表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

157/825

155・神槍の一撃!

第155話になります。

よろしくお願いします。

 全体の大きさから比べれば、それは小指の先ほどのサイズだった。


 だというのに、その禍々しさは凝縮されたように濃厚で、見ている僕らの背筋を、直接、冷たい指で撫でられているような感覚がした。


 正直に恐ろしかった。


(……新しい『悪魔の欠片』……)


 震える僕は、青い空にポツンと浮かんだそれを凝視する。


 体長1メードほどの触手だ。


 ピンク色のミミズのような形態がグニグニと蠢き、白い粘液を撒き散らしながら、更に無数の細い触手を生やして、その形を変えていく。


 細い触手が絡み合う。


「……あ」


 それが徐々に、『人』の形になっていくのがわかった。


 細い触手が絡み合う手足。


 粘液に光らせ、歪に形成される顔には、けれど、まだ眼球はなく、闇のような空洞が開いている。


 全身が粘土細工みたいに妖しく蠢いているのが、より悍ましい。


 ブルル……ッ


 剣を握る手が震えているのに、ようやく気づいた。


(馬鹿、気持ちで押されるな、マール!)


 泣きたい気持ちで僕は、自分を叱咤する。


 ――奴を倒す。


 僕は、再び翼を広げて、『第3の闇の子』に襲いかかろうとした。


 その瞬間、


 バシュゥゥゥ


 白い煙を吹いて、僕の獣耳が消滅した。


「っっっ」


 外骨格のような全身鎧が、ズシンと重くなり、思わず膝をつく。


(もう3分経ってたのか!)


 身体から力が抜けていく。


 同時に、今まであった自分への信頼も消滅していく。


 今の僕では、『闇の子』に太刀打ちできない――そんな確信があった。


 どうする?


 もう1度、無理矢理、『神気』を流す?


(……でも、精神世界では、それで失敗したんだよ?)


 あの時も、まともに戦える状態じゃなかった。今回だって、同じ轍を踏む気がする。


 どうしよう?


 どうしたらいいの?


 答えの出ない恐怖に、そのまま飲み込まれそうになった時、


「マール、無事か!」


 背後から、あの頼もしい声がした。


(!)


 振り返ったそこには、こちらに駆けてくる『金印の魔狩人』の姿があった。


 その後ろには、イルティミナさん、ソルティス、ラプトとレクトアリスの姿も見えている。


「……キルトさん、みんな」


 思わず、泣きたくなった。


 キルトさんは、僕の奇妙な全身鎧の姿に、一瞬、驚いた顔をする。けれど、その表情はすぐに消えて、『神体モード』が切れてフラフラの僕の身体を、倒れないように抱きかかえてくれた。


「大丈夫か?」

「……うん」


 僕は頷く。


 でも、どうしてここに? 4人も戦っていたはずじゃ?


「わらわたちと戦っていた連中は、『封印の岩』から出てきたアレを見た瞬間、引いていった。奴らの目的が達成したのかもしれぬ」

「…………」

「『あとは貴様らに任せる』と言い残していったわ」


 苦々しそうに言う。


 僕はうつむいた。


「……ごめんなさい」


 小さな声で謝った。


「む?」

「僕が失敗したんだ。倒せたと思った。勝ったと思ったんだ。……でも、彼女の覚悟を甘く見てた。あの行動を防げなかったんだ……っ」


 泣くような思いで告白する。


 あの時、問答無用でとどめを刺してしまうべきだったんだ。


(僕の甘さが……この世界の危機を招いたんだ)


 上空に浮かぶ、破滅の種。


 それはすぐに芽吹いて、世界に更なる破滅を引き起こしていくだろう。


(……僕の……せいだ)


 ゴンッ


 落ち込む脳天に、キルトさんの拳が落ちた。……って、痛い!


 驚き、顔を上げる。


「阿呆」


 キルトさんは、金色の瞳に強い光を宿して、見つめる僕に言った。


「反省も後悔もあとにせい。まだ終わってはおらんぞ。全ては、やるべきことをやってからにするが良い」

「…………」


 呆然と見つめ返す。


 見れば、後ろにいるイルティミナさんたちも、大きく頷いている。


「そうですよ、マール」

「自惚れてんじゃないわよ、馬鹿たれ」

「ワイらもいるんや」

「そうよ、貴方は1人じゃないんだから」


 そう口々に言ってくれる。


(……みんな)


 その優しさが心に沁みる。


「うん!」


 唇を引き結び、僕は大きく頷いて、立ち上がった。


 キルトさんも微笑む。


 けれど、その表情はすぐに消えて、『金印の魔狩人』の顔になると、青空に浮かんでいる『第3の闇の子』を睨みつけた。


 僕らもそちらを見る。


 ――まだ、この世界は終わっていない。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 戦う意思は、取り戻した。


 けれど、実際にあの上空にいる『第3の闇の子』と、どうやって戦えばいいのだろう?


 キルトさんは、信頼する『銀印の魔狩人』へ視線を送る。


「イルナ、いけるか?」

「もちろんです」


 遠距離攻撃の得意な『銀印の魔狩人』は、頼もしく頷くと僕らの前に出た。 


 カシャン


『白翼の槍』の翼飾りが大きく開き、紅い魔法石が輝きを増していく。


 同時に、イルティミナさんの真紅の瞳も、強い魔力の光を宿していく。


 白い手が槍をクルリと回転させ、逆手に握る。


 落ち着き、集中した美貌。


 いつものように、彼女は軽く前に倒れるように動きだすと、そのまま大きく足を踏み込んで、


「シィッ!」


 ヒュボッ


 白い槍が、凄まじい速度で投げられた。


 純白の閃光。


 それが大気を裂き、青い空を横切って、500メード上空に浮かぶ『第3の闇の子』へと正確に飛んでいく。


 ギュルッ


 触手でできた頭部が気づき、こちらを見た。


 粘液で濡れた、無数の触手が絡まった腕が、迫る閃光へと突き出される。


 バヂィイイン


(!)


『第3の闇の子』の触手の手の先に、紫色の闇のオーラが集約すると、その前方に黒い障壁のようなものが生み出されていた。


 それが純白の槍を受け止めている。


「ぬ……っ」


 キルトさんが唸る。


 イルティミナさんが、舌打ちしそうな様子で真紅の瞳を細めた。


『黒の障壁』は、槍のぶつかった部分に何度も波紋を広げながら、大きく歪み、けれど、決して破れない。


 やがて、威力を全て受け止めたのか、障壁にぶつかっていた槍は前進する力を失って、ヒュウウと空から落ちていく。途中で、軌道を変えて、イルティミナさんの手へと戻っていく。


(……あのイルティミナさんの攻撃でも駄目か)


 がっくりと落ち込む。


 けれど、『第3の闇の子』の行動は、それで終わりではなかった。


 ジュルリ ギュルル


 その触手の集まった歪な頭部に、口を開けたような丸い穴ができた。


(!?)


 怖気が走る。


 キルトさんとイルティミナさんが表情を強張らせ、ソルティスは怪訝に眉をひそめた。


 同時に、


「レクトアリス!」

「えぇ!」


 切羽詰まった表情の2人が、僕らの前へと飛び出した。


 レクトアリスが胸の前で両手を合わせると、直径10メードほどの赤い魔法陣の描かれた光の丸い盾が、5重に形成される。その後ろで、ラプトが決死の表情で、両手を突き出した。


 次の瞬間、『第3の闇の子』の空洞の口から、黒い光の筋が撃ち出された。


 ピッ


 世界に、細い髪の毛のような黒い線が引かれた感じ。


 それは、レクトアリスの創りだした5重の魔法の盾を容易く突き破り、ラプトの重ねられた両手のひらに激突する。


 ラプトが吹っ飛んだ。


 同時に、角度が変わった黒い光線は、背後の樹海にぶつかった。


 ドゴゴゴォオオン


 黒い光線の当たった樹海部分が、上空へと吹き飛ばされた。


 木々が舞い上がり、破壊された大地が破裂する。


 奥にあった柱のような巨大な岩山が、黒い光線に切り裂かれて、斜めにずれて落ち、大地に土煙を巻き上げさせる。


(な……っ!?)


 なんて威力だ。


 唖然とする僕。


「ラプト!」


 キルトさんの叫びにハッとする。


 見れば、ラプトの手のひらは、真っ赤に焼けていて、皮膚がドロドロに溶けていた。


「だ、大丈夫や……つう~っ!」


 顔をしかめつつも、気丈に言う。


 自動再生機能が働いて、彼の手は、白い煙と共にすぐに修復されていく。 


 僕らは、ホッと息を吐く。


 でも、安心はできない。


 イルティミナさんの攻撃を防いだ防御力、『神牙羅』2人がかりでようやく防いだ攻撃力、どちらも恐ろしいほどの能力だ。 


 ――強敵だ。


 恐怖と共に、改めて思い知る。


(でも、どうする?)


 どうやって、あんな化け物を倒せばいいのだろう?


 空を飛んで接近しようとしても、途中で撃ち落とされる気がする。運良く接近できても、そこでの攻撃も、あの黒い障壁で防がれそうだ。


 と、ラプトが、不意に言った。


「今がチャンスや」


 え?


「300年前と比べて、ずいぶん弱い攻撃やわ。あの『悪魔の欠片』は、『神の封印』を破った直後で、まだ弱っとるんや。仕留めるなら、今の内しかない」


 強い口調で、そう言い切る。


(弱ってる……?)


 あれだけの力を発揮してるのに?


 その事実に愕然とする。


 でも、それが本当なら、これ以上の強さを取り戻す前に、あの『第3の闇の子』は必ず倒さないといけない。


 今すぐに、だ。


(何か、何か手段はないの!?)


 僕は悔しげに、青い空に浮かんでいる触手でできた人型を睨みつける。


 と、


「マール。そなたの『神武具』による強化は、イルナの『白翼の槍』にも行うことが可能か?」


 突然、キルトさんが僕に質問した。


 え……?


 僕は戸惑い、『神武具』の融合した『妖精の剣』――『虹色の鉈剣』を見つめる。


 正直な印象を答えた。


「えっと……多分、できると思う」

「そうか」


 彼女は頷いた。


 僕ら5人の視線を受けて、最強の『金印の魔狩人』は、自身の見解を口にする。


「前にケラ砂漠で、『闇の子』に攻撃を当てた時の手応えを覚えておる。恐らく、その肉体強度は、その辺の魔物とそう変わらぬ」


 キルトさんの言葉に、ラプトとレクトアリスが唖然とした。


「マジか……自分、『闇の子』に攻撃を当てたんか?」

「……貴方、本当に人間?」


 かなり失礼な驚きの言葉。


 キルトさんは、軽く苦笑する。

 けれど、すぐに表情を改めて、『第3の闇の子』を冷徹に見つめた。


「奴も同じに思える。その術式による能力は、確かに脅威であるが、しかし、その防御を打ち破り、攻撃を当てることさえできれば――」

「…………」

「――我らの勝ちじゃ」


 …………。


 僕らは一瞬、その断言に沈黙してしまった。


 見えなかった勝利への道筋が、突然、か細くも見えてしまった感覚だった。


「わかった、やろう」


 僕は、はっきりと応じる。


 みんなも、大きく頷いた。


 でも、イルティミナさんは1人だけ、自身の手にする白い槍を見つめたまま、難しい顔をしていた。


「1つだけ、懸念が」

「む?」

「『神武具』による強化は構いませんが、その重量級となった武器を、私は精密に扱える気がしません。はっきり言えば、あの距離の対象に命中させるのは、私の筋力では不可能に思えます」


 え……?


 膨らみかけた希望のしぼむ言葉。


 キルトさんも想定外だったのか、「そうなのか?」と渋い表情になった。


「すみません」


 申し訳なさそうなイルティミナさん。


「……イルナ姉」

「むぅ」


 ソルティスは、慰めるように姉に触れ、キルトさんはまた考え込む。


(…………)


 僕は迷い、でも、思い切って言ってみた。


「なら、僕が投げるよ」

「え?」

「何?」


 みんなが僕を見た。


 僕は言った。


「僕の着ている『神武具』の鎧は、僕の筋力を、何倍にも強化してくれる。投げる瞬間だけ、『神気』を開放すれば、僕ならできると思うんだ」


 ゴンッ


 生物のような形状の虹色の外骨格――その胸を、僕の拳は軽く叩く。


 キルトさんは、そんな僕の全身を下から上へと眺め、


「当てられるのか?」

「僕は、ずっとイルティミナさんの槍を投げる姿を見てきたんだ。きっと、その動きを真似できると思う」


 彼女の問いに、僕ははっきり答えた。


「マール……」


 嬉しかったのか、イルティミナさんは感極まったように、僕を見つめて、瞳を潤ませている。


 ソルティスが、リーダーである女性を見た。


 パンッ


「あいわかった」


 膝を叩き、キルトさんは覚悟を決めたように頷いた。


「攻撃は、マールに任せる。皆、良いな?」

「はい」

「わかったわ」

「おう!」

「了解よ」


 皆、頷いてくれた。


(ありがとう、信じてくれて)


 嬉しくて、ただ重圧が少しだけ怖かったけど。


 キルトさんは僕らを見回しながら、言う。


「ラプト、レクトアリス。そなたらは、マールが攻撃するまで、あやつの攻撃からマールを絶対に守れ」

「もちろんや」

「えぇ」


 2人は頷く。


「ソル、そなたは、攻撃直後のマールに備えよ。大迷宮の時のように、限界を超えたマールの心臓がまた止まる可能性もある。すぐに蘇生できるようにの」

「そうね、わかったわ」


 嫌な予想に、ソルティスは一瞬、顔をしかめ、すぐに力強く頷いてくれた。


「イルナは、マールのそばにおれ。そなたの存在は、それだけで、こやつの力になる」

「はい」


 頷いたイルティミナさんは、僕の隣に来る。


 ギュッ


 鎧に包まれた手を握ってくれた。


(あったかい……)


 神経に作用する『神武具』の鎧だからか、その温もりと感触が、しっかりと伝わってきた。


 あぁ、それだけで心に力が湧いてくるよ。


 僕らは見つめ合う。


 小さく笑って、頷き合った。


 最後にキルトさんは、そんな僕のことを見つめて、


「すまぬな、マール。そなたにばかり、無理させる」


 どこか悔しそうに謝った。


 ちょっと驚いた。


 そして僕は笑って、首を横に振った。


「ううん」


 いつも僕らのことを守るために、無理ばかりしてくれる人が何を言っているのか。


 僕の笑顔に何かを感じたのか、彼女も笑った。


 僕の肩に、手を置く。


「頼むぞ、マール」

「うん」


 力強い黄金の瞳に、僕は覚悟を込めて、大きく頷きを返した。


 さぁ、始めよう。


「マール、お願いします」


 イルティミナさんが、愛用の魔法の槍を、僕へと差し出してくる。


 僕は両手で、それを丁寧に受け取った。


(…………)


 美しい純白の槍。


 アルドリア大森林でイルティミナさんと出会ってから、ずっと僕らを守るために戦い続けてくれている槍。


「……力を、貸してね」


 小さく囁いた。


 それに応えるように、中央の紅い魔法石が、陽光にキラリと輝きを散らした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ほれ、マール」

「あとは任せるわ」


 2人の『神牙羅』が直径3センチの虹色の球体を、僕へと差し出してくる。


「うん」


 それを左手で受け取り、鎧に包まれた五指でしっかりと握る。


(『神武具コロ』……お願い!)


 願いを込めて、心に念じる。


 ヴォォオオオオン


 指の隙間から眩い光が溢れ出し、2つの球体は砕けると、虹色の光の粒子となって渦を巻き、右手に握る『白翼の槍』へと付着していく。


 先端の刃が、3メードほどの虹色の刃へと延伸した。


 美しい翼飾りは、左右に4対、計8枚に増加する。


 柄の部分には、螺旋の模様が加わってより強度を増し、更に後方へと2メードほど伸びていた。


(凄い……)


 生み出されたのは、全長7メードの『虹色の巨槍』だった。


 思わず、その美しさに見惚れる。


「おぉ」

「でっか……」


 みんなも、感嘆の声を漏らしている。


 と、次の瞬間、


(!)


 ズシン


 巨槍の強烈な重量が右手にかかって、僕はそのまま引き摺られ、危うく倒れそうになった。


「くっ」


 慌てて、両手で掴み、両足を踏ん張る。


(こ、これは……まずいかも)


 少し焦った。


 槍を投げるためには、その前に、まず構えなければならない。でも、この重量では、その構えること自体が困難に思えた。


(どうする?)


 我慢して構える時点から、『神気』を使うことも考える。


 でも、僕の肉体が、投擲まで持つか不安だった。


 その時、


 グンッ


 突然、その重さが軽くなった。


「私も手伝いましょう」


 後ろからの美しい声にハッと振り返れば、そこには、僕の背中側から腕を伸ばし、槍に白い手を添えて微笑むイルティミナさんの姿があった。


「この槍と『魔血の契約』を交わしたのは、私です。その力を発揮するにも、投げる直前まで、私が触れていなければいけませんしね」 

「……うんっ」


 力を貸して、一緒に投げてくれると言う彼女。


(あぁ……もう、それだけで百人力だよ!)


 思わず、歓喜の笑顔。


 そんな僕のおでこに、イルティミナさんも額をコツンと当てる。


「共にがんばりましょう、マール」

「うん!」


 僕は、大きく頷いた。


 キルトさんも、そんな僕ら2人を見つめて、満足そうに頷く。


「よし、始めるぞ」

「はい!」


 僕は頷き、呼吸を整える。


 ガシュン


 首の後ろに畳まれていた兜部分が元に戻って、僕の頭部を包み込む。


 金属でできたいぬの顔。


 飛び出た耳の部分が、ガキンッと音を立てて、まるで角のように後方へと動く。


 ヴォン


(さぁ、思い出せ)


 今までに何度も見てきた『銀印の魔狩人』の白き槍を投げる勇ましい姿を。


 あの美しく、強靭で、無駄のない動きを。


 脳裏に生まれる姿を、強くイメージして、自分の肉体へと落とし込む。


 ジャリッ


 大地を踏みしめ、『虹色の巨槍』を構える。


 恐ろしいほどの重量が右手にかかっている。


 でも、ふらつくことはない。


 イルティミナさんが、僕と一緒に、この巨大な槍を支えてくれている。


 僕の背後に身を重ね、けれど、僕の動きを決して妨害しない位置と力配分で、共に槍を構えていた。


 まるで2人で1つの身体になった気分。 


「見事じゃ」


 その姿に、思わず、キルトさんの口から感嘆の声が漏れた。


『金印の魔狩人』の目から見ても、完璧な『イルティミナさんの構え』ができていたんだろう。


 キルトさんは、満足そうに頷く。

 そして、


「ソル」

「大丈夫、用意してるわ」


 キルトさんの声に、大杖の魔法石を緑色の回復光に輝かせる魔法使いの少女が答えた。


 僕らは、上空へと視線を送る。


 そこには、粘液にぬめった触手を蠢かせ、徐々に、完全な人の姿を取ろうとしている『悪魔の欠片』の姿があった。


 ――女だ。


 そのフォルムは、女性らしい丸みと凹凸を帯びていた。


 このまま時間が過ぎれば、この世には、あの恐ろしい『闇の女』が誕生するのだろう。


(その前に、必ず倒してみせる!)


 1撃だ。


 きっと、2度目のチャンスはない。


 この1撃で、絶対に仕留めるんだ!


 ギリリィン


 手足を包む外骨格のような鎧が、まるで筋肉を膨張させるように、金属音を響かせ、装甲を軋ませながら捻じれる。


 さぁ、あとは『神気』を開放して、撃ち出すのみ。


(――行くぞ)


 そして、体内の蛇口を開こうとした――その寸前、


 ジュルリ


 遥か上空に浮いていた『第3の闇の子』の頭部が、唐突にこちらを向いた。


 その口部分にある空洞。


 奥に闇が集束する。


「いかん!」


 キルトさんの鋭い声。


 同時に、ラプトとレクトアリスの2人が、槍を構える僕とイルティミナさんの前方へと飛び出した。


 ピッ


 黒い光線が発射される。


 レクトアリスが胸の前で両手を合わせ、5重の赤い光の魔法の盾を創りだし、ラプトが小さな両手を重ねて前に突き出す。


 パキィン


 5枚の魔法の盾が貫通され、ラプトが吹き飛ぶ。


 ラプトの身体はレクトアリスに激突し、2人は、もんどり打って地面の上を転がった。


 ドゴゴゴォオオン 


 弾かれた黒い光線は、再び、遠くの樹海の大地を破壊する。


 吹き荒れる爆風。


 倒れたままのラプトが、それに負けない大声で叫んだ。


「今や、マール!」


 両手を焼かれて、なお叫ぶ熱い思いに、僕の心も燃え上がる。


「――神気開放!」


 ドンッ


 兜の耳に沿うように、獣耳が生え、臀部にある鎧の尻尾の内部にも、僕のフサフサした尻尾が侵入する。


 溢れる力。


 同時に、自分の身体がギシッと歪むのを感じた。


 限界を超えた力の発動。


 肉体が悲鳴を上げている。


 それが弾けて崩壊するまでの数秒で、僕は、あの『悪魔の欠片』を滅ぼさなければならない!


(よく狙って――)


『神武具』による映像は、500メード遠方の『第3の闇の子』の姿を明確に捉えている。


 あとは、そこに投げるだけ。


 弓を引くように、『虹色の巨槍』を大きく振り被った。


 イルティミナさんの手が共に動き、照準をより精密にするためにサポートしてくれる。左手は、ずっと僕の肩に触れてくれている。


 その安心感から、僕は、思い切り槍を投げようとして、


 ギュルルッ


(……あ)


『第3の闇の子』の口が、再び開いていた。


 第2射目。


 僕らの投擲よりも速く、向こうの発射体勢が整っていた。


 ――間に合わない。


 コンマ秒以下の世界で、僕はそれを悟った。


 ピッ


 敗北という名の破滅が、『闇色の糸』のように僕らへと伸びてくる。


 僕は、何もできずにそれを見続け、


「――鬼神剣・絶斬!」


 次の瞬間、その黒い光線に、青白い雷光の斬撃がぶつかる光景を目にしていた。


 僕らの横で。


 あの『金印の魔狩人』が最大奥義を解き放っていた。


 ゴギャアン


 雷光の三日月が崩壊する。


 けれど、黒い光線も角度が逸らされて、僕らの頭上を越え、背後の大地を吹き飛ばしていった。


 背後からぶつかる風圧。


「マール!」


 イルティミナさんの声。


 ほぼ反射的に、僕の身体は動いていた。


 前に倒れるように大きく踏み込み、腰を回転させ、その力を胸、肩、腕、肘、手首へと伝え、自然と外れるように指を開放する。


 フォン


 全長7メードの『虹色の巨槍』。

 

 それは、まるで重さを感じることもなく、8翼を広げながら、『第3の闇の子』へと飛翔した。


 ジュルン


 細い触手の絡まった両手が、こちらに突き出される。


 黒い障壁が、空中に生まれた。


『虹色の巨槍』はそれにぶつかり、虹色の残光を散らして、容易くそれを貫いた。


 ポヒュッ


 奥にいた人型に命中した。


 一瞬で、消し飛んだ。


 虹色の輝く槍が触れた瞬間、その光で溶かされるように全身が引き千切れ、燃え散るように消えてしまったのだ。


 ドパァアアン


 衝突音は、遅れて聞こえた。


 そして、『虹色の巨槍』は勢い余って、その後方にあった『封印の岩』へと直撃する。


 バゴォオオオオン


 岩石が弾けた。


 衝撃で、全長700メードはある卵型の巨大岩の浮き島が傾き、土煙を吹きながら地上へと落ちてくる。


 ドン ドドォオン


 地震のように地面が揺れた。


 地上にいた鳥たちが一斉に飛び立ち、コキュード地区の樹海の上に、鎖に繋がれた巨岩が横たわっていた。


「…………」


 やった……のかな?


 思った以上の破壊力に、自分でも戸惑う。


 それほどに、完全な『神武具』と『タナトス魔法武具』の融合、それによる『究極神体モード』での攻撃は、凄まじいものだった。


 と――強い痛みが起きた。


「……がっ!?」


 バシュウウウッ 


『神武具』の外骨格が光の粒子となって剥がれ落ち、中から、獣耳と尻尾を失った僕がこぼれ出る。


「マール!」


 倒れる僕の身体を、イルティミナさんが慌てて支えた。


(息が、できない……っ)


 悶える。


 すぐにソルティスが駆け寄って来る。


「今、治すわ。大丈夫だから、ふんばりなさいよ、マール!」

「……っっ」


 必死な少女の声。


 イルティミナさんに抱かれたまま、ソルティスの回復魔法が当てられる。


 ケハッ


 口から、喉に詰まっていたらしい血の塊が出た。


(……あ、ぐ)


 手足が痺れているけれど、10秒ほどで、息が少しずつできるようになった。


 みんなが僕を覗き込んでいる。


 僕は、小さく笑った。


 それを見て、みんなも安心したようだった。


 ソルティスに治療を続けてもらいながら、僕は、問いかけるようにキルトさんを見る。


 彼女は、頷いた。


「ようやった」


 労いの言葉。


 その意味が、僕の中に浸透していく。


(あぁ……勝てたんだ)


 よかった。


 その安堵だけが、心の中に満ちていく。


 イルティミナさんが僕を背中側から抱きながら、顔を寄せ、頬を合わせてくる。彼女の柔らかくて、綺麗な緑色の髪が、僕の首をくすぐった。


「よくがんばりましたね、マール」

「……うん」


 大好きな人のお褒めの言葉。


 うん、それだけで、何もかもが報われた気がするよ。


 僕は笑って、大きく息を吐いた。


 空には、何もない。


『封印の岩』も、『第3の闇の子』の姿もなくなり、ただ、どこまでも青い空だけが広がっている。


 太陽がとても綺麗だ。


 その美しさが眩しくて、まぶたを閉じる。


 ――僕らのコキュード地区での戦いは、こうして無事に、幕を下ろしたのであった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミックファイア様よりコミック1~2巻が発売中です!
i000000

i000000

ご購入して下さった皆さんは、本当にありがとうございます♪

もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひご検討をよろしくお願いします。どうかその手に取って楽しんで下さいね♪

HJノベルス様より小説の書籍1~3巻、発売中です!
i000000

i000000

i000000

こちらも楽しんで頂けたら幸いです♪

『小説家になろう 勝手にランキング』に参加しています。もしよかったら、クリックして下さいね~。
『小説家になろう 勝手にランキング』
― 新着の感想 ―
[一言] >(僕の甘さが……この世界の危機を招いたんだ) 全くもってその通りなんだけど、それでこそマールだと思います。 確かにワイバーン女の言い分なんて聞かずにさっさとトドメを刺すべきだったのでし…
[気になる点] 三分しか全力で戦えないのに敵にトドメを刺さずに、敵の目的を達成させるのはおかしいと感じます。冗談抜きで主人公の行動で被害が拡大している。味方を守りたいと言っているのに意味がわからない。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ