい笑顔を浮かべて豪快に笑っていた。


 僕は窓から身を乗り出し、大きく手を振った。


「さようならぁ! みんな、またね!」


 必死に叫ぶ。


 4人の笑顔が眩しかった。


 アルンの地で、共に戦った日々を思い出す。


 幾つもあった絶望だって、みんなの力を合わせて、乗り越えてきた。


 そこで生まれた思いは、決して忘れない。


 ソルティスも、隣の窓から身を乗り出して、小さな手を大きく振っている。


「またねぇ!」


 少女は、ちょっと涙目だった。


(ソルティス……)


 その珍しい事実に驚き、余計に胸がジーンとなってしまう。 


 キルトさんがソルティスを、イルティミナさんが僕を抱くようにして、一緒の窓から身を乗り出した。


「世話になったの!」

「また、いつの日か」


 笑顔と共に、大きく叫ぶ。


 互いの笑顔を交わしたまま、騎竜車は、飛行船の格納庫へと収納される。


 ゴ、ゴン


 係留していた鎖が外され、飛行船が空へと浮上していく。


 僕らは、外縁部の通路へと走って、そこから外を見下ろした。


 皇帝城の発着場。


 そこに集まった人たちが、みんな、大きく手を振っている。


 フレデリカさん、将軍さん、ラプトとレクトアリス、4人の姿も見えている。


 そして、その姿はゆっくりと小さくなっていった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 胸がいっぱいの僕らは、何も言えなくなって、ただ懸命に手を振った。


 ブォオオオオン


 やがて、飛行船のプロペラが回りだす。


 青い空に浮かんだ飛行船は、ゆっくりと皇帝城の上空を旋回すると、一路、シュムリア王国のある東方を目指して進みだした。


 地上の人たちの姿は、あっという間に判別できなくなる。


 遠くなる皇帝城。


 五角形の城壁が三重になった巨大都市、神帝都アスティリオの全景が視界に入った。


 差別のない先進都市。


 あの街の価値観が、世界中に広まってくれたらいいなと、素直に思った。 


(さようなら、アスティリオ)


 僕は、青い瞳を細める。


 気づいたイルティミナさんが、優しく問いかけてきた。


「泣いているのですか、マール?」

「ううん」


 僕は、腕で目元をこすった。


「ただ、風が目に染みただけ!」


 そう強がる。


 イルティミナさんは穏やかに微笑み、「そうですか」と頷いた。


 その白い手が、僕の髪を撫でる。


 キルトさんが、そんな僕らを優しく見つめる。


 ソルティスは、柔らかそうな紫色の髪を、空の風になびかせながら、大きく伸びをした。


「あ~ぁ、アルンにいられるのも、これでおしまいね」


 名残惜しそうな声。


 差別のない時間は終わり、またシュムリアでの理不尽な日々が始まるのだ。


 僕は、ふと訊ねた。


「みんなは、アスティリオで暮らしたいと思う?」


 3人は顔を見合わせる。


 キルトさんが、首を横に振った。


「いいや」


 イルティミナさんも、キルトさんに同調するように頷いて、


「私ももう、長く王都ムーリアで暮らしていますから。今更、その日々を変えたいとは思いませんね」


 そう答えた。


 ソルティスは、小さく肩を竦めて、


「それに物価も高いしね。私たちの収入なら、暮らせなくはないけど、なんか損してる感じもするわ」


 損……か。


(それだけ、彼女の中では、差別よりも物価の高さの方が比重が重いのかな?)


 アルン辺境の差別は酷かった。


 でも、シュムリア王国では、そこまでの差別は行われていない。 


 シュムリアの差別――それが彼女の中での、差別に対する許容の基準点なのかもしれない。


 そして、それは他の2人も同じなのかも。


「そっか」


 僕は頷いた。


 そんな僕を見つめて、最後に、キルトさんがこう付け加えた。


「それにシュムリア王国には、わらわたちの帰りを待っている者たちがいるからの。その連中がいる限り、わらわたちが暮らしたいと思うのは、シュムリア王国なのじゃ」


 そう白い歯を見せて、笑う。


(…………)


 うん、そうだね。


 僕は大いに納得して、もう一度、頷いた。


 気づいたら、アルン神皇国の首都、神帝都アスティリオは遠く、小さくなっていた。


 見つめる僕の耳に、


「帰りましょう、マール」


 愛しい人の声が、優しく歌うように告げる。


「私たちの故郷であるシュムリアへ」

「……うん!」


 僕らの故郷。


 僕らの出会った国。


 微笑むイルティミナさんに、僕も満面の笑顔で、大きく頷きを返した。


 シュムリア王国を出発して、およそ4ヶ月。


 アルン神皇国で過ごした長い冒険の日々は終わりを告げて、僕ら4人は、自分たちの大切な故郷であるシュムリア王国への帰路に就く。


 飛行船は、広大な空を飛んでいく。


 ふと見上げた青空には、どこまでも眩しい太陽が、とても力強く輝いていた。

ご覧いただき、ありがとうございました。


これにてアルン編は終了です。

次回からのマールたちの冒険は、またシュムリア王国が舞台となります。もしよかったら、これからもマールたちのことを見守ってやって下さいね。


また次回の更新は、10日間ほど時間を空けさせて頂き、4月15日を予定しています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

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