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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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147・午前の稽古

第147話になります。

よろしくお願いします。

 無事、朝を迎えた。


 ちなみに今朝は1人きり。

 昨夜の僕は、イルティミナさんの抱き枕になることはなかったんだ。


「今夜の私では、マールへの想いを我慢できそうにありませんから……」


 彼女は、そう理由を告げた。


 その時のイルティミナさんの艶めかしい微笑みに、僕の心臓は、まるで早鐘のようになってしまったよ……。


(でも、それで良かったかも)


 正直、僕も気持ちが昂ってたからね。


 あの人の甘やかな匂いや体温を、一晩中、感じていたら、どうなっていたかわからない。


 でも、こうして別々だったおかげで、よく眠れたんだ。


「ん~、いい天気だ」


 窓の外には、快晴の青空が広がっている。


 僕は大きく伸びをすると、清々しい気持ちでベッドから起き上がった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 みんなで集まって、朝食の席となった。


 いるのは、キルトさん、ソルティス、フレデリカさん、ラプト、レクトアリス、そして、イルティミナさん。

 ダルディオス将軍は、まだお城から戻っていないらしい。


「はい、どうぞ。マール」


 イルティミナさんが、お皿に切り分けた料理を、僕の前のテーブルに置いてくれる。


「あ、ありがと」

「いいえ。あ、飲み物もご用意しますね? ちょっと待っていてください」

「う、うん」


 テキパキ


 専門のメイドさんを差し置いて、自らの手でかいがいしく僕の世話を焼いてくれる。


(う、う~ん?)


 嬉しいけど、ちょっと照れるね。


 その様子に、集まったみんなは、何だか呆気に取られていた。キルトさんだけは『やれやれ』といった苦笑を浮かべていたけれど。


 ツンツン


「ちょっと、何なのよ、あれ?」


 隣に座っているソルティスが、小さな肘で僕をつつく。


「イルナ姉、どうしちゃったの?」


 と言われても、


「……多分、2年後が楽しみだから、かなぁ?」

「はぁ?」


 さすがに詳しくは説明できないので、そう答えるぐらいしかできなかった。 


(でも、僕も同じ気持ちだけどね)


 ちょっと浮かれてる自覚がある。


 イルティミナさんに色々やってもらっていると、まるで新婚夫婦の姉さん女房に、お世話してもらっている夫の気分だった。 


「ほら、マール? 口元に汚れがついてますよ」

「ん、ありがと」

「ふふっ……いいえ」


 布巾で口元を拭いてもらって、僕らは、幸せそうに笑い合う。


 周囲からの疑念や呆れの混じった視線も、今の僕らは、全然、気にもならなかった。


 と、その時、僕らの食卓へと、1人の老執事さんが近づいてくる。 


 彼は、フレデリカさんの耳元に何事かを囁いた。


「そうか、わかった」


 彼女は頷き、老執事さんは一礼して、食卓から下がっていく。


(なんだろう?)


 皆が注目していると、


「城にいる父上から伝言があった。皇帝陛下との謁見は、本日の午後からと決まったそうだ。どうか皆、心しておいて欲しい」 


 フレデリカさんの碧色の瞳は、僕らを見回して、そう言った。


(今日の午後なんだ?)


 謁見するのは2度目だけど、やっぱり、偉い人と会うのはちょっと緊張するね。


 また今回は、僕ら4人だけでなく、ダルディオス将軍、フレデリカさん、そして、ラプトとレクトアリスも一緒に謁見することになるそうだ。


「しゃーない」

「ま、付き合ってあげるわ」


 2人の『神牙羅』に、緊張している様子はなかった。


 いくら世界一の大国アルンの皇帝とはいえ、『神の眷属』である自分たちの方が上の立場だという認識があるのかもしれない。


 ソルティスなんかは、『面倒だわ……』って顔だった。


 そしてキルトさんは、


「ふむ、午後か。ならば、少しは時間がありそうじゃの」


 と僕らを見た。


「マール、イルナ、そなたら2人は、このあと、わらわに付き合ってくれ」

「?」

「それは構いませんが」


 なんだろう?


「大したことではない。ただの稽古の誘いじゃ」


(ふぅん?)


 そう言う割には、なんだか『ただ』の感じがしない口調だったけど。


「昨夜の内に、声をかけるつもりじゃったのじゃがの。すっかり忘れてしもうた」

「…………」

「…………」


 ニヤニヤと笑いながら言われてしまった。


 意味深な言い方に、ソルティスは「?」と怪訝な顔である。


(……これは断れないね)


 いや、断る理由もなかったんだけど。


 そんなわけで、僕とイルティミナさんは朝食が終わると、キルトさんとの稽古のために、稽古場がある中庭へと移動するのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕ら3人は、中庭にやって来た。


 朝食後、ラプトとレクトアリスは、自分たちの部屋に戻っている。


 ソルティスは、別れまでの残り少ない時間で『神術』を学べるだけ学ぼうと、レクトアリスと一緒に部屋に行った。


 フレデリカさんは、父親の代わりに、謁見の準備や段取りの確認を進めている。


 なので、ここには僕とイルティミナさん、キルトさんの3人だけ。


 前に、キルトさんとラプトの戦いで壊れてしまった稽古場は、もう修繕されていて、元の姿を取り戻している。


「まずは、マールからじゃ」


 ご指名が入り、僕は稽古場の中に入った。


 いつものように木剣を手にして、キルトさんと僕は向き合った。


「『神気』はなしじゃ」

「うん」


 頷き、僕は剣を構える。


「マール、がんばって」


 イルティミナさんの声援が飛ぶ。


 単純な僕は、それだけでやる気に満ちて、目の前のキルトさんを見つめる。


 でも、キルトさんは構えなかった。


 ただ僕を見つめて、


「マール」


 そう呼ぶ声に、妙な()()を感じた。


「そなたの本気を見せよ。さもなくば、死ぬかもしれぬ」

「……え?」


 死ぬ?

 この稽古で? 僕が?


 思わぬ言葉に、イルティミナさんも驚いていた。


 でも、キルトさんの表情は真剣だった。


(……冗談ではないみたいだ)


 僕は、大きく深呼吸して、頷いた。


「わかった」

「うむ」


 キルトさんは頷き、ようやく木剣を構えた。


 お互いに、正眼の構え。


 身体の中央に剣を置きながら、剣先は、相手の目へと向けられている。僕が教わった、基本の構えだ。


「――行くぞ」


 師匠が短く告げた。


 僕は「うん」と頷こうとして、その寸前、全身にズシンとした重さが落ちてきた。


(!?)


 思わず、崩れそうになった。


 何が起きたのか、わからない。


 けど、すぐに気づく。


 目の前にいる『金印の魔狩人』から、凄まじい『圧』が迸っていた。


 ギャア ギャアア


 中庭の木々にいた鳥たちが、一斉に飛び立っていく。


 僕を見つめる黄金の瞳は、今までに向けられたことがないほどの敵意が込められていた。


(――――)


 重さの正体がわかった。


 ――恐怖だ。


 目の前にいる脅威に、僕の生物としての本能が拒絶反応を起こしていたのだ。


 この感覚を、知っている。


 かつて、ディオル遺跡の最下層で、骸骨王と遭遇した時に、前に殺された時の記憶が蘇って、僕は動けなくなった時があった。

 まさに、その時と同じ感覚だ。


(キルト……さん)


 なぜ、こんな敵意が向けられるのか、わからない。


 理解できない彼女が、ただ恐ろしい。


 あのイルティミナさんでさえ、顔色をなくし、声を出せなくなっている。


 でも、キルトさんの金色の瞳には、強い光があった。


「……っ」


 それは、師匠としての光。


 今までに何度も目にしてきた、僕が最も信頼する剣士としての眼差しだった。


(逃げるな、マール!)


 僕は、自分に言い聞かせる。


 相手が怖いから、なんだというのだ。


 逃げるのか?


 僕はこの先も、『闇の子』や『魔の眷属』と戦うことになるだろう。そこで恐怖を覚えたら、そのたびに、戦えなくなる気か?

 そうなったら、誰が代わりに戦う?


(…………)


 僕を見ているあの人の視線を感じる。


 戦わせるのか?


 あの人を?


(――ふざけるな)


 そんなこと、受け入れられない。


 そうだ、それに僕には、あと2年間しかないんだ。


 それまでに、あの人の隣に並んでいられるだけの自分にならなければいけない。そこまで、辿り着かなければならない。


 恐怖?


 そんなの、あの人を失うことに比べれば、なんということもあるものか!


(気持ちで負けるな!)


 押し込まれそうな心を、強い闘志で満たして、しっかりと押し返していく。


 そして、構えを上段へと移行した。


 自分の知る最高の剣技。


 それを放てる構えを取って、キルトさんを、強く睨み返した。


「…………」


 キルトさんは、一瞬、小さく笑った。


 でも、すぐに表情を『剣の師匠』のそれに戻して、彼女もまた構えを変えた。


(!)


 半身になり、剣を地面と水平にする。  


 突きの構え。


 ビリリ……ッ


 凄まじい覇気が、僕を襲ってくる。


 引き絞られた美しい構えは、まるで発射する直前の弓矢のようだった。


(……っ)


 まずいと思った。


 僕の上段の構えは、攻撃のみに特化していて、防御はできない。


 そして、剣の軌道は、を描く。


 対して、キルトさんの突きの構えは、同じ攻撃重視でありながら、剣の軌道は()()である。


 同時に技を放っても、キルトさんの剣の方が先に届く。


(負ける……?)


 気持ちが揺らぐ。


 いや、違う。


 まだ手はある。


(……後の先、だ)


 相手に先に攻撃させて、あとからカウンターを成立させる戦法である。


 つまり、キルトさんの剣をかわし、その剣技を放った直後に合わせて、彼女にこちらの攻撃を当てるのだ。


 ドクッ


 心臓が跳ねる。


(かわす……? あのキルト・アマンデスの剣を?) 


 不可能だと思った。


 いや、万が一、上手くかわせたとしても、次の剣が放たれる前に、彼女に攻撃しなければならない。『金印の魔狩人』の連撃の隙間を衝くのが、どれだけの至難の業か、その強さを間近で見てきたからこそ、計り知れない。


「…………」


 キルトさんは、僕を見つめる。


 いつ、攻撃されてもおかしくない。


(……くっ)


 心が揺れる。


 と――その時、


「マール……」


 両手を胸の前で合わせて、イルティミナさんが僕を見つめる視線に気づいた。


 不安。


 恐怖。


 それらが滲むその奥に、強い信頼の光が灯っていた。


 彼女だけは、僕自身が信じきれない、僕の勝利を信じてくれていた。


(……あぁ)


 ならば、もうやるしかない。


 いや、やってみせる!


 必要なのは、回避の間合いだ。


 キルトさんの剣を、大きくかわしたのでは、反撃が間に合わない。本当に、ギリギリの距離で回避しなければ、いけないんだ。


 ふぅぅ。


 呼吸を整える。


 キルトさんの剣は、まるで爆発する寸前の火山のような圧力が感じられた。


(当たれば、本当に死ぬかもしれない)


 そう思った。


 でも、もう逃げる気持ちはない。


 勝つ。


 僕は、キルトさんに勝つんだ。


(絶対に)


 さぁ、思い出せ。


 かつて、人喰鬼オーガとの戦いで見せた、オーガの攻撃がすり抜けたようなキルトさんの回避を。


 さぁ、思い出せ。


 精神世界の中で、黒い飛竜ワイバーンの猛攻を、ほんの1~2センチでかわし続けたイルティミナさんの姿を。 


 集中するにつれ、不思議な感覚が僕を包む。


 まず、音が消えた。


 匂いもしない。


 そして、視界から色が消えて、全てが白黒のような世界になった。


 極限集中。


(――――)


 恐怖も何もない、ただ平穏な空間。


 キルトさんの瞳が光る。


 動き出すのがわかった。


 合わせるように、自分の左足が前に出る。


 限界まで引き絞られた何かが解放されて、キルトさんの木剣が弾かれたように突き出されてきた。


 速い。


 スローモーションに見える世界で、なお速く感じる剣。


(――かわせ)


 右足に力を込めて、身体を捻る。


 驚くほど、自分の動きが緩慢に感じられて、キルトさんの木剣の先が、僕の衣服に触れたのがわかった。布は簡単に破れて、その下の皮膚に到達する。


(――――)


 木剣で皮膚が裂かれる。


 でも、裂かれるのは皮膚だけだった。


 構わず、僕は踏み込みと同時に、今日までに鍛え上げてきた剣技を放つ。


 上段からの振り落とし。


 キルトさんの黄金の瞳が、大きく見開かれたのが見える。


 そこ目がけて、僕の木剣は吸い込まれ――当たる直前で止まった。


 ブハッ


 直後、世界が正常に戻って、凄まじい剣風が巻き起こった。


 キルトさんの額の寸前で止まった僕の木剣によって、一瞬、彼女の美しい銀髪が後方へとたなびいた。


 逆に、彼女の剣は、僕の服を貫き、脇腹の皮膚だけを削りながら、背中側まで突き抜けていた。


 まさに紙一重。


 かわせなかったら、僕の内臓は破裂していたかもしれない。


「…………」

「…………」


 僕らは、互いの目を見ていた。


 そして、


「見事じゃ」


 キルトさんはそう言って、剣を引いた。


 僕も、剣を引く。


(……あ?)


 ブルル……


 木剣を持つ僕の両手が震えている。


 極度の集中と緊張、そして、そこからの解放のためだと思う。 


 そんな僕の手から、キルトさんは、優しく木剣を取り上げる。


 白い指が、僕の強張った指を、1本ずつ外していく。


 思わず、彼女を見上げた。


「……強うなったの、マール」


 感慨深そうに告げて、彼女は微笑んだ。


 あ……。


 キルトさんに認められた――そう思ったら、熱い何かが込み上げてきた。


「マール!」


(!)


 そんな僕の下へと、イルティミナさんが駆けてくる。


 キルトさんは、場所を譲るように下がり、そして僕の身体は、大好きな人に強く抱きしめられた。


「あぁ、マール。信じていましたよ」

「……イルティミナさん」


 感極まった声。


 僕は、彼女の大きな胸の弾力を押しつけられながら、ようやく勝利の実感が沸いた。


 ――キルトさんから、1本取った。


「うん。うん、やったよ、僕!」

「はい」


 笑う僕に、イルティミナさんも笑顔だった。


 キルトさんは、2つの木剣を手にしながら、片手を腰に当てて『やれやれ』と苦笑している。


 そして、


「ほれ、次はイルナ。貴様の番じゃ」

「はい」


 キルトさんの新たなご指名に、『銀印の魔狩人』は頷いた。


 彼女が手にするのは、木の槍だ。


 対するキルトさんは、木剣を棚にしまうと、今度は木の大剣を引き抜いた。


(……より使い慣れた武器を、選んだんだ?)


 その意味は、より本気の稽古ということ。


「待っていてくださいね、マール。私も勝ってきますから」

「うん、がんばって!」


 頼もしく宣言する彼女に、僕は、信頼を込めて、大きく頷いた。


 キルトさんは笑う。


「さて? そう上手くいくかの?」


 そして、木の大剣を構える。 


「もちろんです。マールが見ていますからね」


 イルティミナさんも半身になり、木の槍を構えながら、当たり前のように答えた。


 そして、互いの表情が消える。


 生まれるのは、戦士の顔。


(……いったい、この稽古の意味は何なんだろう?)


 いつもより実戦に近い稽古。


 それを行うキルトさんの真意を、測りかねている。


 そんな僕の気持ちも知らず、


「行くぞ」

「はい」


 2人の美しい魔狩人は、静かにその間合いを近づけていった――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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