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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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157・帰還の空2

第157話になります。

よろしくお願いします。

 空の旅も4日目になった。

 明日には、神帝都アスティリオに到着する予定である。


 この数日で、僕も、だいぶ回復した。


 まだ身体に痛みはあるけれど、少しは船内を動き回れるようになったんだ。


 そんなわけで、付き添いもなく1人でトイレまで行った帰り、僕はリハビリも兼ねて、少し遠回りで自分たちの客室まで帰ろうと通路を歩いていた。


(ん?)


 その時、キルトさんと将軍さんを見つけた。


 そこは、滅多に人の来ない通路。


 飛行船の船体外縁部に面していて、腰上の高さの手すりがあるだけで、その向こう側は何もない空の空間になっている通路だった。


 その通路の手すりに寄りかかって、銀髪の美女と熊のような大男が、それぞれ盃を手にしている。


 2人の足元には、大きな酒瓶が1本。


(…………)


 こんな場所で酒盛りでしょうか?


(まだ昼間なんだけどな)


 見上げる青空の太陽は眩しい。


 でも2人とも、戦後処理で毎日忙しそうだったし、久しぶりの自由時間なのかもしれない。今回は見なかったことにしてあげよう、うん。


 なんて、ちょっと上から目線で考えて、僕は1人頷き、その場を離れようとした。 


「あれから、マール殿の容体はどうだ?」

「今のところ、問題ないの。レクトアリスの診断でも、大丈夫と言われたが、一応、イルナが付き添っておる」


 …………。


 風の音と共に聞こえてくる話し声。


 自分の名前が出てきて、つい足を止めてしまった。


(え~っと、なんか身体が痛いな。ここで少し休憩していこうかな、うん)


 なんて言い訳して、聞き耳を立てる。


 将軍さんは「そうか」と頷き、盃をあおる。


 口を離して、大きく息を吐いた。


「此度の戦、貴殿らには本当に感謝しておるわい、鬼娘」

「お互い様じゃ、将軍」


 銀髪の鬼娘は、笑った。


「アルン軍の協力がなければ、わらわたちも、とても『刺青の者』たちの凶行を止められなかったであろう」

「ふむ、これも天の神々の采配か」

「かもしれぬ」


 頷き、彼女も盃をあおる。


 熱い吐息。


 銀色の豊かな髪が、吹く風に長くたなびいている。


 その姿を見て、キルトさんは本当に『絵になる人』だと思った。


 将軍さんも、その姿を見つめている。


 やがて、彼は視線を空へと向けて、ゆっくりと口を開いた。


「此度の戦で、神血教団ネークスは大きな損害を被った。これで、しばらくは大人しくなるわい」

「そうか」

「ま、油断はできぬがの。……ただ根絶するには、まだ時間がかかる」


 彼は、重そうに告げた。


 それを受けて、教団の迫害対象となる『魔血の民』の女性は、「そうであろうの」と短く応じた。


 教団は、秘密結社のように、目に見えぬ場所に根付いている。


 それを見つけ出し、全て排除するのは難しい。


(でも、時間をかけても、将軍さんはやってくれると言ったんだ)


 その希望を忘れない。


 キルトさんは大きく息を吐き、盃の酒を、またあおった。


「とりあえず、神血教団ネークスの現状は良い。今はそれより、『飛竜の女』の言葉じゃ。あの者が口にしていた『闇の子』の計画とはなんじゃと思う、将軍?」

「わからんわい」


 彼はあっさり降参した。


「封印の破壊が目的だった。しかし、人類の損にはならない。そのようなことがあると思うか?」

「わからんわい」


 将軍さんは繰り返す。


 銀髪の美女は、唇を尖らせた。


「役立たずの耄碌ジジイめ」


 アルン歴戦の猛将は、大きな肩を竦めた。


「わからんものはわからんのだ、仕方なかろう。そもそも、鬼娘自身とて、わからんのだろうが?」

「……む」

「ま、焦る気持ちはわかるが、落ち着くのだ」


 彼の手は酒瓶を掴み、空になったキルトさんの盃に、お酒を注いでいく。


「あの3人のリーダーであるのなら、決して動じる姿は見せるな。内心はともかくの」

「わかっておるわ」

「なら、良いわい」


 キルトさんの手は、酒瓶をひったくり、今度は将軍さんの盃にお酒を満たしてやる。


「とりあえず、此度の勝利に乾杯するぞ、鬼娘」

「うむ」


 カン


 盃をぶつけ、透明な雫を空にこぼし、2人は熱い液体を喉に流し込む。


『ぷはぁ』と吐息。


 キルトさんは、手すりに背中を預け、白い喉を晒して青い空を見上げた。


「しかし、よく勝てたものじゃ」


 小さな呟き。


 将軍さんも「うむ」と頷いて、手すりに体重を預けながら、地上の景色を眺める。


「マール殿の存在じゃな」


 不意に彼は、僕の名前を出した。


(……僕?)


 戸惑う耳に、声は続ける。


「あの者がいなければ、我らアルンの人間たちは、あの『神牙羅』の2人と和解できなかった。『大迷宮』の踏破もできず、『神武具』の入手も不可能であったかもしれん。結果として、此度の勝利もなかったであろう」

「…………」

「マール殿の存在は、我らを繋ぐかなめとなった。それが、此度の勝利を呼んだのじゃ」


 …………。

 また過大評価されている。


 なんだかむず痒くなる僕の耳に、彼の笑い声が聞こえた。


「がははっ、マール殿が、あの空に浮かんだ『闇の女』を倒した一投には、年甲斐もなく熱くなったわい」

「ふふっ、そうか」


 キルトさんも微笑んだ。


 将軍さんも、そんな彼女を見つめる。


「あの者のこと、大切にしてやるのだぞ、鬼娘」

「無論じゃ」


 キルトさんは、大きく頷いた。


「このキルト・アマンデスの命に代えても、守ると誓おう」


 強い意志の宿った声。


 将軍さんは「ほう?」と唸った。


「なるほど、本当の母親のようではないか? やはり、鬼娘の母性が目覚めたか」

「……将軍」


 睨まれた彼は、太い首を横に振る。


「いやいや、冗談で言っているのではない。前々から、貴殿にも心を許せる家族が必要ではないかと思っておったのだ。どうだ、いっそのことマール殿を養子に迎えては?」


(僕が……キルトさんの養子?)


 思わぬ言葉に驚いた。


 キルトさんも、金色の瞳を丸くしている。


「マール殿も、そなたのことを慕っておる。悪い話ではないと思うが?」

「…………」


 キルトお母さん。


 もしそうなったら、彼女をそう呼ぶの?


(う、う~ん?)


 困惑していると、キルトさんも自分の感情に戸惑ったような表情を浮かべ、将軍さんの提案にゆっくりと答えた。


「すまぬが、その話は待ってくれ」


(…………)


 やっぱり僕みたいな子供は嫌かな? なんて身勝手に、少し悲しく思った。


 でも、彼女はこう続けた。


「マールが嫌いなわけではない。しかし、その関係はどうも許せぬ」

「ほう?」

「自分でもよくわからぬがの」


 胸の辺りを手で押さえながら、キルトさんは不思議そうに呟いた。


 将軍さんは、珍しいものを見た顔をする。


「そうか。貴殿もまだ女であるな、鬼娘」

「む?」

「親子だけが家族の形でもないわい。ま、己の感情をじっくりと考えてから決断せい」


 キルトさんは怪訝な顔だ。


 将軍さんは愉快そうに「がっはっはっ」と笑った。


「しかし、マール殿は、将来有望そうな若者だ。時間をかけすぎるならば、フィディの婿としてもらうわい」

「何?」

「うむ、それもいい考えかもしれん。そうすれば、マール殿も、このアルン神皇国で暮らすようになる。この国の安寧のため、大いなる力となろう。うむ、フィディにはがんばってもらわねば!」


 ズドンッ


「阿呆」


 笑顔満面の将軍さんの腹筋に、怒れるキルトさんの拳が突き刺さった。


「マールは誰にも渡さぬ」


『金印の魔狩人』の本気の気迫の声。


「その痛みと共に覚えておくが良い、この耄碌ジジイ将軍め」

「ぐふ……」


 将軍さんは、堪らず膝をつく。 


 歴戦の猛将であるダルディオス将軍に膝をつかせるほどの1撃に、もう僕の目は点だ。


「ぐ……はっはっ、自覚なしの馬鹿娘が」


 脂汗を流しながら、苦笑する将軍さん。


 キルトさんは「?」という顔をし、すぐにどうでも良さそうに肩を竦めると、再び手すりに寄りかかった。


 長い銀髪をなびかせながら、盃をあおる。


 その濡れた唇が開き、


「……マール、か」


 どこか切なそうな呟きは、吹きつける風と共に、あっという間に遠くへと流されていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕は、酒盛りを続けるキルトさんと将軍さんの下をこっそり離れ、改めて、自分の客室を目指して歩きだした。


(……ん?)


 しばらく歩いていると、今度は、金髪碧眼の少年を見つけた。


 ラプトだ。 


 客室の並んだ誰もいない通路で、彼は、1つの部屋の扉を少しだけ開けて、隙間から中を覗き込んでいた。


(はて、何をしてるんだろう?)


 彼はこちらには気づいていないようで、


「ええい、まだ終わらんのかい」


 などと呟いている。


 僕は「ん~?」と首をかしげ、


「ラプト、何やってるの?」

「!?」


 ガンッ


 驚き、慌てて後ずさったラプトは、後頭部を通路の壁にしたたかにぶつけていた。


 ……本当に、何をやってるの?


 唖然とする僕の前で、神族の少年は、ぶつけた頭を押さえながら立ち上がる。


「イタタ……なんや、マールやないか」

「う、うん。なんかごめん」


 思わず謝る僕。


「? なんでマールが謝るんや?」

「…………。なんとなく?」


 僕らは互いに首をかしげてしまった。


 いや、それよりも、ラプトはこんなところで何をしていたんだろう?


 そう訊ねると、


「ん」


 彼は、今まで覗いていた部屋の方を、小さな親指で示した。


(?)


 僕は怪訝に思いながら、まだ開いている扉の隙間から、中を覗く。


「あ」


(ソルティスとレクトアリス?)


 その2人が一緒に、部屋の中にいた。


 紫色の柔らかそうな髪を、頭の後ろで1つに束ね、眼鏡をかけたソルティスが真剣な表情で机に向かい、一生懸命にメモを取っている。


 その椅子の後ろには、まるで家庭教師のようにレクトアリスが立っており、その長く綺麗な髪を片手で押さえながら、少女の手元を覗き込んでいる。


 時折、人間の少女が何かを訊ね、神族の美女が答えていた。


「……ここのエネルギー変換は、どうやって予測するの?」

「さっきの計算式で数値を出すのよ」

「あ~、そっか」

「こっちの計算式と間違えやすいから、気をつけてね」

「ん。りょ~かい」


 そんな会話が聞こえてくる。


 僕は、ゆっくりと扉から離れた。


「どういうこと?」

「見たまんまや」


 ラプトは、重そうにため息をこぼした。


「あのチビ女が毎日、レクトアリスに神術についてを教わりに来ていてなぁ。レクトアリスも満更でもないようで、ワイ、毎回、勉強会が終わるまで邪魔やからって、部屋から追い出されんねん」

「…………」


 そ、そうなんだ。 


 黄昏た表情で、窓の外を眺めるラプトは、僕の目に、とても悲しく見えてしまったよ。


 僕は、もう一度、部屋の扉を見る。


(でも、そっか。最近、ソルティスを見ないと思ったら、ここに通ってたんだ?)


 僕自身は、しばらくベッドから動けなかったので、彼女に会えるのは、朝起きた時とか夜の寝る前ぐらいだった。


 ようやく謎が解けた気分だ。


 でも、ソルティスを見ない時間、ずっとここにいたのだとしたら、


「……レクトアリスも、よく付き合ってくれるよね」


 と思った。


 ラプトは見上げていた空から僕へと視線を移して、小さく苦笑する。


「あのチビちゃん、思った以上に優秀やったからな」

「…………」

「正直、短命な人間なんが惜しいくらいや。もし、長命な種族やったら、神術の深奥にも手が届いたかもしれん。それぐらい教えたことを、真綿が水を吸い込むように吸収してくれるんや。レクトアリスも楽しいんやろ」


 そうなんだ?


(ラプトが、そこまで手放しで褒めるなんて……さすがソルティスだね)


 彼はため息をこぼし、その美しい碧眼で部屋の方を見る。


「それに400年前も、レクトアリスは似たようなこと、しとったしな」


(え?)


「400年前の神魔戦争では、人間たちに多くの戦災孤児が生まれたんや。当時は、ワイらも人間と仲良かったしな。レクトアリスは、集まった孤児たちに、読み書きや計算の仕方など、教師の真似事みたいに教えとったわ」

「…………」


 そんなことがあったんだ……。


 ラプトは笑って、大きく伸びをする。


「ま、もうすぐお別れやしな。2人とも気の済むまでやったらええわ」


 お別れ。 


(うん、そうだったね)


 この飛行船が神帝都アスティリオについたら、僕らは今度こそ、シュムリア王国に帰ることになる。


 アルンで出会った人たちと、そして、アルンに残るこの2人の『神牙羅』ともお別れなんだ。


 僕の視線に、ラプトが気づく。


 彼は穏やかに笑った。


「色々と世話になったな、マール」

「こっちこそ」


 僕は、思いを込めて答えた。


 本当に、2人がいなければ、大迷宮でもコキュード地区の戦いでも、どうにもならなかった。


 何より、こんな不安定な存在の僕も、同じ『神の眷属』として温かく受け入れてくれたことが、本当に嬉しかった。


 ラプトは、ポケットから、直径3センチほどの虹色の球体を取り出す。


『神武具』だ。


 僕も、腰ベルトのポーチから取り出す。


 レクトアリスも持っている、僕ら3人の絆を示すような、3つに分かれた聖なる武具――それを互いに見つめて、笑った。


「大事に借りとくで」

「うん」


 僕は、大きく頷いた。


 彼は摘まんだそれを、太陽にかざして、碧色の瞳を細めた。


「しっかし、『神武具』には色々なタイプがあるんやけど、これは珍しいタイプやな」

「そうなの?」

「あぁ、こいつは万能強化型や。武器だけやのうて、防具や、肉体も強化しよる。あの時、マール自身も強化されとったやろ?」


 あの外骨格みたいな全身鎧のことかな?


(そっか。あれは『妖精の剣』が『虹色の鉈剣』になったみたいに、僕自身が強化された状態だったんだ)


 あの凄まじい戦闘力は、思い出しても頼もしい。


「灰色の女神コールウッド様も、いい『神武具』を残してくれたわ」

「……うん」


 大迷宮の最下層で見た惨劇を思い出すと、複雑な気持ちではあったけれど、その事実は認めるしかない。


 僕の様子に気づいて、ラプトは苦笑した。


 パンパン


 何も言わずに、ただ僕の腕を軽く叩く。


 その気遣いが嬉しくて、僕は笑った。


「ただ、気をつけるんやで、マール」


 ん?


「自分は、確かに強いわ。『神武具』の力もあって、『第3の闇の子』っちゅうんも倒してみせた。けどな、自分の肉体は、もう人間と同じなんやってことは、忘れたらあかんで」

「…………」

「人間の肉体にとって、『神気』は基本、毒なんや」


 彼は、はっきり言った。


「『暴君の亀』みたいに、肉体が変質強化されるなんて、まず有り得へん。体内に流しすぎれば、間違いなく、死んでしまうんや。3分のリミットちゅうんは、冗談やないんやで」


 真剣な表情。


 僕は、限界を超えて『神気』を使った直後を思い出す。


 酷い痛み。


 そして苦しみ。


(……大迷宮の時は、心臓が止まったりもしたんだよね)


 ラプトの言葉が嘘ではないと、実感できる。


「あまり神気に頼りすぎるなや、マール。あれは、おまけのつもりでええ。ワイらは、自分を殺したくて、神気のことを教えたんとちゃうんやからな」

「……うん」


 僕は、僕を気遣う友人に頷いた。


「ありがとう、ラプト。気をつけるよ」

「おう、絶対やで」


 僕の返事に、彼は笑顔で頷いた。


 そして、『神武具』をポケットにしまうと、そのまま、その右手がこちらに差し出される。


 …………。


「マール。ワイらは、自分に出会えてよかったわ」

「…………」

「感謝しとるよ。ありがとうな」


 その声には、色々な思いが詰まっていた。


 初めて、ダルディオス将軍の屋敷で出会った頃は、人間たちに裏切られたことに傷つき、心を閉ざしていた2人。


 それでも優しい2人は、僕らのために力を貸してくれた。


 そして今、僕らはこうして笑い合い、部屋の中では、人間の少女と神族の美女が共に時間を過ごしている。


(…………)


 明日には、僕らを乗せた飛行船は、神帝都アスティリオに到着する。


 そこで、お別れ。


 僕も、ラプトの手をしっかりと握った。


 熱くて、頼もしい手のひらだった。 


「僕も、ラプトたちに会えて、よかった。ありがとう」

「おう」


 彼は笑った。


 窓から差し込む太陽の光に、白い八重歯がキラリと光っている。


 屈託のない、素敵な笑顔だ。


 カチャ


 その時、部屋の扉が不意に開いた。


「え、マール?」

「あら、2人ともどうしたの?」


 勉強会が終わったのか、ソルティスとレクトアリスが驚いた顔で、そこに立っていた。 


「偶然、マールが通りかかってな。少し話しとったんや」

「うん」


 僕らの言葉に、2人は「ふぅん」と息の合った返事をする。


「そっちも勉強、終わったの?」

「ま、ね」

「ちょうど区切りの良いところまで進んだから」


 2人は頷く。


 ソルティスは新しい知識を得られて満足そうだったけれど、レクトアリスは、まだまだ教えたいことがあったのか、少し名残惜しそうだった。


 でも、時間は有限だ。


 僕は、レクトアリスに言った。


「またソルティスに会えた時は、色々と教えてあげてよ、レクトアリス」


 彼女は驚いた顔をする。


 ゲシッ


 ソルティスが軽く僕の脛を蹴った。

 い、痛い。


「ちょっと? なんで、アンタにそんな風に言われなきゃいけないのよ? 偉そうに」

「いや、そんなつもりは……」


 えぇ……気を利かせたつもりなのに。 


 僕らの様子に、レクトアリスのいつも細い目は、大きく丸くなる。


「ふふっ、わかったわ、マール」


 口元を押さえて笑いながら、そう請け負ってくれた。


(あ、ありがと、レクトアリス)


「ふんっ。ま、いいわ」


 何にせよ、約束を取り付けたことにソルティスの溜飲も下がって、ようやく落ち着いてくれる。


 ラプトは、横を向いて笑いを堪えていた。


 レクトアリスは、真紅の瞳を細めて、僕を見つめる。


「ありがとう、マール」

「ん?」

「私たちの知っている神狗アークインとは、少し違う存在になってしまったけれど、でも、貴方は素敵だったわ」


 その微笑みに、少しドキッとした。


「また会いましょう」

「うん」


 僕とレクトアリスも、熱い握手を交わした。


 ラプトは、そんな僕らを優しい瞳で見守っている。


 ソルティスは、僕ら3人の様子を、少し離れて見ていた。


 と、レクトアリスが教え子に言った。


「またね、ソル。次会う時までに、今日まで教えたこと、しっかり復習しておきなさいよ」

「当たり前でしょ」


 少女は、胸を張って答えた。


「レクトアリスも、次会った時には、もっと色々教えてもらうからね!」

「わかったわ」


 神族の美女は頷いた。


 ラプトは『おぉ、怖い』と、2人の熱意に身を震わせる。


「よし! じゃあ、行きましょ、マール」

「あ、うん」


 ソルティスに促され、一緒に通路を歩きだす。


 彼女の腕には、辞典みたいな厚さのレポート用紙が、大切に抱き締められていた。


「勉強、楽しかった?」

「もちろんよ。レクトアリスって、意外と教え方が上手くてね。こんなに集中して面白く学べたの、初めてだわ」


 ソルティスは、実に愉快そうだった。


 上機嫌の彼女は、通路を歩きながら、僕に色々と話してくれる。


 難しい勉強内容は理解できなかったけれど、ソルティスの嬉しそうな笑顔を見ているだけで、僕も楽しくて、何度も「うん、うん」と相槌を打った。


 そして、ふと振り返る。


「…………」

「…………」


 そこには、立ち去る人間たちの姿を、神族の少年と美女が部屋前の通路に立ったまま、いつまでも優しく見守ってくれている姿があったんだ――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前話で書いたアレだけど、今話を読んで思った。 もしかして、キルト本人も気付いていない嫉妬の気持ちもあったのかな、と。
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