150・空への出陣
第150話になります。
よろしくお願いします。
思わぬ急報によって、謁見の儀は、そのまま終了となった。
僕ら7人は、控室へと戻る。
ダルディオス将軍は情報を確認するため、1人だけ席を外している。僕らは、その戻りを待っている。
控室の中は、重い空気だった。
「まずは正しい情報が必要じゃ。話をするのも、将軍が戻ってからにしようぞ」
キルトさんの提案もあって、誰も喋らなかった。
やがて、1時間ほど。
「待たせたの」
重苦しそうな表情で、将軍さんが戻ってきた。
(いったい何があったの?)
その思いは、僕ら全員の顔に書いてあったと思う。
将軍さんは、座っている僕らの前に立つと、全員の顔をゆっくりと見回した。
「これから、詳しい状況を説明するわい。皆、心して聞いてくれ」
コクッ
7人の頷き。
そして、将軍さんの説明が始まった。
最初の報告は、神帝都アスティリオより北西へ700キロほどの地であるコキュード地区、そこに建てられた10の監視塔の1つ、第7監視所が遠方に大量の砂塵を見つけ、そこに魔物の大軍を確認したことから始まった。
魔物の数は、推定3万。
その膨大な数の魔物たちは、真っ直ぐに監視所のある方向へと進行してきていた。
(……3万って、凄いね)
大迷宮へ向かう時の500名でも凄いと思ったんだ。
3万なんて、正直、想像がつかない。
実は、コキュード地区には、街や村など人が暮らしている所はないそうだ。
けれど、10もの監視塔を造って警戒する、重大な訳があった。
「その地には、太古の悪魔が封印されておるのだ」
僕らは息を呑んだ。
400年前の神魔戦争において、地上に9体の悪魔が封印されたと云われている。
その1体。
それが封印された地が、アルン神皇国のコキュード地区なのだという。
(そこに、悪魔が!)
その瞬間、僕の中のアークインの感情が膨れ上がり、敵意が爆発しそうになった。
必死に抑える。
見れば、同じ『神の眷属』であるラプトとレクトアリスも同様に、見たこともない冷徹な表情になっていた。迂闊に触れれば凍りつくような、恐ろしさが感じられる。
監視塔の人たちは、魔物の群れの中に『人間』の姿も確認した。
「神血教団ネークスであったそうだ」
将軍さんの苦々しそうな声。
僕は、思わず、イルティミナさんと顔を見合わせる。
コクッ
彼女は頷いた。
(やっぱり神血教団ネークスは、魔物を操ることができるんだ)
精神世界で見たのと同じだね。
監視所の人たちは、すぐに神帝都アスティリオへと伝令を走らせた。
その際、大量の魔物の一部に襲われ、伝令の人たちは負傷したらしい。
(……大怪我だったもんね)
謁見の間に流れた血の量を思い出す。
それだけ必死に、伝令の人たちは使命を果たしてくれたんだ。
ちなみにその人たちは今、治癒魔法を受け、気を失ったように眠っているそうだ。
うん、どうかゆっくり休んで。
「監視所の報によれば、魔物の群れが『封印の地』に到達するのは、早ければ2週間。遅くても、20日と思われる」
2週間から20日か。
キルトさんは問う。
「奴らの目的は?」
「わからん。だが、最悪の事態を想定しておいた方がいいだろう」
最悪の事態。
つまり、封印の破壊。
そして、
「――悪魔の解放」
僕の呟きは、思ったより大きく控室の中に響いた。
沈黙が重い。
ソルティスは唇を尖らせ、フレデリカさんは硬い表情で拳を握っている。
イルティミナさんが口を開いた。
「それで、アルンとしては、どう動くつもりですか?」
「無論、迎え撃つ」
即答した将軍さんの声は、断固とした決意に満ちていた。
コキュード地区には、監視塔の他に防衛砦も造られている。そこに3000人のアルン兵が配備されているそうだ。
また神帝都アスティリオからも2000人、飛行船で先行する予定である。
遅れて地上から、2万の兵が動員される予定だ。
「周辺の都市からも1万の兵を集める。すぐに動けて、間に合うのは、最大でもこれぐらいだわい」
合計3万5000人のアルン兵。
(凄い規模だね)
でも、充分、迎え撃てそうな人数ではある。
ダルディオス将軍は、僕ら全員の目を見つめながら、言った。
「貴殿らにも、先行部隊と共に、飛行船に乗ってもらいたい」
「もちろんだよ」
僕は躊躇なく、頷いた。
「当然じゃ。わらわたちも、行くに決まっておるぞ」
「はい」
「ま、そうなるわよね~」
キルトさんとイルティミナさんは力強く同意し、ソルティスは『やれやれ』って顔だったけど、『残る』とは言わなかった。うん、やっぱり、いい子だよ。
「悪魔を前に、『神の眷属』が引けるかい」
「神罰を与えてやるわ」
2人の『神牙羅』も頼もしく頷いた。
アルン騎士であるフレデリカさんは、嬉しそうに瞳を細めて、僕らを見つめた。
将軍さんは頭を下げた。
「すまん」
「何を言っておる。これはアルンだけの問題ではないのじゃからの」
その大きな肩を、『金印の魔狩人』の手が叩いた。
その通りだ。
(これはもう、世界の命運をかけた戦いなんだから)
僕ら8人は、互いの目を見つめ合い、そして大きく頷き合ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
ダルディオス家へと使いを出して、皇帝城まで僕らの装備が届けられる。
「こっち見ないでよ?」
「み、見ないよ」
時間がないので、控室内でみんなで着替え。
将軍さんは城内に専用部屋があるとかで、そちらに行ってしまったので、男性陣は僕とラプトの2人だけ。
他5人は女性陣。
(……肩身狭いなぁ)
ソルティスに警告されたように、僕とラプトは部屋の隅っこで、みんなに背を向けながらコソコソと着替えた。
パサ シュルリ……
背中側から聞こえる衣擦れの音に、なんかドキドキする。
「…………」
「…………」
思わずラプトと目が合って、互いに苦笑いしてしまった。
着替える前、キルトさんとイルティミナさんは、いつも通りの様子だったけど、フレデリカさんは顔を赤くして、ちょっと恥ずかしそうだった。
ごめんなさい。
でも、いつも凛とした彼女のその顔は、ちょっと可愛かったです。
そんなこんなで、着替えも終了。
(よしっと)
謁見用の礼服から、いつもの冒険者の格好へと戻ると、なんだか着慣れた安心感があった。
他のみんなも、着替え終わる。
うん、イルティミナさんたち3人の冒険者姿は、やっぱり様になるね。
ちなみに大迷宮で鎧を破損したキルトさんは、アルン軍より支給された、新品の黒い全身鎧に身を包んでいた。
「礼服姿もいいですが、今のマールの方がマールらしく見えますね」
「そう?」
イルティミナさんも、そんな風に笑った。
やがてダルディオス将軍も、儀礼用ではなく実戦用の鎧に着替えて、控室に戻ってくる。
「よし、皆、行くぞ」
キルトさんの号令で、僕らは控室を出た。
皇帝城に造られた、飛行船の発着場へと向かう。
そこでは大きな飛行船が2台、出発準備を整えて、僕らを待っていた。
2台とも、巨大な貨物が装着されている。
ガシャッ ガシャッ
そこに黒い鎧を着込んだアルン騎士たちが、整然と並んで乗り込んでいた。1台に1000人、中はかなり狭そうだ。
「コキュード地区までの移動は、およそ5日だ」
黒騎士のフレデリカさんが、教えてくれる。
遅れる3万人の地上部隊は、およそ15日かかるんだって。
(結構、日程ギリギリなんだね)
戦いに間に合うといいけれど。
兵士たちの乗り込みを眺めていると、ふと声をかけられる。
「久しぶりですな、神狗殿」
「あ、ハロルドさん」
前にお世話になった飛行船の船長ハロルド・ノーマンさんだった。
50代ぐらいのナイスミドル。
僕らは、固い握手を交わす。
「今回も、よろしくお願いします」
「お任せを」
彼は笑い、
「今回の空の旅には、皇帝陛下も同行します。皆様を、必ず無事、お送りすることを約束しますよ」
と生真面目に言った。
(え? 陛下も同行?)
僕は、キョトンとなる。
いや、キルトさんたちも知らなかったようで、僕と同じ顔だった。
ザワザワ
突然、周囲がざわめいた。
見れば、城と発着場を繋ぐ出入り口付近で、多くの側近に囲まれながら、皇帝陛下と皇后様が抱き合っている姿があった。
「行ってくるよ、アナトレイア」
「どうかご無事で」
陛下は、金色の鎧姿だった。
え?
本当に戦場に立つ気なの!?
唖然とする僕の隣で、ダルディオス将軍が困った顔で言う。
「世界の命運がかかるかもしれぬ一戦だ。兵たちの戦意高揚のために、自分も出向くと聞かなくての」
「…………」
いいのかな?
キルトさんの表情も複雑そうだ。
「……父様ぁ」
「大丈夫だよ、パディア。いい子にして待っていておくれ」
陛下は、心配そうな愛娘パディアちゃんの頭も撫でている。
と、その時、皇后様が僕らの存在に気づいた。
こちらへとやって来る。
「神狗様、神牙羅様、どうかアザナッド様のことをお守りください。よろしくお願いいたします」
水色の髪を揺らして、深々と頭を下げた。
うわ?
世界で一番の大国の皇后様に、頭を下げられてしまった。
(…………)
その人の膨らんだお腹には、新しい命が宿っている。
「はい、必ず」
僕は頷いた。
「任せてや」
「えぇ、安心なさい」
2人も微笑み、頷いた。
皇后様も、儚げに微笑んだ。
後ろから、娘のパディアちゃんが駆け寄ってきて、母に背中側から抱きつく。
「…………」
そのまま隠れるようにして、僕らを見つめた。
可愛いな。
5~6歳ぐらいの幼女は、前の出会いを覚えていたのか、僕を睨むように見つめてくる。
「……父様……守ってくれる?」
「うん」
僕は、その子の前にしゃがんで目線を合わせた。
「守るよ、みんな」
僕は告げる。
幼女は、少し黙り込んだあと、小指を伸ばした手をこちらに差し出した。
「……約束」
「うん」
僕は笑って、指切りした。
そんな僕らに、皇后様や側近たち、イルティミナさんやキルトさんたち、そして、あの皇帝陛下も笑顔を浮かべた。
(うん、がんばろう!)
皆の士気が高まる。
そうして、僕らも飛行船に乗船する。
僕らは皇帝陛下と同じように、貨物ではなく客室の方へと案内された。ありがたいような、でも、他の兵士の皆さんに申し訳ないような気持ち。
「自分が『神狗』だと自覚しろ」
キルトさんは苦笑する。
やがて、僕らが乗り込んでから、およそ1時間後。
ゴゴォン
係留のための鎖が外されて、2台の飛行船はゆっくりと神帝都アスティリオ上空の青い空へと浮かび上がった。
眼下では多くの人が歓声を上げ、手を振っている。
皇后様も一心にこちらを見上げ、パディアちゃんも小さな手を懸命に振っていた。
翼のプロペラが回転する。
ギシッ ミシシッ
船体を軋ませながら、飛行船は一路コキュード地区を目指して動きだした。
(――さぁ、決戦だ)
僕は、窓の外を見つめながら、心に静かな覚悟を宿した。
◇◇◇◇◇◇◇
紅白の2連月が空に浮かび、夜の帳が訪れる。
飛行船は、夜の空を飛んでいた。
(……星空が綺麗だな)
宛がわれた客室の窓からは、前世の世界では見られなかった、たくさんの星々の煌めく空が広がっていた。
でも、逆に言うと、それは地上が真っ暗だから。
相変わらず、この世界は大自然が広がっていて、人間の数は少ないんだ。
少なくとも今、地上に見える景色の中に、人の暮らしている光は見えず、ただ闇一色に染まっていた。
(闇……か)
「気にしているのですか、マール?」
ん?
振り返ると、いつの間にか、イルティミナさんが隣に立っていた。
彼女は僕を見つめて、
「神血教団ネークスのことを」
「……うん」
イルティミナさんには見抜かれちゃうんだね。
それがちょっと嬉しくて、でも、笑えるような話題でもなくて、僕は頷くと、もう一度、窓の外に広がる闇の世界を見る。
「やっぱり、あの飛竜の女の人、いるのかな?」
「可能性は高いでしょうね」
あの精神世界で見た、神血教団ネークスの教主。
その正体は、刺青の女。
すなわち、『魔の眷属』。
倒したのは精神世界でのことだから、現実世界では、まだ生きているはずなんだ。
(今度も勝てるかな?)
7年前と比べて、教団の規模は格段に大きくなった。
それに、一番懸念していることは、
「――もしかしたら、あの『闇の子』もいるかもしれない」
静かに呟く。
イルティミナさんは、無言で首肯した。
『闇の子』の目的は、封印を破壊して『悪魔を開放する』ことだと推測されている。『魔の眷属』が率いる軍勢の中に、あの恐ろしい子供がいても、全くおかしくないんだ。
ギュッ
僕は無意識に、拳を握る。
と、そんな僕の拳を包み込むように、白い手が触れた。
「戦いまでは、まだ日がありますよ?」
「……あ」
柔らかな笑顔。
そこには『焦らなくていい』と優しく伝える心があった。
彼女はそのまま、僕を背中側から抱きしめてくる。柔らかな肉体の感触と、甘やかな匂いが僕を包み込み、気持ちを安らかにしてくれる。
「大丈夫ですよ、マール」
「……うん」
髪を撫でられながら、僕は長く息を吐いた。
(うん、そうだよね)
今から気を張っても仕方がない。
それに、みんなもいる。
ケラ砂漠ではいなかった人たち、そして同じ『神の眷属』である『神牙羅』の2人もいるんだ。
(きっと大丈夫だよ)
僕は、この身体を抱きしめてくれる彼女の手に触れた。
「ありがとう、イルティミナさん」
「いいえ」
穏やかな声が応じる。
(なんか、幸せ……)
戦場に向かっていることを忘れてしまう。
そんな風に、心地好さに浸っていると、
「おい、マール、イルナ。そろそろ消灯じゃぞ?」
「あ、うん」
キルトさんが声をかけてくる。
飛行船は、燃料となる魔素を節約するために、消灯の時間も決められていた。
僕らは名残惜しくも、身体を離した。
客室内には、2段ベッドが2つ用意されていた。
キルトさんは、その片方の下段に腰かけている。
上段には、ソルティスだ。
もう1つのベッドの下段に、イルティミナさんは身を横たえる。すると彼女は、毛布を持ち上げながら、『おいでおいで』と招いてくる。
(また、抱き枕をご所望かな?)
ついクスッと笑ってしまった。
僕は、綺麗なお姉さんのご希望通りに、彼女の腕の中に横になった。
キルトさんが苦笑し、ソルティスは呆れている。
「ほれ、消すぞ」
消灯されて、部屋が暗くなる。
ゴォォオ……
飛行船のプロペラの駆動音や、風を切る音が聞こえていた。
時折、船体が軋み、揺れる。
暗闇の中、僕らは見つめ合い、
「おやすみなさい、マール」
「おやすみなさい、イルティミナさん」
そうして、お互いの温もりを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
◇◇◇◇◇◇◇
空の旅は続く。
その間に、ダルディオス将軍たちに、色々な話を教えてもらえた。
「アルン全土で、動員できる兵数は、およそ100万人じゃわい」
…………。
(100万の兵士って……)
ちょっと想像がつかない。
とはいえ、これは全土での話。
神帝都アスティリオに駐在するのは、およそ3万の兵士、周辺の都市を合わせて、アルン中央部には、10万の兵士がいるそうだ。
(それ以外の各地に、90万……かぁ)
アルン神皇国というのは、本当に世界一の国土を持つ国なんだと、改めて思ったよ。
「ちなみに、シュムリア王国の兵力は?」
「20万ぐらいではないかの?」
とは、キルトさんのお言葉。
博識のソルティスは、肩を竦めて、
「ただシュムリアの兵士には、『魔血の民』も多いからね。個人能力は、こっちが高いんじゃないかしら?」
「いや、アルン騎士の練度を舐めてもらっては困るな」
フレデリカさんが負けじと口を挟む。
なぜか睨み合う2人。
(あはは……)
話題を振ってしまった僕は、誤魔化すように笑うのが精一杯だった。
他にも教わったのは、世界各国にある『封印の地』の数。
シュムリア王国に、2つ。
アルン神皇国に、5つ。
そして、僕らのいるアルバック大陸から海を渡った、西方にあるドル大陸――その獣人の多いという七つ国に、1つ。
最後に、推定だけど、未開の暗黒大陸に、1つ。
これで合計9つ。
詳しい場所は、国家機密なので教えてもらえなかったけれど、そのような分布で、9体の悪魔が封印されている。
その内の2体の悪魔が、命と引き換えに、その肉体の一部をこの地上に残したんだ。
その『悪魔の欠片』が誕生したのは、それぞれアルン神皇国、シュムリア王国の封印から1体ずつらしい。
「まぁ、300年前は、まだアルンの領土ではなかったのじゃがな」
とは、将軍さんの注釈。
当時は、まだアルン以外の多くの国が存在していたんだって。
でも、現在はアルンの領土となっている『封印の地』から、300年前の『災厄の種』――初代『闇の子』は芽吹いたらしい。
そして、現在の脅威。
僕らの知る『闇の子』は、シュムリア王国内の『封印の地』から出現している。
(……残り7つの封印か)
最悪、これから先、7体の『闇の子』が出現するかもしれないんだ。
1体でもこの騒動なのに……。
そして、もしその『闇の子』の企みを、1度でも阻止できなければ、より強力な『悪魔』が復活して、世界は破滅する。
「……私たちの世界って、本当に危ういバランスの上で成り立っていた平和だったのね」
呟くソルティス。
その声には、『知りたくなかったわ……』といった感情が滲んでいた。
(全くだよ)
でも、知ってしまったからには、がんばらないと。
(――だって)
僕はみんなの顔を見回して、そして最後に、大好きなあの人の顔を見つめる。
(だって僕は……みんなやイルティミナさんと笑っていられる、この世界を守りたいもの!)
大切な人たちのためなら、怖くても戦えると思うんだ。
そんな風にして、僕らの5日間の空の旅は続いた。
そして、ついに大規模な戦場となるコキュード地区へと、僕ら8人の乗る飛行船は到着したのだった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




