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146・2年後の誓い

第146話になります。

よろしくお願いします。

 部屋には1つだけ、椅子がある。


 イルティミナさんにはそれを使ってもらうつもりで、僕はベッドに座ったら、なぜか彼女も、僕の隣にポフンと座った。


(……ち、近いね)


 肩が触れ合う距離に、少しドキドキする。


 甘やかな彼女の匂いがする。


 しばらくの沈黙。


 やがて、イルティミナさんがゆっくりと口を開いた。


「マールには、迷惑をかけましたね」


 多分、精神世界のことだろう。


 僕は「ううん」と首を横に振った。


「前にも言ったけど、心配はしたけれど、迷惑だなんて思ってないよ」


 彼女が無事なら、それで良かった。


 イルティミナさんは、真紅の瞳を細めて、僕を見つめる。


 それから前を見て、


「過去については、まだ後悔が残っています。思い出すのも、辛くて、苦しくて……それは変わりません」

「…………」

「ですが今は、それだけではない()()も、手に入れた気がします」


 その口調は、しっかりしていた。


 僕は頷いた。


 イルティミナさんはこちらを見て、


「みんな、マールのおかげですね」


 そう笑った。


(そうかな?)


 よくわからない。


 でも、彼女の役に立ったのなら、素直に嬉しい。


 彼女は、僕を見つめていた。


 そして、その表情が少しだけ変わった。まるで緊張しているような、そんな顔に。


「?」


 なんだろう?


 なんだか、こっちまで緊張してきてしまうよ。


 やがて、彼女は言った。


「マールは……覚えていますか?」


 覚えて……?


 すると、彼女の白い指が、その桜色の唇へと触れた。


(…………)


 イルティミナさんの瞳が潤み、その頬がかすかに赤くなっている。


 トクンッ


 胸が高鳴った。


「飛竜に挑む直前、マールが私にしたことを……」


 ……あ。


(キス……したんだ、僕)


 思い出した僕の顔は、あっという間に茹蛸みたいに真っ赤になった。


 あの時は、どうなっても僕は死ぬか、消滅する未来しかないと覚悟をしていたから、つい思い切った行動を取ってしまったんだ。でも、実際には、こうして生き延びてしまった。


(ど、どうしよう……?)


 慌てふためく僕。


 しかも、


『ずっと大好きでした』


 と告白もしている。


 そのせいで、この先、イルティミナさんに嫌われたり、距離を置かれたら辛すぎる。


 彫刻のように固まった僕の耳に、彼女の声が届く。


「――嬉しかった」


 ……え?


 イルティミナさんは、真っ赤になった顔で真剣に僕を見ていた。


「かつて、アルドリア大森林で命を救われ、今回は、心まで救われました。私はもう、マールには一生かかっても返せない恩があります」


 キュッ


 僕の手に、彼女の手のひらが重なる。


 熱い、熱い手だ。


「もしも、マールが望むならば、私はそれに応えたい」

「…………」 

「私は、子が産めぬ身体ですし、マールとは年も離れています。ですが、それでもいいのであれば、私は、このイルティミナは――」


 顔が近づき、唇が押しつけられる。


 柔らかな弾力。


 少し濡れたような、プルンとした感触。


 前に竜車で、酔った僕を助けるために重ねた唇とは違う、思いのこもったキスだった。


(…………)


 僕より身体の大きなイルティミナさん。


 上から被さるようにキスをされ、硬直した僕の身体は、唇が離れた途端、そのまま仰向けにベッドに倒れてしまった。


 あ……。


 イルティミナさんの両手が、僕の顔の左右に置かれた。


 見上げた美貌は、思い詰めた表情だ。


 少し怖い。


 でも、なんだか泣きそうな顔にも見えて、動けない。


「……んっ」


 顔が落ちて、もう一度、キスされる。


 今度は、舌が入ってきた。


(っ……)


 気持ちいい。


 滑らかな彼女の舌が動くたびに、僕はついピクンと身体を震わせる。


 顔が離れる。


 唾液の銀の糸が、互いの唇の間を結んで、やがて途切れた。


「……マール」


 焼けるような吐息。


 泣きそうな声。


 僕も、


「……イルティミナさん」


 その名前を縋るように呼んだ。


 いいのかな?


 急展開に戸惑うけれど、


(――うん)


 僕の心は、すぐに覚悟を決めてしまった。


 大好きだった。


 多分、初めて会った時から、一目惚れだったんだと思う。だから、後悔はしないだろう。


 むしろ、嬉しかった。


(……イルティミナさん)


 前世も含めて、僕にとっては初めての行為だ。 


 でも、相手が彼女で良かった――そう思う。


 小さな手を伸ばして、彼女の頬に触れる。

 柔らかい。


 イルティミナさんは驚いた顔をする。


 僕は、笑った。


 そんな僕を見た彼女は、何かに耐え切れなくなったように、僕の服の襟を乱暴に開いた。


 プチッと、ボタンが1つ飛んだ。


 それに構わず、僕らは互いの心だけでなく、肉体も溶け合わせようとして、


 ドンッ


「――そこまでじゃ」


 瞬間、低く通りの良い声がした。


 決して大きくはない。

 けれど、無視もできない、強固な意志を感じる鉄の声。


 硬直する僕ら2人。


 ゆっくりと振り返ると、そこには、部屋の扉を乱暴に開いて、片手を腰に当てながらこちらを見つめる、あの銀髪の美女の姿があった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



(キ、キルトさん?)


 どうしてここに?


 呆然としている僕らを、厳しい視線で見つめて、彼女は大きく息を吐く。


「イルナに用があったが部屋におらず、もしやとここに来てみれば……」


 ツカツカ


 キルトさんは、部屋の中に入ってくると、


「むん」

「……きゃっ?」


 わ?


 片手でイルティミナさんの襟首を掴んで、強引に僕から引き離した。


 ベッドから落とされた彼女は、呆然と銀髪の美女を見上げる。


「な、何を……?」

「それは、こちらの台詞じゃ」


 低い声。

 それは、確かな怒りの宿った声だった。


 思わず、喉の奥が詰まる。


「そなたら2人、今、何をしようとしていた?」

「…………」

「いや、言わんで良い。わかりきったことじゃ。しかし、だからこそ、わらわは、そなたたちに失望しておる」


 …………。


(なんで?)


 反発心があった。


 いくらキルトさんでも、なんで、そんなことを言われなければいけないんだろう?


 僕は、本気だった。


 本気で、イルティミナさんが好きだった。


 だからこそ、彼女にそこまで言われる謂れはないと思った。


 その視線は、イルティミナさんも同様だ。


 気づいたキルトさんは、苦笑する。


「大人びていると思っていたが、やはり、マールもまだ子供じゃな」

「…………」

「しかし、それは仕方がないこと。ゆえに許す」


 彼女は、僕から視線を外す。


 そして、金色の瞳が向けられたのは、やはりイルティミナさんの美貌だった。


 鋭い視線。


「じゃが、イルナ。そなたは許さぬ」


 鉄の声。


 イルティミナさんは息を飲み、それから、強い反発を宿して、自分のリーダーを睨み返した。


「別に、キルトの許しを得ようとは思いません」

「たわけ」


 キルトさんは、冷たく断じて、


「わらわは、そなたの決断は、マールを不幸にすると言うておるのじゃ」 


 そう続けた。


(……は?)


 僕を……不幸にする?


 意味がわからないのは、イルティミナさんも同様だった。僕ら2人は、唖然としたように、キルトさんを見返してしまう。


 キルトさんは言った。


「そなたは、子が産めぬ」


(――――)


 僕らは硬直した。


 特にイルティミナさんは、凍りついたような表情と顔色になっていた。


 僕は、怒り、


「キルトさん!」


 思わず、立ち上がっていた。


 でも、キルトさんは冷静だ。


 彼女は、イルティミナさんを見たまま、話を続ける。


「マールがそれを受け入れているのは、知っておる。しかしの、マールはまだ子供ぞ?」

「…………」

「子供は、子を欲しがらぬ」


 あまりの正論。

 イルティミナさんは、反論できない。


「今のマールにとって、それは本心であろう。しかし、この先はどうなる?」


 …………。


「マールは成長する。大人になって自立し、己の存在に自信を得るじゃろう。その時に、絶対に、己の子を欲しがらぬと思うか?」

「…………」


 イルティミナさんは、何も言えない。


 ただショックを受けたように、座り込んでいる。


「もしもそうなっても、マールは決して何も言うまい。その感情を抑え込み、我慢するであろう」

「…………」

「だが、マールはまだ若い」


 キルトさんは、イルティミナさんの前に膝をついた。


 その瞳を覗き込み、


「イルナ。そなたは、そんなマールに、死ぬまで我慢の日々を強いるのか?」

「……っ」


 イルティミナさんは、答えられなかった。


 目に涙を溜めながら、きつく唇を噛む。


 そして俯きながら、ゆっくりと首を左右に揺らした。


(っ……イルティミナさん!)


 僕は、キルトさんを睨んだ。


「それは、僕が決めることだ!」


 叫んだ。


「僕の人生は、僕が選ぶ。キルトさんが決めることじゃない!」


 キルトさんが僕を見た。


「当然じゃ」


 そう頷いた。


(……え?)


 思わぬ答えに、盛大な肩透かしを喰らった気分になった。


「マールの言う通りじゃ。そなたの人生は、そなたのもの。好きにせい」


(……えっと)


 その言葉に、イルティミナさんが顔を上げた。


 呆けたように、金印の魔狩人を見つめる。


 キルトさんは言った。


「しかしの、わらわたちにも、大人の責任というものがある」

「…………」

「子供が間違った道を選ぶというならば、それを止めるのが役目というものじゃ」


 静かな声。


 イルティミナさんは、真紅の瞳を伏せる。


 そして、キルトさんは、


「あと2年じゃ」


 僕らに対して、2本指を立ててみせる。


「シュムリア王国では、一般に15歳で成人と認められる。そこまで、待て」


 15歳で成人……。


「その上で、マールがイルナを選ぶならば、わらわも、そして、世の中の誰もが文句を言わぬ。胸を張って、そなたらは生きるが良い」

「……キルトさん」

「……キルト」


 キルトさんは、晴れやかに笑っていた。


 あぁ、そうか。


 僕らは、目の前のことばかりだった。


 もし、今、結ばれていたとしたら、ひょっとしたら僕らは――ううん、特に大人であるイルティミナさんは、世間から白い目で見られていたのかもしれない。


 そうでなくても、将来、彼女には後悔が生まれたかもしれない。


 子供のマールを、自分が縛ってしまったと。


(でも、成人してからなら……)


 それら全てがなくなる。


 僕は大人として、自分の行動全てに、自分で責任を負わせてもらえる。


 キルトさんは、そこまで考えていたんだ。


(僕って、本当に子供だ)


 情けなかった。


 そして、キルトさんの配慮が、本当に嬉しかった。


 ――早く、大人にならないと。


 本当の意味での大人に、僕も。


 イルティミナさんも、深く納得した表情だった。


 大きく頷いて、


「私が浅慮でした、キルト」


 そう長い髪をこぼして、深く頭を下げていた。


 キルトさんは笑う。


「ま、わらわにとっては、そなたも年下の子供みたいなものじゃからの」


 2人の年齢差は、およそ10歳。


 僕とイルティミナさんよりも開きがあるんだった。


 イルティミナさんは、苦笑する。


 そして彼女は立ち上がると、僕の正面に立った。


 憑き物が落ちたような、でも、とても温かな表情だった。


 僕らは見つめ合う。


 真剣に、僕は言った。


「あと2年、待っていてくれる?」

「もちろんです」


 彼女は頷いた。


「2年後に、マールが、私を選ばなくても構いません」

「…………」

「ただ、私の気持ちは、決して変わりません。そして、もしもその時、マールの気持ちが今と変わらなければ……その時こそは、今の続きをしましょうね?」

「うん」


 ちょっと照れながら、笑い合う。


 そして、僕らは抱きしめ合った。


(今は、これが精一杯……)


 でも、心は、充分に満たされていく。


 きっと2年後も、僕の気持ちは変わらない――そう思っている。


 でも、その2年は、きっと必要な時間なんだ。


 みんなの幸せのために。


 僕らの幸せのために。


「大好きだよ、イルティミナさん」

「私もです、マール」


 改めて、心を伝える。


 13歳のマールの本気の本心。


 20歳のイルティミナさんの心も、きっと本気なんだと信じている。


 キルトさんが苦笑する。


「やれやれ、見せつけるの」


 小さな呟きは、どこか羨ましそうな響きがあった。


 この先の2年には、いったい、何があるのだろう?


 ふと想像する。


(もしかしたら、心変わりした僕が、キルトさんやソルティスと結ばれる可能性もあるのかな?)


 その姿を思い浮かべようとして、でも、上手くいかなかった。


 その事実に、つい笑った。 


「マール?」


 イルティミナさんが、心配そうに僕を呼ぶ。


 僕はそちらを見た。


 チュッ


 やっぱり僕にとって一番大切な人に顔を近づけて、最後にもう一度だけ、誓いのつもりでキスをした。


 キルトさんは、目を剥いて驚く。


「……マール」


 イルティミナさんも驚き、そして、嬉しそうにはにかんだ。


 ――うん、やっぱり僕は、イルティミナさんが大好きだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『今の続きをしましょうね?』 ぬおおおおーー! もう何と言っていいやら! うまくいって欲しい! でもリア充には爆発して欲しい! [一言] キルトさんかっこいい!
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